(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年7月31日14時15分
宮城県金華山瀬戸
(北緯38度18.1分 東経141度32.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
旅客船レスポワール |
漁船第十五金比羅丸 |
総トン数 |
82トン |
1.5トン |
全長 |
25.82メートル |
|
登録長 |
|
6.90メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
1,471キロワット |
58キロワット |
(2)設備及び性能等
ア レスポワール
レスポワールは,昭和62年5月に進水した軽合金製双胴船型の旅客船で,旅客定員を150人とし,宮城県女川港と同県金華山港の間を1日に7往復する定期航路に就航していた。
操舵室は,船体中央部に設けられ,同室内には,前部中央に磁気コンパス及び舵輪を,その左舷側に船横方向に並んだ同型のレーダー2台を,同右舷側にGPS及び主機遠隔制御盤をそれぞれ備え,舵輪の後方とその両側に各1脚のいすを設置していた。
運航基準で定められた基準速力は,航海速力,港内全速,半速,微速及び最微速が,それぞれ27ノット,25ノット,17ノット,10ノット及び5ノットとされており,船舶件名表の海上試運転成績によると,全速力前進中,舵角35度をとったとき,90度回頭するまでに要する時間が左旋回では13.0秒,右旋回では14.2秒で,全速力後進発令から船体停止までに要する時間が29.8秒であった。
イ 第十五金比羅丸
第十五金比羅丸(以下「金比羅丸」という。)は,昭和61年10月に進水した,全長が7メートル以上12メートル未満の無蓋(むがい)のFRP製漁船で,平素は宮城県新山漁港や金華山の周辺海域で刺網漁業及び定置網漁業に従事していた。
搭載されている設備は,船尾端に船外機,右舷後部に同機の遠隔操縦装置,GPS及び魚群探知機があったが,レーダー,汽笛及び号鐘を備えてなく,全長12メートル未満の船舶が汽笛及び号鐘を備えない場合に講じておかなければならない,有効な音響による信号を行うことができる他の手段もなく,音響信号設備を備えていなかった。
3 事実の経過
レスポワールは,A受審人ほか2人が乗り組み,旅客23人を乗せ,船首0.6メートル船尾1.6メートルの喫水をもって,平成17年7月31日14時10分金華山瀬戸に面した金華山港を発し,同日第5便の復航として,女川港に向かった。
A受審人は,舵輪後方のいすに腰掛けて手動操舵で操船にあたり,三陸沖に海上濃霧警報及び石巻地域に濃霧注意報が発表されて,港内の視程が運航基準で定めた発航中止条件以下ではなかったものの,霧により視界制限状態となっていたことから,汽笛の自動吹鳴装置によって霧中信号を開始するとともに,航行中の動力船の灯火を表示したほか,操舵室上方のマストに黄色回転灯を点灯し,2台のレーダーを3.0海里レンジと0.75海里レンジで作動させて航行した。
14時13分半A受審人は,金華山445メートル頂(以下「金華山頂」という。)から276.5度(真方位,以下同じ。)1.0海里の地点に至り,金華山瀬戸を北上するよう針路を003度に定めたところ,濃霧の中に入って視程が100メートルに狭められ,平素どおりに航海速力とするのを控え,機関を微速力前進よりも少し上回る回転数にかけ,11.9ノットの対地速力とし,機関長と甲板員をそれぞれ右舷側と左舷側のいすに腰掛けさせ,見張りの補助に就かせた。
針路を定めたとき,A受審人は,レーダーで正船首550メートルに漂泊している金比羅丸を探知でき,その後同船と著しく接近することを避けることができない状況であると認めることができたが,折しも同船の背後には金華山瀬戸の最狭部を横断する送電線が架かっており,0.75海里レンジとしたレーダーには同送電線の映像だけが映っていたことから,濃霧の同瀬戸を航行する船は自船以外にはいないものと思い,レーダーの感度調整やレンジの切換えを適切にして小さい物標を探知するなど,レーダーによる見張りを十分に行うことなく,この状況に気付かないまま,針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,また,必要に応じて行きあしを止めることもせずに進行した。
14時15分わずか前A受審人は,船首至近に濃霧の中からぼんやりと現れた金比羅丸の左舷後部を初めて視認し,目を凝らして見て船であることを知り,右舵一杯をとるとともに,機関を全速力後進としたものの,効なく,14時15分金華山頂から292度1.1海里の地点において,レスポワールは,ほぼ原針路,原速力のまま,その船首が金比羅丸の左舷船尾に後方から63度の角度で衝突した。
当時,天候は霧で風力1の南風が吹き,視程は100メートルで,潮候は上げ潮の中央期であった。
また,金比羅丸は,B受審人が1人で乗り組み,友人3人を乗せ,趣味の魚釣りの目的で,船首0.10メートル船尾0.15メートルの喫水をもって,同日08時30分新山漁港を発し,金華山瀬戸の釣り場に向かった。
B受審人は,霧がかかる旨天気予報が報じていたのを知っていたものの,まだ視界が良好だったことから,発航したもので,金華山瀬戸を南下し,09時00分金華山港の900メートル南方沖合に至り,漂泊して魚釣りを開始した。
11時ごろB受審人は,北方の視界は依然として良好であったものの,南方から霧堤が接近し,視程が500メートルに狭められて視界制限状態となったのを認め,霧中では見張りも霧中信号及び注意喚起信号も行う手段がなかったが,このようなとき他船は減速航行するので船影が見えてからでも避けることができると思い,速やかに帰港することなく,魚釣りを続けた。
12時ごろB受審人は,視程が200メートルとなり,12時25分いったん釣り場を発進して金華山港に寄港し,昼食をとって休憩したのち,13時20分午前中と同じ釣り場に戻り,13時50分新山漁港に帰港するつもりで釣り場を発進し,金華山瀬戸を北上して同瀬戸の最狭部に差し掛かったころ,その辺りが良い釣り場であったことから,もう一度魚釣りをすることとした。
14時00分B受審人は,衝突地点において,船首を270度に向けて漂泊し,航行中の動力船の灯火を表示しないまま,自らは魚釣りに加わらないで右舷船尾に立ち,舵輪と船外機のクラッチハンドルを握り,友人に三度(みたび)魚釣りを開始させたところ,視程が100メートルになり,しばらくしてレスポワールの霧中信号を聞き,クラッチを入れたり切ったりして,移動しないようにしながら霧の中に目を凝らすうち,14時15分わずか前左舷正横至近に濃霧の中からぼんやりと現れた同船の船首部を初めて視認し,右舵一杯をとり,クラッチを前進に入れたものの,効なく,金比羅丸は,船首が300度に向き,ほぼ停止状態で,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,レスポワールは,左舷船首部外板に擦過傷を生じ,金比羅丸は,左舷船尾ブルワークに凹損と同甲板に亀裂を生じたが,のち修理された。
(航法の適用)
本件は,霧により視界制限状態となった金華山瀬戸において,北上するレスポワールと漂泊中の金比羅丸とが衝突したもので,両船が互いに他船の視野の内にないことから,海上衝突予防法第19条が適用される。
レスポワールが定針したとき,金比羅丸との距離は550メートルであったから,レスポワールとしては,同19条第4項の規定に従うことは,時機を失しており,同6項の規定に依らなければならない。
(本件発生に至る事由)
1 レスポワール
(1)レーダーには送電線の映像だけが映っていたことから,濃霧の金華山瀬戸を航行する船は自船以外にはいないものと思い,レーダーの感度調整やレンジの切換えを適切にして小さい物標を探知するなど,レーダーによる見張りを十分に行わなかったこと
(2)針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったこと
2 金比羅丸
レーダー及び音響信号設備を備えていないにもかかわらず,霧堤が接近した際,霧がかかっているとき他船は減速航行するので船影が見えてからでも避けることができると思い,速やかに帰港しなかったこと
3 その他
金華山瀬戸の視界が制限されていたこと
(原因の考察)
本件は,レスポワールにおけるレーダーによる見張りが十分に行われ,金比羅丸を探知して,その後同船と著しく接近することを避けることができない状況であると認め,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,また,必要に応じて行きあしを止めていたならば,発生しなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,レーダーには送電線の映像だけが映っていたことから,濃霧の金華山瀬戸を航行する船は自船以外にはいないものと思い,レーダーの感度調整やレンジの切換えを適切にして小さい物標を探知するなど,レーダーによる見張りを十分に行わず,針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,また,必要に応じて行きあしを止めることもしなかったことは,本件発生の原因となる。
一方,金比羅丸における霧中信号及びレーダーによる見張りが行われ,レスポワールに対して注意喚起信号を行っていたならば,やはり本件は発生しなかったものと認められる。
ところが,金比羅丸は,レーダーを備える義務がないことから,これを備えておらず,また,全長が12メートル未満の船舶として,汽笛及び号鐘を備えない場合には,有効な音響による信号を行うことができる他の手段を講じておかなければならない義務があったところ,同義務に反して音響信号設備を備えていないことから,見張りも霧中信号及び注意喚起信号も行う手段がなく,霧中において衝突の発生を防止するには,霧堤が接近した際,速やかに帰港するしかなかった。
したがって,B受審人が,レーダー及び音響信号設備を備えていないにもかかわらず,霧堤が接近した際,霧がかかっているとき他船は減速航行するので船影が見えてからでも避けることができると思い,速やかに帰港しなかったことも,本件発生の原因となる。
金華山瀬戸の視界が制限されていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,海上の気象現象としては特異なものではないうえ,海上衝突予防法には視界制限状態において遵守すべき規定が定められており,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件衝突は,霧による視界制限状態の金華山瀬戸において,北上中のレスポワールが,レーダーによる見張り不十分で,漂泊中の金比羅丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったことと,レーダー及び音響信号設備を備えない金比羅丸が,霧堤が接近した際,速やかに帰港しなかったこととによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,霧による視界制限状態の金華山瀬戸を北上する場合,同瀬戸で漂泊中の金比羅丸のレーダー映像を見落とすことのないよう,レーダーの感度調整やレンジの切換えを適切にして小さい物標を探知するなど,レーダーによる見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかし,同人は,レーダーには送電線の映像だけが映っていたことから,濃霧の金華山瀬戸を航行する船は自船以外にはいないものと思い,レーダーの感度調整やレンジの切換えを適切にして小さい物標を探知するなど,レーダーによる見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,金比羅丸のレーダー映像を見落とし,同船と著しく接近することを避けることができない状況であることに気付かず,針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,また,必要に応じて行きあしを止めることもせずに進行して衝突を招き,レスポワールの左舷船首部外板に擦過傷を,金比羅丸の左舷船尾ブルワークに凹損と同甲板に亀裂をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,金華山瀬戸で魚釣り中,霧堤が接近した場合,レーダー及び音響信号設備を備えておらず,霧中では見張りも霧中信号及び注意喚起信号も行う手段がなかったから,速やかに帰港すべき注意義務があった。しかし,同人は,霧がかかっているとき他船は減速航行するので船影が見えてからでも避けることができると思い,速やかに帰港しなかった職務上の過失により,金華山瀬戸で漂泊して衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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