(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年8月9日
鳥取県境港
(北緯35度32.04分 東経133度11.73分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三十六海幸丸 |
総トン数 |
309トン |
全長 |
57.59メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル12シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
2,206キロワット |
回転数 |
毎分900 |
(2)設備及び性能等
ア 第三十六海幸丸
第三十六海幸丸(以下「海幸丸」という。)は,まき網船団に運搬船として所属する,昭和63年7月に進水した鋼製漁船で,鳥取県境港を基地として操業に従事しており,ディーゼル機関を主機,可変ピッチプロペラを推進器として装備し,操舵室の操縦装置で主機の回転数及びプロペラピッチを制御するようになっていた。
イ 主機
主機は,C社が製造した,12PA5VX型と呼称する定格出力2,206キロワット及び同回転数毎分900(以下,回転数は毎分のものを示す。)のV型ディーゼル機関であるが,燃料噴射ポンプのラック(以下「燃料ラック」という。)が21ミリメートル(以下「ミリ」という。)以上にならないように負荷制限装置を付設して封印したのち,計画出力及び同回転数を1,342キロワット及び810として受検・登録されており,斜め割れセレーション合わせとなっている連接棒大端部が2本の連接棒ボルトで締め付けられるようになっていた。
なお,主機の回転数は,推進器が可変ピッチプロペラであったことから,負荷制限装置の封印を外して燃料ラックを21ミリ以上にしなくても,プロペラピッチを調整して負荷を減少させれば,計画回転数の810以上に上げることが可能であった。
3 事実の経過
海幸丸は,可変ピッチプロペラ装備船の場合はプロペラピッチを調整して主機の回転数(以下,主機の回転数や部品などについては主機を省略する。)を上げたほうが効率がよいとの会社側の考え方によるものか,就航時から,負荷制限装置の封印は外していなかったものの,プロペラピッチを調整して全速力前進時の回転数を900とし,主機を年間4,100時間ほど運転して操業に従事していたところ,いつしか,ピストン及び連接棒等の慣性力などの影響で,連接棒の大端セレーション部(以下「セレーション部」という。)に亀裂が発生する状況となっていた。
B社は,海幸丸が平成12年4月の検査工事で主機を開放した際,D社からカラーチェックによる点検でセレーション部に亀裂を発見したとの報告を受け,C社に連接棒全数を送って検査を依頼したところ,全てのセレーション部に亀裂が発生していたが削正修理したので継続使用可能であること,及びそのうちの7本は以前にもセレーション部の亀裂を削正した事実があることなどが記載された検査報告書を受領した。
ところが,B社は,C社に運転諸元を提示して考えられる亀裂発生要因や対策を問い合わせるなどの適切な措置を取らなかったので,高回転数域での運転が亀裂発生の原因であることに気付かなかったばかりか,一般的な原因としては過負荷運転が考えられるとの見解を聞いた船舶事業部長が,負荷を下げさせるために回転数ではなくプロペラピッチを少し下げるよう船長に指示してしまった。
そのため,海幸丸は,回転数が900から910に増加したうえ,平成13年暮れごろ,排気色が少し黒ずんでいるのを認めた船舶事業部長からの指示によってプロペラピッチを2ないし3度下げたところ,更に回転数が940まで増加したが,前示のとおり回転数を上げた方が効率がよいと考えていたうえ,同14年の検査時にも,同15年の合入渠時に抜き出した連接棒でもセレーション部に亀裂が発見されなかったことから,そのままの回転数で主機の運転を続けていたところ,再び全てのセレーション部に亀裂が発生し,同亀裂が進行する状況となった。
A受審人は,そのような状況下,同16年4月2日機関長として海幸丸に乗船し,回転数が940であることを認めたが,船長が回転数とプロペラピッチを決めていたうえ以前から同じ回転数で運転されていたので不思議とも思わず,同回転数が定格回転数を超えていることに気付かないまま主機の運転を続けていた。
こうして,海幸丸は,定期検査工事の目的で,同年8月2日境港の造船所に入渠し,8月9日境港去ルガ鼻灯台から真方位002度400メートルの地点に上架して主機を開放したところ,全てのセレーション部に削正修理不能の亀裂が発見された。
その後,B社は,全連接棒を新替えする修理を行うとともに,C社から過回転運転が亀裂発生の原因であるとの指摘を受けたので,再発防止のために主機を回転数840以下で運転するよう乗組員に指示した。
(本件発生に至る事由)
1 B社と乗組員が共に可変ピッチプロペラ装備船の場合は単純に回転数を上げた方が効率がよいと考えていたこと
2 連接棒検査報告書を受領したのちのB社の措置が適切でなかったこと
3 定格回転数以上の高回転数域で主機の運転が続けられていたこと
(原因の考察)
本件は検査工事で主機を開放した際に全セレーション部に削正不能の亀裂が発見されたものであるが,亀裂が生じる一般的な物理的要因としては,
・過負荷による応力の上昇
・連接棒ボルト締付け不足によるフレッチングの発生
・連接棒ボルト締付け力過多による応力上昇
・異物の噛み込みによる局部応力の上昇
・経年劣化及び大端部の変形等による合わせ面の当たり不良による局部応力の上昇
・機関過回転による慣性応力の上昇
が考えられるので,以下,物理的要因と事実認定の根拠中で認定した事実を基に,本件の発生原因について検討する。
1 物理的原因
(1)過負荷運転:
定格出力及び同回転数が2,206キロ及び900で,燃料ラックを21ミリに制限して計画出力及び同回転数を1,342キロ及び810に設定していること,並びに燃料ラックが19ミリで運転されていたことから,過負荷運転が原因であったとは認められない。
(2)連接棒ボルトの締付け力の過不足:
C社の代理店であるD社が整備を担当していたうえ,同社の整備点検記録にトルク締めと角度締めで連接棒ボルトを締め付けたとの記載があることから,連接棒ボルトの締付け力に過不足があったとは考えにくいので,原因とは認められない。
(3)異物の噛み込み:
亀裂が全ての連接棒に発生していることから,開放整備時に異物が噛み込んだとは考えられないので,原因とは認められない。
(4)経年劣化及び大端部の変形:
竣工後17年目に本件が発生しているので材質の劣化は考えられるが,平成12年4月の連接棒検査報告書写中に,大端部に変形はなかったとの記載があることから,直接的な原因とは認められない。
(5)過回転:
各部品の強度は定格出力や同回転数などを基準にして設計されているので,過負荷でなくても,定格回転数以上で長期間運転を続ければ,ピストン及び連接棒等の慣性力の影響を受けて連接棒ボルトの締付け力が不足しているのと同様の現象が起き,フレッチングが発生して亀裂に発展することは十分に考えられる。
したがって,本件は,定格回転数以上の高回転数域で主機の運転が続けられたことを物理的原因とするのが相当である。
2 関係人の所為
(1)A受審人の所為
前示のとおり,セレーション部の亀裂はA受審人が乗船する以前から発生していた可能性が極めて高いうえ,仮に同人が定格回転数を超えていることに気付いて,船長や会社に回転数を下げるよう進言したとしても,回転数を上げて運転することは会社の方針でもあったと推認されることから,進言は受け入れられなかった可能性が高いと考えられる。
したがって,A受審人が回転数940で主機の運転を続けていたことは,本件発生の原因とは認められない。
(2)B社の所為
B社と乗組員が共に可変ピッチプロペラ装備船の場合は回転数を上げた方が効率がよいと考えていたとしても,メーカーから連接棒検査報告書を受領した際に運転諸元を提示して考えられる亀裂発生要因や対策を問い合わせていれば,その時点で回転数が高いことが判明し,乗組員に回転数を下げて主機を運転するよう指示できたはずであるから,本件は防止できたと認められる。
したがって,B社が連接棒検査報告書を受領した際に適切な措置を取らなかったことは,本件発生の原因と認められる。
(海難の原因)
本件機関損傷は,定格回転数以上の高回転数域で主機の運転が続けられたことによって発生したものである。
船舶所有会社が,メーカーから全セレーション部に亀裂が生じていたとの報告を受けた際,考えられる亀裂発生要因や対策を問い合わせるなどの適切な措置を取らなかったことは,本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
B社が,メーカーから全セレーション部に亀裂が生じていたので同亀裂を削正修理したとの検査報告書を受け取り,そのうちの数本の連接棒は以前にも亀裂削正を行ったことがあるのを知ったのちも,運転諸元を提示して考えられる亀裂発生要因や対策を問い合わせず,乗組員に回転数を下げて主機を運転するよう指示するなどの適切な措置を取らなかったことは,本件発生の原因となる。
B社に対しては,本件後に,メーカーから過回転運転が亀裂発生の原因であるとの指摘を受けて回転数を上げ過ぎるのはよくないことに気付き,主機を回転数840以下で運転するよう指示している点に徴し,勧告しない。
A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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