(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年9月9日14時20分
岩手県宮古港東方沖合
(北緯39度30分 東経145度20分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第五十八恵漁丸 |
総トン数 |
119トン |
全長 |
37.65メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
回転数 |
毎分750 |
(2)設備及び性能等
第五十八恵漁丸(以下「恵漁丸」という。)は,昭和58年9月に進水し,現所有者のD社が平成15年12月に中古で購入した,かつお一本つり漁業に従事するFRP製漁船で,主な操業海域を沖縄近海から房総半島及び三陸沖合として,周年操業に従事していた。
ア 主機
主機は,C社が平成9年11月に製造した,6MG26HLX型と呼称する連続最大出力1,471キロワット同回転数750(以下,回転数は毎分のものとする。)のディーゼル機関に,負荷制限装置を付設して計画出力625キロワット同回転数560として登録されたものであるが,いつしか同装置が機能しなくなっていた。
なお,同社は,主機シリンダ出口の排気温度の制限値が,100パーセント負荷時において,450度(摂氏,以下同じ。)と工場試験成績表に記載していた。
イ 主機過給機
主機過給機(以下「過給機」という。)は,C社製のNR24/R型で,単段のラジアル式タービンと単段の遠心式コンプレッサを有し,これを結合するロータ軸と浮動スリーブ式の軸受及びケース類で構成されていた。
主機の排気ガスは,タービン入口ケースに入り,ノズルリングにより加速されて,タービンホイールに流入するようになっており,タービン入口ケースの排気ガス通路には,長さ25ミリメートル(以下「ミリ」という。),幅6ミリ,高さ36ミリの突起状の排気ガス案内リブを2個有していた。
主機の必要とする空気は,コンプレッサ入口ケースを通って吸入され,インペラ,デヒューザで圧縮され,コンプレッサ出口ケースにより給気管に達していた。
ウ 主機及び過給機の整備
恵漁丸は,平成15年11月に中間検査工事が行われ,主機はピストンの抽出整備及びクランク軸,主軸受,クランクピン軸受等の点検整備が行われ,過給機については,分解掃除,各部のカラーチェック,軸受メタルの新替えなどが行われた。
3 事実の経過
恵漁丸は,平成16年2月から操業を開始し,1航海2日ないし10日の操業に従事して主機を月間約500時間運転し,A受審人は,釣り作業中以外機関室当直に交代で入り,見回り点検などに当たるほか機関日誌を記載し,過給機については3箇月ごとにブロワの注水洗浄を,週に1度エアフィルタの交換をしていた。
B指定海難関係人は,操業指揮に当たるほか,実質的な主機の操縦権を有しており,漁場から水揚地に向かう航行時,操縦ハンドルを一杯に上げて主機を回転数750ないし760で運転することがあり,A受審人から回転数を下げるよう要請されたこともあって,少し過負荷運転になっているものと思っていたが,水揚地に急ぐときには,操縦ハンドルを下げるなどして過負荷運転を回避せず,また,魚群追尾時には,停止回転数400から急激に回転数700の増速操作を行っていた。
ところで,主機のシリンダ出口排気温度は,負荷状況の目安となるので,正常温度を超えたときには操縦ハンドルにより回転数を下げるなどして出力を制限する必要があり,制限温度を超えて運転されると各部に熱疲労を生じて故障の原因となった。
A受審人は、漁場から水揚地に向かう航行時,主機がしばしば回転数750を超えて運転され,そのときシリンダ出口の排気温度が450度を超えることがあり,同温度の制限値を知らなかったものの,これまでの経験から異常に高いので過負荷運転を懸念し,当初,B指定海難関係人に操縦ハンドルを下げるよう要請したことがあったものの守られず,その後も依然として回転数が750,シリンダ出口の排気温度が450度をそれぞれ超えて運転されていたが,運転に格別支障ないので大丈夫と思い,主機操縦ハンドルを下げるなどして過負荷運転を回避するよう強く要請しなかった。
主機は,シリンダ出口の排気温度が450度を超える運転が続けられているうち,過給機の排気ガス案内リブが高温の排気ガスに曝されて熱疲労により根元に亀裂を生じ,これが進展するようになった。
こうして,恵漁丸は,A受審人及びB指定海難関係人ほか邦人15人並びにインドネシア人4人が乗り組み,操業の目的で,平成16年9月8日16時00分宮城県気仙沼港を発し,三陸沖合の漁場に向かい,翌9日早朝同漁場に至って操業を開始し,かつお約3トンを獲たところで漁場移動のため,操縦ハンドルを中立から前進操作したところ,過給機の排気ガス案内リブ1個が欠損し,同日14時20分北緯39度30分東経145度20分の地点において,欠損片がノズル及びタービンに侵入して異音を発した。
当時,天候は晴で風力2の西風が吹き,海上は穏やかであった。
操船中のB指定海難関係人は,異音と煙突から噴出する黒煙に気付いて操縦ハンドルを中立に戻し,一方,船首甲板にいたA受審人は機関室に赴いて主機を停止し,過給機コンプレッサ入口ケースを取り外してロータ軸のターニングを行ったところ,異音がしたことから,主機の運転不能と判断した。
恵漁丸は,救助を要請し,来援した僚船に曳航されて気仙沼港に引き付けられ,機関整備業者が主機及び過給機を開放点検した結果,ノズルリング,タービンホイール等の損傷が判明し,のち損傷部品を新替え修理した。
(本件発生に至る事由)
1 主機の負荷制限装置が機能していなかったこと
2 B指定海難関係人が主機の過負荷運転を回避しなかったこと
3 主機を急激な負荷変動で使用したこと
4 A受審人がB指定海難関係人に対して主機の過負荷運転を回避するよう強く要請をしなかったこと
(原因の考察)
本件は,主機の過負荷運転の防止措置を十分にとっていたなら,過給機の排気ガス案内リブが熱疲労により欠損することがなかったものである。
したがって,A受審人がB指定海難関係人に対して主機の過負荷運転を回避するよう強く要請しなかったこと,及び同指定海難関係人が主機の過負荷運転を回避しなかったことは,本件発生の原因となる。
主機の負荷制限装置が機能していなかったこと,及び主機を急激な負荷変動で使用したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべきである。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機の過負荷運転の防止措置が不十分で,過給機の排気ガス案内リブが熱疲労により欠損し,欠損片がノズル及びタービンに侵入したことによって発生したものである。
主機の過負荷運転の防止措置が不十分であったのは,機関長が漁労長に対して,主機操縦ハンドルを下げるなどして過負荷運転を回避するよう強く要請しなかったことと,漁労長が漁場から水揚地に向かう際,主機操縦ハンドルを下げるなどして過負荷運転を回避しなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は,漁場から水揚地に向けて航行中,主機が操縦ハンドルを一杯に上げて運転され,シリンダ出口の排気温度が異常に高いのを認めた場合,主機が過負荷運転されているおそれがあったから,各部に熱疲労などによる損傷を生じることのないよう,漁労長に対して,主機操縦ハンドルを下げるなどして過負荷運転を回避するよう強く要請すべき注意義務があった。しかるに,同人は,運転に格別支障ないので大丈夫と思い,主機操縦ハンドルを下げるなどして過負荷運転を回避するよう強く要請しなかった職務上の過失により,シリンダ出口の排気温度が制限値を超える運転が続けられ,過給機の排気ガス案内リブが熱疲労による欠損を招き,欠損片が侵入してノズルリング,タービンホイール等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が,漁場から水揚地に向う際,主機操縦ハンドルを下げるなどして過負荷運転を回避しなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては,機関長から過負荷運転の回避を強く要請されていなかった点,及び本件後,過負荷運転に配慮して主機操縦ハンドルを操作している点に徴し,勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
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