(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年2月3日13時00分
北海道襟裳岬南東方沖合
(北緯41度47.0分 東経143度32.5分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三十一 一心丸 |
総トン数 |
176トン |
全長 |
38.10メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
753キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第三十一 一心丸
第三十一 一心丸(以下「一心丸」という。)は,昭和55年10月に進水した,かけ回し式沖合底引き網漁業に従事する,船首船橋全通二層甲板型鋼製漁船で,第二甲板の船尾寄りに機関室囲壁を設け,上甲板上には船首側から船首甲板,船橋楼,トロールウインチ,網操作用の作業甲板を備え,さらに同甲板の後方船尾中心線上に船横幅約2.7メートル(m)長さ約13mの揚網ストロークとそれに続く長さ約5mのスリップウェイを設け,揚網ストロークの両舷側に網仕切りコーミング,同コーミングと舷側間に第2甲板への出入口,主機等の煙突,便所,漁労用のたる等を装備し,網仕切りコーミングの舷側には高さ約10センチメートル(cm)で上甲板との間に空所を設けた木甲板が敷かれていた。
イ 主機
主機は,C社が製造した6U28型と呼称する,連続最大出力1,323キロワット同回転数毎分680(以下,回転数は毎分のものとする。)の過給機空気冷却器付き2次冷却式4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関に負荷制限装置を付加して計画出力753キロワット同回転数563として登録された機関であったが,いつしか同制限装置を外されて,全速力運転時には回転数が680とされていた。
ウ 主機の潤滑油系統
主機の潤滑油は,セミドライサンプ方式で,クランク室下部の油だめに,検油棒のフルスケールで約400リットルが入れられ,左舷上甲板下で油だめより高い位置に主機潤滑油補助タンク(以下「サブタンク」という。)があって,同タンク内には約1,600リットルが入れられていた。
潤滑油系統は,主機直結の潤滑油ポンプにより油だめから吸引加圧された潤滑油が,潤滑油圧力調整弁で5.0キログラム毎平方センチメートル(kg/cm2)に調整されて油こし,潤滑油冷却器を経て潤滑油分配主管に入り,枝管により機関各部に分配されて潤滑したのち,油だめに戻るようになっていた。
一方,潤滑油圧力調整弁で調整により余分となった潤滑油は,サブタンクに入り,一定油面を超えると同タンクの内管により,油だめに入るようになっており,運転中の同タンクの液面は常に一定であった。
そして,油だめには主機の外部から油量を確認することのできる検油棒が差し込まれていた。
また,潤滑油分配主管には潤滑油圧力低下警報装置への潤滑油の取り込み管が設けられており,同主管内の圧力が2.5kg/cm2以下になると圧力低下の警報を発するようになっていた。
さらにサブタンク上部には呼径40ミリメートルの空気抜き管と給油管が備えられ,両管は上甲板の左舷側網仕切りコーミング横に導かれていた。
空気抜き管は,上甲板上高さが約45cmで,先端部が逆U字に加工され,同管の前方に備えられた給油管とを合わせて囲うよう,幅約20cm長さ約45cm高さ約55cmで底と蓋がない箱型に成型された鋼板製の保護カバーが,左舷側網仕切りコーミングの舷側に沿って,木甲板に切り込みを入れた部分に差し込んで置かれ,同カバーの下部には打ち込んだ海水を排出するため水抜き孔が2箇所に設けられ,木甲板と上甲板間の隙間より排出できるようになっていた。
エ 甲板洗い用散水管
一心丸は,機関室に揚程40m容量毎時30立方メートルの消防兼雑用海水ポンプを備え,消火用のほかに,甲板にたまった魚かすや汚泥の洗い流し用,甲板等の凍結防止用,サニタリー用などに使用し,上甲板上には,船首部,トロールウインチ左舷側,作業甲板左舷後側,船尾両舷部に消火栓兼甲板洗い用としてカップリング付き水栓が設けられ,作業甲板左舷後側に備えた水栓には,甲板洗い用散水管として,約3mのゴム製ホースを接続し,漁場到着前から操業中及び帰港時まで同ポンプを連続運転して同ホースから海水を流し続けるようにしていた。
3 事実の経過
一心丸は,毎年9月から翌年5月までの間,北海道様似港を基地とし,主としてスケトウダラを漁獲する日帰り操業を行い,6月から8月の休漁期を船体機関および漁網の保守整備にあてていた。
上甲板上に設置された空気抜き管等の保護カバーは,長期間の使用により,平成16年の休漁期には,同カバーの腐食が進行し,著しく腐食した同カバー船首側上半が破損し,破損した部分が鉄さびとなって同カバー下部にたまっていた。
A受審人は,甲板部の担当でない機器等であっても,操業中に網などの漁具を痛めるおそれがある箇所については,休漁期等に業者に修理を発注し,また,船内作業で腐食防止塗装をするなどして保船に努めていたが,空気抜き管等の保護カバーについては,その設置場所が漁具を痛めるおそれのない所であったので,腐食に気付いていたが修理の必要を認めず整備しなかった。
B受審人は,同16年8月,主機整備後に更油し,空気抜き管等の保護カバー内にある給油孔から新油をサブタンクに補給した際,同カバーの腐食を認めたが,空気抜き管から海水が浸入するようなことはないと思い,破損した同カバーの修理および同カバー内部を掃除して水抜き孔が塞がることのないよう掃除するなどして同カバーの整備を十分に行わなかった。
その後,B受審人は,同カバーの損傷が進行していることを認め,翌17年1月ごろには,荒天等で出航を見合わせる日が続き,業者に修理を発注することもできたが,整備をしないままとなった。
こうして,一心丸は,同年2月3日,B受審人が主機の潤滑油量,冷却清水等の点検を行い,異常のないことを確認したうえ主機を始動し,A及びB両受審人ほか13人が乗り組み,操業の目的で,船首1.8m船尾4.2mの喫水をもって,02時00分様似港を発し,06時53分襟裳岬南東方沖合の漁場に至って操業を行っていたところ,作業甲板の左舷後側に備えた水栓に接続された甲板洗い用散水管のゴム製ホース先端部が,たまたま,右後方に設置されていた空気抜き管等の保護カバーに向いて接近した状態となり,操業開始とともに流し続けていた海水が,腐食破損した同カバー前部から同カバー内に入り,同カバー下部に鉄さびやごみ等が甲板上に約25cmたまっていたこともあって水はけが悪く,同カバーの船尾側壁に当たって巻き上がり,逆U字管の空気抜き管内から下方のサブタンクに入り始め,サブタンクから油だめに海水が入る状況になった。
B受審人は,主機を回転数650に掛け,可変ピッチプロペラの翼角制御を船橋操縦とし,漁場到着まで機関室で機関監視を行っていたが,操業開始時からは,第2甲板の漁獲物処理場での魚の選別作業にあたり,約1時間ごとに機関室巡視を行っていたところ,航海中に潤滑油量の点検をしなかったことから,油だめの潤滑油に海水が徐々に入っていることに気付かなかった。
主機は,油だめに混入する海水が次第に増え,乳化した潤滑油を潤滑油ポンプが吸引する状況となり,主軸受メタル,クランクピン軸受メタルの潤滑が著しく阻害されて損傷するとともに,剥離したメタル粉等が潤滑油こし器に詰まり,同日13時00分襟裳岬灯台から真方位122度15.7海里の地点において,潤滑油圧力低下警報が作動した。
当時,天候は晴で風力2の西北西風が吹き,海上は穏やかであった。
B受審人は,4回目の揚網後の漁獲物処理作業が終り,自室に戻って休息していたところ,主機の警報に気付き,機関室に赴いて潤滑油こし器を切り替えると潤滑油圧力は正常値に戻った。そこで,油だめの油量を点検すると,検油棒の高位液面を示す目盛りの倍ほどまで液面が上がっていることを認めたので,主機を停止し,6番シリンダのクランクケースドアを開けて油だまりを見て,潤滑油が乳化していること,潤滑油が塩辛いこと等から,海水が浸入したと判断し,主機の継続運転が不能である旨船長に報告した。
一心丸は,僚船により,様似港に引き付けられ,のち損傷した全主軸受メタル,全クランクピン軸受メタル,全潤滑油,空気抜き管等の保護カバー等が新替された。
(本件発生に至る事由)
1 空気抜き管の開口部が甲板洗い用ゴムホースからの放水を浴び易い高さであったこと
2 保護カバーの船首側上半部が腐食により破損し,鉄さび等のごみが同カバー内に多量に堆積して水はけが悪くなっていたこと
3 B受審人が保護カバーの整備を十分に行わなかったこと
4 甲板洗い用ゴムホースからの放水が空気抜き管等の保護カバーを直撃していたこと
5 操業中などには甲板洗い用ホースから海水が流し放しとなっていたこと
6 海水が空気抜き管のU字管より浸入して潤滑油に混入したこと
7 B受審人が油だめの潤滑油に海水が徐々に入っていることに気付かなかったこと
(原因の考察)
本件は,上甲板上に設置されていた主機潤滑油補助タンク用空気抜き管から海水が浸入して潤滑油に混入しなければ,主機の潤滑阻害が生じることはなく,本件は防止できたと認められる。
また,空気抜き管等には保護カバーが施されており,また同カバーには水抜き孔が設けられていたことから,同カバーの一部が破損し,同カバーの水抜き孔が塞がって水はけが悪くなってなければ,海水の浸入は生じなかったと認められることから,B受審人が毎年の休漁期に行っている整備期間中に,同カバーの修理,同カバー内を掃除するなどして同カバーの整備を十分に行なわなかったことは,本件発生の原因となる。
空気抜き管の開口部が甲板洗い用ゴムホースからの放水を浴び易い高さであったこと及び甲板洗い用ゴムホースからの放水が空気抜き管等の保護カバーを直撃していたことについては,保護カバーが破損しておらず,水抜きが正常に行われておれば,放水を直接同カバーや空気抜き管の上部から直接かけたとしても,海水が浸入することは考えられないことから,本件発生の原因とならない。
操業中などには甲板洗い用ホースから海水が流し放しとなっていたことについては,操業形態から必要な措置であり,海水ホースからの海水が同カバーに直接かかることも考慮に入れて,保護カバーが備えられていると認められるので,本件発生の原因とならない。
B受審人が油だめの潤滑油に海水が徐々に入っていることに気付かなかったことは,機関室で適切な当直を行ったとしても,潤滑油圧力の低下など運転諸元に変化が現れるまで,海水の浸入に気付くことが困難だったと認められ,また,気付いた時点で,本件発生を防止できたとは認められないので,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件機関損傷は,休漁期に機関等の整備を行った際,上甲板上に設置された主機潤滑油補助タンク用空気抜き管等の保護カバーの整備が不十分で,操業中,甲板洗い用の海水が空気抜き管から同タンク内に浸入し,主機の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
B受審人は,休漁期に機関等の整備を行って,上甲板上に設置された主機潤滑油補助タンク用空気抜き管等の保護カバーの腐食を認めた場合,海水が同タンク内に浸入することのないよう,腐食した同カバーの修理および同カバー内を掃除するなどして同カバーの整備を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,空気抜き管から海水が浸入するようなことはないと思い,同カバーの整備を十分に行わなかった職務上の過失により,操業中,甲板洗い用の海水が空気抜き管から同タンク内に浸入し,主機の潤滑が阻害される事態を招き,主軸受メタル及びクランク軸受メタルの全数を損傷させるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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