(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年11月10日01時00分
対馬海峡
(北緯33度45.0分 東経129度09.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船宝生丸 |
漁船第三十八共漁丸 |
総トン数 |
19.54トン |
19トン |
全長 |
18.70メートル |
20.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
120 |
150 |
(2)設備及び性能等
ア 宝生丸
宝生丸は,昭和55年6月に長崎県佐世保市小佐々町で進水したFRP製中型まき網漁業付属船(運搬船)で,操舵室前面から船首までが約10.8メートルで,同室前部には右舷側から順に主機遠隔操縦装置,舵輪,スキャニングソナー,魚群探知機,GPSプロッター及びレーダーを備え,同室後部全面が畳敷きのいすとなっていた。また,汽笛装置を備えていなかった。
イ 第三十八共漁丸
第三十八共漁丸(以下「共漁丸」という。)は,昭和60年5月に山口県下関市豊北町で進水したFRP製中型まき網漁業付属船(運搬船)で,操舵室前面から船首までが約12.9メートルで,同室前部には右舷側から順に主機遠隔操縦装置,スキャニングソナー,舵輪,GPSプロッター及びレーダーが備えられ,スキャニングソナーの後方には自動車の座席を流用したいすが備えられていた。また,汽笛装置を装備していなかった。
3 事実の経過
宝生丸は,A受審人が1人で乗り組み,氷6トンを積み,船首1.5メートル船尾2.0メートルの喫水をもって,平成16年11月9日14時00分長崎県生月漁港を発し,船団の僚船5隻とともに対馬南方沖合の漁場に向かった。
A受審人は,15時ころ漁場に至り,3海里レンジでレーダーを作動させ,日没に至って法定の灯火及び僚船が自船を認識するための船団の識別灯として赤色全周灯1個を表示し,魚群探索しながら移動する網船に随行していたところ,翌10日00時20分豆酘埼灯台から183度(真方位,以下同じ。)21.4海里の地点で,網船が待機のため漂泊したのに伴い,機関を中立とし,周囲に僚船以外の他船がいないことを確認して漂泊を開始し,折からの極微弱な東北東流によって圧流されながら,船首方約1海里に位置する網船の動静を時々確認して漂泊を続けた。
00時54分A受審人は,豆酘埼灯台から182度21.2海里の地点において,船首が349度に向いて右舷正横1.0海里のところに,共漁丸が表示する白,紅,緑3灯に加えて紅1灯の船団の識別灯を視認でき,自船と同じ灯火の表示模様からまき網漁船であることが容易に分かる状況で,その後,同船が自船に向けて,衝突のおそれのある態勢で接近したが,接近する他船があれば漂泊中の自船を避けてくれるものと思い,操舵室後部の畳敷きのいすに腰掛けてラジオを聴いていて,時々周囲を見るなり,作動中のレーダーを活用するなどして,周囲の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かなかった。
A受審人は,依然,見張り不十分で,避航の気配のないまま接近する共漁丸に対して,汽笛不装備で警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらないまま漂泊中,01時00分豆酘埼灯台から182度21.2海里の地点において,宝生丸は,349度に向首して,その右舷側後部に共漁丸の船首がほぼ直角に衝突した。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候はほぼ低潮時で,付近海域には,060度方向に流れる約0.3ノットの海流があり,視界は良好であった。
また,共漁丸は,B受審人ほか1人が乗り組み,氷14トンを載せ,船首1.0メートル船尾2.0メートルの喫水をもって,同月9日16時00分長崎県調川港を発し,船団の僚船が操業している対馬南方沖合の漁場に向かった。
ところで,B受審人は,連日昼間に漁場付近で錨泊して睡眠をとりながら夜間操業を繰り返していたところ,9日朝夜間操業を終えて漁場を発し,調川港に12時ころ入航して漁獲物の水揚げや氷の積込み等を行ったのちに出航したもので,連続操業に備えて2人乗組みとしていたものの,甲板員の能力等を考慮して操縦の時間を分配するなどの就労体制をとっておらず,前日の夕刻以降,操業中に2時間半ほどと,同港停泊中に若干の合計3ないし4時間の睡眠をとっただけで,出航後も甲板員を休息させ,自らが連続して操縦に当たっていた。
こうして,19時40分ころB受審人は,豆酘埼灯台の南東20海里付近の漁場に至り,法定の灯火及び船団の識別灯として赤色全周灯1個を表示し,網船と合流して操業を行い,あじ0.9トンを積載したのち,21時30分ころから甲板員を再び休息させて操縦に当たり,付近海域で魚群探索を始めた。
翌10日00時00分B受審人は,豆酘埼灯台から155度21.4海里の地点において,魚影の反応を得られなかったので,この海域での魚群探索を中止して次の漁場に移動することとし,針路を259度に定め,機関を全速力前進にかけ,折からの極微弱な東北東流により1度右方に圧流され,10.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,窓や出入口を締め切った状態で,いすに腰掛けたまま自動操舵で進行した。
00時20分B受審人は,豆酘埼灯台から165度20.6海里の地点に達したとき,睡眠不足から眠気を催したが,日ごろ02時ころが一番眠いと感じる時間帯なのに,それより早い時間帯なので,我慢すればそのうち眠気がなくなると思い,休息させていた甲板員と操縦を交替するなど居眠り運航の防止措置をとらなかった。
B受審人は,いつしか居眠りに陥り,00時54分豆酘埼灯台から180度21.0海里の地点で,正船首1.0海里のところに宝生丸の白,緑2灯に加えて紅1灯の船団の識別灯を視認でき,自船と同じ灯火の表示模様からまき網漁船であることが容易に分かる状況で,その後,漂泊中の同船に向けて,衝突のおそれのある態勢で接近することを認めることができたが,このことに気付かず,同船を避けないまま続航した。
B受審人は,依然,居眠りを続け,宝生丸に向けて原針路,原速力のまま進行し,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,宝生丸は右舷側後部外板に破口を生じて機関室に浸水し,修理費の都合で廃船とされ,共漁丸は球状船首に破口等を生じたが,のち修理された。
(航法の適用)
本件は,対馬海峡において,漂泊中の宝生丸と航行中の共漁丸とが衝突したもので,一般法である海上衝突予防法で律することになるが,同法には航行中の船舶と漂泊中の船舶との関係について規定した条文がないから,同法第38条及び第39条の規定に拠ることになる。
(本件発生に至る事由)
1 宝生丸
(1)動力船が表示すべき法定の灯火に加えて船団の識別灯として赤色全周灯1個を表示していたこと
(2)周囲の見張りを十分に行わなかったこと
(3)汽笛不装備で警告信号を行わなかったこと
(4)衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 共漁丸
(1)甲板員の能力等を考慮して操縦の時間を分配するなどの就労体制をとっておらず,B受審人が睡眠不足であったこと
(2)動力船が表示すべき法定の灯火に加えて船団の識別灯として赤色全周灯1個を表示していたこと
(3)居眠り運航の防止措置をとらなかったこと
(4)宝生丸を避けなかったこと
(原因の考察)
本件は,宝生丸が漂泊するに際し,周囲の見張りを十分に行っていたなら,白,紅及び緑3灯を表示して自船に向けて接近する共漁丸に気付くことができ,警告信号を行い,更に接近して機関を前進にかけるなどして同船との衝突を避けるための措置をとっていたなら,防止できたものと認められる。
したがって,A受審人が漂泊中,周囲の見張りを十分に行わなかったこと,汽笛不装備で警告信号を行わなかったこと,及び共漁丸との衝突を避けるための措置をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
他方,西行中の共漁丸が,居眠り運航の防止措置をとり,前路で漂泊中の宝生丸の白,緑2灯を視認して,同船を避けていたなら,本件を防止できたものと認められる。
したがって,B受審人が,眠気を催した際に休息中の甲板員と操縦を替わるなどして,居眠り運航の防止措置をとらなかったこと,宝生丸を避けなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
B受審人が,甲板員の能力等を考慮して操縦の時間を分配するなどの就労体制をとっておらず,自らが睡眠不足の状態であったことは,本件発生の過程で関与した事実であるが,眠気を催した時点で甲板員と交替することにより居眠り運航の防止ができたので,原因としない。しかしながらこれらのことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
両船が,動力船が表示すべき法定の灯火に加えて船団の識別灯として赤色全周灯1個を表示していたことは,付近海域で操業するまき網漁船が船団の識別灯を表示している状況で,同灯を除外して法定の灯火を見ることによってその動静を容易に判断できるものであり,本件発生の過程で灯火の誤認がまったく関与していないことから,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,対馬海峡において,漁場移動のため西行中の共漁丸が,居眠り運航の防止措置が不十分で,漂泊中の宝生丸を避けなかったことによって発生したが,宝生丸が,見張り不十分で,汽笛不装備で警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は,夜間,対馬海峡において,漁場移動のため西行中,眠気を催した場合,連続する夜間操業の間に水揚げを行っていて睡眠不足の状況であったのであるから,居眠り運航とならないよう,休息中の甲板員を起こして操縦を交替するなど,居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,日ごろ眠気を感じる時間帯よりまだ早い時間帯なので,居眠りすることはあるまいと思い,操舵室のいすに腰掛けたまま操縦を続け,居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により,居眠りに陥って宝生丸との衝突を招き,宝生丸の右舷側後部外板に破口を生じて機関室に浸水し,修理費の都合で廃船とさせ,共漁丸の球状船首に破口等を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は,夜間,対馬海峡において,待機のために漂泊する場合,自船に向けて接近する他船の有無を確認できるよう,時々周囲を見るなり,作動中のレーダーを活用するなどして,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,接近する他船があれば漂泊中の自船を避けてくれるものと思い,周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,自船に向けて接近する共漁丸に気付かず,汽笛不装備で警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらないまま漂泊を続けて同船との衝突を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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