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平成17年第二審第37号
件名

漁船第3龍弘丸潜水者死亡事件
[原審・横浜]

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年9月11日

審判庁区分
高等海難審判庁(岸 良彬,上中拓治,保田 稔,織戸孝治,佐野映一)

理事官
山本哲也

受審人
A 職名:第3龍弘丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
a,b,c,d

第二審請求者
補佐人a

損害
龍弘丸・・・プロペラ翼に亀裂,同翼先端部分に曲損
潜水者・・・脳挫傷により死亡

原因
見張り不十分,潜水者に向けて進行したこと

主文

 本件潜水者死亡は,第3龍弘丸が,見張り不十分で,素潜り漁に従事していることを示す浮樽を迂回せず,同漁に従事中の潜水者に向け進行したことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年12月12日13時00分
 静岡県仁科漁港北方沖合
 (北緯34度47.4分 東経138度45.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第3龍弘丸
総トン数 1.2トン
全長 9.20メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 80キロワット
(2)設備及び性能等
ア 船体構造と操舵室の設備等
 第3龍弘丸(以下「龍弘丸」という。)は,平成8年9月に進水した一層甲板型のFRP製小型兼用船で,A受審人により刺網漁や一本釣り漁などの漁業と遊漁船業のために静岡県仁科漁港を基地として使用され,船首端より4.70メートルのところから後方に長さ2.10メートル幅1.20メートル甲板上高さ1.66メートルの操舵室,その下方に機関室がそれぞれ配置され,船首甲板の両舷側にステンレス製ハンドレール,前部甲板左舷側にネットホーラ,及び操舵室の前方の甲板に船灯掲揚のためのマスト1本がそれぞれ設けられていた。
 操舵室は,前面壁に2枚のガラス窓(うち1枚は旋回装置付き窓)が,側面壁には2枚のスライド式ガラス窓が嵌め込まれ,中央部床に操船用椅子が設置してあり,同椅子の左舷前方に電動油圧式手動操舵装置の舵輪,右舷前方に機関制御レバー,舵輪の船首側にGPS,魚群探知機等が装備されていたが,レーダーや自動操舵装置は装備されていなかった。
 推進機関は,船内外機で機関室内にディーゼル機関を据え付け,同機関にプロペラ駆動の推進装置(以下「アウトドライブ」という。)を船尾外板を介して連結軸により接続したもので,アウトドライブの先端部には,直径0.41メートル3翼の固定ピッチプロペラ1個が装備されていた。また,アウトドライブは舵輪の操作によりその向きを左右に変えることができ,舵の役割も兼ねていた。
 なお,15ノットで航走時の旋回径及び最短停止距離は,いずれも10メートル程度であった。
イ 操舵室からの船首方の見通し状況
 龍弘丸は,停止時,操舵室内から船首方の見通しは良好であったものの,速力8ノットになると船首浮上が始まり,速力15ノットで航走すると船首浮上により,A受審人がいつもの操舵位置である操舵室内の中央よりやや右舷側に寄った位置で船首向きに立った姿勢では,同位置における船首尾線方向から左方約8度,右方約3度の範囲に水平線が見えなくなる状況(以下「船首死角」という。)を生じ,同人が,操舵室内を左右に移動しても船首死角を完全に補う見張りを行うことは困難であり,船首を左右に振るなどして同死角を補う見張りをすることが必要であった。

3 事実の経過
 龍弘丸は,A受審人と甲板員で操縦免許を受有しない妻の2人が乗り組み,船首0.15メートル船尾0.50メートルの喫水をもって,平成16年12月12日12時30分仁科漁港を発し,同漁港北方沖合に向かった。
 ところで,A受審人は,前日21時ごろに就寝して当日06時半ごろ起床し,同人の妻等が経営する民宿で茶碗洗いや弁当作りを手伝い,同10時ごろから11時ごろまで息子の運航する遊漁船に乗船して,同船により同日早朝に仁科漁港北方1ないし2海里のところに点在する5箇所の岩礁などに瀬渡しした釣り客への弁当配達の手伝いを行った後,自宅で休息,昼食ののち,数日前に同漁港の北北西方1,500メートルばかりの通称「コシマキ」と呼ばれる漁場に仕掛けたが荒天のため漁獲作業をすることができなかったえび刺網を回収するついでに,前示の釣り客の様子を見回る目的で発航したものであった。
 12時59分半わずか前,5ないし6ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で釣り客の見回りを終えたA受審人は,仁科灯台から330.5度(真方位,以下同じ。)2,150メートルの地点で,前路に他船を認めなかったことから,前示刺網の回収に向かうため,いつものように操船用椅子と操舵室前面壁との間で船体中央よりやや右舷側に寄った場所に立った姿勢で,左手を舵輪に,右手を機関制御レバーに添えて,針路を160度に定め,速力を通常の航海速力である15.0ノットに増速し,船首浮上によって死角が生じた状態で進行した。また,甲板員は,前部甲板の右舷寄りで右舷方を向いた姿勢で腰を下ろしていたが,同受審人から見張り等の指示を受けてはいなかった。
 前路の水域は,漁船を使用しないで陸岸から直接に,又は漁船を使用した素潜り漁が一般的に行われていた漁場であり,素潜り漁に使用される浮樽や同漁に従事している潜水者の存在が予想される水域であった。
 12時59分半わずか過ぎ,A受審人は,仁科灯台から330度2,045メートルの地点に達したとき,船首死角内の正船首方200メートルのところに,素潜り漁に従事していることを示す縦27センチメートル(以下「センチ」という。)横40センチ高さ14センチばかりの直方体で白色と黄色に色分けされた発泡スチロール製の浮樽が海面に浮いていてこれを視認することができる状況にあった。しかしながら,同受審人は,前路の水深からすると漁船を伴わずに素潜り漁が行われることはない水域であると軽信し,定針時,前路に他船を認めなかったことから,前路で素潜り漁は行われていないものと思い,船首死角を意識せず,船首を左右に振るなどして同死角を補う見張りを十分に行わなかったので,この状況すなわち正船首方に潜水者が存在しているかもしれないことに気付かず,潜水者に接触することのないよう,いつものように同樽を約50メートル離して迂回することなく,潜水者に向首する態勢で続航した。
 こうして,A受審人は,同じ針路,速力で続航中,13時00分仁科灯台から329度1,850メートルの地点において,龍弘丸は,原針路,原速力のまま,そのアウトドライブが素潜り漁に従事中の潜水者Bに接触した。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は上げ潮の中央期であった。
 A受審人は,船体後部に衝撃を感じ,機関を中立にして後方を振り返ったところ,B潜水者を初めて認め,同人と接触したことを知り,直ちに同人を収容するとともに同収容地点から北方に5ないし10メートル離れた海面に浮いていた浮樽を回収したのち仁科漁港に向かい,救急車により病院に搬送する措置をとった。
 また,B潜水者は,黒色ウエットスーツ,青色足ひれ,ブーツ,手袋,水中眼鏡,シュノーケル及びウエイトベルトを装着し,採捕した漁獲物を入れるスカリと呼称する袋網を取り付けた前示浮樽を携行し,同日12時ごろ仁科灯台から333度1海里ばかりの伊豆西南海岸の岩場から海に入って南方に向かって素潜り漁に従事していたところ,前示のとおり龍弘丸と接触した。
 その結果,龍弘丸には,ほとんど損傷はなかったが,B潜水者は,脳挫傷,頭蓋骨骨折,左肋骨骨折,肺挫傷及び左前腕骨折をそれぞれ受傷し,脳挫傷により死亡した。

(本件発生に至る事由)
1 龍弘丸
(1)船首死角を生じていたこと
(2)速力を15.0ノットに増速したこと
(3)定針後,前路で素潜り漁は行われていないものと思い,船首を左右に振るなどして船首死角を補う見張りを十分に行わなかったこと
(4)浮樽をいつものように迂回しなかったこと

2 その他
 当時,発生地点付近は,漁船を使用しないで陸岸から直接に,又は漁船を使用した素潜り漁が一般的に行われていた漁場であったこと

(原因の考察)
 本件は,龍弘丸が,前路の見張りを十分に行っていれば,素潜り漁に従事していることを示す浮樽に気付き,いつものように同樽を迂回する操船を行い,B潜水者を避けることができたものと認められる。
 A受審人は,龍弘丸が,15.0ノットで航走すると,船首死角が生じることを認識していたものの,同死角を補う見張りを十分に行わなかった。
 したがって,A受審人が,定針後,前路で素潜り漁は行われていないものと思い,船首を左右に振るなどして船首死角を補う見張りを十分に行わなかったこと,及び浮樽をいつものように迂回しなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 龍弘丸に船首死角を生じていたことは,船首を左右に振るなどして容易に同死角を補う見張りを行うことが可能であることから,速力を15ノットに増速したことは,船首死角を生ずることとなったが,前示のとおり船首死角を補う見張りを行って浮樽を視認したのちであっても,同樽を迂回できる操船性能を有しており同速力が過大と認められないことから,また,当時,発生地点付近は,漁船を使用しないで陸岸から直接に,又は漁船を使用した素潜り漁が一般的に行われていた漁場であったことは,素潜り漁に従事していることを示す浮樽を視認して,同樽すなわち潜水者を迂回できることから,いずれも本件発生の原因とならない。

(主張に対する判断)
補佐人は,
1 潜水者存在の予見は不可能である。
2 潜水者がその存在を十分示していなかった。
3 潜水者が一気に上昇して龍弘丸に接触したもので,同人の側で接触を回避できた。
4 200メートルの距離から浮樽を視認できない可能性があった。
 旨を主張するので,これらのことについて検討する。
 1については,当時,発生地点付近は,漁船を使用しないで陸岸から直接に,又は漁船を使用した素潜り漁が一般的に行われていた漁場であること,A受審人は素潜り漁業の潜水者と同じ漁業協同組合に所属していたことから素潜り漁業の潜水者の動向はある程度分かっていたと推認できること,加えて魚介類の売買が年末には活発になることを併せ考えると,A受審人は,発生地点付近で,潜水者の存在を予見できる状況にあった。
 2については,当廷でA受審人が「過去,浮樽を認めた場合には40ないし50メートル迂回して航行していた。」旨述べていることから,B潜水者の使用していた浮樽はその存在を龍弘丸に知らせるのに支障はなかった。
 3については,潜水者が一気に上昇してきたことを示す証拠は存在しない,また,仮に潜水者に本件の発生を回避できる手段があったとしても,龍弘丸の回避義務が免除される理由とならない。
 2及び4については,200メートル離れたところから浮樽を視認することができた。
 以上のことから,補佐人の主張を採ることはできない。

(海難の原因)
 本件潜水者死亡は,静岡県仁科漁港北方沖合において,漁網設置地点に向け航行中の龍弘丸が,見張り不十分で,前路に存在した素潜り漁に従事していることを示す浮樽を迂回せず,同漁に従事中の潜水者に向け進行したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,静岡県仁科漁港北方沖合において,漁網設置地点に向け航行する場合,付近水域が,漁船を使用しないで陸岸から直接に,又は漁船を使用した素潜り漁が一般的に行われていた漁場で,素潜り漁に従事していることを示す浮樽や同漁に従事している潜水者の存在が予想される水域であったから,前路の浮樽を見落とさないよう,船首を左右に振るなどして船首死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,前路の水深からすると漁船を伴わずに素潜り漁が行われることはない水域であると軽信し,前路に他船を認めなかったことから,前路で素潜り漁が行われていないものと思い,船首死角を意識せず,船首を左右に振るなどして同死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,前示の浮樽に気付かず,同樽を迂回しないまま進行してB潜水者との接触を招き,同人を死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文 平成17年11月17日横審言渡
 本件潜水者死亡は,第3龍弘丸が,見張り不十分で,自己の存在を示す浮樽を浮かべて素潜り漁に従事中の潜水者を避けなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。


参考図
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