(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年11月3日00時40分
沖縄県八重山列島西表島南西方沖合
(北緯24度11.8分 東経123度25.1分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第5善幸丸 |
貨物船エクスプレス タワー |
総トン数 |
4.1トン |
10,139.00トン |
全長 |
11.50メートル |
146.34メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
189キロワット |
5,663キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第5善幸丸
第5善幸丸(以下「善幸丸」という。)は,平成元年8月に進水した一層甲板型FRP製漁船で,船首端から約9メートルのところに操舵室を設け,同室前部には,中央に舵輪を,左舷側にGPSプロッター及び魚群探知器をそれぞれ配置していた。また,操舵室上方に高さ1.2メートルのマストを設置し,海面上からの高さが3.3メートルの同マスト頂部に60ワットの白色全周灯を,同灯の下方にマスト灯及び両色灯を縦掲し,同室後壁に後部甲板を照射する60ワットの作業灯1個を備えていた。
イ エクスプレス タワー
(ア)船体構造等
エクスプレス タワー(以下「エ号」という。)は,1987年11月に建造された,船尾船橋型の鋼製コンテナ船で,船首楼後方に4つの貨物倉を設け,船橋楼最上部に操舵室を配しており,同室の前部中央にレピーターコンパス,右舷側にエンジンテレグラフ,同コンパスの後方に操舵スタンド,同スタンドの両舷に第1及び第2レーダーをそれぞれ設置し,第1レーダーの後方に航海灯制御盤を設け,第2レーダーの後方に海図台を,同台上にGPSを備えていた。
操縦性能表によれば,満載時の最大速力がプロペラ回転数毎分112の17.0ノットで,同速力における右舵35度での最大縦距及び最大横距が,430メートル及び490メートル,左舵35度での最大縦距及び最大横距が,430メートル及び460メートルで,同速力からの最短停止距離が1,730メートル,所要時間が6分4秒となっていた。
(イ)運航形態等
エ号は,台湾と中華人民共和国各港間で定期コンテナ輸送に従事し,同国と台湾の港間においては,直行が禁じられていることから,第三国の港に一旦寄港して通関を終えたのち,目的地に向かうクリアランス船と呼ばれる運航形態をとり,クリアランス取得手続きのため,ほぼ10日毎に沖縄県石垣港に入港していた。
エ号の船橋当直体制は,01時から05時まで及び13時から17時までを二等航海士,05時から09時まで及び17時から21時までを一等航海士,09時から13時まで及び21時から01時までを三等航海士がそれぞれ当たる4時間3直制で,各直に甲板手1人を配して2人当直体制としていた。
3 事実の経過
善幸丸は,A受審人が1人で乗り組み,砕氷400キログラムを積載し,はまだい及びおおひめなどの一本釣り漁の目的で,船首0.5メートル船尾1.3メートルの喫水をもって,平成16年11月2日06時30分沖縄県石垣漁港を発し,09時30分同県仲ノ御神島南西方沖合約12海里で,水深約300メートルの漁場に至って操業を開始した。
18時30分A受審人は,昼の操業を終えて漁場を変えるため,東北東方に約2海里移動し,19時00分西表島の船浮港灯台から240度(真方位,以下同じ。)18.2海里で,水深150メートルの地点に至り,右舷側のアンカー台から重さ7キログラムの錨を投じ,直径5ミリメートルの合成繊維製の錨索を長さ200メートル延出して船首のたつに係止し,船首を000度に向け,機関を停止して錨泊を開始し,法定の錨泊灯として60ワットの白色全周灯を,また後部甲板を照射する60ワットの作業灯をそれぞれ点灯させ,同甲板上で立って手釣りを始めた。
ところで,A受審人は,平素前示錨泊地点付近で,昼夜を問わず頻繁に操業していたことから,同地点付近が,クリアランス取得手続きのため,台湾と石垣港間を往来する大型船の航路上に当たり,近年同大型船の数が大幅に増えていることを知っていた。
22時30分A受審人は,前示錨泊地点で漁を終え,法定の錨泊灯及び作業灯が点灯していることを確認したのち,23時00分翌朝の漁に備えて休息をとることとしたが,往来する大型船が,錨泊する自船を避けてくれるものと思い,台湾と石垣港間を往来する大型船の航路から十分に離れた仲ノ御神島寄りの安全な錨地に転錨することなく,船員室で就寝した。
こうして,A受審人は,船首を000度に向けたまま錨泊を続け,船員室で休息中,翌3日00時40分船浮港灯台から240度18.2海里の地点において,善幸丸の左舷船首部にエ号の右舷前部が後方から45度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力4の北東風が吹き,潮侯は下げ潮の中央期で,波高1.5メートルのうねりがあった。
A受審人は,大きな衝撃を感じ,飛び起きて船尾甲板に出ると,大型船が左舷側を擦過しながら通り過ぎるのを認めたので,直ちに付近の僚船に衝突した旨を伝え,航行が可能なことを確認し,石垣漁港に向けて発進した。そして,損傷状況及び浸水の有無を確認しながら航行を続けて05時00分同漁港に入港し,石垣海上保安部に衝突の事実を報告した。
また,エ号は,船長B及び三等航海士Cほかいずれも中華人民共和国の国籍を有する16人が乗り組み,総重量5,531トンのコンテナ650TEUを積載し,船首5.5メートル船尾7.3メートルの喫水で,平成16年11月2日04時55分(日本標準時,以下同じ。)台湾高雄港を発し,クリアランス取得手続きのため,石垣港に寄港する予定で,中華人民共和国青島港に向かった。
C三等航海士は,同年8月エ号に乗船したのち,これまでに幾度か石垣港に入港した経験を有し,八重山列島付近の海域には,小型漁船がよく操業していることを知っていた。
21時00分C三等航海士は,西表島の南西方沖合約70海里の地点において一等航海士と交替し,甲板手1人とともに船橋当直に就いて法定灯火の表示を確認したのち,第2レーダーを作動させて同レーダーレンジを6海里とし,レピーターコンパスの左舷側に立ち,前路の見張りに当たりながら北上した。
23時00分C三等航海士は,船浮港灯台から232度42.1海里の地点で,針路を045度に定め,機関を全速力前進よりやや落とした14.5ノットの対地速力で,自動操舵により進行した。
翌3日00時36分C三等航海士は,船浮港灯台から239度19.3海里の地点に達し,正船首1,790メートルのところに錨泊中の善幸丸の白色全周灯と作業灯を視認することができ,同船が錨泊中であることを認め得る状況となったが,前路を一瞥して支障となる他船はいないものと思い,前路の見張りを十分に行わなかったので,善幸丸を見落とし,同船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かなかった。
こうして,C三等航海士は,依然前路の見張りが不十分で,善幸丸を避けることなく続航中,エ号は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,善幸丸は左舷船首部外板に亀裂及び擦過傷を,エ号は右舷前部外板に擦過傷を生じたが,のちいずれも修理された。
エ号は,C三等航海士が,衝突の事実を認識しないまま航行を続け,石垣港でクリアランス取得手続きを終了したのち,青島港に向けて北上中,同日12時30分飛来した第十一管区海上保安本部の航空機から衝突の有無について確認を求められ,石垣島の平久保埼北西方沖合約30海里の地点において停船し,石垣海上保安部巡視艇による事情聴取及び右舷前部外板に付着した塗膜片採取に応じたのち,同港に向かった。鑑定の結果,善幸丸とエ号とが衝突したことが立証された。
(本件発生に至る事由)
1 善幸丸
(1)A受審人が,西表島南西方沖合で,台湾と石垣港間を往来する大型船の航路上に錨泊して操業していたこと
(2)A受審人が,操業を終えて就寝する際,往来する大型船が錨泊する自船を避けてくれるものと思い,安全な錨地に転錨しなかったこと
(3)A受審人が,船員室で就寝していたこと
2 エ号
(1)C三等航海士が,一瞥して他船はいないものと思い,前路の見張りを十分に行わなかったこと
(2)C三等航海士が,錨泊中の善幸丸の存在に気付かなかったこと
(3)C三等航海士が,錨泊中の善幸丸を避けなかったこと
(原因の考察)
本件は,エ号が,西表島南西方沖合を北上中,前路の見張りを十分に行っていたならば,錨泊中の善幸丸の存在に気付いて同船を容易に避けることが可能で,衝突を回避できていたものと認められる。
したがって,C三等航海士が,一瞥して他船はいないものと思い,前路の見張りを十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
一方,善幸丸が,西表島南西方沖合において錨泊中,操業を終えて就寝する際,安全な錨地に転錨していたならば,衝突を回避できていたものと認められる。
したがって,A受審人が,往来する大型船が,錨泊する自船を避けてくれるものと思い,安全な錨地に転錨しなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,西表島南西方沖合で,台湾と石垣港間を往来する大型船の航路上に錨泊して操業していたこと及び船員室で就寝していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
(海難の原因)
本件衝突は,沖縄県西表島南西方沖合において,北上中のエ号が,見張り不十分で,前路で錨泊中の善幸丸を避けなかったことによって発生したが,善幸丸が安全な錨地に転錨しなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,沖縄県西表島南西方沖合において,錨泊中,操業を終えて就寝する場合,錨泊地点付近が,クリアランス取得手続きのため,台湾と石垣港間を往来する大型船の航路上にあるのを知っていたのであるから,同航路から十分に離れた仲ノ御神島寄りの安全な錨地に転錨すべき注意義務があった。しかるに,同人は,往来する大型船が,錨泊する自船を避けてくれるものと思い,安全な錨地に転錨しなかった職務上の過失により,同地点で錨泊を続けてエ号との衝突を招き,善幸丸の左舷船首部外板に亀裂及び擦過傷を,エ号の右舷前部外板に擦過傷をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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