(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年11月22日14時50分
千葉県勝浦港外
(北緯35度08.03分 東経140度18.38分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船大洋丸 |
モーターボートセラヴィシュヌ |
総トン数 |
7.3トン |
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全長 |
14.50メートル |
7.07メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
426キロワット |
84キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 大洋丸
大洋丸は,平成2年12月に進水したかつお一本釣り漁に従事する一層甲板型のFRP製漁船で,船体中央より少し後方に操舵室を有し,操舵室には舵輪,機関操作レバー,レーダー,GPSプロッター及び魚群探知機が配置され,汽笛が装備されていた。
最大速力は,機関回転数毎分1,750(以下,回転数については毎分のものを示す。)の約19ノット(対地速力,以下同じ。)で,航海速力は,同回転数1,600から1,650で15から16ノットであった。
同船は,約16ノットの速力で航走すると,船首が約30センチメートル浮上して正船首方に死角(以下「船首死角」という。)を生じる状態であった。
イ セラヴィシュヌ
セラヴィシュヌ(以下「セ号」という。)は,平成8年12月に進水した最大とう載人員10人のFRP製モーターボートで,船尾に補助機を含む2機の船外機を備え,船体中央部にキャビンが設けられ,操縦席には操縦ハンドル,機関操作レバー及び魚群探知機が装備されており,汽笛は装備されていなかったものの,携帯用小型エアホーンを保有していた。
3 事実の経過
大洋丸は,A受審人ほか同人の息子1人が乗り組み,かつお一本釣り漁を行う目的で,船首0.3メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成16年11月22日04時00分千葉県勝浦港を発し,同港北東方約20海里沖合の漁場に向かった。
A受審人は,06時20分前示の漁場に至って操業を行ったのち,かつお約60キログラムを獲て漁を終え,13時35分勝浦灯台から077度(真方位,以下同じ。)19.2海里の地点を発進して水揚げ港である勝浦港に向けて帰途に就いた。
発進直後からA受審人は,操舵室左舷側に立った姿勢で操縦に当たり,255度の針路で,機関回転数1,650にかけ16.0ノットの速力で,船首浮上に伴って船首死角が生じた状態のまま手動操舵によって進行した。
A受審人は,14時49分半わずか前勝浦灯台から236度1,290メートルの地点で,針路を勝浦港に向く340度に定め,原速力のまま続航した。
定針したときA受審人は,右舷船首10度215メートルのところと左舷船首14度330メートルのところに,先端に赤旗を付けた竿をそれぞれ立てて錨泊している釣り船2隻を視認したものの,正船首300メートルのところに,セ号を視認でき,その方位に変化が認められないことから同船が錨泊中であることがわかり,同船に衝突のおそれがある態勢で接近することがわかる状況となったが,視認した釣り船2隻のほかに船はいないものと思い,小舵角の舵をとって船首を左右に振るなどして死角を補う十分な見張りを行わなかったので,このことに気付かなかった。
大洋丸は,セ号を避けないまま原針路,原速力で進行中,14時50分勝浦灯台から249度1,250メートルの地点において,その船首がセ号の正船尾外板にほぼ平行に衝突し,これを乗り切った。
当時,天候は晴で風力2の北東風が吹き,潮候は下げ潮の初期に当たり,視界は良好であった。
また,セ号は,B受審人が1人で乗り組み,実兄を同乗させ,釣りの目的で,船首0.2メートル船尾0.6メートルの喫水をもって,同日13時00分勝浦港を発し,釣り場に向かった。
B受審人は,13時15分勝浦港南防波堤灯台から300度960メートルの地点の釣り場に至って錨泊して釣りをしたのち,14時35分前示の衝突地点に移動し,水深11メートルのところに錨を投じ,錨索を30メートル繰り出して錨泊し,錨泊中であることを示す形象物を掲げないまま,機関を停止して釣りを再開した。
B受審人は,同乗者とともに救命胴衣を着用し,右舷船尾甲板にほぼ船首方を向いて座席に腰掛けた姿勢で,同乗者が左舷船尾甲板にほぼ船首方を向いた同じ姿勢で,釣り竿2本をそれぞれ使用して釣りを行い,14時49分半わずか前船首が340度を向いていたとき,正船尾方300メートルのところに,大洋丸を視認し,その後同船が自船を避航しないまま向首接近しているのを認めたが,大洋丸が接近すれば自船を避けていくものと思い,同船に対して携帯用小型エアホーンによる注意喚起信号を行わなかった。
14時50分少し前B受審人は,船尾至近に迫った大洋丸に危険を感じて同乗者とともに座席に立ち上がり,手と釣り竿を振って大声を出したものの効なく,セ号は,船首が340度を向いたまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,大洋丸は船首部に擦過傷を生じ,セ号は正船尾部外板,キャビン,船外機などを圧壊,補助船外機が海没し,のち廃船処分とされ,大洋丸の船上に飛ばされたB受審人が右肘打撲及び挫創を負い,海中転落したセ号同乗者が左恥坐骨骨折などを負って溺水した。
(航法の適用)
本件は,千葉県勝浦港域付近において,北上中の大洋丸と前路で錨泊中のセ号とが衝突したもので,海上衝突予防法にはこれら航行中の船舶と錨泊中の船舶に適用する航法規定が存在しないことから,同法第38条及び第39条を適用して律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 大洋丸
(1)航行中,船首浮上により船首方向に死角が生じていたこと
(2)定針時に前路に視認した釣り船2隻のほかに船はいないものと思い,小舵角の舵をとって船首を左右に振るなどして死角を補う十分な見張りを行わなかったこと
2 セ号
(1)錨泊中であることを示す形象物を掲げていなかったこと
(2)大洋丸が接近すれば自船を避けていくものと思い,大洋丸に対して携帯用小型エアホーンによる注意喚起信号を行わなかったこと
(原因の考察)
本件は,千葉県勝浦港域付近において,同港に向けて航行中の大洋丸が,見張りを十分に行っていたならば,前路で錨泊中のセ号を視認して発生を回避できたものと認められる。
したがって,A受審人が前路に視認した釣り船2隻のほかに船はいないものと思い,死角を補う十分な見張りを行わず,船首死角に入ったセ号を見落として錨泊中の同船を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
一方,錨泊中のセ号が,向首接近する大洋丸に対して注意喚起信号を行っていたならば,発生を回避できたものと認められる。
したがって,B受審人が,大洋丸が接近すれば自船を避けていくものと思い,同船に対して携帯用小型エアホーンによる注意喚起信号を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
B受審人の衝突を避けるための措置については,大洋丸の定針,衝突両地点間を航走するのに要した時間が40秒未満で,同人が錨索を切断し,又は外したのち機関を起動して移動する時間的な余裕はなかったことから,不可能であったと認められる。
なお,セ号が,錨泊中であることを示す形象物を掲げていなかったことは遺憾であるが,大洋丸がセ号と衝突するまで同船を認めていなかったことから,本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件衝突は,千葉県勝浦港域付近において,同港に向けて北上中の大洋丸が,見張り不十分で,前路で錨泊中のセ号を避けなかったことによって発生したが,セ号が,注意喚起信号を行わなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,千葉県勝浦港域付近において,同港に向けて北上する場合,航走に伴う船首浮上によって船首死角が生じた状態であったから,前路で錨泊中のセ号を見落とすことのないよう,小舵角の舵をとって船首を左右に振るなどして死角を補う十分な見張りを行うべき注意義務があった。しかし,同人は,定針時に視認した釣り船2隻のほかに船はいないものと思い,死角を補う十分な見張りを行わなかった職務上の過失により,錨泊中のセ号に気付かず,同船を避けないまま進行して衝突を招き,大洋丸の船首部に擦過傷を生じさせ,セ号の正船尾部外板,キャビン,船外機などを圧壊させ,補助船外機を海没させて同船を廃船に至らせ,B受審人に右肘打撲及び挫創を負わせ,セ号同乗者に左恥坐骨骨折などを負わせて溺水させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は,千葉県勝浦港域付近において,釣りをして錨泊中,自船に向首接近する大洋丸を認めた場合,同船に対して注意喚起信号を行うべき注意義務があった。しかし,同人は,大洋丸が接近すれば自船を避けていくものと思い,大洋丸に対して注意喚起信号を行わなかった職務上の過失により,同船との衝突を招き,前示の損傷を生じさせ,同乗者に前示の傷を負わせ,自らも負傷するに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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