(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年1月29日13時30分
五島列島西方沖
(北緯33度14.2分 東経128度51.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船忠昌丸 |
総トン数 |
4.9トン |
全長 |
15.10メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
90 |
(2)設備及び性能等
忠昌丸は,昭和62年9月に進水した,一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で,船体中央やや後ろに操舵室を,その船首側及び船尾側にいけすを,操舵室下に機関室をそれぞれ配置していた。また,甲板全周に高さ60センチメートル(cm)のブルワークを巡らし,ブルワーク下端には約1メートル間隔に水抜きが設けられ,甲板上に打ち込んだ海水が船外に排出されるようになっていた。
操舵室は,右舷側に操舵スタンドと椅子を,左舷側の床に機関室入り口をそれぞれ配置し,船尾側を引き戸で外部と仕切っていた。
機関室は,船尾側にクラッチを装備した主機を中央に据え付け,両舷側に各500リットル容量の燃料タンクを配置しており,ビルジ警報装置は備えていなかった。
船首側のいけすは,両舷側のものを空所とし,合計4箇所のものがそれぞれ仕切り板で半分ずつ仕切られ,右舷側の1つが物入れとして使用され,シーアンカーが収納されていた。
(3)操業と運航の状況
忠昌丸は,10月から3月までよこわ(くろまぐろの若齢魚)の引き縄漁,また,4月から5月までをやりいか,6月から9月までいさきの一本釣り漁をそれぞれ行い,よこわ漁の漁期には,日帰りで操業を行い,毎回燃料を300リットルほど消費し,2日ないし3日毎に燃料タンクを満たすよう補給しており,本件当日の出漁時には,600リットル余の燃料を保有していた。
(4)当時の気象と海象
上五島西方海域は,平成17年1月27日から28日にかけて黄海から日本海へ進む移動性高気圧に覆われ,風力1程度の風で海上は穏やかであったが,29日には北海道西方海上の低気圧から朝鮮半島まで延びていた寒冷前線が南下する様相であった。
3 事実の経過
忠昌丸は,A受審人が1人で乗り組み,よこわ引き縄漁の目的で,船首0.8メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成17年1月29日04時00分長崎県斑漁港を発し,07時00分五島列島西方約30海里の漁場に至り,操業を開始したが,出航時,機関室の点検を行わなかった。
ところで,上五島海域には,04時45分強風波浪注意報が発表されていた。
A受審人は,漁場まで航行中に僚船と無線で情報を交換するうちに1.5メートルないし3メートルの波高になるとの情報を聞き,当初ほとんど波のない状況で順調に操業を行っていたところ,10時ごろ寒冷前線が通過して北西からの風が吹き始め,同時に雨が降り始めて,その後急激に風勢が増して,波も高まり,周辺で操業していた僚船30隻の中から順次帰港し始める状況になったが,早めに操業を切り上げず,10隻を超える船とともに残り,11時過ぎに風速が毎秒10メートルを超え,波高が3メートル以上になってようやく操業を打ち切ることとした。
A受審人は,よこわ約100キログラムを船首から3番目の左右のいけすに分散して納めたのち,機関室の点検を行わないまま,11時30分五島白瀬灯台から288度(真方位,以下同じ。)24.4海里の漁場を発し,主機を回転数毎分1,500にかけ,13.5ノットの対地速力で099度の針路として帰途に就き,北西からの風と波を左舷船尾に受けながら,自動操舵によって進行した。
A受審人は,13時27分主機に回転数の低下を伴う異音を感じ,足下の機関室入り口のさぶたを開けて見たところ,同室がクラッチケーシング付近まで海水に漬かるほど浸水し,プロペラ軸継手が同室天井に届くほど海水を跳ね上げていたことから,気が動転して,左舵をとって船首を風上側に向けたのちシーアンカーを投入するなど,横揺れ防止の措置をとることなく,主機を停止回転として停留した。
忠昌丸は,A受審人が船首側いけすの横に置かれていた水中ポンプを機関室に運び込み,溜まった海水中に置いて排水しようとしたところ,風と波に押されて船首が北東方に向き,波を左舷正横から受けるようになり,間もなく一段と高起した波を受け,機関室に溜まった自由水の影響も加わって右舷側に大傾斜して復原力を喪失し,13時30分五島白瀬灯台から042度4.2海里の地点において,右舷側に転覆した。
当時,天候は雨で風力6の北西風が吹き,海上には波高4メートルないし5メートルの北西からの風浪があった。
転覆後,A受審人は,機関室からかろうじて船外に脱出し,船首の物入れから流れてきたシーアンカーのロープで自らの体をプロペラ軸に縛り付け,漂流していたところ,付近を通りかかった貨物船に救助され,その後斑漁港の僚船に移乗した。
転覆の結果,忠昌丸は,漂流を続けたのち,行方不明となり,のち全損処理とされた。
(本件発生に至る事由)
1 急激に風勢が増して波も高くなった状況で,早めに操業を切り上げなかったこと
2 出航時及び漁場を発する際,機関室の点検を行わなかったこと
3 機関室がクラッチケーシング付近まで海水に漬かるほど浸水したこと
4 機関室の浸水を認めたあと,停留して同室の排水をする際,左舵をとって風上側に船首を向けたのちシーアンカーを投入するなど,横揺れ防止の措置をとらなかったこと
(原因の考察)
本件転覆は,有義波高が3メートルとなる状況で帰港中,機関室に浸水し,排水するために主機を停止回転として停留したところ,左舷正横から船幅を超える波高の波を受け,機関室に溜まった自由水の影響も加わり,転覆したものである。
A受審人が,機関室に浸水しているのを認め,水中ポンプで排水するために停留する際,風上側に船首を向けたのちシーアンカーを投入するなどの措置をとって,左舷正横方から波を受けないようにすれば,転覆することを防止できたものと認められる。
したがって,A受審人が,機関室に浸水しているのを認め,水中ポンプで排水するために停留する際,左舵をとって風上側に船首を向けたのちシーアンカーを投入するなど,横揺れ防止の措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
機関室が,クラッチケーシング付近まで海水に漬かるほど浸水したことは,本件発生に至る経過で関与した重要な事実であるが,A受審人が前日の帰港後に機関室を点検した模様と,当日朝以降の運転状況には,スタンチューブが一気に破損したり,船体に大きな亀裂を生じるなどの兆候は見出せず,したがってその原因を明らかにすることができない。
A受審人が,出航時及び漁場を発する際,機関室の点検を行わなかったことは,浸水の原因が明らかでないので,本件発生の原因とすることはできない。しかしながら,海難防止上,安全性確保のための機関室点検が望まれる。
A受審人が,風と波の状況がより穏やかなうちに帰途に就いておれば,機関室への浸水に気付いた際にも無難に排水作業が行われ,転覆の危険性が少なくなった,との結果回避の蓋然性は残る。しかしながら,機関室への浸水の原因を明らかにすることができない限り,この点で本件防止の可能性を論ずることはできない。
したがって,A受審人が,急激に風勢が増して波も高くなった状況で,早めに操業を切り上げなかったことは,同海域に残って忠昌丸よりもあとに帰途に就いた10隻ほどの僚船が,いずれも無難に帰港したことも併せ考えて,本件発生の原因とすることはできない。
(海難の原因)
本件転覆は,五島列島西方沖において,北西方からの強風で波が高まる状況下,浸水した機関室から排水するために停留する際,横揺れ防止の措置が不十分で,高起した波を左舷正横から受け,自由水の影響も加わって右舷側に大傾斜し,復原力を喪失したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,五島列島の西方沖合で北西からの波が高まる状況下,帰港中に機関室に浸水しているのを認め,同室から排水するために停留する場合,左舵をとって風上側に船首を向けたのちシーアンカーを投入するなど,横揺れ防止の措置をとるべき注意義務があった。しかるに同人は,気が動転して,横揺れ防止の措置をとらなかった職務上の過失により,停留して排水の準備を行ううち,高起した波を左舷正横から受け,自由水の影響も加わって右舷側に大傾斜し,復原力を喪失して転覆する事態を招き,船体が漂流して行方不明となり,のち全損の措置がとられるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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