(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年7月15日01時00分
岡山県笠岡市高島及び明地島(みょうちじま)間の水道
(北緯34度25.9分 東経133度30.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
モーターボート猿丸 |
登録長 |
5.38メートル |
機関の種類 |
電気点火機関 |
出力 |
58キロワット |
(2)設備及び性能等
猿丸は,昭和60年12月に第1回定期検査が執行された,最大搭載人員6人の船外機付きFRP製モーターボートで,船体中央部に操舵室を有し,同室右舷側に舵輪及び機関の遠隔操縦ハンドルを備え,レーダー及びGPSは装備されていなかった。
操舵室の前方には,視界を妨げるものはなく,前方の見通しは良好であった。
3 岡山県白石島周辺の状況
白石島は,周辺の高島,北木島などと岡山県笠岡市に編入され,埋め立てによって地続きとなった神島(こうのしま)の港や笠岡港を基地とする海上交通によって生活や観光を支えられていた。
白石島漁港は,白石島の北岸に位置し,神島外港との間の航路は,白石島北方にある高島東方を経由する航路と高島及びその西方の明地島間の長さ約400メートル幅約100メートルの水道(以下「高島西方水道」という。)を経由する航路があり,高島西方水道は岡山県笠岡港及び笠岡諸島間の定期船の航路となっていた。
また,夜間,この水道を南下する場合,船首目標となる百間礁灯標のほかに可航域を示す航路標識や陸岸を識別する街灯はなかったが,視界が制限される状況でない限りは,肉眼で高島と明地島の島影を識別して進行することができた。
猿丸が乗り揚げた水上岩は,高島北西端に近接し,干潮時には陸続きであるが,満潮時には陸岸から10メートルほど離れたところで水面上の高さ1メートルほどになり,その西方は高島西方水道の最狭部になっていた。
4 事実の経過
猿丸は,A受審人が1人で乗り組み,白石島で他のアルバイトをしていた友人2人を同乗させ,遊興の目的で,船首0.1メートル船尾0.3メートルの喫水をもって,平成15年7月14日21時30分白石島漁港を発し,神島外港に向かった。
21時40分A受審人は,神島外港に到着し,広島県福山市街でスナック2軒に立ち寄り,焼酎の水割り数杯の飲酒を伴う遊興を終えて帰島することとし,翌15日00時52分友人2人とともに猿丸に戻り,法定の灯火を表示し,同港を発進して帰途についた。
ところで,A受審人は,高島西方水道の航行経験は,昼間,笠岡港と白石島漁港間の定期船の乗客として数回,及び自らが操船して1回南下したことがあるだけで,北上の経験や夜間航行の経験はなかったものの,同乗者が高島西方水道を希望したことから,同水道に向けて南下した。
A受審人は,神島外港の防波堤を出た後,機関を全速力前進にかけ,針路はほぼ南に向く,備中高島港黒土防波堤灯台の灯火を船首目標として,30.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行し,00時56分ごろ同灯台北方沖合100メートルばかりの地点で,速力を5.4ノットに減じて右転して西行し,まもなく,百間礁灯標を視認したとき,左転してこれを船首目標とし,高島及び明地島の島影や海岸線を視認しながら,高島西方水道の中央付近をこれに沿って20.0ノットの速力で南下した。
00時59分半A受審人は,高島西方水道の最狭部を通過してまもなく,神島外港に駐車した自動車に携帯電話を置き忘れたことに気付き,急きょこれを取りに戻ることとして,右舵一杯として旋回したとき,これまで往航時に船首目標としていた神島外港東側の道路の街灯を視認したことから,00時59分44秒百間礁灯標から015度(真方位,以下同じ。)960メートルの地点で,水路の中央に沿う針路を選定することなく,同街灯に向く042度に定めたところ,高島北西端に近接する水上岩に向首するようになった。
ところが,A受審人は,航海技能が十分でなかったことなどもあって,高島西方水道を北上するとき,この街灯を船首目標とすると,高島の海岸線に近寄せることになることに気付かなかったばかりか,反転したとき,民宿の奥さんから01時までには帰るように言われ,時間に追われて精神的な余裕がなかったこともあって,海岸線の確認を行わなかったので,水上岩に向首していることに気付かず,針路を修正しないまま,機関を再度全速力前進にかけ,30.0ノットの速力で続航した。
01時00分わずか前A受審人は,船首至近に水上岩を認めたがどうすることもできず,01時00分百間礁灯標から023度1,200メートルの地点において,猿丸は,原針路,原速力のまま,水上岩に乗り揚げた。
当時,天候は晴で風はなく,視界は良好で,潮候はほぼ高潮時に当たり,月齢は15.2,月出は20時51分であった。
乗揚の結果,船首部及び船底部に亀裂及び破口を生じ,全員が海中に投げ出され,乗揚の衝撃で同乗者Bがフロントガラスに激突して頸椎骨折により窒息死し,同Cが4週間の入院加療を要する左肩甲骨骨折及び頸椎捻挫などを,A受審人が同加療を要する肋骨骨折及び全身打撲などを負った。
(本件発生に至る事由)
1 航行経験が十分でなかったこと
2 飲酒していたこと
3 帰島時間が迫っていたこと
4 忘れ物をしたこと
5 針路が適切でなかったこと
6 航海技能が十分でなかったこと
7 海岸線の確認が十分でなかったこと
8 高速で航行していたこと
9 夜間であったこと
10 高島西方水道に航路標識がなかったこと
(原因の考察)
本件は,高島西方水道の中央をこれに沿う針路が選定されていたなら,発生していなかった。
したがって,A受審人が,水道の中央に沿う針路を選定せず,高島の海岸線に向けて進行したことは原因となる。
A受審人が,水道の中央をこれに沿う針路を選定せず,高島の海岸線に向く針路としたことは,同人が高島東方の水域を神島外港に行くときの向首目標としている同港東方800メートルばかりにある道路の街灯を,今回,高島西方水道を北上するときに同じように向首目標としたことによるものである。このことは,高島東方の水域を北上するときの同街灯の真方位が003度であるのに対し,高島西方水道の定針地点ではこれが042度となり,方位としては39度右に偏位し,高島西方水道の中央に沿う適切な針路026度と比べたとき,16度高島の海岸線に寄せる針路であったことになる。
通常,初心者は,まず水道の中央に占位したのち,海岸線やコンパスで水道に沿う針路を確認してから安全な速度に上げるなどの操船方法をとるべきであった。
A受審人が海岸線に向首していることに気付かなかった点については,同人の航海技能や航行経験に問題があったことを指摘することはできるが,当時は,これに加えて,高速で航行していたことから,反転してから乗り揚げるまでの時間が短かったこと,夜間であったこと,同人が飲酒していたこと,帰島時間に迫られていたこと,いつもの船首目標に向けたことでホッとする気持ちになったことなどの条件が関係しており,これらが作用して周囲に対する注意力が散漫となって,気付かなかったものと思われる。
飲酒運航については,酒量の多寡にかかわらず,厳に慎むべきである。
高島西方水道に航路標識が設置されていたなら,当然,それが目標となって,これに向かうとか,これを避けるとかの判断が的確にできたであろうが,本件は,自船が向いていた海岸線が視認できる状況にありながら,これを見逃した以上,航路標識が設置されていなかったことは,原因とならない。
忘れ物をしたことは,本件発生の契機にはなるものの,原因とはならない。
(海難の原因)
本件乗揚は,夜間,高島西方水道において,針路の選定が不適切で,高島北西端の水上岩に向首進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,神島外港から白石島漁港に帰航中,確かな向首目標がない高島西方水道を北上する場合,高島及び明地島両島の海岸線を確認し,水道の中央部に沿う針路を選定すべき注意義務があった。しかるに同人は,水道の中央部に沿う針路を選定しなかった職務上の過失により,高島北西端の水上岩に向けて進行して乗揚を招き,船首部及び船底に亀裂及び破口を生じさせ,乗船者全員が海中に投げ出され,乗揚の衝撃で操舵室フロントガラスに激突した同乗者1人が頸椎骨折によって窒息死し,他の同乗者1人が4週間の入院加療を要する左肩甲骨骨折及び頸椎捻挫などを,自らが同加療を要する肋骨骨折及び全身打撲などを負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を2箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文 平成17年7月20日広審言渡
本件乗揚は,飲酒を伴う遊興の目的で発航したばかりか,進路の選定が適切でなかったことによって発生したものである。
受審人Aの小型船舶操縦士の業務を2箇月停止する。
参考図
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