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平成17年神審第108号
件名

漁船明石丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年4月14日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(甲斐賢一郎,工藤民雄,橋本 學)

理事官
黒田敏幸

受審人
A 職名:明石丸甲板員 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
a

損害
船長が溺水による死亡

原因
救命胴衣を着用していなかったこと

主文

 本件乗組員死亡は,救命胴衣を着用していなかったことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年6月18日01時50分
 兵庫県神戸市垂水漁港南方沖合
 (北緯34度36.6分 東経135度03.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船明石丸
総トン数 4.9トン
登録長 11.71メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 48キロワット
(2)設備及び性能等
 明石丸は,平成17年5月に進水した,主にたこ引き漁など底引き網漁業に従事するFRP製漁船で,船体中央やや前方に操舵室,その後方にワイヤー類を巻き揚げるローラーが設置され,船尾に魚網を引き揚げるためのやぐらが組まれていた。同船の航海計器として,レーダーはなかったものの,GPS装置,自動操舵装置などが装備されていた。
 ローラーの右舷側には,操業中1人で網の揚降と操船を行えるように,ローラーの運転装置の他に,遠隔で制御できる,主機関回転調整ダイヤルや操舵装置が備えられていた。
 ローラー後方の船尾甲板は,前半の魚倉部と後半の仕分け部に分けられ,魚倉部では,各魚倉にそれぞれ天蓋が甲板の面に合わせて設置されて両舷側には甲板上の高さが1.3メートルのブルワークが設けられていたが,仕分け部では,その高さが55センチメートルと低くなり,船尾端トランサム部は,網の出し入れなどに支障にならないよう,高さが43センチメートルとなっていた。

3 従事中の漁法
 明石丸が従事中のたこ引き網漁は,小型機船底引き網漁業として兵庫県知事から許可を受けた漁法で,夜間,水深35ないし65メートルの明石海峡で,重りの付いた長さ7.5メートルの袖網と長さ6メートルの袋網で構成される底引き網の網口に,長さ14メートルの鉄製張木を取り付け,張木と接続した長さ15メートルのワイヤー製又綱3本を取り付けた,長さ150メートルのワイヤー製本綱をローラーからやぐらの滑車を経由して繰り出して,潮流に向かって1.0ノットくらいの対地速力(以下「速力」という。)で底引きするものであった。


 操業中は,ローラーの運転,主機関回転数の増減,舵の操作などはローラー右舷側でB船長が全て1人で行っていた。
 A受審人は,明石丸が自身の所有している漁船とは漁ろう設備が異なっていたので,漁ろうや操船に関して,B船長に一任していた。
 B船長にとって,やぐらを使うたこ引き漁は,初めてであったので,先輩から操業方法などを習った後,本件発生の9日前から漁を開始していたが,漁の途中で又綱が絡むなど支障が生じることがあり,漁具などの調整を行いながら漁を続けていた。

4 事実の経過
 明石丸は,A受審人及びB船長が乗り組み,たこ引き漁の目的で,船首0.3メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成17年6月17日23時00分兵庫県明石港明石浦船溜まりを発し,折り畳んでいた張木を港外で展張して,同県垂水漁港東南方沖合の漁場に向かった。
 ところで,新造された明石丸には属具として新品の固形式救命胴衣が備え付けられており,当初,A受審人及びB船長は,同救命胴衣を着用したものの,かさ張って作業の妨げとなったので,いつの間にか着用しなくなっており,今回発航したときも両人とも救命胴衣を着用していなかった。
 A受審人は,自身が漁師となって以来,救命胴衣を着用しておらず,特に必要性を感じなかったので,B船長に対して救命胴衣の着用を進言することはなかったし,B船長がA受審人にそれを指示することもなかった。
 B船長は,17日23時55分垂水漁港南東方2.0海里沖の漁場に到着して操業の準備をしたうえで,翌18日00時00分平磯灯標から150度(真方位,以下同じ。)1.8海里の地点で,底引き網を投入して295度方向に向けて,機関を前進最微速として1.0ノットの速力で操業を開始した。
 01時10分B船長は,平磯灯標から184度1.1海里の地点に至って,網を引き揚げて,漁獲物の選別を行うこととしたが,又綱が絡んでいたので,航路筋から離れたところで絡みを解くこととして,針路を310度,機関を前進微速として2.4ノットの速力で航路筋から離れるよう進行し,01時25分垂水漁港の南方0.9海里に達した。
 その後,B船長は,機関を中立として停留し始め,張木を畳んで,又綱の調整をするため,やぐらを4回ほど上り下りして漁具の調整作業を行った。
 01時50分少し前A受審人は,B船長が調整を終えたので,東に向けて操業を再開するために同船長がローラーの右舷側で機関を最微速として本綱のブレーキを緩めるものと考えて,操舵室の右舷側で前方の見張りについたが,01時50分誤って身体のバランスを崩すかしたB船長(昭和49年8月4日生)は,平磯灯標から215度0.9海里の地点において,船首を060度に向けて停留する明石丸の右舷後方から海中に転落した。
 当時,天候は晴で,風力2の南風が吹き,明石海峡の潮流は東南東流から西北西流に変わる転流時であった。
 転落時,B船長の発する声を聞いたA受審人は,後方を振り返ったが,すでに海中に転落しておりその姿を認めることがなかったので,無線で僚船に救援を求めたものの,05時15分明石港南方1.6海里で発見され溺水による死亡が確認された。

(本件発生に至る事由)
1 B船長が救命胴衣を着用していなかったこと
2 A受審人がB船長に救命胴衣の着用を進言しなかったこと
3 B船長が新造の明石丸の漁具取扱を習熟するに至っておらず,漁具の調整が続けられていたこと

(原因の考察)
 本件は,B船長が救命胴衣を着用していれば,海中に転落しても,海面上に顔を出すことができ,溺死に至ることはなかったと認められる。したがって,B船長が救命胴衣を着用していなかったことは,本件発生の原因となる。
 A受審人がB船長に救命胴衣の着用を進言しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,親子の関係であったとしても,明石丸の操業と操船の指揮をとっていたのはB船長であることを考慮すると,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 B船長が新造の明石丸の漁具取扱を習熟するに至っておらず,漁具の調整が続けられていたことは,同調整作業自体が,通常では海中転落を招くような危険な作業とは言えず,本件発生前には同作業が終了していたことを考えると,本件発生の原因とはならない。

(海難の原因)
 本件乗組員死亡は,夜間,兵庫県神戸市垂水漁港南方海域において,乗組員が身体のバランスを崩すかして海中に転落した際,救命胴衣を着用していなかったことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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