日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2006年度(平成18年度) >  死傷事件一覧 >  事件





平成18年神審第14号
件名

モーターボートアルカディア同乗者死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年6月29日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(加藤昌平,清重隆彦,横須賀勇一)

理事官
黒田敏幸

受審人
A 職名:アルカディア船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
a

損害
同乗者が溺死

原因
アルカディア・・・磯波の発生に対する認識不十分
同乗者・・・救命胴衣を着用していなかったこと

主文

 本件同乗者死亡は,磯波の発生に対する認識が不十分で,四万十川河口の浅水域を航行したことと,同乗者が救命胴衣を着用していなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を2箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年11月8日18時00分
 高知県四万十川河口
 (北緯32度56.0分 東経132度59.7分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 モーターボートアルカディア
全長 6.50メートル
機関の種類 電気点火機関
出力 44キロワット
(2)設備及び性能等
 アルカディアは,平成5年7月に進水した最大とう載人員6人のFRP製プレジャーモーターボートで,船体ほぼ中央部に船室及び操舵室を配し,操舵室前面に接して棚を設け,同棚中央部に磁気コンパスと魚群探知機を,右舷側に主機遠隔操縦装置を,同棚中央部に接してワイヤで船外機と連結された舵輪を備え,自動操舵装置は装備していなかった。
 また,操舵室船尾方の後部甲板下にさぶた付の倉庫を設け,救命胴衣6個を備えていた。

3 四万十川河口の状況
 四万十川河口は幅約500メートルで,下田港に隣接する左岸から河口中央部まで,長さ300メートル,幅100メートルの砂州が広がり,同砂州南端と右岸の間に,外洋と同川上流とを結ぶ可航幅100メートルの水路が設けられ,同水路への土砂流入を防ぐ目的で,同砂州南端から東南東方に長さ500メートルの港口導流堤が,同砂州北端から同方向に長さ500メートルの防波堤(以下「北防波堤」という。)が築造されていた。
 そして,同砂州は,平成17年台風第14号の影響で流出して水深の浅い水域となったため,高知県中村土木事務所により流出土砂の浚渫作業が行われ,同水域上流側に下田港への出入港船のための幅30メートルの仮設航路が設けられ,同仮設航路を示すために,前示水路と仮設航路の交差部に仮設の紅色灯浮標2個及び緑色灯浮標1個が設置されていた。

4 事実の経過
 アルカディアは,A受審人が1人で乗り組み,同乗者1人を乗せ魚釣りの目的で,船首0.4メートル船尾0.5メートルの喫水をもって平成17年11月8日14時30分下田港の定係地を発し,日没までに帰港するつもりで,同港南東方3,000メートルばかりの釣場に向かった。
 発航の際,A受審人は,自らは救命胴衣を着用せず,指示しなくても同乗者が自分で救命胴衣を着用していたので,あえて注意を与えることもないものと思い,同乗者に対して,船室の外では救命胴衣を着用しておくよう厳重に指示しなかった。
 A受審人は,釣場に到着して1時間半ほど釣りを行ったところ釣果がよくなかったので,釣場を移動することとし,16時20分ごろ同釣場を発進して河口北側の道崎沖に向かう途中,東方から高さ1.5メートルのうねりが寄せていること及び北防波堤と港口導流堤の間を漁船が通航するのを認めて北上した。
 A受審人は,道崎沖に到着したのちも釣果がよくなかったことから,2度ばかり移動して日没後まで釣りを行ったのち帰航することとし,17時47分半西道埼灯台から013度(真方位,以下同じ。)1,400メートルの地点を発進し,同灯台に向首する193度に針路を定め,5.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)とし,法定の灯火を掲げて進行した。そして,発進時,A受審人は,帰航準備を急いでいて,同乗者が救命胴衣を脱いでいたことに気付かなかった。
 定針したときA受審人は,水深の浅くなった北防波堤と港口導流堤の間の水域では磯波が発生しやすく,同水域を航行すると大波を受けて大きく傾斜するおそれがあったが,下田港発航時に同水域では波があまり立っておらず,昼間漁船が同水域を通航するのを見たことから,磯波の発生に対する認識がなく,無難に航行できるものと思い,すでに日没を過ぎているので少しでも早く帰ろうと思って両堤の間を通航して帰航することとし,17時52分少し過ぎ西道埼灯台から013度670メートルの地点で,西道埼北方照射灯に照らされた港口導流堤東端に向けて200度に転じて続航した。
 17時54分少し過ぎA受審人は,西道埼灯台から006度370メートルの地点で,針路を仮設航路に設置された下田港側の紅色灯浮標に向く280度に転じて同一速力で進行し,17時56分同灯台から332度470メートルの地点に至り,砂州があった水域に近づいたので,3.0ノットの速力に減じて魚群探知機で水深を確認しながら続航した。
 18時00分わずか前A受審人は,それまで2メートルであった水深が5メートルに増大したことを認め,仮設航路に達したものと思って右舵をとろうとしたところ,右舷後方から大波を受けて左舷側に大傾斜し,18時00分西道埼灯台から308度770メートルの地点において,操舵室船尾方で立っていた同乗者が海中転落した。
 当時,天候は晴で風力5の北西風が吹き,潮候は上げ潮の初期で,付近には波高1.5メートルの東方から寄せるうねりがあり,日没は17時09分であった。
 A受審人は,大傾斜のあとすぐに同乗者がいないことに気付いて付近を探し,海中から手を出している同乗者を見つけたものの間もなく見失い,引き続き,地元漁船と連絡をとって捜索・救助活動を続けていたところ,再び大波を受けアルカディアが転覆し,海中転落したところを地元漁船に救助されたが,同乗者は発見されず,翌日,同乗者Bが死体で発見され,のち溺死と検案された。

(本件発生に至る事由)
1 同乗者が救命胴衣を着用していなかったこと
2 同乗者に船室外では救命胴衣を着用しておくよう厳重に指示しなかったこと
3 高さ1.5メートルのうねりがあったこと
4 磯波の発生に対する認識が十分でなかったこと
5 磯波の発生しやすい水域を航行したこと
6 3.0ノットに減速したこと
7 右舷後方から大波を受けて大傾斜したこと
8 同乗者が海中転落したこと

(原因の考察)
 本件同乗者死亡は,夜間,砂州が流出して水深の浅い磯波が発生しやすくなった水域を航行中,大波を受けて大傾斜し,救命胴衣を着用していなかった同乗者が海中に転落したことによって発生したものである。
 したがって,磯波の発生に対する認識が不十分で,磯波が発生しやすくなった水域を航行し,右舷後方から大波を受けて大傾斜したことは,本件発生の原因となる。
 また,同乗者が海中転落した直後には同人を視認し,その後,見失ったもので,救命胴衣を着用していれば,同乗者は海上に浮いており,発見,救助できた可能性が高いと認められるから,同乗者が救命胴衣を着用していなかったことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が同乗者に船室外では救命胴衣を着用するよう厳重に指示しなかったことは,発航時,同人が同乗者を見たときには救命胴衣を着用しており,その後自ら脱いだものであることから,本件発生と相当な因果関係があるとは認められないが,このことは,乗船者が暴露甲板上にいるときは救命胴衣を着用させるよう努める旨を規定した船舶職員及び小型船舶操縦者法に違反する行為であり,海難防止の観点からも是正されるべき事項である。
 3.0ノットに減速したことは,減速しなかったとしても右舷後方から大波を受けると大傾斜及び転覆の危険があると認められ,また,高さ1.5メートルのうねりがあったことは,浅水域を避けて港口導流堤南側の水路を航行することを何ら妨げるものではないから,いずれも本件発生の原因とはならない。

(海難の原因)
 本件同乗者死亡は,夜間,高知県四万十川河口付近において,磯波の発生に対する認識が不十分で,磯波の発生しやすい浅水域を航行し,大波を受けて大傾斜したことと,同乗者が救命胴衣を着用していなかったこととによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,夜間,高知県四万十川河口付近において,下田港に帰航する場合,砂州が流出して水深が浅くなった北防波堤と港口導流堤との間の水域では磯波が発生しやすく,同水域を航行すると大波を受けて大傾斜するおそれがあったから,同導流堤南側の通常の水路を航行すべき注意義務があった。しかしながら,同人は,磯波の発生に対する認識が不十分で,下田港発航時に同水域では波があまり立っておらず,昼間漁船が北防波堤と港口導流堤の間を通航していたので,無難に航行できるものと思い,日没を過ぎているので少しでも早く帰ろうと思って同水域の航行を中止しなかった職務上の過失により,右舷後方から大波を受けて大傾斜し,救命胴衣を着用していなかった同乗者を海中転落させ,溺死させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を2箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION