(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年5月31日11時55分
沖縄県那覇港南西沖合
(北緯26度09.5分 東経127度29.5分)
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船日福丸 |
総トン数 |
471トン |
全長 |
68.95メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
回転数 |
毎分305 |
3 事実の経過
日福丸は,平成6年1月に進水した,航行区域を近海区域とし,主に九州と南西諸島との間でばら積み不定期輸送に従事する船尾船橋型の鋼製貨物船で,主機として,B社が製造したLH31G型と称する,連続最大出力1,323キロワット回転数毎分370の原機に負荷制限装置を付設したディーゼル機関を備え,各シリンダに船首側から順番号が付されていた。
主機の冷却清水系統は,防錆剤を添加した清水が,電動冷却清水ポンプによって吸引加圧され,清水冷却器から入口主管に送られて分岐し,各シリンダジャケット及びシリンダヘッドと,過給機ケーシングとを冷却したのち,出口主管で合流して同ポンプ吸入管に戻るほか,各燃料噴射弁を冷却した清水が各弁ごとに機関室上段に設けたホッパーから,その下方に設置した清水膨張タンク(以下「膨張タンク」という。)に導かれるようになっており,同タンクの上部には出口主管からの空気抜き管を,底部には同ポンプ吸入管に至る加圧管をそれぞれ配管し,運転中,循環する清水の空気抜き及び清水量の過不足を調整するようになっていた。また,運転中,出口主管の冷却清水温度が摂氏85度まで上昇すると,冷却清水温度上昇警報装置が作動し,操舵室及び機関室中段に設置された警報盤で警報を発するとともに警報ランプを点灯するようになっていた。
主機のシリンダライナは,内径310ミリメートル(mm)長さ991mm中央部付近の肉厚が約32mmのねずみ鋳鉄製で,防食塗装が施された外周面とシリンダブロック内面との間で水ジャケット部を形成しており,同ブロックの右舷側に配置した入口主管から,各シリンダ毎に分岐した冷却清水が下方から流入して上昇し,シリンダブロック上方に設けた連絡管を経てシリンダヘッドに導かれるようになっていた。
ところで,シリンダライナは,外周面に冷却清水に添加した防錆剤による防食皮膜が形成されている状況においても,燃焼に伴う振動や冷却清水圧力の関係などから,冷却清水の入口側又は反対側において,上下方向にキャビテーションによる浸食が発生することがあり,経年により同浸食が進行して内面まで貫通する破孔に至るおそれがあるので,少なくとも5年ごとの定期検査工事において抜出し整備を行い,外周面に浸食が生じている場合にはコーキング補修や新替えなどの措置をとる必要があった。
日福丸は,主機を年間約4,000時間運転し,毎年1回の入渠時には冷却清水を新替えして防錆剤を投入するようにしていたところ,冷却清水圧力がメーカー許容範囲内となる1.1ないし1.25キログラム毎平方センチメートルに保持されていたものの,機関振動の影響などを受けたものか,いつしか各シリンダライナの外周面左舷側にキャビテーションによる浸食が生じ始めた。
A受審人は,約24年間外航船に機関員として乗り組み,その間昭和48年に乙種二等機関士の海技免許を取得し,平成7年9月からは内航船に機関士又は機関長として乗船するようになり,同14年9月に日福丸に一等機関士として乗り組み,翌10月初めに機関長に昇格して機関の運転と保守管理にあたり,主機冷却清水系統については,機関室当直中に膨張タンクの水位を点検し,10ないし20mm水位が減少すると補給して防錆剤を追加投入するようにしていた。
そして,A受審人は,船主から機関の保守管理を任されるなか,同年11月下旬に定期検査工事のため入渠した際,主機については全シリンダのピストンを抜き出して受検及び整備を実施したが,前任者から特段の引継ぎがなく,乗船間もないことから経費面での遠慮もあって,シリンダライナの抜出し整備を行わなかったので,外周面にキャビテーションによる浸食が生じていることを発見できないまま同工事を終え,その後の合入渠工事においても同整備を行わず,経年によりシリンダライナ左舷側外周面の浸食が徐々に進行する状況で主機の運転を続けた。
こうして,日福丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,タンク入り焼酎約100トンを載せ,船首1.0メートル船尾2.8メートルの喫水をもって,平成16年5月31日11時00分沖縄県那覇港を発し,同県石垣港に向かって航行中,主機4番シリンダライナの外周面左舷側中央付近でキャビテーションによる浸食が著しく進行して内面に貫通する破孔を生じ,燃焼ガスが水ジャケット部に噴出して冷却清水温度が上昇し,11時55分ルカン礁灯台から真方位323度3.6海里の地点において,冷却清水温度上昇警報装置が作動した。
当時,天候は晴で風力3の南西風が吹き,海上は穏やかであった。
居住区で休息していたA受審人は,当直中の一等機関士から報告を受けて機関室に急行し,主機冷却清水系統の異変を認めたものの,原因が特定できず,メーカーに連絡して助言を求めるとともに,機関整備業者に点検を依頼した。
日福丸は,那覇港南西沖合に錨泊し,来船した機関整備業者が主機各部を点検した結果,4番シリンダライナ左舷側中央付近の破孔部から清水が噴出していることが判明し,自力で同港に引き返したのち,同シリンダライナを予備と取り替えるとともに,清水の混入した潤滑油が新替えされ,他のシリンダライナについても2箇月後すべて新替えされた。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機シリンダライナの抜出し整備が不十分で,同ライナ外周面に生じたキャビテーションによる浸食が著しく進行するまま運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,船主から機関の保守管理を任され,定期検査工事を行う場合,主機シリンダライナ外周面の状況を点検して浸食等の発生に対する措置がとれるよう,シリンダライナの抜出し整備を行うべき注意義務があった。ところが,同人は,前任者から特段の引継ぎがなく,乗船間もないことから経費面での遠慮もあって,シリンダライナの抜出し整備を行わなかった職務上の過失により,各シリンダライナの外周面にキャビテーションによる浸食が生じていることを発見できないまま主機の運転を続け,外周面左舷側中央付近の同浸食が著しく進行した4番シリンダライナにおいて内面に貫通する破孔を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
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