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平成17年広審第154号
件名

貨物船ヒメコジマ運航阻害事件(簡易)

事件区分
安全・運航阻害事件
言渡年月日
平成18年5月29日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(内山欽郎)

理事官
河本和夫

受審人
A 職名:ヒメコジマ機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定)

損害
正常な運航ができなくなったので発航地に引き返した

原因
主機逆転機及び同作動油系統の点検不十分

裁決主文

 本件運航阻害は,主機逆転機及び同作動油系統の点検が不十分で,緊急ボルト先端に挿入されていた割りピンの折損片が前進クラッチの排出弁に噛み込み,作動油の圧力が低下して同逆転機がスリップしたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
裁決理由の要旨

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年12月10日15時00分
 愛媛県今治港北方沖合
 (北緯34度06.31分 東経133度59.65分)

2 船舶の要目
船種船名 貨物船ヒメコジマ
総トン数 199トン
全長 56.06メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 603キロワット

3 事実の経過
 ヒメコジマは,主機の船尾側に逆転機を装備した鋼製貨物船で,平成元年9月の就航以来,主機を月間300時間ほど運転しながら鋼材の輸送に従事していた。
 逆転機は,B社が製造したMRL3000A型と称する油圧作動式のもので,主機のクランク軸に連結された入力軸,逆転機構としての前進・後進各クラッチ及び遊星歯車,プロペラ軸に連結された出力軸,並びに前進・後進・中立の切換えを行うコントロールバルブ及び作動と潤滑のための油循環系統で構成されていた。また,油循環系統は,油だめから第1次こし器を経て油ポンプで吸引・加圧された潤滑油が,同ポンプ出口で分岐し,一方は潤滑用としてレギュレータバルブ,第2次こし器及び潤滑油冷却器を経て軸受部等に供給され,他方は作動用としてコントロールバルブの切換え弁を経て前進又は後進クラッチに供給されたのち,各々油だめに戻って循環するようになっていた。(以下,前者を「潤滑油系統」,後者を「作動油系統」という。)
 ところで,前進クラッチは,コントロールバルブのハンドルを前進位置にすると,同バルブ付きの切換え弁が前進側に切り換わって作動油が前進ピストンケース内に入って前進ピストンを押し付け,入力軸側に固定されているクラッチ板間隔片と出力軸側に固定されているクラッチ板を密着させて出力軸を前進方向に回転させるようになっていた。また,前進ピストンケースには,前示のハンドルを中立位置にした際に前進ピストンを押し付けている作動油を素早く逃がすための排出弁が取り付けられていたほか,もし何らかの原因でクラッチがスリップしたり作動しない場合のために,機械的に前進ピストンを押し込むことができるよう,緊急ボルトと称する8本の六角ボルトが取り付けられていて,それらの先端には,各々ワッシャ及び同ワッシャが脱落しないようにするための割りピンが挿入されていた。
 ヒメコジマは,毎年入渠して主機や過給機等の整備を行う一方,逆転機については,2年ごとの中間検査時に点検窓から内部の遊星歯車等を点検し,4年ごとの定期検査時に開放・整備していた。
 A受審人は,平成9年10月に乗船以来,逆転機については,航海中の約3時間ごとの機関室巡視時に潤滑油冷却器の潤滑油温度,作動油と潤滑油の圧力及びケーシングの触手点検を行っており,同16年12月3日の機関室巡視中,作動油系統の圧力が通常より2.5ないし3.0キログラム毎平方センチメートル低下してケーシングの温度が上昇しているのを認めたが,同時に潤滑油冷却器の出口温度も上昇していたので潤滑油系統と混同し,第1次こし器と第2次こし器を掃除しても圧力が回復しなかったことから,同圧力の低下原因は潤滑油冷却器の詰まりによるものと判断してしまった。
 その後,A受審人は,ヒメコジマが中間検査工事のために同月6日から10日まで愛媛県波方港の造船所に入渠したが,前示のとおり逆転機の異常は潤滑油冷却器の詰まりによるものと考えていたので,入渠中に予定されている同冷却器の掃除を行えば圧力は正常に戻ると思い,逆転機及び同作動油系統の点検を造船所に依頼せず,受検工事としての覗き窓からの内部点検及び潤滑油冷却器の掃除等を行っただけだったので,緊急ボルトの先端に挿入されていた割りピンが折損してその折損片が排出弁に引っ掛かっていることに気付かなかった。
 こうして,ヒメコジマは,造船所における工事終了後,A受審人ほか2人が乗り組み,船首0.6メートル船尾2.6メートルの喫水をもって,同月10日14時40分波方港を発して積地の広島県福山港に向かい,主機の回転数をほぼ全速力前進時の回転数まで上昇させたところ,出港時の前進クラッチの作動時に割りピンの折損片が排出弁に噛み込んで前進ピストンを押し付けていた作動油の圧力が低下していたことから,15時00分ウズ鼻灯台から真方位160度850メートルの地点で,前進クラッチがスリップして異音を発するとともに,速力が著しく低下した。
 当時,天候は曇で風力1の北西風が吹き,海上は穏やかであった。
 A受審人は,機関室の巡視中に異音を認め,主機は正常に回転しているうえ周囲を点検しても特に異常が発見できなかったものの,船長から速力が低下したと聞いたので逆転機の異常と判断し,船長を通じて事態を会社に報告した。
 ヒメコジマは,会社の指示に従って波方港に引き返したのち,造船所の作業員が逆転機を陸揚げして各部を点検したところ,同減速機に損傷は認められなかったものの,1本の緊急ボルトの割りピンが折損していて,その割りピンのものと思われる折損片が排出弁から発見されたので,事故の再発防止対策として,緊急ボルトは必要時のみ使用することにして取り外し,そのボルト穴に盲用の短いボルトを挿入することにした。

(海難の原因)
 本件運航阻害は,主機逆転機及び同作動油系統の点検が不十分で,波方港の造船所で中間検査工事を終えて同港を出港後,緊急ボルト先端に挿入されていた割りピンの折損片が前進クラッチの排出弁に噛み込み,作動油の圧力が低下して同逆転機がスリップしたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,逆転機の異常を認めたのちに中間検査工事で造船所に入渠した場合,航海中に運航が阻害されるような不測の事態が生じることのないよう,造船所に依頼して同逆転機及び作動油系統の点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,潤滑油冷却器が詰まったためだろうから同冷却器を掃除すればよくなると思い,造船所に依頼して逆転機及び作動油系統の点検を十分に行わなかった職務上の過失により,造船所での工事を終えて出港後に緊急ボルト先端に挿入されていた割りピンの折損片が前進クラッチの排出弁に噛み込んで作動油の圧力が低下し,同逆転機がスリップして運航が阻害される事態を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。





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