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平成18年門審第29号
件名

モーターボート弥生乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成18年6月13日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(岩渕三穂,安藤周二,片山哲三)

理事官
濱田真人

受審人
A 職名:弥生船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
右舷側外板に破口,バウバース前方ボイドスペースに浸水
同乗者3人が安静及び通院加療を要する挫創,打撲等

原因
居眠り運航防止措置不十分

主文

 本件乗揚は,居眠り運航の防止措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年7月11日03時14分
 福岡県新宮漁港
 (北緯33度43.2分 東経130度25.5分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 モーターボート弥生
総トン数 3.4トン
登録長 8.20メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 182キロワット
(2)設備及び性能等
 弥生は,平成16年3月に進水した最大搭載人員9人のFRP製モーターボートで,船体中央部右舷側に操縦席,同席前方にトイレ及びバウバース,同席後方に収納可能なパッセンジャーシート及び機関メンテナンスハッチ,船尾にいけす等がそれぞれ配置され,バウバースの前方は隔壁を隔ててロープロッカー及びバウデッキとなっていた。
 磁気コンパス,レーダー,GPSやプロッタの各航海計器,電動油圧操舵装置,主機駆動発電機及び蓄電池が装備され,また,自動操舵装置はなかった。
 本件後の実況見分によると,27.0ノットで航行中に全速力後進とした場合の停止距離は約14メートルで停止時間は6秒であった。

3 事実の経過
 弥生は,A受審人が単独で乗り組み,船首0.4メートル船尾0.8メートルの喫水をもって,いか釣りの目的で,平成16年7月10日17時15分博多港内のマリーナを発し,途中福岡県新宮漁港に寄り,仕事の発注元の客2人及び自社の社員1人を同乗させたのち,同県相ノ島北方沖合の釣場に向かった。
 ところで,A受審人は,自社の営業活動の一環として得意先を接待する目的にも弥生を使用していたが,接客のときには操舵と見張りや投揚錨だけでなく,釣り方及び釣餌の付け方まで教えるなど緊張で休むことができないまま,疲労気味になることが多かった。
 A受審人は,18時30分ごろ目的の釣場に至り,水深37メートルのところに重量15キログラムの錨を投入後,錨索を50メートル延出して錨泊し,停泊灯,作業灯及び300ワットの集魚灯3灯を点灯するなどの準備を行ったのち,350ミリリットル入りの缶ビール1缶で大漁祈願の乾杯をして釣りを始めた。
 A受審人は,平素は操船を任せられる仲間と一緒に釣りに行き,同人に周囲の見張りを頼んで仮眠を取るなどしていたものの,接客のためなので客や社員に見張りを任せる訳にいかないとして休息をとらないまま釣りを続け,やりいか200匹ほどの大漁となったところで帰航することとし,翌11日03時00分筑前相ノ島灯台から020度(真方位,以下同じ。)1.8海里の地点を発進して新宮漁港に向け,正規の灯火を点灯して帰航の途に就いた。
 A受審人は,帰航する際,客2人がそれぞれパッセンジャーシート及び船尾いけすの前で横になっており,前日の早朝から起きていて睡眠不足と接客の緊張で疲労を覚え,居眠りに陥るおそれがあったが,20分ほどの航海だから,何とか眠気を我慢できるものと思い,社員と2人で当直を行うなどの居眠り運航の防止措置をとることなく,社員をバウバースで休息させ,操縦席に座って舵輪を握り,03時07分筑前相ノ島灯台から089度3.2海里の地点に達したとき,針路を174度に定め,機関を全速力前進にかけ,回転数毎分3,000として25.0ノットの対地速力で進行した。
 03時12分少し前A受審人は,筑前相ノ島灯台から122度3.9海里の地点に達したとき,新宮漁港まで0.5海里となったので,機関の回転数を毎分2,000に下げ,12.5ノットの半速力として続航したところ,減速して緊張が和らいだことから,03時13分少し前強い眠気を催したが,眠っていた社員を起こさないで進行中,操縦席右側の壁に寄りかかり舵輪を持ったまま居眠りに陥った。
 こうして,弥生は,A受審人が居眠りに陥り,両手で持った舵輪を気付かないうちに10ないし15センチメートルほど右に回し,少しずつ右に回頭しながら新宮漁港第4号防波堤に向首する進路となって続航中,03時14分筑前相ノ島灯台から127度4.1海里の地点において,船首が210度を向いたとき,原速力のまま,新宮漁港第4号防波堤湾曲部の北側に設置された消波ブロックに乗り揚げた。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候はほぼ高潮時にあたり,視界は良好であった。
 A受審人は,衝撃で目覚めて乗揚に気付き,海上保安部に通報するなど事後の措置に当たった。
 乗揚の結果,右舷側外板に破口を生じてバウバース前面のボイドスペースに浸水したが,自力で離礁後,海上保安部の手配した漁船により新宮漁港に引きつけられたのち修理され,同乗者3人が安静及び通院加療を要する挫創,打撲等の傷を負った。

(本件発生に至る事由)
1 前日の早朝から起きていて睡眠不足であったこと
2 釣りの前に缶ビールを1缶飲んだこと
3 気軽に見張りや操船を頼める仲間を同乗させなかったこと
4 接客のためなので客や社員に見張りを任せる訳にいかないとして休息をとらなかったこと
5 帰航する際,20分ほどの航海だから,何とか眠気を我慢できるものと思い,社員と2人で当直を行うなどの居眠り運航の防止措置をとらなかったこと
6 操縦席右側の壁に寄りかかって舵輪を持ったまま眠り込み,防波堤に向首進行したこと

(原因の考察)
 船長が,前日早朝から起きていて睡眠不足の状態であったことに加え,接客の緊張により疲労を覚えた状態で帰航する際,航行中に居眠りに陥るおそれがあったから,単独で操船しないで,社員と2人で当直を行っていたなら,本件は発生しなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,帰航する際,20分ほどの航海だから,何とか眠気を我慢できるものと思い,社員と2人で当直を行うなどの居眠り運航の防止措置をとらず,操縦席右側の壁に寄りかかって舵輪を持ったまま眠り込み,防波堤に向首進行したことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が,前日早朝から休息をとらなかったこと,接客のためなので客や社員に見張りを任せる訳にいかないとして休息をとらなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 A受審人が,釣りの前に缶ビールを1缶飲んだことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,操船者として飲酒することは,厳に慎まなければならない。
 A受審人が,気軽に見張りや操船を頼める仲間を同乗させなかったことは,原因とならない。

(海難の原因)
 本件乗揚は,夜間,玄界灘において,福岡県新宮漁港に向け帰航する際,居眠り運航の防止措置が不十分で,同漁港第4号防波堤に向首進行したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,夜間,前日からほとんど休息をとらない状態で,玄界灘を相ノ島北方沖合から新宮漁港に向け帰航する場合,睡眠不足と接客の緊張で疲労を覚えていて居眠りに陥るおそれがあったから,居眠り運航とならないよう,社員と2人で当直を行うなどの居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,短い時間の航海だから,何とか眠気を我慢できるものと思い,居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により,居眠りに陥り,新宮漁港の防波堤に向首進行して乗揚を招き,弥生の右舷側外板に破口及び船首部ボイドスペースに浸水を生じさせ,同乗者3人に安静及び通院加療を要する挫創,打撲等の傷を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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