(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年7月21日18時20分
兵庫県東播磨港
(北緯34度41.9分 東経134度50.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船文祥丸 |
引船第二神鍬丸 |
総トン数 |
468トン |
4トン |
全長 |
76.69メートル |
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登録長 |
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9.12メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,029キロワット |
147キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 文祥丸
文祥丸は,昭和61年12月に進水した,船尾船橋型鋼製貨物船で,船橋内には中央付近にジャイロコンパスの組み込まれた操舵装置,左舷側にレーダー2台,右舷側に機関操縦装置が設置され,その他に汽笛スイッチ,船外スピーカー用マイクなどが設備されていた。操舵装置の後面には舵輪があり,操船者は舵輪の後方で舵輪を動かしながら機関操縦装置を操作することができ,舵輪の後方に位置すると窓枠などによって船体周囲の至近に死角を生じたが,船橋内を移動すればその死角を解消することができた。
海上試運転成績書写中の全速力後進中から全速力前進を発令する後進力試験では,船体停止後2分10秒で前進速力が5ノットの対地速力(以下「速力」という。)に達し,同6分10秒で13.89ノットに整定していた。
イ 第二神鍬丸
第二神鍬丸(以下「神鍬丸」という。)は,昭和51年7月に進水した,船体中央やや前方に操舵室のある鋼製引船で,後部甲板に曳航フックとクロスビットが備えられており,操舵室上部には操舵室内から操作できる船外スピーカーが設備されていた。
操舵室内から周囲の視界は,操船者が体を前後左右に移動することにより,良好に確保することができた。
3 事実の経過
文祥丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,約300トンの建設機械を積載し,船首3.0メートル船尾4.2メートルの喫水をもって,平成16年7月21日17時20分兵庫県東播磨港を発して神奈川県横須賀港へ向かうこととした。出港にあたり,同船は,東播磨港新島(兵庫県加古郡播磨町)の南西岸壁に船首尾線を東西方向にして着岸していた起重機台船の北側に右舷付けしていた態勢から左舷錨を巻いて機関を後進にかけながら同台船から離れて行ったが,折からの風力4から5の西風を受けて圧流され,同台船の北側至近のC岸壁に左舷付けで横付けすることになった。
A受審人は,すぐに横須賀港に向けて離岸することとしたが,西風がまだ強かったので,代理店を通じて離岸支援に引船1隻を依頼した。
ところで,C岸壁の南側至近の岸壁には,文祥丸が付けていた起重機台船の南側に2隻の起重機台船が同じ岸壁に係留され,それぞれ船尾から西方沖に向けて錨ワイヤが延ばされており,文祥丸に接近して起重機台船と錨ワイヤが存在していた状態であったので,C岸壁から離岸する場合は,これら起重機台船本体と錨ワイヤに接触しないよう操船する必要があった。
18時00分A受審人は,離岸支援を依頼した神鍬丸が来航したので,B受審人に対して,自船の右舷船首を引くこと,船首方の起重機台船に注意することなどを指示しただけで,神鍬丸の引く方向,船間連絡の方法,引索を外す時機などの作業手順についての打合せを十分に行わなかった。
18時12分半A受審人は,東播磨港別府東防波堤灯台(以下「東防波堤灯台」という。)から067度(真方位,以下同じ。)430メートルの地点(地点については船首端の位置をいう。以下同じ。)に着岸する文祥丸の船首に一等航海士と甲板長を,船尾に機関長と一等機関士を配置して係留索を放し,25メートルの引索を船尾引きとした神鍬丸で文祥丸の船首から右45度の方向に引かせて離岸を開始した。
こうして,A受審人は,左舷船尾が岸壁に接触しないように左舵一杯として機関の極微速力前進を短時間ずつ使用して,時々左舷船尾の岸壁との距離を確かめつつ,船首方の起重機台船と錨ワイヤに注意しながら,1ノットの速力をもって前進しながら右回頭を続けた。
18時17分半少し前A受審人は,東防波堤灯台から055度335メートルの地点で,船首を西方に向けて出港できる態勢になったとき,針路を279度に定め,機関を半速力前進にかけて,手動操舵により進行した。このとき,神鍬丸は依然として船首を北方に向けて引索を引いている状態で,文祥丸が機関をかけて前進すると引索で神鍬丸を横引きするおそれがあったが,A受審人は,左舷方の起重機台船と錨ワイヤに注意を奪われて,作業状況の監視を十分に行わず,神鍬丸を横引きする態勢であったことに気付かなかったので,前部の一等航海士や神鍬丸に対して引索を外すよう,外部スピーカーや汽笛で指示しなかった。
18時18分半少し過ぎ依然として神鍬丸を横引きしていることに気付かないA受審人は,東防波堤灯台から044.5度290メートルの地点で,針路を東播磨港別府西防波堤灯台(以下「西防波堤灯台」という。)に向く260度に転じて3ノットの速力で続航した。
そうしているうち,A受審人は,後部配置の機関長から神鍬丸を横引きしていることを報告され,機関を停止したが,神鍬丸は左舷側に大傾斜したまま操舵室やエンジンルームの開口部から浸水し,18時20分文祥丸が東防波堤灯台から010度180メートルの地点に達したとき,神鍬丸は東防波堤灯台から015度200メートルの地点において,浮力を喪失し,船首を下に向けて沈没した。
当時,天候は晴で,風力3の西風が吹き,潮候はほぼ低潮時であった。
また,神鍬丸は,B受審人が1人で乗り組み,文祥丸の離岸支援の目的で,船首0.60メートル船尾1.60メートルの喫水をもって,17時45分東播磨港別府川右岸の係留地を離れC岸壁の文祥丸に向かった。
18時00分B受審人は,着岸している文祥丸に接近して,A受審人と会話したとき,自身は内航貨物船を引いて離岸支援をすることが初めてだったものの,引索を外す時機などについてはそのときになったら文祥丸から指示があるものと思い,前示のとおり作業手順について打合せを十分に行わなかった。
18時12分半B受審人は,東防波堤灯台から066度410メートルの地点で,文祥丸の右舷船首から延ばされた引索を船尾のクロスビットにとって船尾引きで,機関を半速力前進として文祥丸の船首から45度の方向に向かって引き始めた。
こうして,B受審人は引く方向を徐々に北に変えながら引き続け,18時17分半少し前東防波堤灯台から052度360メートルの地点で,文祥丸が船首を西方に向けて出港態勢になって機関を半速力前進にかけたとき,神鍬丸は船首を北方に向けていたが,文祥丸が引索をとっている状態で前進をかけることはないものと考え,機関を全速力前進として曳航を続けているうちに,次第に引索が神鍬丸の左舷に回り込み始めた。
18時18分半少し過ぎB受審人は,東防波堤灯台から045.5度320メートルの地点で,船首が北方に向いたまま急に船体が左舷側に傾斜したので,左舷後方を見て自船が横引きされていることを認め,右舷ブルワークにつかまって何もすることができないまま横引きされていたが,船体傾斜が増して危険を感じ,海中に飛び込んだあと,18時20分神鍬丸は,前示のとおり沈没した。
沈没の結果,神鍬丸は,引き揚げられたものの全損とされた。
(本件発生に至る事由)
1 文祥丸
(1)支援作業の打合せを十分に行わなかったこと
(2)起重機台船と錨ワイヤに注意を奪われたこと
(3)作業の状況の監視を十分に行わなかったこと
2 神鍬丸
(1)内航貨物船の支援作業を初めて行ったこと
(2)引索を外す時機についてはそのときになったら文祥丸から連絡があるものと思い,支援作業の打合せを十分に行わなかったこと
(3)作業状況の監視を十分に行わなかったこと
(4)横引きとなったときに文祥丸にスピーカー等で連絡しなかったこと
3 その他
文祥丸に接近して起重機台船と錨ワイヤが存在していたこと
(原因の考察)
本件は,文祥丸及び神鍬丸の両船が,事前に神鍬丸の引く方向,連絡方法,引索を外す時機などの支援作業の作業手順について打合せ及び作業状況の監視を十分に行っておれば,神鍬丸が横引きされて沈没することはなかった。
したがって,A受審人が,支援作業の打合せを十分に行わず,起重機台船と錨ワイヤに注意を奪われて作業状況の監視を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
また,B受審人が,引索を外す時機などについてはそのときになったら文祥丸から連絡があるものと思い,支援作業の打合せを十分に行わず,作業状況の監視を十分に行わなかったことも,本件発生の原因となる。
B受審人が,内航貨物船の支援作業を初めて行ったことは,支援作業を無難に実施していることから,原因とならない。
B受審人が,横引きとなったときに文祥丸にスピーカーなどで連絡しなかったことは,船体傾斜が急速に傾斜して連絡する余裕がなかった点を考慮すれば,原因とならない。
文祥丸に接近して起重機台船と錨ワイヤが存在したことは,実際には余裕をもってかわすことができていることから,原因とならない。
(海難の原因)
本件沈没は,兵庫県東播磨港において,文祥丸が神鍬丸に曳航支援を依頼して離岸作業を行う際,両船における作業手順の打合せ及び作業状況の監視が不十分で,神鍬丸が横引きされて大傾斜し,操舵室やエンジンルームの開口部から浸水して浮力を喪失したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,兵庫県東播磨港において,神鍬丸に曳航支援を依頼して離岸作業を行う場合,同船を横引きして大傾斜させないよう,作業状況の監視を十分に行うべき注意義務があった。
しかしながら,同人は,近接して停泊していた起重機台船と錨ワイヤに注意を奪われ,作業状況の監視を十分に行わなかった職務上の過失により,引索を外すよう指示しないまま前進をかけて同船を横引きし,大傾斜させるとともに操舵室やエンジンルームの開口部から浸水させ,浮力を喪失させて沈没を招き,全損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B受審人は,兵庫県東播磨港において,依頼を受けて離岸支援作業に当たる場合,自船が文祥丸によって横引きされないよう,引索を外す時機など作業手順の打合せを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,引索を外す時機についてはそのときになったら文祥丸から指示があるものと思い,作業手順の打合せを十分に行わなかった職務上の過失により,前示の事態を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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