(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年8月28日03時45分
長崎県臼浦港西方沖合
(北緯33度10.9分 東経129度33.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
油送船第三よしの丸 |
モーターボート ミミ |
総トン数 |
149トン |
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全長 |
39.48メートル |
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登録長 |
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6.84メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
514キロワット |
102キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第三よしの丸
第三よしの丸(以下「よしの丸」という。)は,平成7年7月に進水し,航行区域を限定沿海区域とする船尾船橋型の鋼製油送船で,専ら大分港でA重油を積載し,佐世保港,長崎県三重式見港及び同県相浦港を揚地としていた。
同船は,船尾楼甲板の上で本件当時の喫水線上4.7メートルのところに航海船橋甲板があり,同甲板船首側に操舵室を配置し,船首端から同室前面までの水平距離が28.3メートルで,同室からの前方の見通しは良好であった。
操舵室には,前部中央に磁気コンパスを組み込んだ操舵スタンドを備え,その右側に,右舷側から順に配電盤,主機遠隔操作盤,バウスラスタ制御盤を,その左側に,右舷側から順にGPSプロッタ,1号レーダー,2号レーダーをそれぞれ装備していた。
イ ミミ
ミミは,平成8年4月に第1回定期検査を受検し,同15年12月現所有者が購入したのち,航行区域を限定沿海区域としたFRP製モーターボートで,主に魚釣りに使用され,船体中央にキャビンを配置し,同室右舷側に操縦席を,同室左舷壁に接してベンチシートをそれぞれ備え,磁気コンパス,主機遠隔操縦装置,GPSプロッタ及び魚群探知機を装備していたが,レーダーは装備していなかった。
同船は,操縦席に座った姿勢でもその前に立った姿勢でも眼高がほとんど変わらないものの,14ないし15ノットの速力としたときから船首が浮上し始め,操縦席から見て,正船首から左舷船首38度の範囲に死角を生じ,18ノット以上の速力になるとほぼ水平な滑走状態となり,その死角が解消される特性をもっていた。
灯火設備は,キャビンの上に白色全周灯を,同室前面窓外側の左右下部に舷灯を,同室に室内灯をそれぞれ備えていたほか,釣りのときの作業用として,単一乾電池4個を使用し,上部が逆U字形の蛍光管となったライト(以下「携行ライト」という。)を2個所持していた。
3 事実の経過
よしの丸は,A受審人ほか3人が乗り組み,A重油300キロリットルを積載し,船首2.25メートル船尾2.85メートルの喫水をもって,平成17年8月27日11時00分大分港を発し,平戸瀬戸経由の予定で,相浦港に向かった。
翌28日01時50分A受審人は,前直者が発熱による体調不良を申し出たことから,伊万里湾北方沖合で急きょ船橋当直を交替し,法定の灯火が表示されていることを確認し,単独で操船にあたって平戸瀬戸を通過した。
03時26分少し過ぎA受審人は,下枯木島灯台から041度(真方位,以下同じ。)1.8海里の地点で,牛ケ首灯台を左舷に0.5海里ばかり離す151度に針路を定め,機関を全速力前進にかけ,9.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,自動操舵により進行した。
A受審人は,左前方の宮山出シからその南方にかけて漁船群が操業し,魚群探索中の数隻が自船の前路に接近するのを認めて,それらから離そうと考え,03時33分少し過ぎ下枯木島灯台から077度1.8海里の地点で,自動操舵の転針ダイヤルで針路を右に2度転じ,153度の針路として続航した。
03時42分半A受審人は,牛ケ首灯台から317度2.2海里の地点に達したとき,右舷船首54度0.8海里のところに,ミミの紅灯1個を視認でき,その後同船の方位が変わらず,衝突のおそれのある態勢で接近することを認め得る状況となったが,左方の漁船群に気を取られ,右方の見張りを十分に行わなかったので,この状況に気付かず,大幅に右転するなり機関を停止するなりして,衝突を避けるための措置をとることなく進行した。
A受審人は,03時45分わずか前目前にミミの船体を初めて認め,機関を中立にしたものの効なく,03時45分牛ケ首灯台から314度1.8海里の地点において,よしの丸は,原針路,原速力のまま,その船首がミミの左舷前部に前方から85度の角度で衝突した。
当時,天候は雨で風はほとんどなく,視程は約6海里で潮候は下げ潮の中央期であった。
また,ミミは,B受審人及びC船舶所有者が乗り組み,船首0.4メートル船尾0.7メートルの喫水をもって,同月27日16時00分臼浦港を発し,黒島南方沖合の釣り場を移動しながら魚釣りを行ったのち,翌28日02時30分帰途に就くこととした。
B受審人は,C船舶所有者が当夜も飲酒したことから自ら船長を務め,バッテリーのメインスイッチが接触不良となって主機が始動せず,灯火も点灯しなかったので,同スイッチに潤滑剤をかけるなどして主機を始動したのち,左右の舷灯を表示し,キャビンの天井から吊した携行ライト1個と左舷船尾ブルワークの陰に置いた他の1個とを引き続いて点灯したが,白色全周灯は停泊時にのみ使用するものと思い,同全周灯を表示することなく,03時10分黒島南方約3海里の釣り場を発進した。
03時39分B受審人は,伊島と幸ノ小島との間に至り,黒島港沖防波堤東灯台から005度1.3海里の地点で,臼浦港コウゴ瀬北灯浮標を右舷船首に見る058度に針路を定め,雨粒が窓ガラスに付いて周囲を見にくいことから顔を右舷側の窓から出して見張るため,機関を半速力前進とし,15.0ノットの速力で,船首浮上による死角を左舷側に生じた状態のまま,手動操舵により進行した。
03時42分半B受審人は,牛ケ首灯台から297度2.1海里の地点に達したとき,左舷船首31度0.8海里のところによしの丸の白,白,緑3灯を視認でき,その後同船の方位が変わらず,衝突のおそれのある態勢で接近することを認め得る状況となったが,定針時に前方を一見して他船を認めなかったことから,左方から接近する他船はいないと思い,船首を左右に振るなり身体を左舷側に移動させるなりして,船首死角を補う見張りを十分に行わなかったので,この状況に気付かず続航した。
B受審人は,大幅に右転するなり機関を停止するなりして,よしの丸との衝突を避けるための措置をとることなく進行中,ミミは,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,よしの丸は船首部に擦過傷を生じただけであったが,ミミは,キャビン屋根部を破損したほか,左舷前部外板に破口を生じて浸水し,よしの丸の小型クレーンで船体を吊り上げたものの支えきれずに沈没し,後日漁船の網に掛かって引き上げられたのち解体処分され,B受審人及びC船舶所有者が衝撃で頭を打つなどして意識を失い,同受審人が頭部裂傷,左眼部裂傷,左肋骨骨折等を,同船舶所有者が左肋骨骨折をそれぞれ負ったが,巡視艇により救急車が待機する相浦港まで搬送された。
(航法の適用)
本件は,夜間,臼浦港西方沖合において,南下中のよしの丸と東行中のミミとが衝突したもので,同海域に港則法及び海上交通安全法の適用が特にないので,一般法である海上衝突予防法が適用されることになる。
当時,ミミが自船の存在を示す白色全周灯を表示していなかったことから,よしの丸がミミの紅灯を見てその存在を認識できたと認められる時点から衝突に至るまでの時間及び距離が短く,両船とも速やかに避航動作をとるべき状況にあったと認められるので,海上衝突予防法第15条の規定を適用するのは妥当でなく,同法第38条及び第39条を適用するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 よしの丸
(1)左方の漁船群に気を取られ,右方の見張りを十分に行わなかったこと
(2)衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 ミミ
(1)白色全周灯は停泊時にのみ使用するものと思い,同灯を表示しなかったこと
(2)船首浮上による死角を左舷側に生じた状態で進行したこと
(3)左方から接近する他船はいないものと思い,船首死角を補う見張りを十分に行わなかったこと
(4)衝突を避けるための措置をとらなかったこと
3 その他
宮山出シから南方の海域で漁船群が操業していたこと
(原因の考察)
よしの丸が,右方の見張りを十分に行っていたなら,ミミが右方から衝突のおそれのある態勢で接近するのを視認でき,衝突を避けるための措置をとることによって,本件の発生を防ぐことができたと認められる。
したがって,A受審人が,宮山出シから南方の海域で操業中の,左方の漁船群に気を取られ,右方の見張りを十分に行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
一方,ミミが,白色全周灯を表示していたなら,よしの丸は,早い時期に動力船であるミミの存在と接近とを知ることができ,航法を判断して,早期に避航動作をとることができたと認められる。
したがって,B受審人が,白色全周灯は停泊時にのみ使用するものと思い,同灯を表示しなかったことは,本件発生の原因となる。
また,船首浮上による死角を左舷側に生じた状態であっても,船首を左右に振るなり身体を左舷側に移動させるなりして,その死角を補う見張りを十分に行っていたなら,よしの丸が左方から衝突のおそれのある態勢で接近するのを視認でき,衝突を避けるための措置をとることによって,本件の発生を防ぐことができたと認められる。
したがって,B受審人が,船首浮上による死角を左舷側に生じた状態で進行中,左方から接近する他船はいないものと思い,その死角を補う見張りを十分に行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことも,本件発生の原因となる。
(主張に対する判断)
よしの丸側補佐人は,ミミの法定の灯火が釣り場発進時にたまたま点灯したものの航行中にいつしか消灯し,無灯火となったことから,よしの丸がミミを視認することができなかった旨を主張するので,これについて検討する。
白色全周灯については,B受審人が,当廷において「白色全周灯を停泊中に点灯するものと勘違いしていたので,表示しないまま帰航した。」旨を供述しているので,同灯を表示していなかったことは明らかである。
舷灯については,B受審人が,当廷において「釣り場を発進する前に左右の舷灯が点灯したことを確認し,航行中には舷灯の光が雨に濡れた船体に反射しているのが見えていた。」旨を供述しているところであるが,A受審人の当廷における,「衝突後も同船の灯火を見た覚えはない。」旨の,及びC船舶所有者の当廷における,「衝突後舷灯は消灯していた。」旨の各供述により,衝突後に同灯が消灯していたことは認められる。
ところで,B受審人は,当廷において「釣り場を発進しようとしたとき,主機が始動せず,灯火やウインチの電源が入らなかったので,配電盤を点検するなどしたが,バッテリーのメインスイッチに潤滑剤をかけたところ通電でき,主機を始動した。」旨を供述している。
バッテリーから給電される回路のメインスイッチの通電状態が,セルモータの始動に必要な大電流が流れるまでに回復したのであれば,舷灯は使用される電流が小さく,同スイッチの接触不良による電圧降下の影響が少ないものであり,当時,いったんセルモータの始動ができたことから,釣り場発進から衝突するまでの短時間に,舷灯に著しい光力低下や消灯が生じるとは考えにくく,衝突の際,B受審人及びC船舶所有者が受傷して意識を失うほどの衝撃があったことからすると,その衝撃により電路等に異状を生じて消灯したと考えるのが自然であるので,当海難審判庁は,ミミが左右の舷灯を表示していたものと判断する。
したがって,ミミが無灯火で航行していた旨のよしの丸側補佐人の主張を認めることはできない。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,長崎県臼浦港西方沖合において,南下中のよしの丸が,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことと,東行中のミミが,白色の全周灯を表示しなかったばかりか,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,単独で操船にあたり,臼浦港西方沖合を左方の漁船群から離しながら南下する場合,反対側から接近する他船も見落とさないよう,右方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,左方の漁船群に気を取られ,右方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,右方から紅灯だけを表示したミミが衝突のおそれのある態勢で接近していることに気付かず,大幅に右転するなどの衝突を避けるための措置をとらないまま進行して衝突を招き,よしの丸の船首部に擦過傷を生じさせ,ミミの左舷前部外板に破口を生じさせて沈没に至らせ,B受審人に頭部裂傷,左眼部裂傷,左肋骨骨折等を,C船舶所有者に左肋骨骨折をそれぞれ負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,夜間,単独で操船にあたり,臼浦港西方沖合を東行する場合,船首浮上による死角を左舷側に生じていたのだから,同死角の中に入った他船を見落とさないよう,船首を左右に振るなり身体を左舷側に移動させるなりして,同死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,定針時に一見して前方に他船を認めなかったことから,左方から接近する他船はいないと思い,船首浮上による死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,左方からよしの丸が衝突のおそれのある態勢で接近していることに気付かず,大幅に右転するなどの衝突を避けるための措置をとらないまま進行して衝突を招き,前示の損傷及び負傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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