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平成18年横審第3号
件名

漁船信栄丸貨物船イズモ衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成18年8月24日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(清水正男,古川隆一,村松雅史)

理事官
熊谷孝徳

受審人
A 職名:信栄丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
指定海難関係人
B 職名:イズモ二等航海士

損害
信栄丸・・・槍出しに欠損,船首見張り台が倒壊
イズモ・・・左舷側後部外板に擦過傷

原因
信栄丸・・・居眠り運航防止措置不十分,横切り船の航法(避航動作)不遵守(主因)
イズモ・・・動静監視不十分,警告信号不履行,横切り船の航法(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,信栄丸が,居眠り運航の防止措置が不十分で,前路を左方に横切るイズモの進路を避けなかったことによって発生したが,イズモが,動静監視不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年9月18日02時18分
 伊豆半島南東方沖合
 (北緯34度28.8分 東経139度06.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船信栄丸 貨物船イズモ
総トン数 8.5トン 18,602トン
全長 16.90メートル 193.03メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 77キロワット 13,753キロワット
(2)設備及び性能等
ア 信栄丸
 信栄丸は,昭和57年11月に進水した一本つり漁業に従事するFRP製漁船で,船体後部に操舵室を設け,同室前面中央部に舵輪,舵輪の前方にレーダー及び手すりが設置され,同室両舷の間に板を渡して操舵席としていた。レーダーには接近警報装置が組み込まれており,同装置の警報音が操舵室内で聞こえるよう拡声器が増設されていた。
イ イズモ
 イズモは,1997年に就航した船尾船橋型コンテナ船で,船首にサイドスラスタを備え,船首から船橋前面までの距離は149メートルで,前部甲板の船首から53メートル及び同61メートルの箇所並びに後部甲板の船尾から43メートルの箇所に,甲板上の高さ25メートルのクレーンが設備され,東南アジア諸港から,神戸港,京浜港を経由し,米国,メキシコ及び中米の太平洋岸諸港の定期航路に就航していた。
 航海速力は,21.0ノットで,満載状態における旋回性能は,航海速力で航走中に最大舵角35度をとったとき,90度回頭の縦距及び横距は,右旋回が524.4メートル及び673.8メートルで,左旋回が524.4メートル及び625.0メートルであった。また,満載状態において,航海速力で航走中に全速力後進をかけたとき,停止距離は3,408.5メートルで,船体が停止するまでの所要時間は10分24秒であった。

3 事実の経過
 信栄丸は,A受審人が1人で乗り組み,帰島の目的で,船首0.4メートル船尾1.3メートルの喫水をもって,平成17年9月18日01時00分下田港を発し,三宅島坪田漁港に向かった。
 これより先,A受審人は,同月16日静岡県下田市における用事のために坪田漁港を出港し,同日16時に下田港に入港して係留したのち20時に船内で就寝した。翌17日同人は,08時に起床し,上陸して用事を済ませ,19時に帰船してすぐに就寝したものの22時に目が覚め,その後寝付くことができず,翌々18日01時ごろ睡眠不足の状態で強い眠気があり,そのまま出航して航海を続けると居眠り運航となるおそれがあったが,三宅島に帰島して翌朝の操業に間に合わせようと思い,睡眠をとって眠気がなくなるまで出港時刻を遅らせるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとることなく,出航したものであった。
 A受審人は,法定灯火を表示し,操舵席に腰を掛けて出港操船に当たり,01時46分神子元島灯台から091.5度(真方位,以下同じ。)4.0海里の地点で,針路を東京都新島と同式根島の中間に向く144度に定め,機関の回転数を平素の航海時よりも上げた毎分回転数1,700にかけ,12.8ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,北北東風を受けて右方に2度圧流されながら進行した。
 A受審人は,定針したのち自動操舵とし,レーダーを3海里レンジとして,接近警報装置を他船の映像等が2海里に接近すると警報が鳴るように設定して,見張りを続けようとしたが,出港から定針までの操船で紛れていた眠気を催し,操舵席に腰を掛けたまま舵輪前方の手すりに伏せる姿勢をとったところ直ぐに居眠りに陥った。
 02時11分半A受審人は,神子元島灯台から123度8.5海里の地点に至ったとき,接近警報装置の警報音で目を覚まし,右舷船首63度2.0海里のところにイズモのレーダー映像を認め,肉眼でも白,白,紅3灯を初認し,いずれ避航しなければならなくなると考えて手動操舵に切り替えたものの,再び居眠りに陥り,その後同船の方位がわずかに変わるも明確な変化がなく,自船の前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近することを認め得る状況であったが,このことに気付かず,同船の進路を避けなかった。
 02時17分少し前A受審人は,神子元島灯台から125度9.4海里の地点に達し,670メートルの距離に近づいたイズモが自船に向けて昼間信号灯を照射したことも,汽笛を吹鳴したことにも気付かなかった。
 信栄丸は,原針路,原速力で続航し,02時18分神子元島灯台から126度9.7海里の地点において,その船首がイズモの左舷後部に後方から72度の角度で衝突した。
 当時,天候は晴で風力5の北北東風が吹き,潮候は上げ潮の中央期で,視界は良好であった。
 また,イズモは,船長C,B指定海難関係人ほかフィリピン人船員18人並びに韓国人の機関長及び監督が乗り組み,コンテナ貨物11,050トンを満載し,船首7.35メートル船尾8.55メートルの喫水をもって,同月17日09時54分神戸港を発し,京浜港横浜区に向かった。
 B指定海難関係人は,翌18日00時00分静岡県御前埼沖合で甲板手1人と共に船橋当直に就き,航行中の動力船の灯火を表示していることを確認して東行し,01時48分GPSに入力されていた伊豆半島南岸沖合の地点を通過して甲板手を手動操舵に当たらせた。
 02時00分B指定海難関係人は,神子元島灯台から156.5度8.4海里の地点で,針路を062度に定め,機関を全速力前進にかけ,16.7ノットの速力で,北北東風を受けて右方に4度圧流されながら進行した。
 02時10分B指定海難関係人は,神子元島灯台から138.5度8.8海里の地点に至ったとき,左舷船首36度2.5海里に信栄丸の緑1灯を初認し,ARPA機能付きのレーダー画面に同船の情報をベクトル表示させ,02時11分半同灯台から136度8.9海里の地点に達したとき,同船が左舷35度2.0海里となり,その後,その方位がわずかに変わるも明確な変化がなく,自船の前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近することを認め得る状況であったが,初認したころレーダー画面に表示させた同船のベクトルが自船の船尾方に向くように見えたことから無難に替わるものと思い,同船に対する動静監視を十分に行わなかったので,このことに気付かず,警告信号を行わなかった。
 02時15分B指定海難関係人は,神子元島灯台から130度9.4海里の地点に至ったとき,信栄丸が左舷船首34度1,700メートルに接近し,その方位がわずかに変わるもその方位に明確な変化がなく,同船が避航のための適切な動作をとっていないことが明らかになったが,依然として動静監視を十分に行っていなかったので,このことに気付かず,自船の操縦性能を考慮し,大きく右転するなど,直ちに衝突を避けるための動作をとらなかった。
 02時17分少し前B指定海難関係人は,神子元島灯台から128度9.7海里の地点に達し,信栄丸が670メートルの距離に近づいたとき,ようやく衝突の危険に気付き,昼間信号灯を同船に向けて照射すると共に汽笛を吹鳴し,針路を072度に転じ,イズモは,右方に5度圧流されながら,原速力のままで続航し,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,信栄丸は槍出しが欠損し,船首見張り台が倒壊したがのち修理され,イズモは,左舷側後部外板に擦過傷を生じた。

(航法の適用)
 本件は,夜間,伊豆半島南東方沖合において,南東進する信栄丸と北東進するイズモとが衝突した事件であり,衝突地点付近の海域には特別法の適用がないので,一般法である海上衝突予防法によって律することになる。
 海上衝突予防法第15条では,2隻の動力船が互いに進路を横切る場合において衝突のおそれがあるときは,他の船舶を右舷側に見る動力船(避航船)は,当該他の動力船の進路を避けなければならないと規定され,その際,当該他の動力船(保持船)がとるべき動作については,海上衝突予防法第17条に規定されている。
 信栄丸及びイズモが互いに進路を横切る態勢で,信栄丸は右舷前方にイズモを認め,イズモは左舷前方に信栄丸を認めていたのであるから,海上衝突予防法第15条に規定する横切り船の航法が適用され,信栄丸が避航船となり,イズモが保持船となる。
 海上衝突予防法第17条第1項では,保持船は,その針路及び速力を保たなければならないこと,同条第2項では,避航船が適切な動作をとっていないことが明らかになった場合は,直ちに避航船との衝突を避けるための動作をとることができること,同条第3項では,避航船と間近に接近したため,当該避航船の動作のみでは避航船との衝突を避けることができないと認める場合は,衝突を避けるための最善の協力動作をとらなければならないことが規定されている。
 イズモは,前示のとおり総トン数18,602トン,全長193.03メートル,旋回の縦距及び横距は共に500メートル以上で,停止距離は3キロメートル以上,停止するまでの所要時間は10分以上であり,このような操縦性能を有するイズモが保持船である場合,避航船である信栄丸の動作のみでは衝突を避けることができないと認める時点においては,もはや最善の協力動作として衝突回避に有効な動作をとることはできないと認められることから,海上衝突予防法第17条第3項を適用することは相当でない。
 本件においては,避航船である信栄丸が原針路,原速力のまま衝突のおそれがある態勢で接近していたのであるから,同船が海上衝突予防法第8条(衝突を避けるための動作)及び同第16条(避航船)の規定に基づく避航のための適切な動作をとっていないことが明らかであり,かつ,保持船であるイズモに衝突を避けるための動作をとるうえで妨げとなるものはない状況であったことから,海上衝突予防法第17条第2項を適用するのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 信栄丸
(1)A受審人が睡眠不足の状態で強い眠気があったこと
(2)三宅島に帰島して翌朝の操業に間に合わせようと思ったこと
(3)睡眠をとって眠気がなくなるまで出港時刻を遅らせるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったこと
(4)居眠りに陥り,イズモの進路を避けなかったこと

2 イズモ
(1)B指定海難関係人が初認したころレーダー画面に表示させた信栄丸のベクトルが自船の船尾方に向くように見えたことから無難に替わるものと思ったこと
(2)動静監視を十分に行わなかったこと
(3)警告信号を行わなかったこと
(4)衝突を避けるための動作をとらなかったこと

(原因の考察)
 本件は,信栄丸が,居眠り運航防止措置を十分にとっていれば,発生を防止できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,睡眠不足の状態で強い眠気があったこと,三宅島に帰島して翌朝の操業に間に合わせようと思い,睡眠をとって眠気がなくなるまで出港時刻を遅らせるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったこと及び居眠りに陥りイズモの進路を避けなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 一方,イズモが,動静監視を十分に行っていれば,衝突のおそれのある態勢で接近する信栄丸に気付き,警告信号を行うことにより,また,同船が適切な動作をとっていないことが明らかになったことに気付き,直ちに衝突を避けるための動作をとることにより,本件発生を防止できたものと認められる。
 したがって,B指定海難関係人が,初認したころレーダー画面に表示させた信栄丸のベクトルが自船の船尾方に向くように見えたことから無難に替わるものと思い,動静監視を十分に行わなかったこと,警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための動作をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。

(海難の原因)
 本件衝突は,夜間,伊豆半島南東方沖合において,両船が互いに進路を横切り,衝突のおそれがある態勢で接近中,南東進中の信栄丸が,居眠り運航の防止措置が不十分で,前路を左方に横切るイズモの進路を避けなかったことによって発生したが,北東進中のイズモが,動静監視不十分で,警告信号を行わず,信栄丸が避航のための適切な動作をとっていないことが明らかになった際,直ちに衝突を避けるための動作をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は,夜間,静岡県下田港を出港するに当たり睡眠不足の状態で強い眠気があった場合,居眠り運航とならないよう,睡眠をとって眠気がなくなるまで出港時刻を遅らせるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,三宅島に帰島して翌朝の操業に間に合わせようと思い,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,出港後,伊豆半島南東方沖合において南東進中,居眠りに陥り,前路を左方に横切り,衝突するおそれがある態勢で接近するイズモに気付かず,その進路を避けないまま進行して同船との衝突を招き,信栄丸の槍出しに欠損を生じさせ,船首見張り台を倒壊させ,イズモの左舷後部外板に擦過傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 B指定海難関係人が,夜間,伊豆半島南東方沖合を北東進する際,動静監視を十分に行わなかったこと,警告信号を行わなかったこと及び信栄丸が避航のための適切な動作をとっていないことが明らかになった際,直ちに衝突を避けるための動作をとらなかったことは本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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