(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年7月24日07時23分
富山県宮崎鼻沖合
(北緯36度59.5分 東経137度35.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船松栄丸 |
漁船信昌丸 |
総トン数 |
4.98トン |
2.60トン |
登録長 |
9.90メートル |
7.50メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
334キロワット |
70 |
(2)設備及び性能等
ア 松栄丸
松栄丸は,昭和57年3月に進水し,富山県C組合に所属する,中央部やや後方に操舵室を有するFRP製漁船で,当時,刺し網漁に従事していた。操舵室内には,中央に操舵装置,同右舷側に機関操作レバーが,同左舷側にGPSプロッタ及び魚群探知機が装備され,船首部及び船尾部にもコントローラー式の遠隔操舵装置及び遠隔機関操作レバーが設備されていた。航海速力は,機関回転数毎分2,200で20ノット,半速力は,同1,400で12ノットで,11.5ノットを超える速力にすると船首が浮上して,片舷8度の死角が生じた。
イ 信昌丸
信昌丸は,昭和54年2月に進水し,富山県C組合に所属する,中央部に機関室及び操舵室を有するFRP製漁船で,当時,たこつぼ漁に従事していた。操舵室内前面の左舷側から魚群探知機,無線機及びGPSプロッタが装備され,その後方に機関操作レバー及び舵輪が設備されていた。また,左舷船首部の揚網機使用時にも操船可能なように遠隔機関操作レバーと舵用ハンドルが設備されていた。
通常,航走する場合,機関回転数毎分1,200で10ノットとしていた。
3 たこつぼ漁
たこつぼ漁の漁具は,直径8ミリメートル長さ500メートルの幹縄の両端をおもり用の石と錨で固定し,20ないし30メートル間隔でたこつぼを付けた枝縄をブランチハンガーと称する器具で幹縄に繋ぐ。揚収方法は,幹縄の一端に取り付けた浮標を引き揚げ,水深の1.5から2倍の長さに入れた錨ロープを揚網機で巻き込み,石,錨を引き揚げたのち幹縄を巻き込む。枝縄は,揚網機のローラーに掛かる前に取り外して船内に揚げ,たこを取り出した後前部甲板上に並べるとともに再びブランチハンガーで幹縄に繋ぎ敷設に備える。たこつぼは水深40から60メートルの海底に,沖から陸に向かう南北方向に敷設されていた。揚収は凪の時しか行わず,機関は中立のままで,幹縄を巻き揚げるにしたがって,船体は沖側から陸側に移動する。1時間強で漁具の全てを巻き揚げるので,船体は1分間に10メートルほど移動する。
4 事実の経過
松栄丸は,A受審人が1人で乗り組み,刺し網漁の目的で,船首0.3メートル船尾1.3メートルの喫水をもって,平成17年7月24日04時00分富山県宮崎漁港を発し,同港の北東方2海里ばかりの漁場に向かった。
04時15分A受審人は,前日仕掛けておいた第1番目の刺し網の地点に着き,水深80から100メートルのところで,長さ70メートルの網を4枚繋いだ刺し網を45分ほどかけて巻き揚げ,漁獲物を外した後,再び同網を5分ほどかけて仕掛け直し,1箇所に約1時間かけて同作業を繰り返し,第3番目の刺し網を仕掛け直した後,07時16分越中宮崎港西防波堤灯台(以下「西防波堤灯台」という。)から024度(真方位,以下同じ。)2.0海里の地点で,針路を216度に定め,12.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)として,手動操舵により,船首部が浮上して船首方向に片舷8度の死角を生じた状態で帰港の途に就いた。
A受審人は,操舵室内の左舷寄りに立ち,右手で舵輪を操作しながら操船中,左舷前方に見える沖ノ島の北側の島で満潮時に水面下となるところから通称「沖の瀬」と称している干出岩付近に漁船が1隻停まっているのを視認し,C組合で専業としている組合員は13人ばかりなので直ぐに誰の漁船かが分かり,乗り揚げているのか,救助曳航しなければならないか等と思いを巡らせながら進行した。
07時20分少し前A受審人は,西防波堤灯台から017度1.3海里の地点に達したとき,正船首方1,000メートルのところに,漂泊してたこつぼ漁を行っている信昌丸を認め得る状況にあり,同船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近していたが,漁場発進時,前方には他船を認めなかったので,沖の瀬付近に停まっている僚船の様子が気になり,前方の見張りを十分に行わず,この状況に気付かないで,右転するなどして信昌丸を避けることなく続航した。
07時20分少し過ぎA受審人は,西防波堤灯台から015度1.2海里の地点に至り,信昌丸に900メートルの距離にまで接近していることに気付かないまま,10.0ノットに減速し,左舷側のドアから顔を出すようにして,左舷前方1,000メートルばかりに見える前示僚船を注視したまま進行中,07時23分西防波堤灯台から004度1,400メートルの地点において,松栄丸は,原針路原速力のまま,信昌丸の右舷側中央部にほぼ90度の角度で衝突し,同船に乗り揚げて止まった。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮高は下げ潮の初期に当たり,海上は平穏で,視界も良好であった。
また,信昌丸は,B受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,船首0.3メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,同日04時50分宮崎漁港を発し,当初,沖ノ島周辺,同島の東方2海里ばかりの境の沖合,更に同島の西方2海里ばかりの小川の沖合に移動して,はまちねらいのトローリングを行ったものの釣果がなかったことから,06時10分西防波堤灯台から003度1.1海里の地点に至り,法定形象物を掲示しないまま機関を中立とし,5日前に仕掛けておいたたこつぼ漁具の揚収を行うこととした。
B受審人は,枝縄とたこつぼを取り外しながら幹縄を巻き込むだけの速力で南下中,07時20分少し前前示衝突地点に至り,たこつぼをほとんど揚収して船首が180度に向首しているとき,左舷船尾36度1,000メートルのところから,自船に向首し衝突のおそれがある態勢で接近する松栄丸を認め得る状況にあったが,揚収作業に集中していて周囲の見張りが不十分となり,この状況に気付かず,汽笛等の設備がなかったから,組合に所属する全船が設備している無線機を使って注意を促すとか,避航を促すためにスパンカ用のステンレスパイプを叩いて大きな音響を発するとか,錨ロープは水深に対して余裕のある長さであったから同ロープを緩めて機関を後進に入れるなど衝突を避けるための協力動作をとることなく,揚収作業を続けた。
07時23分少し前B受審人は,たこつぼを全部揚収して残った錨ロープを巻き取り中,船首が306度に向首しているとき,ふと右舷方を見て間近に迫った松栄丸に気付き,急遽船尾に逃れた直後,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,松栄丸は,船首材に擦過傷,左舷船首部外板に破口を生じ,信昌丸は,右舷中央部外板及び操舵室を破損し,機関室に浸水を生じたが,のち両船とも修理された。また,B受審人が,2週間の安静加療を要する右肋軟骨損傷及び左下腿打撲を負った。
(本件発生に至る事由)
1 松栄丸
(1)航走中,船首方に死角が生じていたこと
(2)沖の瀬付近に僚船が停まっていたこと
(3)A受審人が,僚船の様子が気になって,前方の見張りを十分に行っていなかったこと
(4)信昌丸を避けなかったこと
2 信昌丸
(1)B受審人が,揚収作業に集中していて周囲の見張りを十分に行っていなかったこと
(2)避航を促すための大きな音響を発しなかったこと
(3)衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
(4)たこつぼ漁具の錨が衝突地点付近にあったこと
(原因の考察)
本件衝突は,松栄丸が,前方の見張りを十分に行っておれば,早期に信昌丸を発見し,同船を避けることができた。
したがって,A受審人が,僚船の様子が気になって,前方の見張りを十分に行っていなかったこと及び信昌丸を避けなかったことは本件発生の原因となる。
航走中,船首方に死角が生じていたことは,本件時,前方の見張りを行っていなかったのであるから,死角が生じていたことが衝突の原因に結びつかず,また,沖の瀬付近に僚船が停まっていたことは,ともに原因とならない。
一方,信昌丸が,周囲の見張りを十分に行っておれば,早期に松栄丸を発見し,その動静を監視することにより,避航を促す音響を発することができ,衝突を避けるための協力動作をとることができた。
したがって,B受審人が,揚収作業に集中していて周囲の見張りを十分に行っていなかったこと,避航を促すための大きな音響を発しなかったこと及び衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは本件発生の原因となる。
たこつぼ漁具の錨が衝突地点付近にあったことは原因とならない。
(海難の原因)
本件衝突は,富山県宮崎鼻沖合において,航行中の松栄丸が,見張り不十分で,漂泊して漁労に従事している信昌丸を避けなかったことによって発生したが,信昌丸が,見張り不十分で,避航を促すための大きな音響を発することなく,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,富山県宮崎鼻沖合において,帰港のため宮崎漁港に向けて航行する場合,信昌丸を見落とすことのないよう,前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,漁場発進時,前方に他船を認めなかったので,沖の瀬付近に停まっている僚船の様子が気になり,前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,漂泊して漁労に従事している信昌丸を避けずに進行して同船との衝突を招き,松栄丸の船首材に擦過傷,左舷船首部外板に破口を生じさせ,信昌丸の右舷中央部外板及び操舵室を破損,機関室に浸水を生じさせ,また,B受審人に2週間の安静加療を要する右肋軟骨損傷及び左下腿打撲を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,富山県宮崎鼻沖合において,漂泊してたこつぼ漁の漁労に従事する場合,左舷方から自船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近する松栄丸を見落とすことのないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,揚収作業に集中していて周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,衝突のおそれがある態勢で,避航の気配のないまま接近する松栄丸に対して避航を促すための大きな音響を発することなく,衝突を避けるための協力動作をとらないで同船との衝突を招き,前示の損傷等を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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