(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年7月24日11時35分
神奈川県三浦半島宮田湾
(北緯35度10.8分 東経139度35.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船なんや丸 |
モーターボート ドナルドダック |
総トン数 |
2.9トン |
|
全長 |
13.80メートル |
3.17メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
235キロワット |
5キロワット |
(2)設備及び性能等
ア なんや丸
なんや丸は,昭和59年10月に進水したFRP製漁船で,船体中央部よりやや後方に操舵室を設け,同室上部にはレーダーアンテナを取り付けた二股のマストを備え,同室にはレーダー,GPSプロッター,機関操作装置等を装備し,舵は常時遠隔操舵装置に切り替えて同装置のつまみを用いて操舵され,同室の後方に置いた踏み台の上に立って操縦することができるよう,同室の上部に上部用遠隔操舵つまみ及び上部用機関操作装置が設置され,主として土曜日及び日曜日は遊漁業に,平日は一本釣り漁業にそれぞれ用いられていた。
イ ドナルドダック
ドナルドダック(以下「ド号」という。)は,平成4年4月に就航した,船外機を備えた無蓋のFRP製ボートで,神奈川県三浦市初声町三戸のマリーナに置かれ,釣りの目的で使用されていた。
3 事実の経過
なんや丸は,A受審人が1人で乗り組み,一本釣り漁の目的で船首0.2メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成17年7月24日02時30分神奈川県長井漁港を発し,千葉県布良鼻西方沖合の漁場に向かった。
ところで,A受審人は,当初,日曜日である24日は遊漁客の予約が入っていたところ,23日夕刻,同客から取り止めの連絡があったことから遊漁業に代えて一本釣り漁を行うこととし,同日はいつもどおり19時30分ごろ就寝したものの,翌24日は遊漁業に出る時より2時間ほど早い02時に起床して出漁した。
05時00分A受審人は,漁場に至って操業を開始し,釣果が思わしくなかったことから早めに操業を終了して09時00分漁場を発進して帰途に就いた。
11時00分A受審人は,城ケ島灯台から190度(真方位,以下同じ。)2.0海里の地点で,機関を半速力前進の回転数毎分1,500にかけ,8.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で北上していたとき,早朝からの操業と暑さで眠気を催したが,眠気覚ましのために立って操縦すれば大丈夫と思い,機関を停止し漂泊して休息するなど,居眠り運航の防止措置を十分にとることなく,操舵室を出て,同室後方に置いた踏み台の上に立ち,左手でレーダーマストを握り,右手で上部用遠隔操舵つまみを操作して進行した。
A受審人は,前路に認めたヨット群を避航したことなどから一時眠気が覚め,11時14分城ケ島灯台から260度1,200メートルの地点で,針路を351度に定め,同じ速力で進行した。
A受審人は,同じ姿勢で操縦中,付近にヨットを見掛けなくなったことなどから再び眠気を催し,11時30分諸磯埼灯台から315度1.1海里の地点に達したころ,居眠りに陥った。
11時32分A受審人は,諸磯埼灯台から322度1.4海里の地点に至り,正船首650メートルのところにド号を視認でき,同船が錨泊していることを示す黒色球形形象物を掲げていなかったものの,船首を風上に向けたまま移動せず,左右両舷から釣りざおを出して釣りをしている状況などから,錨泊中であることが分かり,同船に向首する態勢で接近したが,居眠りをしていたので,このことに気付かず,同船を避けなかった。
なんや丸は,原針路,原速力のまま続航し,11時35分諸磯埼灯台から328度1.7海里の地点において,その船首が,ド号の右舷船尾に後方から25度の角度で衝突した。
当時,天候は曇で風力1の北北東風が吹き,視界は良好で,潮候は下げ潮の末期であった。
また,ド号は,B受審人が1人で乗り組み,釣りの目的で,船首0.10メートル船尾0.15メートルの喫水をもって,同日07時30分三浦市初声町三戸のマリーナを発し,同県網代埼西方沖合の釣り場に向かった。
07時50分B受審人は,前示釣り場に至って錨泊して釣りを開始し,11時00分抜錨して釣り場を移動し,11時30分前示衝突地点付近で,重量2.5キログラムの錨を水深58メートルの海中に投じ,同錨に取り付けた長さ15メートルのステンレス製鎖に,直径6ミリメートル長さ200メートルの合成繊維製錨索の端を結び,同索を約100メートル伸出して船首部で係止し,黒色球形形象物を掲げないまま錨泊した。
B受審人は,救命胴衣を着用せず,船尾部の座席に救命胴衣を置いてその上に船首方を向いて腰を掛け,左右両舷から釣りざおを各1本出して釣りを始めた。
11時32分B受審人は,船首が風上に向く016度に向首していたとき,右舷船尾25度650メートルのところに,なんや丸を視認でき,同船が自船に向首する態勢で接近してくることを認め得る状況であったが,釣りに専念して,周囲の見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かず,注意喚起信号を行わず,なんや丸が間近に接近しても,船外機を始動して移動するなど,衝突を避けるための措置をとることなく錨泊を続けた。
11時35分わずか前B受審人は,波を切る音に気付いて振り返り,右舷船尾至近になんや丸を初めて視認し,同船との衝突の危険を感じ,立ち上がって大声を出して手を振ったものの効なく,ド号は,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,なんや丸は船首部に擦過傷を生じ,ド号は船尾部に亀裂等を生じて転覆し,B受審人は衝突直前に救命胴衣を持って海中に飛び込んだものの頚椎捻挫を負った。
(航法の適用)
本件は,神奈川県三浦半島西部の宮田湾において,なんや丸とド号が衝突したものであり,ド号が,錨泊中であることを示す法定の黒色球形形象物を表示しないで錨泊していたものの,なんや丸にとって,ド号が,船首を風上に向けたまま移動せず,左右両舷から釣りざおを出して釣りをしている状況などから,錨泊中であることが分かる状況にあったので,錨泊船と航行中の動力船の航法として,海上衝突予防法第38条及び第39条の船員の常務で律するのが相当である。
海上衝突予防法第30条第4項において,長さが7メートル未満の船舶といえども,その錨泊している水域が,狭い水道等,錨地若しくはこれらの付近又は他の船舶が通常航行する水域である場合には,黒色球形形象物を表示しなければならない旨の定めがあり,全長3.17メートルのド号が錨泊していた水域は,A受審人の当廷における,「衝突した付近は,城ヶ島から佐島,あるいは城ヶ島から我々のような船のコースになっているので,時間によっては船がけっこう通るところである。」旨の及びB受審人の当廷における,「船の通る海域と認識した。」旨の各供述により,他の船舶が通常航行する水域であると認められ,黒色球形形象物を表示しなければならない水域と認められる。
(本件発生に至る事由)
1 なんや丸
(1)A受審人が眠気を催したこと
(2)居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったこと
(3)A受審人が居眠りに陥ったこと
(4)ド号を避けなかったこと
2 ド号
(1)黒色球形形象物を掲げていなかったこと
(2)見張りを十分に行っていなかったこと
(3)注意喚起信号を行わなかったこと
(4)衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
本件は,なんや丸が,居眠り運航の防止措置を十分にとっていれば,ド号に向首する態勢で接近していることに気付き,同船との衝突を避けることができたものと認められる。
したがって,A受審人が,眠気を催した際,居眠り運航防止の措置を十分にとらなかったこと及びその後居眠りに陥り,ド号を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
一方,ド号が,見張りを十分に行っていれば,なんや丸が自船に向首する態勢で接近してくることに気付き,同船との衝突を避けることができたものと認められる。
したがって,B受審人が,見張りを十分に行わなかったこと,注意喚起信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
ド号が黒色球形形象物を掲げていなかったことは,A受審人が居眠りをしていたことから,本件発生の原因とならない。しかし,これは,衝突防止の観点から,是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,神奈川県三浦半島西部の宮田湾において,北上するなんや丸が,居眠り運航の防止措置が不十分で,錨泊中のド号を避けなかったことによって発生したが,ド号が,見張不十分で,注意喚起信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,神奈川県三浦半島西部の宮田湾において,北上中,眠気を催した場合,機関を停止し漂泊して休息するなど,居眠り運航の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。ところが,同人は,眠気覚ましのために立って操縦すれば大丈夫と思い,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,その後,居眠りに陥り,ド号を避けることなく進行して衝突を招き,なんや丸の船首部に擦過傷を生じさせ,ド号の船尾部に亀裂等を生じさせて転覆させ,B受審人に頚椎捻挫を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,神奈川県三浦半島西部の宮田湾において,錨泊して釣りを行う場合,接近する他船を見落とすことのないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,釣りに専念して,周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,自船に向首する態勢で接近するなんや丸に気付かず,注意喚起信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらないまま錨泊を続けて衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせ,自ら負傷するに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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