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平成17年長審第70号
件名

漁船第2伊勢丸漁船第2豊祐丸衝突事件
第二審請求者〔理事官坂爪 靖〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成18年5月30日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(尾崎安則,長浜義昭,吉川 進)

理事官
坂爪 靖

受審人
A 職名:第2伊勢丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
B 職名:第2豊祐丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
第2伊勢丸・・・船首部塗膜剥離
第2豊祐丸・・・左舷中央部外板破損,操舵室倒壊

原因
第2伊勢丸・・・見張り不十分,船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
第2豊祐丸・・・警告信号不履行(音響信号装置不装備)(一因)

主文

 本件衝突は,第2伊勢丸が,見張り不十分で,前路でほぼ停留中の第2豊祐丸を避けなかったことによって発生したが,第2豊祐丸が,警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年3月11日03時50分
 長崎県島原港東方沖合
 (北緯33度46.3分 東経130度25.2分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第2伊勢丸 漁船第2豊祐丸
総トン数 4.87トン 3.2トン
全長   12.70メートル
登録長 11.99メートル 11.95メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
漁船法馬力数 50 70
(2)設備及び性能等
ア 第2伊勢丸
 第2伊勢丸(以下「伊勢丸」という。)は,昭和57年2月に進水し,刺網及び小型機船底びき網漁業に従事する全通一層甲板型で全長が12メートル以上のFRP製漁船で,船首部中央に可動式のネットホーラを,船体後部に操舵室を配置し,同室の天井に開口部(以下「天窓」という。)を設け,同室内には,舵輪,磁気コンパス,GPSプロッタ,魚群探知機及び主機遠隔操縦装置をそれぞれ装備しており,レーダーは備えていなかった。
 灯火設備として,操舵室船首側のマスト頂部に白色全周灯を,その下方に両色灯を,同室後部に船尾灯をそれぞれ装置していたほか,ネットホーラの脇に立てられたポール上部に1個の,及び両色灯の下部から前部甲板上に船首方向に伸ばしたポールに2個の傘付き作業灯を取り付けていたが,マスト灯は備えていなかった。
 そして,夜間航海時に前示作業灯を点灯した場合,操舵室内で操船すると,作業灯の光源が眼高よりわずかに低い位置となって,同光源は傘で遮られて見えないものの,その光芒で前方が見えにくくなり,また,天窓から顔を出して操船すると,作業灯の位置が眼高より低くなり,その光芒が傘で遮られて直接目に入ることがない状況となり,見張りを妨げることはなかった。
イ 第2豊祐丸
 第2豊祐丸(以下「豊祐丸」という。)は,昭和57年11月に進水し,刺網漁業に従事する全通一層甲板型のFRP製漁船で,船首部中央に可動式のネットホーラを,船体後部に操舵室を配置し,同室内には,磁気コンパス,GPSプロッタ,魚群探知機及び主機遠隔操縦装置をそれぞれ装備し,長さ約2メートルの舵棒で操舵されていた。
 灯火設備として,操舵室船首側のマスト頂部に白色全周灯を,その下方に両色灯をそれぞれ装置していたほか,ネットホーラの脇に立てられたポール上部に1個の,及び両色灯の下部から前部甲板上に船首方向に伸ばしたポールに3個の傘付き作業灯を取り付けていたが,トロール以外の漁法により漁ろうに従事していることを示す紅,白の垂直に位置する全周灯は備えていなかった。また,汽笛も備えていなかった。
 使用する漁具は,長さ約35メートル網丈約3.5メートルの網を36枚連結して全長約1,300メートルとし,網の上辺に浮子を,その下辺に沈子をそれぞれ取り付け,網の各連結部及び両端にいずれも重量7キログラムの錨を繋ぎ,固定式の底刺網として海底に敷設するものであった。

3 事実の経過
 伊勢丸は,A受審人ほか1人が乗り組み,前日の午前中に投入した刺網を揚げて漁獲物を得る目的で,船首0.7メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,平成17年3月11日01時30分島原港を発し,同港東方沖合3海里ばかりの漁場に至り,揚網を開始した。
 03時45分半A受審人は,島原灯台から106度(真方位,以下同じ。)3.2海里の地点で揚網を終え,マスト灯を備えていなかったので同灯を表示せず,両色灯及び船尾灯を表示し,操舵室の室内灯を点灯したほか,甲板員に魚を網から外す作業を前部甲板で行わせるために前示の傘付き作業灯3個を引き続いて点灯し,操舵室内で高さ約40センチメートルの台の上に立ち,天窓から顔を出して見張りにあたり,同地点を発進して帰途に就いた。
 漁場発進に際し,A受審人は,小雨の中,島原灯台北西方の霊丘公園内にある外灯のオレンジ色の明かり(以下「外灯」という。)を認めることができたので,針路を外灯に向く287度に定め,機関を回転数毎分2,600の全速力前進にかけ,17.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,手動操舵により進行した。
 03時48分わずか過ぎA受審人は,島原灯台から106度2.5海里の地点に達したとき,正船首方1,000メートルのところに存在した豊祐丸の白色光が集まった明かりを認めたが,同明かりが淡く見えて移動しないので,停留状態で揚網していた漁船は既に帰港したと考えていたことと白色光の連なり方とから,これを霊丘公園近くにあるホテル上層階の明かりと思い,双眼鏡を使用するなどして前路の明かりに対する見張りを十分に行わなかったので,同明かりが豊祐丸の作業灯及び操舵室の室内灯であることも,ほぼ停留して操業中の同船に向かって衝突のおそれのある態勢で接近していることにも気付かず,同船を避けることなく同じ針路,速力で続航した。
 A受審人は,前路に見える明かりをホテルの明かりと思い込んで気に留めず,時折前部甲板での作業の様子を見ながら進行し,03時49分半少し過ぎ雨が強く降り始めたとき,豊祐丸が正船首方間近に存在したが,依然として同明かりに対する見張りを十分に行わなかったので,同船の存在に気付かないまま台から下り,舵輪を舵中央の位置に保ち,操舵室内で雨合羽を着用していたところ,03時50分島原灯台から105度1.9海里の地点において,伊勢丸は,原針路,原速力のまま,その船首が豊祐丸の右舷後部にほぼ直角に衝突した。
 当時,天候は雨で風力2の北寄りの風が吹き,視程は約3海里で,潮候は低潮時であった。
 また,豊祐丸は,B受審人ほか2人が乗り組み,前日の午前中に投入した刺網を揚げて漁獲物を得る目的で,船首0.50メートル船尾0.83メートルの喫水をもって,同日01時50分島原港を発し,同港東方沖合の漁場に向かった。
 02時00分B受審人は,島原灯台から102度2.5海里の,東西方向に投入していた刺網の東端部に至り,船首を北方に向け,機関を回転数毎分600の停止回転としたのち,4個の傘付き作業灯及び操舵室の室内灯を点灯したが,トロール以外の漁法により漁ろうに従事していることを示す灯火を備えていなかったので,これを表示せず,左舷側に振り出したネットホーラを介して左舷船首部から揚網を開始した。
 B受審人は,機関及び舵を適宜使用して船首が北方に向く態勢を保持しながら,ネットホーラによる巻き込み速度に合わせて,網がある268度方向に0.3ノットの速力で移動しながら,ほぼ停留して揚網を続けた。
 03時48分わずか過ぎB受審人は,船首が017度に向いたとき,伊勢丸が紅,緑2灯及び作業灯の明かりを示し,右舷正横方1,000メートルのところに接近していたが,左舷後方を向いた姿勢でネットホーラの操作を行っていたことから,自船に向かって接近する伊勢丸に気付かないまま,同操作を続けた。
 03時49分半B受審人は,衝突地点に至り,船首が同じ方向を向き,海中の網が残り約300メートルとなったとき,右舷正横方250メートルのところに伊勢丸の紅,緑2灯及び作業灯の明かりを初認し,その後,同船が方位に変化なく接近することを知ったが,汽笛を備えていなかったので,警告信号を行わず,避航の気配がないまま接近する伊勢丸に危険を感じ,前部甲板で作業中の甲板員2人に避難を指示して間もなく,豊祐丸は,船首を017度に向けて停留しているとき,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,伊勢丸が豊祐丸に乗り上がり,伊勢丸は,船首船底外板に破口を,船底外板全般に擦過傷を,推進器,推進器軸及び舵板に曲損をそれぞれ生じたが,のち修理され,豊祐丸は,両舷後部外板に破口を,操舵室に圧壊を,機関室への浸水により主機及び電気系統に濡損をそれぞれ生じ,修理費の関係でのち廃船処分とされ,また,A受審人が1箇月半の入院加療を要する左第4肋骨骨折を負い,B受審人が50日間の通院加療を要する頸部捻挫及び左肘部打撲を,豊祐丸の甲板員のうち1人が2箇月半の入院加療を要する顔面及び左肘挫創,胸部及び胸背部打撲捻挫等を,他の1人が51日間の通院加療を要する腰部及び右肩部打撲並びに右肘関節捻挫をそれぞれ負った。

(航法の適用)
 本件は,夜間,長崎県島原港東方沖合において,漁場から同港に向けて帰港中の伊勢丸とほぼ停留して刺網を揚網中の豊祐丸とが衝突した事件で,同海域に港則法及び海上交通安全法の適用がないので,海上衝突予防法が適用されることになる。
 豊祐丸は,揚網していた刺網により操縦性能を制限されており,海上衝突予防法上の漁ろうに従事中の船舶に該当すると認められるものの,トロール以外の漁法により漁ろうに従事していることを示す法定の灯火を表示しておらず,他の船舶に対して自船の状態を明示していなかったことから,同法第18条の規定を適用することは妥当でなく,航行中の船舶と停留中の船舶との関係について規定した条文が他にないので,同法第38条及び第39条の規定を適用するのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 伊勢丸
(1)マスト灯を備えず,同灯を表示していなかったこと
(2)漁場を発進する際,停留状態で揚網していた漁船は既に帰港したと考えていたこと
(3)高速力で進行したこと
(4)前路に移動しない明かりを視認した際,その見え具合がホテルの明かりに似ていたこと
(5)ホテルの明かりと思い,前路の明かりに対する見張りを十分に行わなかったこと
(6)ほぼ停留中の豊祐丸を避けなかったこと

2 豊祐丸
(1)トロール以外の漁法により漁ろうに従事していることを示す灯火を備えず,同灯火を表示していなかったこと
(2)汽笛を備えず,警告信号を行わなかったこと

3 その他
 雨で周囲を見通しにくかったこと

(原因の考察)
 伊勢丸が,前路に移動しない明かりを視認した際,所持した双眼鏡を使用するなどして同明かりに対する見張りを十分に行っていたなら,その見え具合がホテルの明かりに似ていても,ほぼ停留中の豊祐丸の作業灯等の明かりと気付き,同船を避けて進行し,両船が衝突する事態を回避できたと認められる。
 したがって,A受審人が,前路に移動しない明かりを視認した際,これをホテルの明かりと思い,同明かりに対する見張りを十分に行わなかったこと及びほぼ停留中の豊祐丸を避けなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 伊勢丸が,マスト灯を備えず,同灯を表示していなかったことは,海上衝突予防法の規定に違反し,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,B受審人が同船の両色灯と作業灯の明かりを見て,その存在と進行方向を判断できたので,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 また,高速力で進行したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,A受審人が前路の明かりが豊祐丸の作業灯等であることに気付くことが可能であったので,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,雨で周囲を見通しにくい状況では,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 雨で周囲を見通しにくかったこと,漁場を発進する際,停留状態で揚網していた漁船は既に帰港したと考えていたこと及び前路に移動しない明かりを視認した際,その見え具合がホテルの明かりに似ていたことは,これらが複合して,豊祐丸の作業灯等の明かりをホテルの明かりと思い込んだことの理由となり,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
 一方,豊祐丸が,汽笛を備えて,伊勢丸に避航の気配がないことを認めた際,警告信号を行っていたなら,伊勢丸が豊祐丸の存在に気付き,急ぎ右転するなどして両船が衝突する事態を回避できたと認められる。
 したがって,B受審人が,汽笛を備えず,伊勢丸に避航の気配がないことを認めた際,警告信号を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 トロール以外の漁法により漁ろうに従事していることを示す灯火を備えず,同灯火を表示していなかったことは,海上衝突予防法の規定に違反し,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,伊勢丸が見張りを十分に行っていれば,豊祐丸がほぼ停留して揚網中であることが分かったので,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件衝突は,夜間,長崎県島原港東方沖合において,漁場から西行して帰港中の伊勢丸が,見張り不十分で,前路でほぼ停留して揚網中の豊祐丸を避けなかったことによって発生したが,豊祐丸が,汽笛不装備で,警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,夜間,長崎県島原港東方沖合において,同港に向かって帰港中,雨で周囲を見通しにくい状況下,前路に明かりを認めた場合,何の明かりであるか確認できるよう,双眼鏡を使用するなどして同明かりに対する見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,見え具合等からホテルの明かりと思い,同明かりに対する見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,これがほぼ停留して揚網中の豊祐丸の作業灯等であることに気付かず,同船を避けないまま進行して衝突を招き,伊勢丸の船首船底外板に破口を,推進器等に曲損をそれぞれ生じさせ,豊祐丸の両舷後部外板に破口を,操舵室に圧壊を,機関室への浸水により主機及び電気系統に濡損をそれぞれ生じさせて廃船に至らしめ,同人自身に左第4肋骨骨折を,B受審人に頸部捻挫及び左肘部打撲を,豊祐丸甲板員の1人に顔面及び左肘挫創,胸部及び胸背部打撲捻挫等を,他の1人に腰部及び右肩部打撲等をそれぞれ負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 B受審人は,夜間,長崎県島原港東方沖合において,ほぼ停留して刺網を揚網中,伊勢丸が避航の気配なく接近するのを知った場合,同船に対し,警告信号を行うべき注意義務があった。
 ところが,同人は,汽笛不装備で,警告信号を行わなかった職務上の過失により,伊勢丸に避航を促すことができないまま停留を続けて衝突を招き,両船に前示の損傷及び負傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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