(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年5月9日02時20分
長崎県島原半島南岸
(北緯32度36.1分 東経130度10.1分)
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船慶有丸 |
総トン数 |
299トン |
全長 |
51.60メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
3 事実の経過
慶有丸は,平成4年1月に進水し,B社が借り入れ,田子の浦港または宇部港から国内各港への過酸化水素の輸送に従事する船尾船橋型鋼製液体化学薬品ばら積船で,船長C,A受審人ほか2人が乗り組み,過酸化水素230トンを載せ,船首2.15メートル船尾3.60メートルの喫水をもって,平成17年5月8日09時30分宇部港を発し,熊本県八代港に向かった。
ところで,慶有丸の船橋当直体制は,00時から04時及び12時から16時までがA受審人による,04時から08時及び16時から20時までが一等航海士による,08時から12時及び20時から24時までが船長による単独4時間交替3直制がとられていて,各人が約30分前に昇橋し,当直を交替していた。
こうして,A受審人は,出航後休息して12時からの船橋当直に就き,同当直を終えて夕食をとり,18時30分ごろ就寝したのち,23時25分ごろ長崎県伊王島の西南西方5海里付近で昇橋し,再び船橋当直に就いた。
A受審人は,舵輪後方に置かれた脚の長いいすに腰掛けた姿勢で単独の船橋当直に当たり,翌9日00時20分樺島灯台から197度(真方位,以下同じ。)0.8海里の地点において,針路を早崎瀬戸西口に向く080度に定め,機関を全速力前進にかけ,10.3ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で自動操舵により進行した。
定針後,A受審人は,熊本県天草下島北方沖合を東行し,01時45分五通礁灯標から279度2.9海里の地点に達したとき,周囲に航行する他船がおらず,海上模様も平穏であったこともあって,気の緩みから眠気を催したが,しばらくしたら同灯標北方の早崎瀬戸への転針予定地点に達するので,立って当直に当たれば居眠りすることはあるまいと思い,いすから降りて操舵コンソールに両手をついて立った姿勢としただけで,船橋内を動き回るなり,外気に当たるなりして,居眠り運航の防止措置をとることなく続航した。
01時56分A受審人は,転針予定地点まであと約1海里であることを確認し,そのころから西北西方への弱い潮流を受けて2度ほど左方に圧流されて9.8ノットの速力で進行していたところ,いつしか,操舵コンソールにうつ伏せになった状態で居眠りに陥った。
A受審人は,02時01分には転針予定地点に達したが,居眠りしていてこのことに気付かず,転針できずに原針路で続航し,慶有丸は,02時20分五通礁灯標から061度3.3海里の,島原半島南岸に原速力のまま乗り揚げた。
当時,天候は晴で風力1の北東風が吹き,潮候は下げ潮の末期で,付近海域には約0.7ノットの西北西流があった。
乗揚の結果,慶有丸は,船首船底に破口を,中央部船底に亀裂及び凹損をそれぞれ生じたが,潮位を利用して自力で離礁し,のち修理された。
(海難の原因)
本件乗揚は,夜間,熊本県天草下島北方沖合を早崎瀬戸に向けて東行中,居眠り運航の防止措置が不十分で,長崎県島原半島南岸に向首進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,単独で船橋当直に当たり,熊本県天草下島北方沖合を早崎瀬戸に向けて東行中,気の緩みから眠気を催した場合,船橋内を動き回るなどして,居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,しばらくしたら転針予定地点に達するので,立って当直に当たれば居眠りすることはあるまいと思い,いすから降りて操舵コンソールに両手をついて立った姿勢としただけで,居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により,操舵コンソールにうつ伏せになった状態で居眠りに陥り,転針予定地点を航過し,長崎県島原半島南岸に向首進行して乗揚を招き,船首船底に破口を,中央部船底に亀裂及び凹損をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
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