(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年6月24日07時30分
京浜港東京区
(北緯35度37.9分 東経139度50.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
引船七号センバ丸 |
土運船紅−707 |
総トン数 |
19.68トン |
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全長 |
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39.0メートル |
登録長 |
13.46メートル |
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機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
669キロワット |
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(2)設備及び性能等
ア 七号センバ丸
七号センバ丸(以下「センバ丸」という。)は,昭和53年3月に進水した沿海区域を航行区域とする鋼製引船兼交通船で,操舵室が船首端から3.5メートルのところに設置されてその前方に見張りの妨げとなる構造物がなく,航海計器として磁気コンパス及びGPSプロッターを備えていた。
速力は,航海速力が機関を回転数毎分1,800として約10.5ノット,機関を半速力前進の回転数毎分1,000とすると約7ノット,微速力前進の回転数毎分600とすると約5.5ノットであった。
イ 紅−707
紅−707(以下「707号」という。)は,水底土砂などの運搬に従事する,積載量650立方メートルの非自航全開式の鋼製土運船で,前端から34メートル後方のところに船底開閉用の動力装置をその内部に設置した,長さ3.80メートル幅3.74メートル甲板上高さ2.25メートルの油圧操作室(以下「操作室」という。)を有し,空倉で船首尾ともに0.8メートルの等喫水のとき,甲板上最も高い操作室頂部までの高さが水面上5.25メートルであり,平素押船に連結して運航されていたところ,本件当時は押船が荒川に架かる橋の下を航行することができなかったことから,同川付近の水域ではセンバ丸に曳航されていた。
ウ 七号センバ丸引船列
七号センバ丸引船列(以下「センバ丸引船列」という。)は,センバ丸の操舵室後方の機関室囲壁上部に設置された曳航用フックから直径80ミリメートル長さ15メートルの合成繊維製曳航索を延出し,さらに同索の先端に直径40ミリメートル長さ15メートルの合成繊維製曳航索2本を連結して同索の各先端を707号の船首部左右両舷端に設置したビットにそれぞれ取り,センバ丸船尾端から707号後端までの長さが63メートルとなった引船列で,水面から最も高いところが707号の操作室頂部であった。
3 当時のセンバ丸の運航状況
当時のセンバ丸の運航状況は,東京都江東区東砂2丁目の荒川西岸沖で行われていた浚渫工事現場から土砂を満載した707号,または同型の紅−708(以下「708号」という。)のいずれかの土運船を京浜港東京区第3区の東京東航路(以下「東航路」という。)付近に曳航し,そこで待機している押船に同土運船を引き渡したのち,もう1隻の土運船に土砂の積込み作業が行われている浚渫工事現場に戻り,夜間は同現場に係留され,翌朝同現場から12号地共同係船場(以下「係船場」という。)に向かい,前日押船によって神奈川県横須賀港第5区に運ばれて土砂を処理し空倉となって同係船場に係留されていた土運船を前示工事現場に曳航するものであった。
A受審人は,浚渫工事現場と係船場とを行き来する際,砂町南運河(以下「南運河」という。)を経由するルートと東航路を経由するルートとがあり,B社が南運河に架かる若洲橋橋桁の水面上高さと操作室頂部の水面上高さとを考慮して同運河を経由するルートを取り止め,空倉の土運船を曳航する際には東航路経由のルートを指定していることを承知していたが,空倉時における707号及び708号の操作室頂部までの高さが約5メートルであることを知っており,潮汐の状況により,浚渫工事現場までの所要時間と燃料を節約できる南運河を通航することがあった。
4 南運河及び若洲橋
南運河は,京浜港東京区第3区東部の東京都江東区新木場地区とその南側の同区若洲地区との間に設けられた東西方向の長さ1,300メートル幅200メートルの水路で,若洲地区西側の海域と荒川とを往来する水上バスなどの通航路となっており,その東端から370メートルのところに若洲橋が架けられていた。
若洲橋は,長さ240.6メートル幅18.65メートルの鋼製橋で,1組が8本ないし10本の橋脚からなる6組の橋脚群で橋桁を支え,中央部の橋脚群間が船舶の通航路(以下「若洲橋通航路」という。)となっていて可航幅が40.0メートルであり,潮高の基準面から同通航路の橋桁下端までの高さが6.07メートルであった。
A受審人は,空倉の707号や708号を曳航して若洲橋通航路を通っていたので,操作室頂部の水面上高さから推測して同通航路の水面から橋桁下端までのおおよその高さを知っていた。
5 事実の経過
センバ丸は,A受審人が1人で乗り組み,船首0.8メートル船尾2.3メートルの喫水をもって,空倉で船首尾とも0.8メートルの等喫水で作業員1人が乗った707号を曳いてセンバ丸引船列とし,平成17年6月24日07時00分京浜港東京区第3区の係船場を発し,荒川西岸沖の浚渫工事現場に向かった。
発航する際,A受審人は,若洲橋通航路を航行すると操作室頂部が若洲橋の橋桁に衝突するおそれがあったが,前日も同じ時刻ころ,空倉の708号を曳航し,操作室頂部と橋桁下端との間が,約40センチメートルで同通航路を航行したことから,操作室頂部と若洲橋通航路の橋桁の水面上高さを検討しないまま,前日よりも潮高が少し高かったものの,何とか同通航路を航行できるものと思い,東航路経由の指定航行ルートを航行するなど,針路の選定を適切に行うことなく,浚渫工事現場までの所要時間と燃料とを節約できる南運河を経由することとした。
A受審人は,操舵輪の後方に立って操船にあたり,係船場を左舷に見て回り込み,07時19分少し過ぎ東京中央防波堤東灯台(以下「防波堤東灯台」という。)から003度(真方位,以下同じ。)1.29海里の地点で,南運河西口に達するとともに,針路を若洲橋の中央に向く083度に定め,機関を回転数毎分250にかけて3.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,707号の甲板上で作業員に見張りを行わせ,手動操舵により進行した。
A受審人は,07時29分若洲橋が船首方30メートルに迫ったとき,振り返って707号の作業員を見たところ,同作業員が操作室頂部が同橋橋桁に衝突するおそれがある旨を手の合図で知らせたので,急いで機関を停止したが,効なく,07時30分防波堤東灯台から023度1.49海里の地点において,センバ丸引船列は,原針路,原速力のまま,操作室上部が若洲橋中央部橋桁の西側に衝突した。
当時,天候は晴で風力3の北風が吹き,潮高は1.57メートルで,若洲橋通航路の橋桁下端は水面上4.50メートルであった。
衝突の結果,センバ丸引船列は,操作室の前面中央部に凹損,前面右舷側に擦過傷などを生じ,若洲橋は,橋桁中央部の西側側面に凹損及びフランジ部に曲損等の損傷をそれぞれ生じたが,のちいずれも修理された。
(本件発生に至る事由)
1 操作室頂部と若洲橋通航路の橋桁の水面上高さを検討しなかったこと
2 前日も同じ時刻ころ,空倉の708号を曳航して若洲橋通航路を航行したことから,前日よりも潮高が少し高かったものの,何とか同通航路を航行できるものと思ったこと
3 針路の選定を適切に行わなかったこと
(原因の考察)
本件は,針路の選定を適切に行っていれば,若洲橋通航路を航行することはなく,同橋橋桁と衝突しなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,前日も同じ時刻ころ,空倉の708号を曳航して若洲橋通航路を航行したことから,前日よりも潮高が少し高かったものの,何とか同通航路を航行できるものと思い,針路の選定を適切に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,操作室頂部と若洲橋通航路の橋桁の水面上高さを検討しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,そもそもB社が南運河に架かる若洲橋と操作室頂部の水面上高さを考慮し,現場でこれらの検討を必要としないよう,常時航行可能な東航路経由のルートを指定していたのであるから,このことは,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。
(海難の原因)
本件橋桁衝突は,京浜港東京区において,係船場から空倉の707号を曳航して荒川西岸沖の浚渫工事現場に向かう際,針路の選定が不適切で,若洲橋通航路を航行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,京浜港東京区において,係船場から空倉の707号を曳航して荒川西岸沖の浚渫工事現場に向かう場合,南運河東部に若洲橋が架かっていることを考慮し,常時航行可能な東航路経由とする航行ルートが指定されていたのであるから,同ルートを航行するなど,針路の選定を適切に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,前日も同じ時刻ころ,空倉の708号を曳航して若洲橋通航路を航行したことから,前日よりも潮高が少し高かったものの,何とか同通航路を航行できるものと思い,針路の選定を適切に行わなかった職務上の過失により,若洲橋通航路を航行して同橋橋桁との衝突を招き,707号の操作室前面中央部に凹損,前面右舷側に擦過傷などの損傷を,若洲橋橋桁中央部の西側側面に凹損及びフランジ部に曲損等の損傷をそれぞれ生じさせるに至った,
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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