(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年2月20日13時05分
宮城県金華山南西方沖合
(北緯38度11.8分 東経141度30.8分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第三健和丸 |
漁船第一稲荷丸 |
総トン数 |
499トン |
9.7トン |
全長 |
76.95メートル |
19.10メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
496キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第三健和丸
第三健和丸(以下「健和丸」という。)は,平成11年3月に進水し,主としてコンテナ貨物の輸送に従事する船尾船橋型鋼製貨物船で,船首端から船橋前面までの水平距離は約63メートルとなっており,北海道苫小牧港と京浜港横浜区とを1週間で往復する定期航路に就航していた。
操舵室には,前部中央に操舵装置,その左舷側に1号レーダー,2号レーダー及びGPS,右舷側にマスターコンパス,船舶電話及び主機遠隔制御装置,同室左舷後部に海図台,後壁中央部に航海灯配電盤等がそれぞれ設置され,右舷後部にソファー及び中央に椅子が備えられていた。
操縦性能は,海上試運転成績表によれば,計画出力の主機回転数毎分280における平均速力が14.47ノット,この速力で航走し,舵角35度で旋回試験を行った際の最大縦距及び最大横距は,左旋回時が189メートル及び208メートル,右旋回時が181メートル及び229メートル,同速力で航走した際の最短停止時間が1分26秒,同停止距離が346メートルであった。
イ 第一稲荷丸
第一稲荷丸(以下「稲荷丸」という。)は,昭和62年4月に進水し,船体中央部に操舵室を有するFRP製漁船で,毎年1月から4月までの間,東京都八丈島付近の海域を漁場として,まぐろはえ縄漁業に従事していた。
操舵室には,前部中央に操舵装置,その左舷側に遠隔操舵装置及び魚群探知機,右舷側に自動衝突予防援助装置(以下「アルパ」という。)一体型の1号レーダー,前面の窓の上にGPS,左舷側壁付近に2号レーダー,後壁中央部に時計等がそれぞれ設置され,同室右舷側に,座面の高さが床から約80センチメートルの椅子が備えられていた。
3 事実の経過
健和丸は,船長C及びA受審人ほか3人が乗り組み,コンテナ貨物1001.3トンを積み,船首3.30メートル船尾3.85メートルの喫水をもって,平成17年2月18日17時30分苫小牧港を発し,京浜港横浜区へ向かい,翌19日12時10分荒天を避けるため一旦岩手県大船渡港に錨泊したのち,翌々20日07時30分同港を出港した。
C船長は,船橋当直を単独4時間交替の3直制とし,00時から04時及び12時から16時までをA受審人,04時から08時及び16時から20時までを一等航海士,08時から12時及び20時から24時までを自らがそれぞれ入直することとし,大船渡港の出港操船に引き続いて船橋当直に就き,うねりによる荷崩れや積荷の損傷を防ぐため,南東進と南西進とを繰り返すジグザグの針路で南下した。
12時00分C船長は,宮城県金華山の北東方沖合を南西進中,金華山灯台に並航する約7海里手前で船橋当直をA受審人に引き継ぐのに際し,具体的な針路は同人に任せたものの,北西風が強いので陸岸に近付いて福島県相馬港の沖合を南下する針路とするように指示し,同当直を交替して降橋した。
A受審人は,金華山沖合を南下したのち,12時45分金華山灯台から180度(真方位,以下同じ。)2.7海里の地点で,針路を235度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ11.8ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行し,12時51分半同灯台から197度3.7海里の地点に達したとき,針路を240度に転じて陸岸に更に近付く針路とし,視界が良いためレーダーをかけず,操舵室内を左右に移動して船橋当直に当たりながら続航した。
13時00分A受審人は,金華山灯台から210度5.0海里の地点に至ったとき,右舷船首46度1,290メートルに南下してくる稲荷丸を視認することができる状況であったが,荒天模様であるから小さな漁船などは航行していないものと思い,前路の遠方のみを見ていて周囲の見張りを十分に行わなかったので,稲荷丸を視認せず,その後同船が前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近することに気付かなかった。
A受審人は,稲荷丸の進路を避けないまま,貨物が荷崩れを起こさないか気になって操舵室の左舷側で海面のうねりやコンテナの様子を見て進行中,13時05分金華山灯台から215度5.8海里の地点において,健和丸は,原針路,原速力のまま,その右舷船首部が稲荷丸の左舷船首部に後方から45度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力6の北西風が吹き,視界は良好で,三陸沖に海上強風警報が発表されていた。
A受審人及びC船長は,衝突したことに気付かずそのまま南下したが,15時40分塩釜海上保安部からの船舶電話によって本件発生を知らされ,仙台塩釜港に戻って事後の措置に当たった。
また,稲荷丸は,B受審人ほか4人が乗り組み,操業の目的で,船首0.75メートル船尾1.60メートルの喫水をもって,同月20日08時10分岩手県広田漁港を発し,八丈島周辺の漁場に向かった。
B受審人は,発航操船に引き続き,操舵室右舷側の椅子に腰掛けて単独の船橋当直に就き,岩手,宮城両県の沿岸をほぼこれに沿って南下したのち,陸岸に対する警報音がうるさいためアルパを作動させず,牡鹿半島と金華山の間の金華山瀬戸を通り抜けて南側が広い海域となったので,12時29分半金華山灯台から272度2.0海里の地点で,針路を195度に定めて自動操舵とし,機関を回転数毎分1,250の半速力前進にかけ,8.5ノットの速力で進行した。
12時47分B受審人は,金華山灯台から229度3.6海里の地点に達したとき,12海里レンジとした1号レーダーと目視とによって,左舷正横後1度2.5海里に南下する健和丸を認めたが,船種を見ただけで同船が自船より速いから前路を無難に航過するものと思い,同船に対する動静監視を十分に行わなかったので,その後同船がわずかながら針路を右に転じたことに気付かないまま続航した。
B受審人は,13時00分金華山灯台から217.5度5.2海里の地点に至ったとき,健和丸が左舷船首89度1,290メートルになり,その後同船が前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近し,避航の様子がなかったが,依然として同船に対する動静監視が不十分で,このことに気付かなかったので,警告信号を行わず,更に接近しても,減速したり右転したりするなどの衝突を避けるための協力動作をとらずに進行中,13時05分わずか前左舷至近に迫った同船に気付いて驚き,直ちに機関を全速力後進としたが及ばず,稲荷丸は,8.0ノットの速力になったとき,原針路のまま,前示のとおり衝突した。
B受審人は,健和丸がそのまま南下したので,大船渡漁業無線局経由で海上保安部に連絡を取り,事後の措置に当たった。
衝突の結果,健和丸は,右舷船首部及び同中央部外板に擦過傷を,稲荷丸は,左舷船首部ブルワークに亀裂を伴う損壊を生じたが,のちいずれも修理された。
(航法の適用)
本件衝突は,金華山南西方沖合において,南西進する健和丸と,南下する稲荷丸とが衝突したもので,同海域に特別の定めがないことから,海上衝突予防法が適用され,両船が互いに他の船舶の視野の内にあって進路を横切る動力船であるので,同法第15条をもって律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 健和丸
(1)レーダーをかけていなかったこと
(2)荒天模様であるから小さな漁船などは航行していないと思ったこと
(3)見張りを十分に行わなかったこと
(4)稲荷丸が前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近することに気付かなかったこと
(5)稲荷丸の進路を避けなかったこと
2 稲荷丸
(1)アルパを作動させていなかったこと
(2)健和丸が自船より速いから前路を無難に航過すると思ったこと
(3)健和丸に対する動静監視を十分に行わなかったこと
(4)健和丸が前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近することに気付かなかったこと
(5)警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
3 その他
(1)付近海域が荒天模様であったこと
(原因の考察)
本件は,健和丸が周囲の見張りを十分に行っていれば,前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する稲荷丸を視認でき,同船の進路を避けることができたものと認められる。
しかしながら,A受審人は,荒天模様であるから小さな漁船などは航行していないと思い,周囲の見張りを十分に行わなかったので,前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する稲荷丸に気付かず,同船の進路を避けなかったものである。
したがって,A受審人が,見張り不十分で,前路を左方に横切る稲荷丸の進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,レーダーをかけていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,視界が良好で,目視でも稲荷丸を視認することは容易であったので,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
一方,稲荷丸が健和丸を初認後,同船に対する動静監視を十分に行っていれば,前路を右方に横切り避航の様子がないまま衝突のおそれのある態勢で接近することに気付くことができ,警告信号を行って健和丸の注意を喚起し,また,右転若しくは減速するなど,衝突を避けるための協力動作をとれば,本件発生は避けることができたものと認められる。
しかしながら,B受審人は,健和丸を初認したとき,同船が自船より速いから前路を無難に航過すると思い,健和丸に対する動静監視を十分に行わなかったので,その後,同船が前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近することに気付かず,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作もとらなかったものである。
したがって,B受審人が,動静監視不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
B受審人が,アルパを作動させていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,健和丸に対する目視による動静監視に支障がない状況であり,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
付近海域が荒天模様であったことは,A受審人が小さな漁船などは航行していないと思い周囲の見張りを十分に行わなかった心理的背景であるが,通常に起こりうる気象状況であり,見張りを十分に行うことや稲荷丸の進路を避けることに支障がなかったのであるから,本件発生の原因とはならない。
(海難の原因)
本件衝突は,金華山南西方沖合において,両船が互いに進路を横切り衝突のおそれのある態勢で接近中,南西進する健和丸が,見張り不十分で,前路を左方に横切る稲荷丸の進路を避けなかったことによって発生したが,南下する稲荷丸が,動静監視不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,金華山南西方沖合において,北西風の影響を避けるため陸岸に近付く針路として南西進する場合,小さな漁船などが航行する海域であるから,衝突のおそれのある態勢で接近する漁船などを見落とすことのないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,荒天模様であるから小さな漁船などは航行していないものと思い,周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する稲荷丸に気付かず,同船の進路を避けないまま進行して同船との衝突を招き,健和丸の右舷船首部及び同中央部外板に擦過傷を,稲荷丸の左舷船首部ブルワークに亀裂を伴う損壊をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,金華山南西方沖合において,八丈島付近の漁場に向けて南下中,左舷正横付近に南下する健和丸を認めた場合,同船との衝突のおそれの有無を判断できるよう,動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,同船が自船より速いから前路を無難に航過すると思い,動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,その後同船が衝突のおそれのある態勢で接近することに気付かず,警告信号を行わず,右転若しくは減速するなど衝突を避けるための協力動作をとらないまま進行して同船との衝突を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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