(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年1月17日16時50分
長崎県壱岐島西方沖合
(北緯33度49.5分 東経129度37.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船金比羅丸 |
漁船幸大丸 |
総トン数 |
7.9トン |
3.4トン |
登録長 |
13.16メートル |
9.98メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
441キロワット |
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漁船法馬力数 |
|
70 |
(2)設備及び性能等
ア 金比羅丸
金比羅丸は,平成4年6月に進水した,いか一本釣り漁業に従事する一層甲板型FRP製漁船で,船体ほぼ中央部の船員室の上方に操舵室が設けられ,同室前面の窓が上下2段に分かれていて,いすに腰掛けた姿勢で下段の窓を通して前方を見ると,左右両舷に備えられている自動いか釣り機によって視界の一部が遮られ,また17ノットの速力で航行したとき,船首部が浮上して死角が左舷14度右舷7度ばかり生じる状況にあったが,立った姿勢で上段の窓から前方を見れば,これらを補うことができた。
また,操舵室前面の窓際には,右舷側から電気ホーンスイッチ,機関操縦ハンドル,マグネットコンパス,操舵スタンド,レーダー及び魚群探知器が,左舷側には船首方からGPSプロッター,VHF及び無線電話がそれぞれ設置されていた。
イ 幸大丸
幸大丸は,昭和58年12月に進水した,一本釣り漁業に従事する全長12メートル未満のFRP製漁船で,船体後部に甲板上高さ約2メートルの操舵室が設けられ,同室のほぼ中央に舵輪及び機関操縦台,その右舷側に魚群探知器及びマグネットコンパスがそれぞれ設置されていた。なお同船には,有効な音響による信号を行うことができる手段が講じられていなかった。
3 事実の経過
金比羅丸は,A受審人が単独で乗り組み,いか一本釣り漁を行う目的で,船首0.4メートル船尾2.0メートルの喫水をもって,平成17年1月17日16時30分長崎県勝本港を発し,同県壱岐島西方沖合の漁場に向かった。
16時38分A受審人は,勝本港辰ノ島防波堤灯台から163度(真方位,以下同じ。)150メートルの地点で,針路を233度に定め,機関を回転数毎分1,700の前進にかけ,17.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)とし,いすに腰掛けた姿勢で,自動操舵によって進行した。
16時45分A受審人は,1.5海里レンジとしたレーダー画面上で,右舷船首約60度0.5海里ばかりのところに他船の映像が1隻映っているのを認め,平素に比べて漁船が少ないことに安心し,いすに腰掛けた姿勢では船首方に死角が生じることを知っていたが,同姿勢のまま海面反射が現れていたレーダーを見ながら続航した。
16時48分A受審人は,手長島灯台から262度1.1海里の地点に達したとき,正船首0.6海里のところに幸大丸を視認でき,その後同船が停留していることが分かり,同船と衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが,海面反射の影響によるものかレーダーに同船の映像を認めなかったことから,時化のあとでうねりが大きく他に船はいないものと思い,立った姿勢で死角を補う見張りを十分に行わず,いすに腰掛けた姿勢を続けて幸大丸に気付かないまま進行中,16時50分わずか前,正船首方約20メートルのところに同船の操舵室を初めて認め,避航動作をとる余裕もなく,16時50分手長島灯台から252度1.6海里の地点において,金比羅丸は,原針路,原速力のまま,その船首部が幸大丸の左舷中央部に前方から68度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力3の北西風が吹き,視界は良好で,波高2.5メートルの北西からのうねりがあった。
また,幸大丸は,B受審人が単独で乗り組み,一本釣り漁を行う目的で,船首0.50メートル船尾1.35メートルの喫水をもって,同17日08時30分長崎県壱岐市半城浦の係留地を発し,壱岐島西方沖合の漁場に向かった。
ところで,B受審人は,発航に当たり,幸大丸に有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかった。
09時00分B受審人は,手長島灯台から290度2.0海里の漁場に到着して操業を行い,14時00分から南南東方の漁場に移動を始め,14時50分前示衝突地点付近のナンカケ曽根の漁場に達し,機関を回転数毎分800とし,4.0ノットの速力で,手動操舵によって,同曽根の上を通過し反転することを繰り返して操業を続けた。
16時40分B受審人は,前示衝突地点付近で,魚を引き揚げる作業のために機関を中立として漂泊していたとき,左舷船首約80度2.8海里のところに西行する金比羅丸を初めて認めたが,操業中の自船を他船が替わすものと思い,その後,金比羅丸の動静監視を十分に行うことなく,右舷船尾側で同作業を続けた。
16時48分B受審人は,前示衝突地点で,船首を121度に向けていたとき,左舷船首68度0.6海里のところに金比羅丸が接近し,その後同船が衝突のおそれのある態勢で接近していることを認めうる状況であったが,漁に熱中していて,このことに気付かないまま,避航を促す音響信号を行わず,更に間近に接近したとき機関を使用して移動するなど,衝突を避ける措置をとらずに漂泊中,16時50分わずか前漁船の機関音に気付き,左舷方を見たところ,左舷側20メートルばかりのところに金比羅丸を認め,あわてて手を振ったものの,幸大丸は,121度に向首したまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果,金比羅丸は船首材を曲損し,船首部に亀裂及び擦過傷を生じ,幸大丸は左舷中央部に亀裂及び破口を生じて生け間に浸水したが,自力航行で帰航し,のちいずれも修理された。また,B受審人は,2日間の入院及び6日間の通院加療を要する頭部打撲及び頭部裂創を負った。
(航法の適用)
本件は,長崎県壱岐島西方沖合において,航行中の金比羅丸と漂泊中の幸大丸とが衝突したものであるが,衝突地点付近の海域は,港則法及び海上交通安全法の適用海域でないことから,一般法である海上衝突予防法によって律することとなるが,同法には,漂泊している船舶と航行中の船舶とに関する航法規定は存在しない。
よって,海上衝突予防法第38条及び第39条の船員の常務で律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 金比羅丸
(1)船首方に死角が生じる状況にあったこと
(2)レーダーに幸大丸の映像を認めなかったこと
(3)死角を補う見張りを十分に行わなかったこと
(4)幸大丸を避けなかったこと
2 幸大丸
(1)有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかったこと
(2)動静監視を十分に行わなかったこと
(3)避航を促す音響信号を行わなかったこと
(4)衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
本件は,金比羅丸が,見張りを十分に行っていたなら,漂泊中の幸大丸を避けることができたものと認められる。
したがって,A受審人が,時化のあとでうねりが大きく他に船はいないものと思い,立った姿勢で死角を補う見張りを十分に行わず,幸大丸を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
金比羅丸の船首方に死角が生じる状況にあったこと及びレーダーに幸大丸の映像を認めなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
幸大丸が,金比羅丸の動静監視を十分に行っていたなら,同船が衝突のおそれがある態勢で接近することが分かり,避航を促す音響信号を行い,更に間近に接近したとき機関を使用して移動するなど,衝突を避けるための措置をとることにより,本件発生を回避できたものと認められる。
したがって,B受審人が,有効な音響による信号を行うことができる手段を講じず,操業中の自船を他船が替わすものと思い,金比羅丸の動静監視を十分に行わず,避航を促す音響信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件衝突は,壱岐島西方沖合において,金比羅丸が,見張り不十分で,漂泊中の幸大丸を避けなかったことによって発生したが,幸大丸が,有効な音響による信号を行うことができる手段を講じず,動静監視不十分で,避航を促す音響信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,壱岐島西方沖合の漁場に向かう場合,船首方に死角が生じる状況にあったのだから,前路の他船を見落とすことのないよう,死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,時化のあとでうねりが大きく他に船はいないものと思い,立った姿勢で死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,漂泊中の幸大丸に気付かず,同船を避けずに進行して衝突を招き,金比羅丸の船首材を曲損し,船首部に亀裂及び擦過傷を生じさせ,幸大丸の左舷中央部に亀裂及び破口を生じさせて生け間に浸水させ,B受審人に2日間の入院及び6日間の通院加療を要する頭部打撲及び頭部裂創を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,壱岐島西方沖合において,一本釣り漁を行って漂泊中,接近する他船を認めた場合,衝突のおそれを判断できるよう,動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,操業中の自船を他船が替わすものと思い,動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,金比羅丸が衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かないまま,衝突を避けるための措置をとらずに衝突を招き,前示の事態を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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