日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2006年度(平成18年度) >  機関損傷事件一覧 >  事件





平成18年神審第1号
件名

漁船第二十八勝丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成18年5月26日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(濱本 宏,甲斐賢一郎,横須賀勇一)

理事官
中井 勤

受審人
A 職名:第二十八勝丸機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定・旧就業範囲)

損害
セルモータ等の損傷

原因
主機始動前の点検不十分

主文

 本件機関損傷は,主機始動前の点検が不十分で,漏洩冷却清水が燃焼室に浸入し,滞留している状況のまま,主機が再始動されたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年11月6日05時00分
 三陸海岸東方沖合
 (北緯36度32分 東経154度15分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第二十八勝丸
総トン数 19トン
全長 20.70メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 558キロワット
回転数毎分 1,400
(2)設備及び性能等
ア 第二十八勝丸
 第二十八勝丸(以下「勝丸」という。)は,平成10年4月に進水した,まぐろ延縄漁業に従事する一層甲板型船尾楼付のFRP製漁船で,主機は船体ほぼ中央の操舵室下部に設置され,主機遠隔操縦装置が操舵室に備え付けられていた。
イ 主機
 主機は,B社が製造した,間接冷却式の6N160-EN型と呼称するディーゼル機関で,セルモータで始動され,シリンダ径160ミリメートル(以下「ミリ」という。),行程232ミリの6シリンダには船尾側から順番号が付され,架構右舷側上部に過給機が装備され,同船首側上部に清水冷却器が付設されていた。また,主機出力が同社製のY-380型と呼称する油圧多板式逆転減速機(以下「クラッチ」という。)を介し,直径120ミリのプロペラ軸を経て,直径1,500ミリピッチ1,080ミリの4翼一体型のプロペラに伝達されるようになっていた。
ウ 主機冷却清水系統
 主機冷却清水系統は,総量127リットルの冷却清水が主機直結冷却清水ポンプにより,吸引・加圧され,主管から各シリンダに送水され,シリンダライナジャケット部,シリンダヘッド等を順次冷却したのち,水冷式排気マニホルドを経由して,清水冷却器に戻り循環するようになっていた。
エ 主機開放整備等
 主機は,平成16年6月第2回定期検査工事で2週間程度入渠した際,就航以来初めてとなる全シリンダのピストン抜出し及びシリンダヘッドなどの開放整備を実施していた。

3 事実の経過
 勝丸は,A受審人ほか6人が乗り組み,まぐろ延縄漁の目的で,船首1.4メートル船尾2.9メートルの喫水をもって,平成16年10月15日10時00分宮城県仙台塩釜港を発し,同月20日三陸海岸東方沖合の北緯36度東経154度あたりの漁場に至って操業を開始した。
 ところで,勝丸は,前示漁場で周年操業を行い,1航海は1箇月を限度としていたものの,漁獲量が満載になった時点で帰航する航海を年間13ないし14回行っており,毎日05時00分ごろから約4時間かけて投縄を行い,4時間程度主機を停止し,流し待機したのち,24時00分ごろまで約12時間かけて揚縄を行い,次の投縄地点に移動する潮のぼりを含め,1回の操業に約24時間を要しており,主機の月間運転時間は,500時間ばかりとなっていた。
 操業開始後,いつしか主機6番シリンダで吸・排気弁の弁座シート部に硬質のカーボンをかみ込んで燃焼ガスが吹抜け,燃焼生成物等がシリンダヘッドの排気通路に堆積するようになり,低温腐食により同通路に破口を生じて冷却清水が漏洩し始め,翌11月に入ったころには,毎日5リットル前後清水の補給が必要となっていた。
 A受審人は,主機冷却清水の補給を頻繁に行うようになり,通常の点検では漏洩箇所が見えるようなところにないことから,同清水の機関内部での漏洩を疑ったが,なんとか運転できていたので,漏洩冷却清水が,運転中は,排気ガスと共に煙突から排出されているものと考え,主機を停止すると,漏洩冷却清水が燃焼室に浸入して滞留し,再始動時に同機が損傷を受けることになると判断し,これまで投縄後は流し待機として必ず停止していた主機を,停止回転のままとするなど,操業継続のために停止しないようにしていた。
 越えて5日16時30分勝丸は,主機を停止回転として揚縄中,同回転数が急激に低下して黒煙を排出し始めた。A受審人は,過去の経験からプロペラにロープ類を巻き込んだものと思い,機関室に赴き,すぐにクラッチを中立としたのち主機を一旦停止し,翌6日朝から同人及び甲板員1人が潜水し,プロペラ周りの状況を確認したところ,漂流魚網及び直径10センチメートル長さ5メートルほどのロープをプロペラ軸及びプロペラに多量に巻き込んでおり,ナイフで除去を試みたものの,潜水用空気ボンベが空となり,同ロープ等を完全に除去するまでには至らなかったので,主機を再始動し,クラッチ操作でプロペラ軸を逆転させて同ロープ等を取り除くことにした。
 A受審人は,主機停止中に漏洩冷却清水が燃焼室に浸入し,滞留する状況で,主機を再始動すれば,同機が損傷を受けると判断していたにもかかわらず,デコンプハンドルを無圧縮側に操作してターニングを行うなど主機始動前の点検を十分に行っていなかったので,6番シリンダヘッドの排気通路に生じた腐食破口部からの漏洩冷却清水が,同機停止中に燃焼室に浸入し,滞留している状況を確認しないまま,主機を再始動しようとした。
 こうして,勝丸は,平成16年11月6日05時00分北緯36度32分東経154度15分の地点において,何度か主機の再始動が試みられたが,6番シリンダで漏洩し,燃焼室に浸入し,滞留していた冷却清水がピストンとシリンダヘッドとの間で挟撃され,セルモータに過大な始動トルクがかかって再始動できなかった。
 当時,天候は晴で風力3の北西風が吹き,海上は穏やかであった。
 A受審人は,ただちに主機周りを点検したところ,セルモータが破損しており,主機を始動する手段がなくなったので,その旨船長に報告し,以後の操業を断念し,海上保安部に救援を依頼した。
 その結果,勝丸は来援した巡視船に曳航され,仙台塩釜港に引き付けられたのち,業者により,主機が精査され,前示破損のほか,2及び6番シリンダヘッドの排気通路側に腐食の進行並びに破口漏水箇所が判明し,その後,損傷部品が取り替えられた。

(本件発生に至る事由)
1 主機冷却清水の機関内部での漏洩を疑いつつも,主機をできるだけ停止しないようにしていたこと
2 漂流魚網及びロープ等をプロペラ及びプロペラ軸に巻き込んだ際,主機を一旦停止したこと
3 主機始動前の点検を十分に行っていなかったこと

(原因の考察)
 本件機関損傷は,主機シリンダヘッド排気通路の腐食破口部から冷却清水が漏洩し,停止中に当該シリンダの燃焼室に浸入し,滞留している状況のまま,主機が再始動されたことによって発生したが,A受審人が,デコンプハンドルを無圧縮側に操作してターニングを行うなど主機始動前の点検を十分に行っていたなら,冷却清水が漏洩しているシリンダが特定され,当該シリンダヘッドが交換されるなどして,本件は発生していなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,主機始動前の点検を十分に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が,主機冷却清水の機関内部での漏洩を疑いつつも,主機をできるだけ停止しないようにしていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 A受審人が,漂流魚網及びロープ等をプロペラ及びプロペラ軸に巻き込んだ際,主機を一旦停止したことは,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,冷却清水が漏洩したまま運転されていた主機を,漂流魚網及びロープ等のプロペラ及びプロペラ軸への巻き込みで,一旦停止したのち,同ロープ等除去のために再始動することになった際,デコンプハンドルを無圧縮側に操作してターニングを行うなど主機始動前の点検が不十分で,停止中に漏洩冷却清水が燃焼室に浸入し,滞留している状況のまま,主機が再始動されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,冷却清水が漏洩したまま運転されていた主機を,漂流魚網及びロープ等のプロペラ及びプロペラ軸への巻き込みで,一旦停止したのち,同ロープ等除去のために再始動することになった場合,停止中に漏洩冷却清水が燃焼室に浸入し,滞留しているおそれがあったから,漏洩冷却清水が燃焼室に浸入し,滞留しているシリンダを確認できるよう,デコンプハンドルを無圧縮側に操作してターニングを行うなど主機始動前の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,停止中に漏洩冷却清水が燃焼室に浸入し,滞留している状況のまま,再始動すれば,同機に損傷が生じると判断していたにもかかわらず,デコンプハンドルを無圧縮側に操作してターニングを行うなど主機始動前の点検を十分に行っていなかった職務上の過失により,ターニングを行わないまま,何度か主機の始動を試み,燃焼室に浸入し,滞留していた漏洩冷却清水が当該シリンダのピストンとシリンダヘッドとの間で挟撃される事態を招き,過大な始動トルクがかかってセルモータを破損させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION