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 (海難の事実) 
1 事件発生の年月日時刻及び場所 
 平成17年4月14日20時20分 
 東京湾 
 (北緯35度29.8分 東経139度52.0分) 
 
2 船舶の要目等 
(1)要目 
| 船種船名 | 
貨物船第一徳神丸 | 
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| 総トン数 | 
499トン | 
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| 全長 | 
75.87メートル | 
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| 機関の種類 | 
ディーゼル機関 | 
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| 出力 | 
1,323キロワット | 
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| 船種船名 | 
引船二十三長生丸 | 
台船丸辰635 | 
 
| 総トン数 | 
19トン | 
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| 全長 | 
16.05メートル | 
52.0メートル | 
 
| 機関の種類 | 
ディーゼル機関 | 
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| 出力 | 
735キロワット | 
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(2)設備及び性能等 
ア 第一徳神丸 
 第一徳神丸(以下「徳神丸」という。)は,平成3年11月に竣工した船尾船橋型の鋼製貨物船で,船橋には前面にコンソールが設置され,コンソール中央に舵輪,舵輪の左舷側にレーダー,舵輪の右舷側に主機遠隔操縦装置がそれぞれ組み込まれ,主として千葉港を積地とし,関東以北の太平洋岸諸港及び北海道苫小牧港への貨物輸送に従事していた。 
イ 二十三長生丸 
 二十三長生丸(以下「長生丸」という。)は,平成14年12月に竣工した鋼製引船で,船体中央よりやや前方に操舵室,後部甲板に曳航用フックがあり,操舵室上部に設けられたマストにマスト灯2灯,同マストの船尾側に引き船灯その下方に船尾灯が,マストの頂部に停泊灯,停泊灯の右舷側に黄色回転灯,停泊灯の左舷側に青色点滅灯がそれぞれ設置され,操舵室の上部にモーターホーン及び舷灯を備え,操舵室前部,両舷及び後部には窓があり,同室から四周の見通しは良好で,専ら東京湾内で港湾土木工事用台船等の曳航に従事していた。 
ウ 丸辰635 
 丸辰635(以下「台船」という。)は,長方形の甲板を有する965トン積み非自航式の鋼製台船で,舷灯及び船尾灯の設備がなく,その船尾中央部に鋼製筒状スタンドを置き,同スタンドに差し込む形で,C社製L-2型と称する単一乾電池4個を電源とする4秒1閃,光達距離2キロメートルの白色標識灯(以下「標識灯」という。)が,光源の高さが甲板上約0.4メートルとなるように設置されていた。 
 
3 事実の経過 
 徳神丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,小麦1,550トンを積載し,船首3.54メートル船尾4.68メートルの喫水をもって,平成17年4月14日19時00分千葉港千葉区第3区を発し,茨城県鹿島港に向かった。 
 ところで,A受審人は,同日未明,前夜からの船橋当直を終えて休息したものの,風邪気味で体調を崩していたこともあって熟睡できず,睡眠不足の状態で05時に起床し,作業の打ち合わせ等を行ったのち入港操船に当たり,09時10分千葉港に入港したのち乗組員の雇入手続のために上陸し,帰船したのちも雑務に従事してほとんど休息をとらず,睡眠不足の状態のまま発航したものであった。 
 A受審人は,法定灯火が表示されていることを確認し,出港操船に引き続いて20時から24時の時間帯の単独船橋当直に就き,19時53分千葉航路の出口付近に当たる,東京湾アクアライン海ほたる灯(以下「海ほたる灯」という。)から043.5度(真方位,以下同じ。)5.75海里の地点で,針路を東京湾東水路中央第3号灯浮標(以下「第3号灯浮標」という。)の北側に向かう243度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,風潮流に抗して10.9ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行した。 
 定針したときA受審人は,睡眠不足の状態から体のだるさを感じていたが,船舶交通が輻輳する東京湾内を航行しているのでまさか眠り込んでしまうことはないものと思い,機関室当直者を昇橋させて2人で当直に当たるなど居眠り運航の防止措置を十分にとることなく,舵輪の後方に立ち,舵輪の上方からコンソール中央部に寄り掛かったところ,居眠りに陥った。 
 20時04分半A受審人は,海ほたる灯から033.5度3.9海里の地点に至り,左舷船首方21度2.0海里のところに,長生丸の黄,白2灯及び青色点滅灯を視認でき,20時11分半海ほたる灯から020.5度2.85海里の地点に至り,左舷船首20度1.1海里のところに台船の白色閃光1灯を視認でき,左舷前方に長生丸が台船を曳航する引船列(以下「長生丸引船列」という。)が存在すること,同引船列を追い越し衝突のおそれがある態勢で接近していることが分かる状況であったが,居眠りをしていて,このことに気付かず,同引船列を確実に追い越し,かつ,同引船列から十分に遠ざかるまでその進路を避けなかった。 
 徳神丸は,原針路,原速力で続航し,20時20分海ほたる灯から349.5度2.0海里の地点において,その左舷船首が台船の右舷中央部に後方から37度の角度で衝突し,続いて,その船首が長生丸の曳航索に,その右舷船首部が長生丸の左舷船尾部にそれぞれ衝突した。 
 当時,天候は晴で風力5の南西風が吹き,潮候は上げ潮の末期で,視界は良好であった。 
 また,長生丸は,B受審人ほか1人が乗り組み,船首0.8メートル船尾2.6メートルの喫水をもって,空倉で0.4メートルの等喫水となった無人の台船を回航する目的で,同日18時50分千葉港千葉区第4区中袖地区を発し,京浜港川崎区に向かった。 
 ところで,B受審人は,長生丸の曳航用フックにとった直径50ミリメートル長さ13メートルの合成繊維索後端のアイに,同径長さ17メートルの合成繊維索2本の各前端アイを通し,各後端アイを台船の前部両舷ビットにそれぞれ掛け,長生丸の船尾から台船の後端までの長さを約82メートルの引船列とし,長生丸にマスト灯2個,舷灯,船尾灯及び引き船灯を掲げたほか,青色点滅灯を点灯し,台船には,法定灯火を表示せず,標識灯を点灯していた。 
 B受審人は,出港操船から引き続き単独航海当直に就き,19時10分海ほたる灯から080.5度5.3海里の地点で,針路を第3号灯浮標の北側に向かう280度に定め,機関を全速力前進にかけ,折からの風潮流により右方に1度圧流されながら4.9ノットの曳航速力で,手動操舵によって進行した。 
 20時04分半B受審人は,海ほたる灯から025度1.9海里の地点に至り,右舷船尾58度2.0海里のところに,徳神丸の白,白,紅3灯を視認でき,20時11分半海ほたる灯から008度1.9海里の地点に至り,右舷船尾57度1.1海里のところに同灯火を認め得る状況で,同船が自船引船列を追い越し衝突のおそれのある態勢で接近していることが分かる状況となったが,自船引船列と第3号灯浮標の間に向けて南西進してくる他船はいないものと思い,見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かず,警告信号を行うことも,さらに間近に接近しても,減速するなどして衝突を避けるための協力動作をとることもしないで続航中,長生丸引船列は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。 
 衝突の結果,徳神丸は船首部に凹損及び擦過傷を生じ,長生丸は左舷船尾ブルワークに曲損を生じ,曳航索が破断され,台船は右舷中央部に凹損及びビットに曲損をそれぞれ生じたが,のちいずれも修理され,B受審人及び長生丸乗組員が打撲傷を負った。 
 
(航法の適用) 
 本件は,夜間,東京湾において,南西進する徳神丸と西行する長生丸引船列とが衝突したものであるが,以下適用する航法等について検討する。 
 衝突地点は,海上交通安全法が適用される海域内であるが,同法には,本件に対し適用する航法がないので,海上衝突予防法(以下「予防法」という。)により律することになる。 
 両船の運航模様から,徳神丸は,長生丸引船列の右舷船尾57度方向から接近して衝突したもので,予防法第13条の追越し船の航法を適用し,徳神丸が長生丸の引き船灯及び船尾灯並びに台船の標識灯を視認し得る状況となった,両船が1.1海里に接近した時点を見合い関係の発生時期とするのが相当である。 
 長生丸引船列は,長生丸に引き船灯を含む法定灯火を表示していたものの,台船には舷灯及び船尾灯の設備がなく,法定灯火を表示せず,標識灯のみを点灯していた。 
 引き船灯及び船尾灯すなわち黄,白2灯は,他の船舶を曳航している動力船を後方から見た場合の灯火であり,予防法で定める灯火には,引き船灯の他に黄灯はなく,黄,白2灯を認めた船舶は,曳航されている船舶等がどこに位置するかは分からないものの,自船が追越し船であると判断しなければならない。 
 
(本件発生に至る事由) 
1 徳神丸 
(1)A受審人が睡眠不足の状態であったこと 
(2)東京湾内を航行中,自動操舵により進行したこと 
(3)機関室当直者を昇橋させて2人で当直に当たるなど居眠り運航防止措置を十分にとらなかったこと 
(4)居眠りに陥り,長生丸引船列の進路を避けなかったこと 
 
2 長生丸引船列 
(1)台船に法定灯火を表示していなかったこと 
(2)長生丸引船列と第3号灯浮標の間に向けて南西進してくる他船はいないものと思い,見張りを十分に行わなかったこと 
(3)警告信号を行わなかったこと 
(4)減速するなどして衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと 
 
(原因の考察) 
 本件は,徳神丸が,居眠り運航の防止措置を十分にとっていれば,長生丸引船列を避けることができたものと認められる。 
 したがって,A受審人が,船舶交通が輻輳する東京湾内を航行しているのでまさか眠り込んでしまうことはないものと思い,機関室当直者を昇橋させて2人で当直に当たるなど居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったこと及び長生丸引船列の進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。 
 A受審人が,睡眠不足の状態であったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,居眠り運航の防止措置を十分にとっていれば発生を防止できたものと認められることから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。 
 徳神丸が,東京湾内を航行中,自動操舵により進行したことは,航行安全指導に反する行為で,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。 
 一方,長生丸引船列が,見張りを十分に行っていれば,自船引船列を追い越し衝突のおそれのある態勢で接近する徳神丸に気付き,警告信号を行い,衝突を避けるための協力動作をとることにより,本件の発生を回避できたものと認められる。 
 したがって,B受審人が,自船引船列と第3号灯浮標の間に向けて南西進してくる他船はいないものと思い,見張りを十分に行わなかったこと,警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。 
 B受審人が,台船に法定灯火を表示しなかったことは,予防法の規定に違反する行為で,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,A受審人が居眠りをしていて,このことに気付かなかったことから,本件発生の原因とならない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。 
 
(海難の原因) 
 本件衝突は,夜間,東京湾において,長生丸引船列を追い越す徳神丸が,居眠り運航の防止措置が不十分で,同引船列の進路を避けなかったことによって発生したが,長生丸引船列が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。 
 
(受審人の所為) 
 A受審人は,夜間,東京湾において,単独で船橋当直に就き,自動操舵として南西進中,睡眠不足の状態から体のだるさを感じていた場合,居眠り運航とならないよう,機関室当直者を船橋に呼んで2人で当直に当たるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,船舶交通が輻輳する東京湾内を航行しているのでまさか眠り込んでしまうことはないものと思い,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,居眠りに陥り,長生丸引船列を確実に追い越し,かつ,同引船列から十分に遠ざかるまでその進路を避けないまま進行して衝突を招き,徳神丸の船首部に凹損及び擦過傷を生じさせ,長生丸の左舷船尾ブルワークに曲損を生じさせ,曳航索を破断し,台船の右舷中央部に凹損及びビットに曲損をそれぞれ生じさせ,長生丸乗組員2人に打撲傷を負わせるに至った。 
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の二級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。 
 B受審人は,夜間,東京湾において,台船を曳航して西行する場合,右舷後方から接近する徳神丸を見落とすことのないよう,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,自船引船列と第3号灯浮標の間に向けて南西進してくる他船はいないものと思い,見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,自船引船列を追い越し衝突のおそれのある態勢で接近する徳神丸の存在に気付かず,減速するなどして衝突を避けるための協力動作をとらないまま進行して衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせ,乗組員を負傷させ,自らも負傷するに至った。 
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 
 
 よって主文のとおり裁決する。 
 
 
参考図 
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