(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年11月9日22時10分
神奈川県城ヶ島南方沖合
(北緯35度00.2分 東経139度36.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船新生 |
総トン数 |
199トン |
全長 |
57.448メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
回転数 |
毎分350 |
(2)設備及び性能等
ア 新生
新生は,平成7年3月に竣工した船尾船橋型鋼製貨物船で,船尾上甲板下方の機関室の中央に主機が装備されていた。
イ 主機
主機は,D社が製造したML627GSC-35型と呼称する間接冷却方式ディーゼル機関で,船橋から遠隔操縦が行われており,クランク軸の船首側に発電機駆動用動力取出軸及び船尾側に逆転減速機を介してプロペラ軸が連結され,各シリンダに船首側から1番ないし6番の順番号が付されていた。
ウ 主機のピストン
ピストンは,ピストンクラウンとピストンスカートから構成された組立型で,内径270ミリメートルの内周面にポーラスクロムめっきを施したシリンダライナに挿入されており,ピストンリングとして,圧力リング3本(以下,上から順に番号を付して呼称する。)及び油かきリング2本がそれぞれピストンクラウン及びピストンスカートのリング溝に装着されていた。また,取扱説明書には,ピストンリングとリング溝との間隙(かんげき)の標準値が示されていて,5,000時間の運転の経過ごとに同間隙を計測し,計測値が標準値の範囲内にあることを確かめるように記載されていた。
エ 主機の潤滑油系統
潤滑油系統は,総油量1,600リットルで,クランク室下部の油だめから80メッシュ金網式潤滑油1次こし器を介して直結駆動の歯車式潤滑油ポンプに吸引された潤滑油が,250メッシュ金網複筒切替え式潤滑油2次こし器(以下「潤滑油2次こし器」という。)及び潤滑油冷却器を順に経て潤滑油主管に入り,同管から各部に分岐し,主軸受,クランクジャーナル及びクランクピン内部の油路を通ってクランクピン軸受へ送られ,さらに連接棒内部の油路を経てピストンピン軸受に至り,各軸受を潤滑してピストンを冷却するほか,クランクアームの回転によるはねかけでピストンとシリンダライナの摺(しゅう)動面に注油され,クランク室に落下したのち油だめに戻る経路で循環しており,また,潤滑油2次こし器から別置きタンクと側流フィルタに分岐して油だめに戻るようになっていた。そして,クランク室には,オイルミスト管が取り付けられていて,その先端が煙突頂部に導かれていた。
3 事実の経過
新生は,九州から関東の諸港間で鋼材や穀類等を輸送して月間に3回ほど往復7ないし8日間の航海を繰り返し,年間に6,000時間ばかり主機を運転しており,平成14年4月に第1種中間検査工事の目的で,関門港下関区に回航のうえB社に入渠して主機のピストンのピストンリングがすべて新替えされ,その後,長期間使用されていたピストンクラウンの上方のリング溝が磨耗したことにより,第1及び第2リングとリング溝との間隙が増加する状況下,同16年3月23日に定期検査工事の目的で,再びB社に入渠した。
B社は,E課長が新生の船舶所有者の業務を兼務している船長と工事内容を打ち合わせた後,協力会社の作業員を指揮し,主機のピストンを抜き出した際,ピストンリングの目視による磨耗を認めたものの,ピストンリングとリング溝との間隙を計測しなかったので,全シリンダの第1及び第2リングとリング溝との間隙が標準値を超え,さらに3番シリンダの第2リングのリング溝が船首尾と左右方向に偏磨耗している状態に気付かないまま,船舶所有者の要望でピストンリングをすべて新替えし,ピストンを復旧した。
新生は,同年3月29日に出渠し,翌30日に主機のピストンが前示状態のまま潤滑油が取り替えられた後,いつしか運転中に燃焼生成物や未燃物を含む燃焼ガスがクランク室内に少しずつ漏れて同油が汚損したことに伴い,3番シリンダのピストンの第1及び第2リングとリング溝の磨耗が進行して間隙が過大となり,リング溝内で同リングが振動するリングフラッタと呼ばれる現象を生じ,燃焼ガスが次第に吹き抜けていた。
A受審人は,機関当直制をとらないで4時間ごとに船長と交替する航海当直の入直前には機関室の見回りを行っており,主機を全速力前進の回転数毎分320にかけ航行しているうち,同年7月以降,燃焼ガスの吹抜けの影響でクランク室内圧力が上昇し,クランク軸船首尾貫通部のラビリンス式油漏止め装置から漏洩した潤滑油が飛散する状況になり,入直の合間に煙突の排気色を見たときオイルミスト管からの排出物が拡散していて,同ガスの吹抜けの有無が分からないまま,潤滑油消費量の増加や2箇月間隔で掃除していた潤滑油2次こし器の内部にスラッジの付着を認めた。同人は,越えて10月14日に山口県小野田港,同月24日に関門港下関区でB社によるクランク軸船首尾貫通部の開放整備を行ったものの,潤滑油の漏洩状況が改善されなかったが,潤滑油等の圧力と温度に変化がないから大事に至らないだろうと思い,主機メーカーに問い合わせて速やかにピストンの抜出し措置をとるなどして異常箇所の調査を十分に行わなかったので,前示ピストンのピストンリングとリング溝との間隙が過大なことに気付かないまま,その後,運転を続けた。
こうして,新生は,A受審人ほか船長が乗り組み,穀類400トンを積載し,船首2.7メートル船尾3.5メートルの喫水をもって,同年11月9日17時30分京浜港川崎区を発して愛媛県三島川之江港に向け,船長が単独で航海当直に就き,主機を全速力前進の回転数にかけて航行中,3番シリンダのピストンのリングフラッタを生じていた第1及び第2リングが折損し,著しく吹き抜けた燃焼ガスがクランク室内に充満していたところ,同受審人が入直前に機関室の見回りを行ったとき,22時10分城ヶ島灯台から真方位184度7.95海里の地点において,シリンダブロックと燃料噴射ポンプ取付台点検蓋(ふた)のパッキンのない接合面から噴出している同ガスを発見した。
当時,天候は晴で風力2の西風が吹き,海上は穏やかであった。
A受審人は,船橋に赴いて主機の状況を船長に報告し,機関室に引き返して潤滑油や冷却清水の圧力と温度に異状がないことを確かめた後,そのまま運転を継続することとした。
新生は,自力で続航して三島川之江港に到着し,揚荷を行って関門港下関区に回航後,B社によって主機が精査された結果,前示ピストンの第1及び第2リングのほか,第3リングの折損,シリンダライナ内周面めっきの剥離(はくり)並びにクランクジャーナル部のかき傷等の損傷が判明し,各部が修理された。
また,本件後,B社は,再発防止の目的で,主機のピストンを抜き出した際には,必ずピストンリングとリング溝との間隙を計測することとした。
(本件発生に至る事由)
1 B社が,主機のピストンを抜き出した際,ピストンリングとリング溝との間隙を計測しなかったこと
2 全シリンダのピストンの第1及び第2リングとリング溝との間隙が標準値を超えていたこと
3 3番シリンダのピストンの第2リング溝が船首尾及び左右方向に偏磨耗していたこと
4 クランク軸貫通部から潤滑油が漏洩する状況になったこと
5 A受審人が,ピストンの抜出し措置をとるなどして異常箇所の調査を十分に行わなかったこと
(原因の考察)
本件は,主機のクランク軸貫通部から潤滑油が漏洩する状況になり,同部の開放整備後,その状況が改善されなかったとき,燃焼ガスの吹抜けの影響でクランク室内圧力が上昇していることが疑われるから,機関長が,異常箇所の調査を十分に行っていたなら,ピストンリングの折損等を防止できたものと認められる。
したがって,A受審人が,主機メーカーに問い合わせて速やかにピストンの抜出し措置をとるなどして異常箇所の調査を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
また,本件は,主機の定期検査工事から3箇月後,燃焼ガスの吹抜けの影響が生じており,造船修理業者が,同工事でピストンを抜き出した際,ピストンリングとリング溝との間隙を計測していたなら,同間隙が標準値を超えていたことなどが分かり,発生を回避できたものと認められる。
したがって,B社が,主機の定期検査工事でピストンを抜き出した際,ピストンリングとリング溝との間隙を計測しなかったことは,本件発生の原因となる。
全シリンダのピストンの第1及び第2リングとリング溝との間隙が標準値を超えていたこと,3番シリンダのピストンの第2リング溝が船首尾及び左右方向に偏磨耗していたことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機クランク軸貫通部から潤滑油が漏洩する状況における異常箇所の調査が不十分で,ピストンのピストンリングとリング溝との間隙が過大なまま運転が続けられ,ピストンリングがリングフラッタを生じたことによって発生したものである。
造船修理業者が,主機のピストンを抜き出した際,ピストンリングとリング溝との間隙を計測しなかったことは,本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は,主機のクランク軸貫通部の開放整備後,潤滑油が漏洩する状況が改善されなかった場合,燃焼ガスの吹抜けの影響でクランク室内圧力が上昇していることが疑われるから,主機メーカーに問い合わせて速やかに主機のピストンの抜出し措置をとるなどして,異常箇所の調査を十分に行うべき注意義務があった。しかし,同人は,潤滑油等の圧力と温度に変化がないから大事に至らないだろうと思い,異常箇所の調査を十分に行わなかった職務上の過失により,ピストンリングとリング溝との間隙が過大なことに気付かないまま,運転を続けてピストンリングがリングフラッタを生じる事態を招き,ピストンリングのほか,シリンダライナ及びクランクジャーナル部等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B社が,主機の定期検査工事でピストンを抜き出した際,ピストンリングとリング溝との間隙を計測しなかったことは,本件発生の原因となる。
B社に対しては,本件後,再発防止の目的で,主機のピストンを抜き出した際には,必ずピストンリングとリング溝との間隙を計測することとした点に徴し,勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
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