(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年8月18日14時56分
千葉県勝浦港東方沖合
(北緯35度13.6分 東経140度34.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船菱鹿丸 |
漁船むさし丸 |
総トン数 |
689トン |
4.31トン |
全長 |
73.315メートル |
13.40メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,323キロワット |
235キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 菱鹿丸
菱鹿丸は,平成4年6月に進水した沿海区域を航行区域とする船尾船橋型鋼製貨物船で,茨城県鹿島港で積荷し,愛知県名古屋港,静岡県沼津港などで揚荷する,専らエチレングリコールの輸送に従事していた。
また,操舵装置は通常,舵角50度までとれたが,舵角を切り替えると最大70度までとることができ,海上公試運転成績書によれば,平均喫水4.558メートル,対水速力11.7ノットで前進中,舵角35度をとって右旋回を行ったとき,90度回頭するまでの旋回縦距及び旋回横距は,174メートル及び123メートルで,360度旋回したときの最大横距は220メートルであり,また,左旋回を行ったとき,90度回頭するまでの旋回縦距及び旋回横距は,175メートル及び123メートルで,360度旋回したときの最大横距は210メートルであった。さらに,対水速力12.9ノットで航走中,全速力後進発令から船体停止までに要する時間及び航走距離は,それぞれ2分06秒及び567メートルであった。
船橋には,前面中央部に操船用のジャイロコンパスレピーター,中央部に操舵スタンド,その右舷側にジャイロコンパスと機関制御盤,左舷側にレーダー2台がそれぞれ装備されていた。
イ むさし丸
むさし丸は,昭和56年3月に進水した一本釣り漁に従事するFRP製漁船で,船体中央部少し後方の甲板上に操舵室があり,レーダー,GPS,魚群探知機,エアーサイレン等が装備され,操舵輪がなく遠隔操舵のみで,B受審人が同室左舷側の左右に渡した板に腰をかけると眼が前面の窓の高さになり,周囲を見渡すことができた。
3 事実の経過
菱鹿丸は,A受審人ほか5人が乗り組み,空倉のまま,船首1.8メートル船尾3.9メートルの喫水をもって,平成17年8月18日08時20分京浜港横浜区を発し,鹿島港に向かった。
A受審人は,出港後京浜港横浜区で揚荷した貨物油タンクの洗浄を終え,15時から洗浄水をスロップタンクに移送する作業を行う予定とし,当直中の甲板長を作業に加えるため14時50分昇橋して当直を引き継いで単独の船橋当直に当たり,太東埼灯台から131度(真方位,以下同じ。)9.1海里の地点で,針路を035度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,12.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。
定針したころA受審人は,右舷船首60度1.5海里ばかりに陸に向かう7隻の漁船群と,同群から少し北方に離れた右舷船首方2.4海里にむさし丸を初認し,その後漁船群が自船の船尾に向首したのを認めた。
A受審人は,操舵スタンドの後方に立って見張りに当たり,14時53分太東埼灯台から127度9.0海里の地点に達したとき,むさし丸が右舷船首23度1.2海里となり,その後同船が前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近したが,自船の船首を替わっていくものと思い,操舵スタンドの後方から前面右端の窓を通してむさし丸の位置と窓枠とを比較しただけで,前面中央のジャイロコンパスレピーターにシャドーピンを立てて同船の方位を測ったり,レーダーを活用したりするなどして同船に対する動静監視を十分に行わなかったので,同船が衝突のおそれのある態勢で接近していることに気付かず,早期に大幅に右転したり,機関を停止したりするなど,同船の進路を避けることなく続航した。
A受審人は,手動操舵に切り替えて進行し,14時56分少し前右舷船首至近に迫ったむさし丸の船首が振れ針路を左に転じたように見え,危険を感じ,汽笛を鳴らして左舵をとり,回頭中に最大舵角を70度に切り替え左舵一杯とし機関を停止したものの及ばず,14時56分太東埼灯台から123.5度9.0海里の地点において,菱鹿丸は,004度に向首し,原速力のまま,その右舷中央部にむさし丸の船首が前方から70度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力2の南風が吹き,潮候は上げ潮の末期であった。
また,むさし丸は,B受審人が1人で乗り組み,いか一本釣り漁業の目的で,船首0.35メートル船尾1.48メートルの喫水をもって,同日03時00分千葉県岩和田漁港を発し,同漁港東方18海里ばかりの漁場に向かった。
B受審人は,04時20分漁場に至って操業を開始し,13時26分いか100キログラムを獲たところで操業を終え,その後漁具などを片付け,1.5メートル間隔で25個のいか針を付けているナイロン製の釣り糸をワイヤから外しひとまとめにして操舵室に持ち込み,13時46分半わずか過ぎ太東埼灯台から091.5度22.5海里の地点を発し,針路を岩和田漁港に向く254度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進から少し落とした回転数毎分2,000にかけ,13.5ノットの速力で進行した。
B受審人は,船首からしぶきを受けて続航し,レーダーレンジを適宜切り替えないで1.5海里としたまま,レーダーを時折見ながら進行し,14時47分岩和田漁港まで12.2海里であることをGPSで確認して,レーダーに他船の映像が映っていないことから,接近する他船はいないものと思い,操舵室左舷側の板に右方を向いて腰をかけ,釣り糸が古くなるといかが釣れにくくなることから新しい糸に取り替えるため,操舵室に持ち込んだ釣り糸をとり,結び目を包丁で切っていか針を外す作業を始めた。
14時53分B受審人は,太東埼灯台から120.5度9.5海里の地点に達したとき,左舷船首16度1.2海里のところに菱鹿丸を視認でき,その後同船が前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近したが,依然,接近する他船はいないものと思い,レーダーを監視するなど,見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かず,警告信号を行うことも,さらに間近に接近したとき,右転するなど衝突を避けるための協力動作をとることもなく続航し,14時56分むさし丸は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,菱鹿丸は右舷中央部外板に凹損等を生じ,むさし丸は船首部を圧壊したが,のち修理され,B受審人は,左多発肋骨骨折,肺挫傷,血気胸及び右胸鎖関節骨折を負った。
(航法の適用)
本件は,千葉県勝浦港東方沖合において,北東進する菱鹿丸と西行するむさし丸が衝突したものであり,海上衝突予防法を適用し,第15条横切り船の航法で律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 菱鹿丸
(1)むさし丸が自船の船首を替わっていくものと思い,むさし丸に対する動静監視を十分に行わなかったこと
(2)むさし丸の進路を避けなかったこと
2 むさし丸
(1)レーダーレンジを適宜切り替えなかったこと
(2)接近する他船はいないものと思い,見張りを十分に行わなかったこと
(3)警告信号を行わなかったこと
(4)菱鹿丸が間近に接近したとき衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
(原因の考察)
本件は,菱鹿丸が,むさし丸の動静監視を十分に行っていたなら,その後同船が前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近することが分かり,同船の進路を避けることにより,発生を防止できたものと認められる。
したがって,A受審人が,むさし丸が自船の船首を替わっていくものと思い,むさし丸の動静監視を十分に行わなかったこと及び同船の進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
一方,むさし丸が,見張りを十分に行っていたなら,菱鹿丸を視認することができ,その後同船が前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近することが分かり,菱鹿丸に対する警告信号を行うことができ,間近に接近したとき衝突を避けるための協力動作をとることができたものと認められる。
したがって,B受審人が,接近する他船はいないものと思い,見張りを十分に行わなかったこと,警告信号を行わなかったこと及び間近に接近したとき衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
B受審人が,レーダーレンジを適宜切り替えなかったことは,本件発生の過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から早期に接近する他船を発見するためレーダーレンジを適宜切り替えるよう是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,千葉県勝浦港東方沖合において,両船が互いに進路を横切り衝突のおそれのある態勢で接近した際,北東進中の菱鹿丸が,動静監視不十分で,前路を左方に横切るむさし丸の進路を避けなかったことによって発生したが,西行中のむさし丸が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,千葉県勝浦港東方沖合において,茨城県鹿島港に向け北東進中,右舷方にむさし丸を認めた場合,衝突のおそれの有無を判断できるよう,ジャイロコンパスレピーターにシャドーピンを立てて同船の方位を測ったり,レーダーを活用したりするなどして同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,自船の船首を替わっていくものと思い,むさし丸に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,同船と衝突のおそれのあることに気付かず,早期に大幅に右転したり,機関を停止したりするなど,同船の進路を避けずに進行して衝突を招き,菱鹿丸の右舷中央部外板に凹損等を,むさし丸の船首部に圧壊等をそれぞれ生じさせ,B受審人に左多発肋骨骨折,肺挫傷,血気胸及び右胸鎖関節骨折を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B受審人は,千葉県勝浦港東方沖合において,漁場から同県岩和田漁港に向け西行する場合,接近する他船を見落とすことのないよう,レーダーを監視するなど,見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,レーダーに他船の映像が映っていないことから,接近する他船はいないものと思い,釣り糸からいか針を外す作業に専念して見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,左舷方から衝突のおそれのある態勢で接近する菱鹿丸に気付かず,警告信号を行うことも,衝突を避けるための協力動作をとることもなく進行して同船との衝突を招き,前示損傷を生じさせ,自身も負傷するに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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