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平成17年広審第143号
件名

油送船鹿島丸貨物船シャン ワン衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成18年8月31日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(野村昌志,橋本 學,島 友二郎)

理事官
上田英夫

受審人
A 職名:鹿島丸船長 海技免許:三級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職名:シャン ワン船長

損害
鹿島丸・・・左舷後部外板に凹損等
シャン ワン・・・右舷船首ブルワークに曲損等

原因
シャン ワン・・・港則法不遵守(追越しを中止しなかったこと)(主因)
鹿島丸・・・警告信号不履行(一因)

主文

 本件衝突は,鹿島丸を追い越す態勢のシャン ワンが,追越しを中止しなかったことによって発生したが,鹿島丸が,警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 指定海難関係人Bに対して勧告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年4月8日01時48分15秒
 関門港関門航路
 (北緯33度58.0分 東経130度57.8分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 油送船鹿島丸 貨物船シャン ワン
総トン数 698トン 4,960.00トン
全長 61.97メートル 112.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット 3,353キロワット
(2)設備及び性能等
ア 鹿島丸
 鹿島丸は,平成元年8月に進水した凹甲板船尾船橋型鋼製液化ガスばら積船で,液化ガスタンク2個を有し,船橋前面から船首端までの距離が約47メートルであった。
 船橋最上層の操舵室には,前面中央にジャイロ組込型操舵スタンド,同スタンド左舷側に1号レーダー,船舶自動識別装置(以下「AIS」という。),GPS及び2号レーダーが,右舷側に主機遠隔操縦装置がそれぞれ設けられ,後部左舷側には海図台があり,また,国際VHF無線電話装置及び携帯型昼間信号灯(以下「信号灯」という。)などが備えられていた。
 AISは,船舶の呼出符号,船名,緯度経度による位置,対地針路,船首方位,対地速力及び目的港などを自動的にVHF無線により数秒間隔で送受信する装置で,船舶同士の動静を互いに随時把握することが可能であった。なお,自船の位置はGPS受信機により測定され,同受信アンテナは船橋上方に設置されていた。
 航海速力は,満載状態のとき機関回転数毎分325で10.5ノットであった。また,操縦性能は,同速力前進中,旋回時の最大縦距及び最大横距が左旋回時それぞれ201メートル及び255メートル,同様に右旋回時それぞれ189メートル及び210メートルで,全速力後進発令から船体停止までに要する時間及び航走距離が2分35秒及び469メートルであった。
イ シャン ワン
 シャン ワンは,1995年に建造され,専ら日本国と中華人民共和国の各港間に就航する船尾船橋型鋼製コンテナ船で,船橋前面から船首端までの距離が約95メートルであった。
 船橋最上層の操舵室には,前面中央にレピータコンパス,同左舷側にAIS,同右舷側に国際VHF無線電話(以下「VHF」という。)装置,レピータコンパスの後方にジャイロ組込型操舵スタンドがあり,同スタンド左舷側に1号及び2号レーダー,同スタンド右舷側に主機遠隔操縦装置,ほかにGPSなどがそれぞれ設けられていた。また,後部左舷が海図室,同右舷が無線室となっていた。
 航海速力は,機関回転数毎分188で14ノットほどであった。

3 関門海峡
 関門海峡は,日本海と瀬戸内海とを結ぶ,本州と九州との間にある長さ約15海里の海域で,船舶交通量が極めて多く瀬戸内海西口の重要な航路である。同海峡はほとんどが港則法により定められた関門港の港域であり,関門航路が設けられ,屈曲した最狭部の門司埼付近の可航幅が500メートルほどしかないうえ,潮流が強い海域であった。また,通航船舶は港則法など法令に定める特定の交通方法に従って航行しなければならず,これら船舶に対して関門海峡海上交通センター(以下「関門マーチス」という。)により航行の安全のため情報提供などが行われていた。

4 事実の経過
 鹿島丸は,A受審人ほか6人が乗り組み,プロピレン717.7トンを積載し,船首3.0メートル船尾4.5メートルの喫水をもって,平成17年4月5日18時00分千葉港を発し,豊後水道及び関門海峡を経由する予定で,大韓民国ウルサン港に向かった。
 ところで,A受審人は,船橋当直(以下「当直」という。)を4時間の3直制とし,00時から04時及び12時から16時まで次席一等航海士,04時から08時及び16時から20時まで一等航海士,08時から12時及び20時から24時まで船長及び二等航海士があたるほか,出入港時や狭水道通航時などには自らが操船指揮を執ることとしていた。
 越えて8日01時05分A受審人は,福岡県部埼東方沖の関門航路東口付近に至り,関門海峡通航に備えて昇橋し,当直中の次席一等航海士を手動操舵に,機関長を主機遠隔操縦装置の操作にそれぞれ就け,自らが操船の指揮を執り,01時15分同航路東口で入航したのち,機関を回転数毎分325から290に下げ,航行中の動力船が掲げる灯火を表示して西行した。
 01時41分A受審人は,門司埼灯台から051.5度(真方位,以下同じ。)1,500メートルの地点に達したとき,針路を245度に定め,折からの東流により10度ばかり左方に圧流されて235度ほどの対地針路,同潮流に抗して4.8ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行した。
 針路を定めたときA受審人は,関門マーチスが英語でVHFにより,関門航路を西行する後続船のシャン ワンに対して自船を追い越してはいけない旨の情報提供通信を傍受するとともに,1.5海里レンジとしたレーダーで左舷船尾2度850メートルのところにシャン ワンの映像を認め,間もなく同マーチスからVHFにより同船に注意するようにとの情報提供を受け,その後益々圧流されながら続航した。
 01時44分A受審人は,門司埼灯台から050度1,050メートルの地点で,右舷側を同航する低速の小型貨物船の速力が強潮流の影響を受けてか急激に落ち,同船と並航する状況となり,早期に同状況を解消するため,機関を回転数毎分325として増速したところ,船尾方から長音1回の汽笛を聞き,左舷船尾方490メートルに同汽笛を吹鳴したシャン ワンの掲げる白,白及び緑3灯を認めるとともに,レーダー映像などにより同船が自船を追い越す態勢で急速に接近するのを知ったが,先ほど関門マーチスからシャン ワンが自船を追い越さないようにとの注意を受けていたので,シャン ワンが減速し,安全な距離を保って後続するものと思い,同船に対して追越しを中止するようVHFで伝えることも,信号灯を併用した警告信号も行うことなく進行した。
 01時45分A受審人は,シャン ワンが追越しを断念する気配を見せないまま接近するなか,左舷前方の門司埼西方に反航船2隻を認め,これらの反航船と同埼沖の最狭部付近で行き会う状況となり,シャン ワンの接近に不安を憶えたものの,依然として警告信号を行わずに続航した。
 01時46分A受審人は,門司埼灯台から041度650メートルの地点に達し,一転して右方に急激に圧流され始め,船首方位248度及び対地針路250度となるとともに,シャン ワンが左舷船尾方300メートルに迫るのを認め,衝突の危険を感じたが,どうすることもできず,01時48分15秒門司埼灯台から009度460メートルの地点において,鹿島丸は,船首が249度を向き,266度の対地針路及び4.4ノットの速力で,その左舷後部にシャン ワンの右舷船首部が後方から15度の角度で衝突した。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,視界は良好で,潮候は下げ潮の末期にあたり,付近には6.3ノットの東流があった。
 また,シャン ワンは,B指定海難関係人ほか中華人民共和国人22人が乗り組み,コンテナ貨物2,370.5トンを積載し,船首5.0メートル船尾6.1メートルの喫水をもって,同月8日01時10分関門港田野浦区太刀浦ふ頭を発し,中華人民共和国ニンポー港に向かった。
 B指定海難関係人は,離岸操船に引き続き,操船の指揮を執り,関門海峡通航のため,二等航海士を操船補佐に,甲板員を手動操舵にそれぞれ就け,VHFを聴守するとともに,航行中の動力船が掲げる灯火を表示し,01時30分門司埼灯台から075.5度2.4海里の地点で関門航路に入航し,間もなく船首方1,500メートルばかりを先行する鹿島丸の掲げる船尾灯のほか船橋周りの明かりを認めるとともに,0.75海里及び1.5海里レンジとした2台のレーダーでも同船の映像をそれぞれ識別し,鹿島丸の速力などの動静を確認しながら西行した。
 01時41分B指定海難関係人は,門司埼灯台から057度1.3海里の地点に至ったとき,機関を回転数毎分166の港内全速力前進にかけ,針路を246度に定め,折からの東流に抗して9.6ノットの速力で進行した。
 針路を定めたときB指定海難関係人は,右舷船首1度850メートルの鹿島丸に接近し,同船及び自船の速力模様などから鹿島丸の左舷側を追い越す状況となったのを知り,このまま同船を追い越す態勢でいたところ,関門マーチスからVHFにより,鹿島丸を追い越してはいけない旨の情報提供を受けたが,これに応答せず,そのうち同船が航路の右側端に寄って追い越す余地ができるものと思い,鹿島丸の追越しを中止することなく続航した。
 01時44分B指定海難関係人は,門司埼灯台から055.5度1,520メートルの地点に達し,鹿島丸が右舷船首方490メートルのところまで接近するに至り,このまま進行すると同船が自船を安全に通過させるための動作をとることを必要とし,自船以外の船舶の進路を安全に避けられない状況となるのを知ったものの,依然として鹿島丸の追越しを中止することなく,同船に自船を安全に通過させるための動作をとることを求める意図で,長音1回の汽笛を鳴らして230度ほどの対地針路で続航し,間もなく門司埼西方に反航船2隻を認め,航路の右側に寄るためわずかに右舵をとり,このころから徐々に左方に圧流されながら進行した。
 01時47分B指定海難関係人は,門司埼灯台から051度650メートルの地点に至り,一転して右方に急激に圧流され始めて鹿島丸に著しく接近するようになり,衝突の危険を感じて左舵を命じたが効なく,シャン ワンは,船首が264度を向き,308度の対地針路及び10.6ノットの速力で,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,鹿島丸は,左舷後部外板に凹損などを生じ,シャン ワンは,右舷船首ブルワークに曲損などを生じたが,のちいずれも修理された。

(航法の適用)
 本件は,夜間,港則法の適用される関門港関門航路において,両船が西行中,追い越す態勢で後方から接近するシャン ワンと先行する鹿島丸とが門司埼沖合で衝突したものであり,その適用航法について検討する。
 港則法第14条第4項により,船舶は航路内において他の船舶を追い越してはならないと規定されているが,同法第19条第1項,同法施行規則第39条第2項及び同規則第27条の2第1項により,港則法第14条第4項の規定にかかわらず,関門港の特定航法として,周囲の状況を考慮し,当該他の船舶が自船を安全に通過させるための動作をとることを必要とせず,かつ自船以外の他の船舶の進路を安全に避けられるときは,他の船舶を追い越すことができると規定されており,これらの規定は一般法と特別法の関係にある。
 本件の場合,衝突地点は可航幅が500メートルほどしかない屈曲した最狭部であり,また衝突時は強い東流によって両船ともに圧流方向及びその大きさが急激に変化し,しかも付近に他の同航船及び反航船が存在するなど,周囲の状況を考慮すると,鹿島丸がシャン ワンを安全に通過させるための動作をとらなければ追い越すことが困難なうえ,シャン ワンが他船の進路を安全に避けられない状況にあり,そもそも鹿島丸にはシャン ワンを安全に通過させるための動作をとることができない状況にあった。
 かかる状況下,他の船舶を追い越すことができるとした特定航法による任意規定を適用する余地はなく,一般法の規定である港則法第14条第4項を適用して律するのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 鹿島丸
(1)A受審人が,自船を追い越す態勢で急速に接近するシャン ワンを認めた際,関門マーチスからシャン ワンが自船を追い越さないようにとの注意を受けていたので,シャン ワンが減速し,安全な距離を保って後続するものと思い,同船に対して追越しを中止するよう,信号灯を併用した警告信号を行わなかったこと
(2)A受審人がシャン ワンに対して追越しを中止するようVHFで伝えなかったこと

2 シャン ワン
(1)B指定海難関係人がVHFを傍受していたが,関門マーチスからの呼出しに応答しなかったこと
(2)B指定海難関係人が関門マーチスからVHFにより,鹿島丸を追い越してはいけない旨の情報提供を受けた際,追越しを中止しなかったこと

(原因の考察)
 本件は,鹿島丸が船尾方に追越しの態勢で急速に接近するシャン ワンを認めたとき,警告信号を行って追越しを中止させていたなら,防止できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,関門マーチスからシャン ワンが自船を追い越さないようにとの注意を受けていたので,シャン ワンが減速し,安全な距離を保って後続するものと思い,同船に対して追越しを中止するよう,信号灯を併用した警告信号を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が,シャン ワンに対して追越しを中止するようVHFで伝えなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このような状況下,このことは,海難防止の観点から,直接船間交信により意思疎通を図ることが望まれる。
 一方,シャン ワンが,鹿島丸を追い越す態勢で関門航路を西行中,門司埼沖合の最狭部付近に達する前に,追越しを中止していれば,本件は発生しなかったものと認められる。
 したがって,B指定海難関係人が,関門マーチスからVHFにより,鹿島丸を追い越してはいけない旨の情報提供を受けた際,追越しを中止しなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人がVHFを傍受していたが,関門マーチスからの呼出しに応答しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から,是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件衝突は,夜間,関門航路門司埼沖合において,両船が西行中,鹿島丸を追い越す態勢のシャン ワンが,追越しを中止しなかったことによって発生したが,鹿島丸が,警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は,夜間,強東流下の関門航路門司埼沖合において,同航路を西行中,自船を追い越す態勢で急速に接近するシャン ワンを認めた場合,同船を安全に通過させることが困難な状況であったから,シャン ワンに対して追越しを中止するよう,信号灯を併用した警告信号を行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,先ほど関門マーチスから自船を追い越さないようシャン ワンがVHFにより注意を受けていたので,同船が減速し,安全な距離を保って後続するものと思い,信号灯を併用した警告信号を行わなかった職務上の過失により,シャン ワンとの衝突を招き,鹿島丸の左舷後部外板に凹損などを,シャン ワンの右舷船首ブルワークに曲損などをそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人が,夜間,強東流下の関門航路門司埼沖合において,関門マーチスからVHFにより,先行する鹿島丸を追い越してはいけない旨の情報提供を受けた際,追越しを中止しなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,海難審判法第4条第3項の規定により勧告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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