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平成17年第二審第26号
件名

交通船第二可能丸転覆事件
[原審・門司]

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成18年8月29日

審判庁区分
高等海難審判庁(保田 稔,岸 良彬,上中拓治,長谷川峯清,佐野映一,佐藤 要,浦 環)

理事官
黒田 均

受審人
A 職名:第二可能丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
a,b,c,d

第二審請求者
理事官中谷啓二,補佐人a

損害
船体全損
乗客5人が行方不明

原因
運航管理規程の遵守不十分(海象が悪化する状況下に発航したこと),主機が自停して漂流状態となった際,高起した波を左舷側から受けたこと

主文

 本件転覆は,運航管理規程の遵守が不十分であったことによって発生したものである。
 乗客全員が行方不明となったのは,転覆前後の安全措置がいずれもとられなかったことによるものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を4箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年12月4日12時04分
 鹿児島県トカラ群島口之島水道
 (北緯29度55.5分 東経129度52.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 交通船第二可能丸
総トン数 4.39トン
登録長 9.95メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 235キロワット
(2)設備及び性能等
ア 船体及び属具
 第二可能丸(以下「可能丸」という。)は,昭和50年2月に進水し,航行区域を限定沿海区域とする一層甲板型FRP製小型遊漁兼用船で,ほぼ船体中央に機関室を備え,その上方に操舵室があり,機関室前方甲板下に前方から船倉,氷庫及び魚倉,機関室後方甲板下に前方から船倉及び舵機室という配置になっていたが乗客室はなく,甲板周囲は中央における高さが約50センチメートルのブルワークで囲まれ,船尾中央に高さ約3メートルのマストとスパンカが装備されており,定期検査を受けていて船体に損傷などはなかった。また,GPS及び同プロッタ,漁業無線機及び魚群探知器を操舵室に,重量約20キログラムの鉄製錨1個,合成繊維索数本及び救命胴衣15着を前部甲板下船倉にそれぞれ備えていた。
イ 主機
 主機は,平成10年10月に換装した,B社製造のUM6HE1TCX型と称する過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関で,A重油を燃料としていた。
ウ 主機燃料油供給系統
 主機の両舷側に容量約250リットルの燃料油タンク(以下,右舷側を「右舷タンク」,左舷側を「左舷タンク」とそれぞれいう。)を備え,平成9年口之島に燃料備蓄タンクが設置されて一度に大量の補油ができることになったことから,機関室後方に隣接する船倉内前部に,容量約1,200リットルの燃料油タンク(以下「後部タンク」という。)が増設され,燃料油が,それぞれのタンクから燃料パイプで連結されて1本の共通ラインに集約されたのち,一次こし器,水抜きフィルター,燃料供給ポンプ及び二次こし器を経て集合型燃料噴射ポンプに導かれる経路となっていた。
 各タンクは,ほぼ同一水平面に設置され,底部付近に取出し弁とドレン抜きプラグを設け,各取出し弁は常時開として共通に使用され,内部を点検,掃除するための点検口は設けられていなかったが,ビニール製の油面計が取り付けられていた。
 また,一次こし器は,主機運転中にエレメントが閉塞して燃料供給が不足気味となったときに対処できるよう,緊急用バイパス弁を備えていた。

3 関係人の経歴等
 A受審人は,昭和50年漁業に従事するようになり,同53年2月に一級小型船舶操縦士の操縦免許を取得し,同55年に可能丸を購入し船長として同船に乗り組み,平成14年6月旅客12人,船員1人の計13人を最大搭載人員とする,人の運送をする内航不定期航路事業開始届をなし,同15年2月一級小型船舶操縦士の操縦免許証の交付を受け,同年5月に遊漁船業務主任者講習を受講し,口之島の西之浜漁港を拠点として,一本釣り漁業を年に100日程度,瀬渡し及び旅客運送業務を年に数回行っていた。

4 運航管理規程
(1)運航管理規程作成の経緯
 運航管理規程は,人の運送をする内航不定期航路事業開始届を提出する際,海事代理士に依頼して作成したものであるが,その書式は標準的な様式で,同書式に船名や固有の速力値などの具体的項目を付け加えたものであった。
(2)運航管理者及び同補助者
 A受審人は,自らが「船長の職務権限に属する事項以外の船舶の運航の管理に関する総括責任者」という任務を担う運航管理者に就き,妻を「運航管理者の職務を補佐する者(営業所に勤務する場合は運航管理者の職務の一部を分掌する)」という任務に充てていた。
(3) 運航基準等
 可能丸の運航管理規程中,第8章第16条に運航中止の項目を設け,同条第1項に「船長は,気象,海象が一定の条件に達したと認めるとき又は達するおそれがあると認めるときは,運航中止の措置をとらなければならない。」,第2項に「運航中止の措置をとるべき気象,海象の条件及び運航中止の後に船長がとるべき措置については,運航基準に定めるところによる。」とあり,同基準第3条3に「船長は,航行中,周囲の気象・海象(視程を除く)が次に掲げる条件の一つに達するおそれがあると認めるときは,目的地点への航行の継続を中止し,反転,又は避泊の措置をとらなければならない。ただし,基準経路の変更により目的地点への安全な航行の継続が可能と判断されるときは,このかぎりでない。」とあり,同規程中に掲げる一定の条件は,同規程添付の運航基準に,風速毎秒18メートル以上,波高2.2メートル以上と記載されていた。

5 口之島水道
 口之島水道は,鹿児島県十島村口之島,中之島,平島,諏訪之瀬島,悪石島,小宝島,宝島の有人7島と,臥蛇島,小臥蛇島,小島,上ノ根島,横当島の無人5島と合わせて12の島々からなるトカラ群島のうち,口之島とその南方の中之島との間にある幅約5海里,平均水深約500メートルの海峡であり,付近には常時北東ないし南東方に流れる強い海流があった。

6 トカラ群島を巡航する十島村村営旅客定期船
 鹿児島港を起点として同港とトカラ群島間を巡航する十島村村営旅客定期便として,平素C丸(総トン数1,389トン)が就航していたが,同船が平成16年11月中旬から同年12月下旬にかけて入渠することとなったため,この間は代替船が就航して運航することになっており,同年11月30日ないし同年12月2日までD丸(総トン数1,196トン)が,同年12月3日から同月5日までE丸(総トン数19トン)が,同月8日から同月11日までF丸(総トン数469トン)がそれぞれ運航されることとなっていた。

7 事実の経過
(1)口之島水道付近の気象変化
 平成16年12月3日台風27号は台湾付近にあり,また,これに先行するように前線を伴う低気圧が急速に発達しながら北東に進行して口之島水道に接近していた。名瀬測候所は,同水道付近に12月2日から波浪注意報を発表し,12月3日「うねりを伴った高波に十分注意してください。」と,12月4日早朝には更に「海上はうねりを伴いしけるでしょう。強風,うねりを伴った高波に注意してください。」というそれぞれ付加情報を,更に,付近海域では4日昼前から5日明け方にかけ,南東の風のち北の風,海上最大風速毎秒19メートル,波高5メートルの予報を発表しており,4日昼前でも運航を中止する基準の風速毎秒18メートル,波高2.2メートルを超えるおそれが十分にあった。
(2)発航時の燃料油タンクの状態及び残油量
 A受審人は,毎年1回鹿児島市において可能丸の船体整備及び主機整備を実施しており,一次こし器については,平成11年10月に点検・清掃を行った以降,同12年11月,同13年9月,同16年1月に業者に依頼してエレメントを交換していた。一方,各燃料油タンク内部のドレン排出及び燃料油供給系統の整備,清掃については,平成10年に主機の換装をして以来行ったことがなく,同タンク底部は長年の間に沈殿した錆やスラッジ等の異物が多量に堆積する状況となっていた。
 また,同人は,平素,燃料油の残量が3分の1くらいになると燃料油タンクの容量一杯まで補給するようにしていたところ,平成16年12月4日発航時において,残油量が,左右各舷タンクに各約50リットル,後部タンクに約400リットル合計約500リットルとなっていたが,補給しなかった。
(3)乗客の可能丸乗船に至る経緯
 G社は,十島村が行う「平成16年度特定離島ふるさとおこし推進事業(防災情報施設整備)防災行政無線設備」と称する工事の請負契約(以下「防災無線工事」という。)を,指名競争入札で落札し,同社H支店が元請となり,I社に下請けを行わせることとして同社が現場の施工等をJ社ほか2社とともに行うこととなった。
 そして,工事は,I社ほか3社の防災無線工事関係者5人で行うことになり,同工事関係者は,口之島と中之島での防災無線工事のために12月1日D丸で口之島に来島し,工事を終え,同月8日F丸で中之島へ移動する予定であったところ,口之島での工事が大幅に早く終了したため,同月3日同予定を繰り上げ中之島へ移動のため屋久島を拠点として人の運送をする内航不定期航路事業を営むK丸(総トン数7.3トン)を用船しようとしたが,天候の悪化を理由に断られた。
 防災無線工事関係者5人は,中之島への移動を繰り上げる差し迫った理由はなかったものの,できるかぎり早く工事を切り上げたい意図から,12月3日18時30分ごろ宿泊先からA受審人の自宅に電話を入れ,同人の妻に可能丸を用船したい旨の依頼をした。
 A受審人は,妻が電話を受けたのちに帰宅した際,口之島から中之島へ移動のため,防災無線工事関係者が可能丸の用船を電話で依頼してきたことを妻から聞いて知ったが,天候が悪化することが予想されたことから,同日19時ごろ防災無線工事関係者の宿泊先に電話を入れ,翌4日朝の状況を見てから判断する旨の条件を付けてこの依頼を受けた。
(4)発航の経緯
 A受審人は,同月4日03時ごろ目覚めてテレビの天気予報を見て再度就寝し,07時ごろ起床したとき,最新の気象情報を十分に検討せず,自宅から口之島北西岸付近の海上を見渡し,同付近では風速が毎秒1ないし2メートル,波高が1ないし2メートルくらいと観測し,風速及び波高は未だ運航を中止する基準には達していないものの,前日から可能丸よりかなり大きな定期旅客船の代替船E丸が欠航となったこと,波高予想が5メートルとなったこと,台風27号と急速に発達する低気圧が接近していること,同台風の影響によるうねりにより不測の高波が起こりうること等を勘案すれば,発航後に風速や波高が運航管理規程の運航を中止する基準に達し,不測の事態が起こるおそれを十分に予測できる状況であったが,中之島まで1時間程度の短い航程だから難無く同島に到達できるので大丈夫と思い,運航管理規程を遵守して発航を中止することなく,防災無線工事関係者に電話で前日の依頼を受けると伝えた。
(5)発航から主機自停に至る経緯
 A受審人は,07時半ごろ口之島西之浜漁港で,潤滑油,燃料及び冷却水量などの確認を行ったのち,可能丸の機関をかけて待機していたところ,08時15分ごろ防災無線工事関係者5人の到着を認めた。
 こうして,可能丸は,A受審人が1人で乗り組み,乗客5人を乗せ,同工事用のスコップ,折りたたみ式自転車,工具箱などの手荷物を船首甲板上や船首倉庫に載せ,船首0.5メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,08時30分西之浜漁港を発し,中之島に向かった。
 A受審人は,発航前から雨模様となっていたので乗客5人に作業着のうえから雨合羽を着せただけで,甲板上に座らせた乗客に救命胴衣を着用させず,また,自らも着用しないで操舵室で手動操舵に当たって進行し,口之島烏帽子崎西方沖合に達したころ,島影から外れて強い風を受けるようになったが,西之浜漁港に引き返さずに続航した。
 08時40分A受審人は,西之浜港南防波堤灯台(以下「南防波堤灯台」という。)から219度(真方位,以下同じ。)1.2海里の地点において,針路を中之島のカツオ埼付近に向く207度に定め,機関をほぼ全速力前進にかけ,北東寄りの海流に抗して11.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行した。
 可能丸は,烏帽子崎を航過したころから南東の風浪を左舷船首方から受けながら続航中,各燃料油タンク底部に堆積した錆やスラッジ等が,うねりと波で攪拌されて燃料に混ざって流れ出し,一次こし器を閉塞したことから,09時00分同灯台から210度4.9海里の地点において,燃料供給不足で主機が自停した。
 A受審人は,燃料油タンク油量などに外観上異常がなく,過去に同油供給系統内に空気が混入して機関自停の経験があったことから,雨合羽を脱いで機関室に入り,主機燃料供給ポンプ付属のプライミングポンプを使用して空気抜き作業を行ったところ,09時20分同油供給系統内にこし器を通して浸み出した燃料がわずかに溜まって供給され,一旦主機が始動して再度中之島に向けたが,数分後,主機が燃料供給不足で再び自停した。
 A受審人は,台風27号と急速に発達する低気圧が接近している状況にもかかわらず,乗客に救命胴衣を着せたり,スパンカを張って船首を風に立てたり,一次こし器をバイパスして燃料を主機に供給して応急始動を試みたり,早急に海上保安部に救助を要請したりするなどの措置をいずれもとらず,燃料油供給系統の空気抜きを繰返し試みたが主機を再始動することができなかった。
 A受審人は,空気抜きにこだわって時間を浪費したが,ようやく自力航行を断念し,11時09分西之浜漁港に係留中の友人所有の遊漁兼用船L号(総トン数3トン)に携帯電話で救助を依頼したが,海上保安部に救助を要請しなかった。
(6)転覆の経緯
 11時30分依頼を受けたL号船長は,救助に向かって発航したが,口之島烏帽子崎付近で二次遭難のおそれを感じて引き返し,A受審人に一次こし器のエレメントを外すなどして同こし器をバイパスして機関始動を試みるよう応急対策を助言したうえ,自らは引き返す旨連絡した。
 一方,助言を受けたA受審人は,自分でこし器を整備した経験がなかったことから,友人からの応急対策の助言に対する措置を試みることなく,12時01分L号より少し大型であるが当時の状況では他船を曳航する能力がないと考えられるM丸(総トン数4.98トン)に救助を要請し,同船船長と連絡がとれたことから,乗客5人を船首船倉付近甲板上に座らせ,自らは後部甲板で後方を見ながら同船の来援を待っていた。
 こうして,可能丸は,船首を南南西方に向け,更に強まった折からの南東風と風浪を左舷正横付近に受け,乗客が動揺で何物かに掴まっていないと居られない状況で漂流していたところ,12時04分南防波堤灯台から211度4.6海里の地点において,可能丸は,高起した波による復原力を超える外力を左舷側から受け,右舷側に大傾斜して一瞬のうち転覆した。
 当時,天候は小雨で風力8の南東風が吹き,台風等の余波によるうねりと風浪によって合成された波高5メートルの高起した波があった。
(7)転覆後の経過
 A受審人から救助依頼を受けたM丸船長は,12時30分西之浜漁港を発して可能丸の救助に向かったが,その後同船を見つけることができず,間もなく捜索を断念して同漁港に戻ったのち,14時ごろ海上保安部にこの間の事情を連絡した。
 可能丸は,転覆したのち船底を上にしたまま漂流し,A受審人は,救命胴衣不着用で雨合羽を脱いだ格好のまま,風浪に流されては泳いで船体に戻るなどを繰り返し,船底に出ているプロペラのシャフト部分に掴まったまま海流に流され,乗客5人は,救命胴衣不着用で作業着のうえに雨合羽を着たまましばらく船底にすがるべく試みていたが,雨合羽を着ていたために波の抵抗を受けて行動が不自由となり,船底にすがり付くことも泳ぐこともできないままやがて力尽き流されていった。
 海上保安庁は,同日15時50分第十管区海上保安本部に「瀬渡し船可能丸行方不明海難中規模対策本部」を,鹿児島海上保安部に「瀬渡し船可能丸行方不明海難中規模現地対策本部」をそれぞれ設け,所属の航空機,巡視船を出動させて海上を主体に捜索し,また,海上自衛隊,警察,地元消防団は,海陸の捜索をそれぞれに行った。
 この結果,A受審人は,漂流中,口之島に接近した際に船体から離れて自力で同島烏帽子崎南東方入江の海岸に泳ぎ着き,間もなく捜索中の地元消防団に発見されて救助されたが,乗客5人は,大規模な捜索にもかかわらず行方不明となった。また,船体は,A受審人が泳ぎ着いたところからやや北方の海岸に漂着したが,波に打ち上げられて全損となった。

(本件発生に至る事由)
1 防災無線工事関係者5人
(1)定期船を利用しなかったこと
(2)定期船欠航時に可能丸に用船を依頼したこと

2 可能丸
(1)最新の気象情報を十分に検討しなかったこと
(2)発航したこと
(3)残油量が少なかったこと
(4)燃料油系統が閉塞したこと
(5)機関が自停したこと
(6)スパンカを使用して船体制御を行わなかったこと
(7)こし器をバイパスして機関始動の応急措置をとらなかったこと

3 行方不明関係
(1)救命胴衣を着用していなかったこと
(2)海上保安部に救助の要請をしなかったこと
(3)海中転落後,作業着のうえに雨合羽を着用したままであったこと

(原因の考察)
1 転覆
 可能丸は,十島村各島間を運航する定期船が,天候が悪化する傾向にあることから欠航している状況下,口之島から中之島に向けて発航し,船体に損傷などがなかったと認められる可能丸の機関が船体動揺の影響でこし器が詰まり,燃料の供給が途絶えて機関が自停し,航行不能という不測の事態が起こったわけであるが,平素であれば機関が自停しても転覆という事態を招くことはないところ,漂流中に急速に天候が悪化した影響をまともに受けて両島間のほぼ中央の口之島水道において,大波によって一瞬のうちに転覆したものである。
 発航時点では西之浜漁港付近では比較的海象が穏やかであったとはいえ,口之島水道付近では天候が急速に悪化することが予想され,波高が5メートルとなるという予報も出ており,可能丸と比較して非常に大型の定期船が欠航していたときに,可能丸が,定期船の代替船として安全に乗客を乗せて運航できるとは考えにくい。
 また,機関自停後も天候は更に悪化し,風勢及び波高はその度を増す状況にあったので,一旦このような不測の事態が起これば,装備などが十分に整った救助機関の援助がなければ,無難に中之島に行き着くことも口之島に戻ることもでき難い状況となったと思料される。
 このような状況においては,発航時に具体的な転覆という事態までを想定できないとしても,発航後に不測の事態が起こり得ること,更に一旦不測の事態が起これば最悪の事態を招くこともあり得ることを想定することは容易であったと認めることができる。
 同船の運航管理規程は,このような不測の事態の発生を未然に防止するために,天候の悪化が運航の中止基準に達するおそれがある状況では,運航を中止する旨定められている。
 したがって,A受審人が,旅客船を運航する立場という観点から運航管理規程を厳格適正に適用すべきところ,これを軽視し,途中で運航を中断して避泊するような場所がない口之島水道に向けて発航したことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が最新の気象情報を十分に検討しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,そもそも知りうる情報だけで発航を思いとどまるべき事情があったことから,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,最善の措置をとって海難を防止する観点から,是正すべき事項である。
 A受審人がスパンカを使用するなどして船体制御を行わなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生時の気象,海象から転覆を防止することが極めて困難であるから,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,最善を尽くして海難防止を図らなければならない観点から,緊急時にあらゆる事態悪化防止を試みるよう,是正すべき事項である。
 発航時の残油量が少なかったこと及び燃料油系統が閉塞したことは,機関が自停した理由であり,A受審人がこし器をバイパスして機関始動の応急措置をとらなかったことを含め,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,機関の自停そのものが悪天候によるものであり,この時以降気象条件がよくなることが期待できず,また,いつ機関が自停するか分からない状況で無難に中之島に到達できたか疑問であった状況から,いずれも本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から,発航時に十分な補油をしたり,緊急時に適切な応急措置を講じたりするなど是正すべき事項である。
 乗客5人が定期船を利用せず定期船欠航時に可能丸の用船を依頼したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,同船所有者で運航管理者であり船長であるA受審人が発航中止の決定権限者であり,同人が発航を中止すれば,乗客5人がこれを妨げて発航することができるものではないから,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。

2 行方不明
 転覆による重大な結果として5人の行方不明者がでたのは,A受審人が生還できたように,転覆したことそのものが直ちに行方不明という事態をもたらしたということではないが,その最大の要因である。
 さらに,発航後救命胴衣を着用しなかったこと,機関自停の際,海上保安部に対して救助要請をしなかったこと,海中転落後の乗客5人が作業着のうえに雨合羽を着用したままで着衣をとらなかったこととは,5人の行方不明者がでるに至る過程で関与した事実で,いずれかをまたは全てを適切に行っていれば,A受審人が自力で泳いで助かった経緯から勘案して,海上保安部の救助艇等が,転覆以前に現場に到着できた可能性が低かったとしても,その後他の救助機関等と連携して救助隊を早期に派遣し,船底に掴まっているか,海上に浮いているかした乗客5人を救助できる可能性があったと認めることができるから,これらの不履行は,それぞれが乗客5人の行方不明がでた原因となる。

(海難の原因)
 本件転覆は,鹿児島県トカラ群島付近に,台風と急速に発達中の低気圧が接近する状況下,旅客運送のため口之島から中之島に向かおうとする際,運航管理規程の遵守が不十分で,発航を中止せずに南下中,機関が自停して漂流していたとき,高起した波による復原力を超える外力を左舷側から受け,右舷側に大傾斜したことによって発生したものである。
 なお,乗客全員が行方不明となったのは,転覆前に救命胴衣を着用していなかったことと,救助機関に救助要請を行わなかったことと,転覆後に着衣をとらなかったこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,鹿児島県トカラ群島付近に,台風と急速に発達中の低気圧が接近する状況下,旅客運送のため口之島から中之島に向かおうとする場合,同海域の気象状況が悪化することが明らかで,運航管理規程に定める運航中止の基準を超える荒天となり,不測の事態が起こるおそれがあったから,これを回避することができるよう,運航管理規程を遵守して発航を中止すべき注意義務があった。しかるに,同人は,中之島まで1時間程度の短い航程だから難無く同島に到達できるので大丈夫と思い,運航管理規程を遵守して発航を中止しなかった職務上の過失により,船体動揺によって燃料タンクのスラッジ等が一次こし器に詰まり,機関が自停して漂流中,高起した大波による復原力を超える外力を受け,一瞬のうちに大傾斜して転覆する事態を招き,可能丸が漂流したのち口之島に打ち上げられて全損し,乗客5人が行方不明となるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を4箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文 平成17年9月30日門審言渡
 本件転覆は,燃料油供給系統の整備が不十分で,海象が悪化する状況下に主機が自停したこと,及び漂流状態となった際,救助要請が遅れたこと,かつ,荒天に対処する措置が不十分で,高起した横波を受けて復原力を喪失したことによって発生したものである。
 乗客が行方不明となったのは,救命胴衣を装着するよう指示がなされなかったことによるものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を6箇月停止する。


参考図1

参考図2





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