(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年1月4日15時40分
沖縄県金武中城港
(北緯26度19.5分 東経127度51.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第一エーコープ |
総トン数 |
499トン |
全長 |
76.14メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 船体構造等
第一エーコープ(以下「エ号」という。)は,平成7年6月に進水した,貨物倉1個を有する全通二層甲板の船尾船橋型鋼製貨物船で,上甲板上の船体中央部に長さ40.2メートル(m)幅9.5mの倉口があり,その周囲に同甲板からの高さ約0.7mのハッチコーミング(以下「コーミング」という。)を設け,幅約0.4mのコーミング上面には,船首尾方向に移動して倉口を開閉するシングルプル型の鋼製ハッチカバーを装備し,コーミングの船首部及び船尾部には同カバーの格納台をそれぞれ組み込んでおり,コーミング上面両舷側と上甲板からの高さ約1mのハンドレールとの間が幅約0.6mの通路となっていた。
イ ハッチカバー及び開閉装置
ハッチカバーは,長さ2.69ないし2.765m幅9.77m厚さ0.30mのパネル15枚からなり,船首側から順番号を付し,1ないし7番及び8ないし15番の2群(以下,船首側を「船首カバー」,船尾側を「船尾カバー」とそれぞれいう。)に分割したうえ,各群ごとに連結バーでパネルを連結したもので,船尾カバーについては,8番パネルが両舷側板に各2個の,他のパネルが同板船尾側に各1個の走行ローラが,各パネル両舷側板の船首側端から約1mの位置に格納用ローラが各1個それぞれ取り付けられていた。
また,格納台は,各パネルを水平状態から垂直状態に回転させるための傾斜部分と,垂直に立てた状態で格納するための部分からなるローラレールを両舷にそれぞれ設けたもので,同レール傾斜部の先端がいずれもコーミングの船首及び船尾側端から約1m内側に位置し,コーミング上面より約0.2m高くなっていた。
ハッチカバーの開閉装置は,油圧モータ駆動によるチェーン式で,船首カバーが7番の,船尾カバーが8番のパネル両舷側板に取り付けた接続金具に連結してコーミング上面を移動するエンドレスチェーン計4本,格納台の船首尾両端に設置した油圧モータ,チェーンホイール及び同ホイール駆動軸,操作ハンドルにより開放,閉鎖及び停止を行う船首カバー及び船尾カバー開閉用の各油圧切換弁,並びに閉鎖状態で固定するための油圧シリンダ及び同シリンダ用油圧切換弁などで構成しており,各油圧切換弁がコーミング右舷側の両カバーが閉鎖時に合致する付近に備えられていた。
そして,閉鎖中の船尾カバーを開放する場合,カバー開閉用油圧切換弁の操作ハンドルを停止位置から開放位置に倒すと,油圧モータが始動してチェーンホイールが回転し,チェーンとコーミング上面のレールに乗った走行ローラによってパネルが船尾側に移動し始め,15番パネルから順次格納用ローラが格納台ローラレールにかかり,傾斜部分を上りながら垂直状態となり,約5分を要して8枚のパネルが格納されるようになっていた。
3 運航形態及び揚荷役要領
エ号は,主として鹿児島県志布志港から沖縄県金武中城港への飼料又は肥料のばら積み不定期輸送に従事しており,飼料を同港に輸送した場合,同県で港湾荷役業等を営むC社が専ら揚荷役を請け負っていた。
金武中城港における飼料の揚荷役は,中城湾新港新港地区ふ頭の岸壁上に設置された,長さ7.40m幅6.70m高さ5.75mのホッパー台付近にエ号が着岸し,陸上クレーン車に取り付けたグラブバケットで貨物倉内の飼料をつかんでホッパー台に落とし込んだのち,同台下に待機するトラックの荷台に流し込む要領で行われているもので,同バケットからホッパー台に落とし込む前にこぼれ落ちた飼料を貨物倉に回収するために,長さ10.55m幅5.70mで重さ60キログラムのポリエステル製飛散防止シート(以下「シート」という。)を同台の船側上端から貨物倉に垂らすようにしていた。また,同荷役中,エ号側はハッチカバーの開閉操作及びホッパー台と船体位置を調整するためのロープシフトを担当することになっていた。
4 事実の経過
エ号は,A受審人ほか4人が乗り組み,飼料のトウモロコシを約1,500トン積み,平成17年1月2日16時50分志布志港を発して,翌々4日07時35分金武中城港の中城湾新港新港地区ふ頭に出船左舷付けで係留したのち,C社の作業責任者から依頼を受けた同受審人がハッチカバーを開放し,10時30分から揚荷役を開始した。
そして,エ号は,昼食を挟み午前中に引き続いて午後も揚荷役が行われ,貨物倉船首及び中央部の飼料を揚げ終えてロープシフトし,同倉船尾部で揚荷役を行っていた15時10分ごろから小雨が降り出したため,貨物倉に垂らしたシートを左舷側通路に引き上げ,A受審人がハッチカバーを閉鎖して作業を中断中,左舷側からの強風に煽られたシートが船尾カバー上に舞い上がり,同カバーの一部を覆った。
B指定海難関係人は,作業服にヘルメット,安全チョッキ,安全靴及び手袋を着用し,雨を避けるためにエ号の船尾上甲板付近で待機していたところ,15時35分ごろに雨が止んだので,ハッチカバーを覆ったシートが開放時の同カバーに巻き込まれないように,他の作業員2人とともに船尾カバーに上がり,シートを畳みながら通路へ片付け始めた。
15時39分A受審人は,作業責任者から作業を再開する旨を告げられ,船尾カバーだけを開放するために右舷側通路の油圧切換弁に赴いたところ,作業員が同カバー上に2人,左舷側通路に1人いて,シートを片付けて同通路に降ろしているのを認めたので,船尾カバーを開放する旨を大声で3回ほど注意喚起した。
一方,B指定海難関係人は,船尾カバー最船尾の15番パネル上で同カバーを開放する旨の注意喚起を聞いたが,風に煽られて頭越しになるシートを両手で手繰りながら片付けることに気をとられ,A受審人に対して通路に降りるまでもう少し待つよう明確に応答しなかった。
ところが,A受審人は,作業員が依然として船尾カバー上で作業を続けていたにもかかわらず,注意喚起に対してB指定海難関係人のシートを手繰る動作が開放してもよいと合図したように見え,パネルもゆっくり移動するので大丈夫と思い,作業員が通路等に安全に退避したことを十分に確認せず,作業員を同カバー上に乗せたまま開放操作をして間もなく,15時40分金武中城港泡瀬波除防波堤灯台から真方位090度700mの地点において,15番パネルが動き出したことに慌てたB指定海難関係人が,同パネルから左舷側通路に降りようとコーミング上面に右足をかけたとき,移動してきた格納用ローラと格納台ローラレール傾斜部先端との間に挟まれた。
当時,天候は曇で風力4の北風が吹いていた。
B指定海難関係人は,止めてくれと大声で叫び,それを聞いたA受審人が直ちに船尾カバーを停止,閉鎖操作したことで,右足が開放されたが,約3ヶ月の入院及び通院加療を要する右足下腿裂創を負った。
(本件発生に至る事由)
1 揚荷役中に雨が降り,いったん作業を中断してハッチカバーを閉鎖したこと
2 作業中断中にシートが強風に煽られてハッチカバーの一部を覆ったこと
3 B指定海難関係人が最船尾のパネル上でシートを片付けていたこと
4 B指定海難関係人がハッチカバーを開ける旨の注意喚起に対して,通路に退避するまで待つよう明確に応答しなかったこと
5 A受審人がハッチカバー上にいる作業員が通路等に安全に退避したことを確認しないまま同カバーの開放操作を行ったこと
6 B指定海難関係人がパネルが動き出したことに慌てて,通路に降りようと格納用ローラが近づくコーミング上面に右足をかけたこと
(原因の考察)
本件は,降雨のため中断していた揚荷役を再開するためにハッチカバーを開放する際,同カバー上で作業をしていた作業員が注意喚起に応じて通路等に安全に退避したことを確認したうえで,開放操作を行っていれば,作業員がパネルが動き出したことに慌てて,通路に降りようと格納用ローラの近づくコーミング上面に右足をかけ,同ローラと格納台ローラレール傾斜部先端との間に挟まれることは防止できたものと認められる。
したがって,A受審人が,注意喚起に対して作業員の動作がハッチカバーを開放してもよいと合図したように見え,同カバーもゆっくり移動するので大丈夫と思い,ハッチカバー上にいる作業員が通路等に安全に退避したことを十分に確認しないまま,開放操作を行ったことは,本件発生の原因となる。
また,B指定海難関係人が,ハッチカバー上で作業中,同カバーを開ける旨の注意喚起に対して,風に煽られるシートを片付けることに気をとられ,通路に退避するまで待つよう明確に応答しなかったことは,本件発生の原因となる。
揚荷役中に雨が降り,いったん作業を中断してハッチカバーを閉鎖したこと,作業中断中にシートが強風に煽られてハッチカバーの一部を覆ったこと,及びB指定海難関係人が最船尾のパネル上でシートを片付けていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があると認められない。
(海難の原因)
本件作業員負傷は,沖縄県金武中城港において,揚荷役再開のためにハッチカバーを開放する際,作業員の動静に対する安全確認が不十分で,シートを片付けている作業員を同カバー上に乗せたまま操作が開始され,動き出した最船尾パネルから通路に降りようとした作業員が格納用ローラと格納台ローラレールとの間に右足を挟まれたことによって発生したものである。
作業員が,ハッチカバー上でシートの片付け作業中,同カバーを開放する旨の注意喚起に対して,通路に降りるまで待つよう明確に応答しなかったことは,本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は,船側の担当者として揚荷役に立ち会い,降雨のため中断していた揚荷役を再開するためハッチカバーを開放する場合,同カバー上で作業員がシートを片付けていたのであるから,注意喚起に応じて作業員が通路等に安全に退避したことを十分に確認すべき注意義務があった。ところが,同人は,注意喚起に対して作業員の動作がハッチカバーを開放してもよいと合図したように見え,同カバーもゆっくり移動するので大丈夫と思い,作業員が安全に退避したことを十分に確認しなかった職務上の過失により,作業員をハッチカバー上に乗せたまま開放操作を行い,慌てて通路に降りようとした作業員が格納用ローラと格納台ローラレールとの間に右足を挟まれる事態を招き,同作業員に右足下腿裂創を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が,ハッチカバー上で作業中,同カバーを開放する旨の注意喚起に対して,風に煽られるシートを片付けることに気をとられ,通路に降りるまで待つよう明確に応答しなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては,勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
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