(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年8月18日15時30分
徳島県徳島小松島港D社専用岸壁
(北緯34度03.4分 東経134度35.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
旅客船フエリーかつらぎ |
総トン数 |
2,571トン |
全長 |
108.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
7,942キロワット |
(2)設備及び性能等
フエリーかつらぎ(以下「かつらぎ」という。)は,平成10年12月に進水し,限定沿海区域を航行区域とする鋼製旅客船兼自動車航走船で,和歌山県和歌山下津港と徳島県徳島小松島港間の定期航路に就航していた。
ア 一般配置
船体は,旅客甲板と車両甲板の2層の全通甲板で構成され,それぞれB及びC甲板と呼称されており,その上方は上側から航海船橋甲板及びA甲板となっており,車両甲板の船首及び船尾にはそれぞれランプドアが付設され,船首側にバウバイザーが取り付けられていた。
イ 船首ランプドア
船首ランプドアは,長さ4.85メートル幅4.65メートルのファーストパネル及び長さ4.18メートル幅4.46メートルのセカンドパネルの2枚の鋼製パネルで構成され,車両甲板基部とヒンジで連結されているファーストパネルが油圧ウインチによるワイヤロープの巻下げられる動作と連動して,ファーストパネルとヒンジで連結されているセカンドパネルが展開・格納用油圧シリンダ(以下「展開シリンダ」という。)の動作により,山折れで格納されていた状態から展開できるようになっていた。
ウ セカンドパネル展開シリンダ
セカンドパネル展開シリンダは,シリンダ内径200ミリメートル(以下「ミリ」という。)行程880ミリの鋼製で,ファーストパネル下面前端から約2.1メートル,ファーストパネル船首尾方向中心線から左右に1.2メートルの位置に各1個ずつ取り付けられ,並列油圧回路を形成し,定格作動油圧は130キログラム毎平方センチメートルで,同油圧が両展開シリンダのピストンヘッド側(以下「ヘッド側」という。)にかかれば,ピストンロッドが押し出されてセカンドパネルが展開し,逆にピストンロッド側(以下「ロッド側」という。)にかかれば,同パネルが格納されるようになっていた。
エ セカンドパネル展開シリンダの油圧配管
セカンドパネル展開シリンダの油圧配管は,呼び径25ミリの配管用ステンレス鋼管のほか耐圧ゴム製可撓管が使用されており,管継手は,ねじ込み式で,継手面にOリングが装着され,丸ナット型袋ナットで締め付けるようになっていた。
3 事実の経過
(1)本件前のセカンドパネル展開シリンダの整備及び修理の経過
かつらぎは,平成16年6月第一種中間検査を受検した際,船首ランプドアのセカンドパネル展開シリンダ2個を開放整備した。その後,同17年5月31日,7月27日及び8月11日の3回,右舷側の同展開シリンダのロッド側油圧配管の同じ管継手からの作動油漏洩が発生し,毎回,同ドアを開放する徳島小松島港係岸中の空き時間に同管継手のOリングを交換した。作業としては,いったん作業員を陸上に待機させ,同ドア先端を水平位置から約2メートルの高さまで持ち上げて下方に作業スペースを確保せねばならず,そこに前示作業員を可動橋側から架け渡したアルミ梯子で移乗させて修理するようにしていた。
ところで,A受審人は,かつらぎに交代船長として同年8月6日から同月19日までの予定で乗船中,同月11日に前示管継手の3回目となる漏油修理を行う旨の連絡を受けた際,事前に打合せを行い,作業の安全対策を十分に講じるよう指示し,船首ランプドア先端を持ち上げて維持する必要があり,車両甲板天井及び同ドアの両パネル上面の左右に設置されていた専用アイプレートとワイヤロープを使用して両パネルを吊り下げることが検討されたが,限られた作業時間であり,当時低潮期であったことから同ドアの支え台として可動橋の先端で同ドアを持ち上げる方法で,同ドア用ウインチワイヤロープの負担軽減を図って修理することを認めた。
また,C受審人は,B受審人が8月18日下り4便着後の09時30分休暇が明けて徳島小松島港で乗船し,しばらく同人と2人で乗船している時間があったのち,休暇を取るC受審人が同日下り7便着後の15時00分同港で下船する予定であった。
そして,B受審人は,前示右舷側展開シリンダのロッド側管継手からの漏油が短期間に3回あったものの,毎回,定期運航の妨げとならないよう簡便にOリングを交換するだけで,船首ランプドア直下の危険な作業に対する安全対策を十分に検討していなかった。
(2)D社のかつらぎ乗組員に対する安全管理及び安全教育
D社は,これまで各船からの要望があれば整備業者に委託するなどして実施した修理については,すべて本社に報告されて情報の共有化が図られていたが,各船乗組員に対して,作業の安全基準を策定するなどの安全管理,並びにヘルメットや安全靴などの保護具の着用,足場の架設及び吊り荷直下での作業を避けるなどの安全意識の徹底を図る安全教育を十分に行っていなかった。
(3)本件に至る経緯
かつらぎは,平成17年8月18日10時15分上り5便として旅客39人車両39台を乗せ,船首3.6メートル船尾4.2メートルの喫水をもって,徳島小松島港を発し,和歌山下津港に向かったが,その途中,船内巡視を行っていた二等航海士がセカンドパネル展開シリンダ右舷側のロッド側管継手からの漏油を発見した。A受審人は,二等航海士から報告を受けたが,漏油量がごくわずかであったことから,応急的な対策として油吸着マットを敷いておくよう指示したうえ,B受審人に対応の検討を指示した。B受審人は,A受審人に対し,次便の下り7便で徳島小松島港着後の空き時間で,過去3回の漏油修理と同様に,Oリング交換で対処する旨の報告を行った。
A受審人は,漏油箇所の修理にあたり,当日15時すぎが低潮期ではなく,前回のように船首ランプドアを可動橋にもたせかけることができず,同ドア用ウインチのワイヤロープの切断を懸念しつつも,毎月1回同ワイヤロープの点検をしていたことや,前回と同じセカンドパネルの自重がかからない,展開シリンダロッド側の管継手を開放してOリングを交換するだけと聞いていたので,まさか同パネルが落下することはあるまいと思い,関係者に同パネル落下に対する安全対策の検討を含め作業前の打合せを十分に行うよう指示しないまま,同パネル先端を水平の可動橋から約2メートル上げた位置で同ドアを留め置いて修理することを容認した。
そして,かつらぎは,15時01分下り7便として徳島小松島港D社専用岸壁に到着し,旅客と車両の下船を済ませ,15時25分次の上り8便の準備として船内電源の供給が必要な保冷車1台とコンテナ台車2台の積込みを終えたので,出航30分前の16時10分ごろから行われる車両の積込みまでに漏油管継手のOリング交換が行われることとなった。当時,かつらぎの喫水は,船首4.3メートル船尾4.1メートルであった。
15時25分B受審人は,漏油管継手の修理のために,自らとC受審人ら機関部職員2人がいったん陸上側の可動橋に下りて,次に持ち上げさせた船首ランプドアのファーストパネル直下の修理箇所に架け渡したアルミ製梯子で渡って配置につかせ,また,甲板員1人をウインチ操作につかせ,先に陸上側に下りていた一等航海士E及び三等航海士Fに同パネル直下の可動橋先端に移動して同梯子の保持などを行わせていた。
このとき,B受審人は,通常は,機関部の責任者として同部要員を指揮して作業全体の安全を確認しながら修理を進めるところ,作業時間が短いことから,C受審人など機関部職員に油受け等の補助作業にあたらせ,自らが右舷側展開シリンダロッド側の管継手の開放にかかった。
そして,B受審人は,ロッド側管継手の開放を終えたとき,同じ展開シリンダのヘッド側管継手からも漏油しているのを発見したので,後方で補助作業中のC受審人などに知らせないまま,同管継手も,Oリング交換を行うこととし,自ら開放し始めた。しかし,B受審人は,すでにロッド側管継手は開放を終えており,続いてセカンドパネルの自重がかかっていた展開シリンダヘッド側の管継手を開放すれば,作動油が噴出してセカンドパネルを支えきれなくなって危険な状況となることに気付かなかった。
C受審人は,後方からB受審人がセカンドパネル展開シリンダのヘッド側管継手を開放し始めたのを認めたが,B受審人が同管継手を少しずつ緩めて様子をみるだけだから,一気に開放することはあるまいと思い,B受審人に対して同側管継手開放作業の危険性と中止を強く進言しなかった。
こうして,かつらぎは,B受審人によってセカンドパネル展開シリンダのロッド側管継手が開放されたまま,ヘッド側管継手が一気に開放され,15時30分徳島沖の洲導流堤灯台から297度(真方位,以下同じ。)1,430メートルの地点において,作動油が噴出して支えをなくした自重6トンのセカンドパネルが先端から落下し,セカンドパネル直下の陸上側の可動橋先端で海面監視にあたっていたE一等航海士及びF三等航海士がセカンドパネル先端と可動橋とで挟撃された。
当時,天候は晴で,風力2の南西風が吹き,海面は穏やかで,潮候は上げ潮の中央期であった。
その結果,E一等航海士が左手の拇指及び第4指不全切断など並びにF三等航海士が左下肢不全切断及び左上腕骨骨折などの重傷を負った。
(4)本件後の処置
D社は,本件後,かつらぎ乗組員,整備業者及び工務担当者等の意見を聴き,セカンドパネル展開シリンダの漏油していた管継手を省略して,漏油しにくい耐圧ゴム製可撓管で直接連結する模様替えを行い,また,原点に戻って乗組員に対する安全教育を行うこととし,各船において危険予知訓練イラスト集を用いるなどして安全意識の周知徹底を図るようにした。
(本件発生に至る事由)
1 D社が,作業内容に対する安全管理及び乗組員に対する安全教育を十分に行っていなかったこと
2 A受審人が,セカンドパネル落下に対する安全対策の検討を含め関係者に作業前の打合せを十分に行うよう指示しなかったこと
3 B受審人が,甲板部職員2人にセカンドパネル直下の可動橋先端に移動して梯子の保持を行わせていたこと
4 B受審人が,作業前の打合せを十分に行わず,セカンドパネル落下に対する安全対策を十分に講じなかったこと
5 B受審人が,セカンドパネルの自重がかかっていた展開シリンダヘッド側の管継手を開放したこと
6 C受審人が,セカンドパネルの自重がかかっていた展開シリンダヘッド側の管継手開放作業の危険性と中止を強く進言しなかったこと
(原因の考察)
本件乗組員負傷は,船首ランプドアの油圧回路の修理を行う際,作業の安全対策が不十分で,セカンドパネルが先端から落下したことによって発生したものである。
B受審人が,作業前の打合せを十分に行い,船首ランプドアを吊るなどセカンドパネル落下に対する安全対策を十分に講じていたなら,本件は発生していなかったと認められる。
したがって,B受審人が,作業前の打合せを十分に行わず,セカンドパネル落下に対する安全対策を十分に講じないまま,セカンドパネルの自重がかかっていた展開シリンダのヘッド側管継手を開放したことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,関係者にセカンドパネル落下に対する安全対策を十分に検討させるなど作業前の打合せを十分に行うよう指示していたなら,同対策が十分に取られ,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,セカンドパネル落下に対する安全対策の検討を含め関係者に作業前の打合せを十分に行うよう指示しなかったことは,本件発生の原因となる。
C受審人が,B受審人にセカンドパネルの自重がかかっていた展開シリンダのヘッド側管継手の開放作業の危険性と中止を強く進言していたなら,同管継手が開放されず,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,C受審人が,B受審人にセカンドパネルの自重がかかっていた展開シリンダのヘッド側管継手の開放作業の危険性と中止を強く進言しなかったことは,本件発生の原因となる。
D社が,安全管理及び安全教育を十分に行っていたなら,本船側から本社側に作業報告がなされ,セカンドパネル落下に対する安全対策及び吊り荷直下での作業を避けるなど乗組員の安全意識の徹底等がなされ,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,D社が,安全管理及び安全教育を十分に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
B受審人が,甲板部職員2人にセカンドパネル直下の可動橋先端に移動して梯子の保持を行わせていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,吊り荷直下での作業を避けるという安全意識の徹底がなされていないことにあたり,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件乗組員負傷は,船首ランプドアの油圧回路の修理を行う際,作業の安全対策が不十分で,セカンドパネルが先端から落下したことによって発生したものである。
作業の安全対策が十分でなかったのは,船長が,関係者にセカンドパネル落下に対する安全対策の検討を含め作業前の打合せを十分に行うよう指示しなかったことと,機関長が,作業前の打合せを十分に行わず,セカンドパネル落下に対する安全対策を十分に講じないまま,セカンドパネルの自重がかかっていた展開シリンダのヘッド側管継手を開放したこととによるものである。
海上運送業者が,乗組員に対する安全管理及び安全教育を十分に行っていなかったことは,
本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
B受審人は,船首ランプドアの油圧回路の修理を行う場合,セカンドパネルが油圧シリンダで持ち上げられていたから,作動油が噴出して展開状態のセカンドパネルが先端から落下することがないよう,作業前の打合せを十分に行い,セカンドパネル落下に対する安全対策を十分に講じるべき注意義務があった。しかるに,同人は,前回同様の作業手順で行えば問題はないものと思い,作業前の打合せを十分に行わず,セカンドパネル落下に対する安全対策を十分に講じなかった職務上の過失により,セカンドパネルの自重がかかっていた展開シリンダのヘッド側管継手を開放し,セカンドパネルを先端から落下させる事態を招き,セカンドパネル直下の可動橋先端に移動して梯子を支えていた甲板部職員2人をセカンドパネル先端と可動橋とで挟撃し,同人らを負傷させるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
A受審人は,船首ランプドアの油圧回路の修理を行わせる場合,セカンドパネルは重量物であるから,振れ落ちることがないよう,セカンドパネル落下に対する安全対策の検討を含め関係者に作業前の打合せを十分に行うよう指示すべき注意義務があった。しかるに,同人は,前回と同じ油圧シリンダのロッド側管継手を開放し,Oリングを交換するだけと聞いていたので,まさかセカンドパネルが落下することはあるまいと思い,関係者にセカンドパネル落下に対する安全対策の検討を含め作業前の打合せを十分に行うよう指示しなかった職務上の過失により,関係者による作業前の打合せが十分に行われないまま,作業が進行されて前示の事態を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C受審人は,船首ランプドアの油圧回路の修理が行われる場合,機関長がセカンドパネル展開シリンダのロッド側管継手の開放に引き続き,ヘッド側管継手を開放しようとしたのを認めた際,セカンドパネルは展開シリンダ2個で支持されていたから,作動油が噴出して同シリンダの2個のピストンロッドが押し戻されることがないよう,同人に同管継手開放作業を中止するよう強く進言すべき注意義務があった。しかるに,同人は,機関長が同展開シリンダのヘッド側管継手を少し緩めてセカンドパネルに異状が生じないか確認しないまま,一気に同管継手を開放することはあるまいと思い,同管継手開放作業の危険性と中止を強く進言しなかった職務上の過失により,機関長が同管継手を一気に開放し,前示の事態を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
D社が,乗組員に対する安全管理及び安全教育を十分に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
D社に対しては,本件後,本船乗組員,整備業者及び工務担当者等の意見を聴き,セカンドパネル展開シリンダの漏洩していた管継手を省略して,漏油しにくい耐圧ゴム製可撓管で直接連結する模様替えを行い,また,原点に戻って乗組員に対する安全教育を行うこととし,各船において危険予知訓練イラスト集を用いるなどして安全意識の周知徹底を図っている点に徴し,勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
|