(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年4月14日23時00分
宮城県仙台湾西部
(北緯38度08.0分 東経141度03.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第二十五稲荷丸 |
漁船第八 丸三丸 |
総トン数 |
19トン |
5.9トン |
全長 |
27.70メートル |
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登録長 |
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13.48メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
736キロワット |
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漁船法馬力数 |
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90 |
(2)設備及び性能等
ア 第二十五稲荷丸
第二十五稲荷丸(以下「稲荷丸」という。)は,平成16年6月に進水したFRP製漁船で,船体中央部に操舵室,同室前方の甲板下に船首側から順に氷倉庫,第1,第2及び第3各魚倉を配して,バウ,スターン両スラスターを装備し,季節毎に漁業の種類を変え,4月初旬から5月下旬まではこうなご敷網漁に携わっていた。
操舵室は,前壁が船首端から14メートル後方のほぼ船体中央に位置し,天井に1メートル四方の開口部とその周囲の屋上に窓を有する囲いを設け,室内には右舷側に寝台を備え,レーダー2台,プロッター付きGPS,魚群探知機などを搭載していた。
操舵室からの見通しは,航走して速力が増すにつれて船首が浮上することから,魚倉の漁獲物が少ない状態で速力が15.0ノットに達すると,正船首から左右に8度ずつの範囲に水平線を見ることができない船首死角を生じる状況であったが,同室の床上70センチメートルの高さに張った渡し板に立って天井開口部から顔を出したならば,同死角を補うことができた。
イ 第八 丸三丸
第八 丸三丸(以下「丸三丸」という。)は,昭和63年4月に進水したFRP製漁船で,船体後部に操舵室を配し,季節毎に漁業の種類を変え,4月初旬から5月下旬まではこうなご敷網漁に携わっていた。
操舵室は,前壁及び側壁と後面の引戸にそれぞれガラス窓を有し,屋上のマスト上部に紅色とその下方に白色の各全周灯を備え,室内にはレーダー,魚群探知機,電気ホーンなどを搭載していた。
丸三丸が携わるこうなご敷網漁は,棒受網漁とも呼ばれ,夜間,漂泊して船体中央部の右舷側舷外に竿を振り出し,竿の先端で舷側から2.5メートル離れたところに吊られた集魚灯を点灯して魚を集め,ボンブと呼ばれる長さ7メートルの竿2本を7メートル間隔で集魚灯の船首側と船尾側から舷外に振り出して,各ボンブ先端の滑車に導かれた鋼索を介して両ボンブの間に長さ23メートルの漁網を投網し,魚群の下に展張したのち,これをすくうように揚網して漁獲するもので,いったん投網すると揚網を終えるまでは船舶の操縦性能を制限する状態であった。
3 事実の経過
稲荷丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,こうなご敷網漁の目的で,船首1.4メートル船尾2.2メートルの喫水をもって,平成17年4月14日17時00分宮城県鮎川港を出港し,同県仙台湾西部の漁場に至り,魚群を探索して,19時00分操業を開始した。
A受審人は,丸三丸と同様の漁法で投網と揚網を繰り返し,多数の同業船が出漁して近辺で操業するなか,閖上漁港南方の海岸から6海里東方沖合で10回目の揚網を終え,折しも同海岸近くに同業船が集まり,僚船との無線連絡からもそのあたりの漁模様がよいことを知って,西方に移ることとした。
22時56分半A受審人は,閖上港南防波堤灯台(以下「南防波堤灯台」という。)から114.5度(真方位,以下同じ。)5.2海里の地点を発進し,渡し板の上に立って操舵室の天井開口部上に胸から上を出して遠隔操舵で操船にあたり,直ちに針路を270度に定め,機関をほぼ全速力前進にかけて,15.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)とし,このとき正船首1,600メートルのところで,丸三丸が操業していたものの,同船の明かりが背後の同業船の明かりに紛れ,これを見落としたまま,航行中の動力船の灯火を表示して進行した。
22時57分半A受審人は,操舵を自動に切り換え,22時58分南防波堤灯台から116度4.9海里の地点に達したとき,正船首930メートルに丸三丸の船尾灯と集魚灯を視認することができ,同船が漁ろうに従事していることを示す灯火を表示していなかったが,集魚灯で照らされた海面の上にボンブが振り出されている様子などから,敷網により漁ろうに従事していることが分かり,その後同船に衝突のおそれがある態勢で接近することを認め得る状況であった。
しかし,A受審人は,漁模様がよい漁場の手前に他船はいないものと思い,前路の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かず,丸三丸を避けることなく,渡し板から下りて操舵室の寝台の上に腰掛けたところ,まだ漁獲量が少なく船首浮上により生じていた船首死角に同船が入り,依然としてこれを見落としたまま,同じ針路,速力で続航中,23時00分わずか前前部甲板上で待機していた乗組員の発した大きな声を聞き,とっさに機関回転数を減じた直後,23時00分南防波堤灯台から119度4.5海里の地点において,稲荷丸は,原針路のまま,13.0ノットの速力で,その船首が丸三丸の正船尾に後方から平行に衝突した。
当時,天候は晴で風力2の西風が吹き,視界は良好で,潮候は下げ潮の中央期であった。
また,丸三丸は,B受審人ほか3人が乗り組み,こうなご敷網漁の目的で,船首0.5メートル船尾1.3メートルの喫水をもって,同日17時00分宮城県小淵漁港を出港し,閖上漁港沖合の漁場に至り,魚群を探索して,20時00分操業を開始した。
B受審人は,衝突地点の南東方と北東方で投網と揚網を繰り返し,22時50分同地点付近の漁場に移り,西方の海岸に近い漁場で多数の同業船が操業するなか,機関を中立運転として漂泊し,操舵室内で操業の指揮をとり,集魚灯を振り出してこれを点灯したのち,直径4メートルの傘と長さ8メートルの傘索とから成るパラシュート型シーアンカーを海中に投じ,同索につないだ太さ20ミリメートルの合成繊維製曳索を6メートル繰り出して船首部に係止し,航行中の動力船の灯火を表示しただけで,漁ろうに従事していることを示す灯火を表示しないまま,22時55分西方に向首して投網した。
22時56分B受審人は,投網に続いて揚網に取り掛かり,甲板員を右舷側の前後部及び中央部に配置し,22時58分衝突地点で,船首が270度に向いていたとき,正船尾930メートルに稲荷丸のマスト灯と両舷灯を視認でき,その後同船が衝突のおそれがある態勢で接近することを認め得る状況であった。
しかし,B受審人は,船首方の漁場に集まった同業船の操業模様に気をとられ,後方の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かず,稲荷丸に避航の気配がなかったものの,警告信号を行うことなく,揚網を続け,丸三丸は,270度に向首したまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,稲荷丸は,船首ブルワークに擦過傷及び球状船首外板に破口と亀裂を生じ,丸三丸は,船尾外板に割損,船尾ブルワークと同甲板に破口及び船尾マストと舵軸に曲損を生じたが,のちいずれも修理された。
(航法の適用)
本件衝突は,夜間,仙台湾西部で発生したもので,海上衝突予防法で律することとなる。
両船は,棒受網漁とも呼ばれる敷網漁に携わり,稲荷丸が揚網を終えて漁場を移動中であったのに対し,丸三丸は揚網中であったから,航行中の動力船と漁ろうに従事中の船舶との衝突であり,同法第18条が適用される。
(本件発生に至る事由)
1 稲荷丸
(1)魚倉の漁獲物が少ない状態で速力が15.0ノットに達すると船首死角を生ずる状況であったこと
(2)丸三丸の明かりが背後の同業船の明かりに紛れ,これを見落としたこと
(3)漁模様がよい漁場の手前に他船はいないものと思い,前路の見張りを十分に行っていなかったこと
(4)渡し板から降りて操舵室の寝台の上に腰かけたこと
(5)丸三丸を避けなかったこと
2 丸三丸
(1)漁ろうに従事していることを示す灯火を表示していなかったこと
(2)船首方の漁場に集まった同業船の操業模様に気をとられ,後方の見張りを十分に行っていなかったこと
(3)警告信号を行わなかったこと
3 その他
同業船が多数出漁し,閖上漁港南方の海岸近くに集まっていたこと
(原因の考察)
稲荷丸が,見張りを十分に行っていたなら,丸三丸を避けることによって,衝突は回避されたと認められる。
ところが,A受審人は,漁模様がよい漁場の手前に他船はいないものと思い,前路の見張りを十分に行っていなかったことから,丸三丸の存在,更に同船が漁ろうに従事していること及び衝突のおそれがある態勢で接近していることを知ることができず,同船を避けなかったものである。
したがって,A受審人が,前路の見張りを十分に行わず,丸三丸を避けなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
丸三丸が,見張りを十分に行っていたなら,警告信号を行うことによって,衝突は回避されたと認められる。
ところが,B受審人は,船首方の漁場に集まった同業船の操業模様に気をとられ,後方の見張りを十分に行っていなかったことから,稲荷丸の存在,更に同船が衝突のおそれがある態勢で接近してくること及び避航の気配がないことを知ることができず,警告信号を行わなかったものである。
したがって,B受審人が,後方の見張りを十分に行わず,警告信号を行わなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が,丸三丸の明かりが背後の同業船の明かりに紛れ,これを見落としたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,その後,十分な見張りを続けることによって丸三丸の存在を知ることができたので,本件発生の原因とはならない。しかしながら,このことは,見張りが他船の存在を早期に知るため常に十分に行われるべきものであるので,海難防止の観点から,是正されるべき事項である。
丸三丸が,漁ろうに従事していることを示す灯火を表示していなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,これがなくとも漁ろうに従事していることが稲荷丸で判断できたので,本件発生の原因とはならない。しかしながら,このことは,海難防止及び法令遵守の両観点から,是正されるべき事項である。
稲荷丸が魚倉の漁獲物が少ない状態で速力が15.0ノットに達すると船首死角を生ずる状況であったところ,A受審人が渡し板から降りて操舵室の寝台に腰掛けたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながらこれは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
同業船が多数出漁し,閖上漁港南方の海岸近くに集まっていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,十分な見張りを行うことによって,各船の存在や動静を知ることができたので,本件発生の原因とはならない。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,仙台湾西部において,漁場を移動中の稲荷丸が,見張り不十分で,敷網により漁ろうに従事中の丸三丸を避けなかったことによって発生したが,丸三丸が,見張り不十分で,警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,仙台湾西部において,敷網漁の揚網を終え,同業船が集まった漁場に向けて移動する場合,敷網により漁ろうに従事している丸三丸を見落とすことのないよう,前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかし,同人は,漁模様がよい漁場の手前に他船はいないものと思い,前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,丸三丸に衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず,同船を避けることなく進行して衝突を招き,稲荷丸の船首ブルワークに擦過傷及び球状船首外板に破口と亀裂を,丸三丸の船尾外板に割損,船尾ブルワークと同甲板に破口及び船尾マストと舵軸に曲損をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は,夜間,仙台湾西部において,敷網により漁ろうに従事する場合,後方から接近する稲荷丸を見落とすことのないよう,後方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかし,同人は,船首方の漁場に集まった同業船の操業模様に気をとられ,後方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,稲荷丸が衝突のおそれがある態勢で接近して避航の気配がないことに気付かず,警告信号を行うことなく揚網を続けて衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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