(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年12月21日05時14分
熊本県三角港外 蔵々ノ瀬戸南口
(北緯32度34.5分 東経130度29.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船幸徳丸 |
漁船新栄丸 |
総トン数 |
4.6トン |
3.2トン |
登録長 |
11.86メートル |
10.48メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
281キロワット |
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漁船法馬力数 |
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70 |
(2)設備及び性能等
ア 幸徳丸
幸徳丸は,平成15年9月に進水した,雑漁業に従事する全長12メートル以上のFRP製漁船で,操舵室が船体中央少し後方に位置し,同室天井に見張りのための天窓が設けられ,操舵室前面には,中央の窓枠を挟んで左右各1枚のガラス窓があり,それぞれに旋回窓が取り付けられ,操舵室両側もガラス窓となっていた。
操舵室前面の航海計器据付け台には,右舷側から左舷側に向かって機関操縦レバー,レーダー,舵輪,音響測深機,魚群探知機,時計及びGPSプロッタが設置され,磁気コンパスが魚群探知機の船首側に据え付けられていた。また,同据付け台下部には,右舷側に機関回転計,潤滑油圧力計などを取り付けた計器盤があり,左舷側は操舵室前方に隣接する船室への通路となっていた。
操舵室右舷側には,床から座面までの高さが約95センチメートル(以下「センチ」という。)の,床に固定された操船者用椅子(以下「操縦席」という。)があり,操縦席からの前方見通しは,すぐ前に魚群探知機が据え付けられているものの,窓枠によるわずかな死角のほかに見張りの妨げとなる障害物はなく,良好であった。
操舵装置は電動油圧式で,自動操舵装置を備え,法定の汽笛信号設備は装備されていなかった。
速力は,機関回転数毎分900で約8ノット,同1,800では約18ノット,全速力の同2,700では約30ノットで,舵角一杯までの転舵所要時間は約3秒であった。
灯火設備は,操舵室屋上に設置されたマストの上端に白色全周灯1個及び同屋上の左右に舷灯を備えていたほか,白色全周灯の下方に黄色回転灯及びマスト灯が取り付けられていたが,法定灯火の船尾灯を備えず,夜間航海を行うときには,白色全周灯及び舷灯を点灯していた。
イ 新栄丸
新栄丸は,進水年月不詳の全長12メートル未満のFRP製漁船で,平成13年10月Cが中古で購入し,専ら八代海で投網(とあみ)漁又は刺し網漁の操業に使用されていた。
機関の最大回転数は毎分3,000で,回転数毎分2,500の全速力では約12ノットとなり,電動油圧式操舵装置を備え,自動操舵装置及び汽笛信号設備は装備されていなかった。
甲板上には,船体中央少し船尾寄りに長さ2.3メートル幅1.6メートル高さ0.5メートルの機関室囲壁があり,その後方が船尾甲板で,同囲壁の天井後部には取り外し可能な蓋を備え,そこから機関室に出入りするようになっていた。そして,同囲壁屋上に長さ2.1メートル幅1.2メートル高さ0.9メートルの操舵室が設置され,魚群探知機2台と舵輪及び機関操縦レバーを備え,操船者は同室後方の船尾甲板上に立って操舵にあたるようになっており,操舵室と船尾甲板の上方に白色のオーニングが展張され,船尾甲板下は倉庫となっていた。
灯火設備は,機関室囲壁の上に設置された高さ約2.3メートルのマスト上端に,マスト灯と船尾灯に代わる白色全周灯1個及びその下方約1.3メートルに両色灯が取り付けられていたほか,白色全周灯の約30センチ下方にマスト灯を備えていたが,船尾灯を備えていなかった。これらの灯火はいずれも蓄電池を電源とする24ボルト20ワットの電球が使用され,白色全周灯,マスト灯及び両色灯のスイッチ3個が操舵室右舷側に並んで取り付けられており,夜間航海を行うときには,両色灯のほかマスト灯又は白色全周灯のいずれかが点灯されていた。また,操舵室及び船尾甲板には灯火がなく,機関室囲壁前端に設置された支柱に傘付き作業灯が取り付けられ,夜間の操業中,前部甲板を照らすようになっていた。
3 事実の経過
A受審人は,投網漁を行う目的で,平成15年12月21日03時30分に起床して朝食をとり,しばらくテレビ放送を見ながら休憩した後,05時06分自宅を出て三角港玄能島の船だまりに赴き,防波堤内側に係留していた幸徳丸に甲板員Bと2人で乗り組み,船首0.3メートル船尾1.1メートルの喫水をもって,05時08分戸馳島灯台から313度(真方位,以下同じ。)1,700メートルの係留地点を発し,同県戸馳島東方沖合の漁場に向かった。
発航する際,A受審人は,暖房のため炭火を入れたコンロを操舵室内に置き,マスト上端の白色全周灯及び舷灯を点灯し,B甲板員にレーダーをスタンバイ状態にさせ,離岸後同甲板員が操業準備にあたり,自らは操縦席に座って手動で操舵しながら前路の見張りを行い,暖機のため機関を回転数毎分約900にかけて防波堤の外に出た後,蔵々ノ瀬戸南口に向け南下した。
05時10分少し前A受審人は,維和島北東岸イゲ瀬沖合の,戸馳島灯台から316度1,290メートルの地点に達したとき,針路を蔵々漁港沖合の三角港網取瀬西灯浮標(以下「網取瀬西灯浮標」という。)の少し西に向首する145度に定め,機関を回転数毎分約900にかけたまま,8.4ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,手動操舵によって進行した。
定針して間もなくA受審人は,前路に他船の灯火を見かけなかったことから,舵を中央にして操縦席を離れ,操舵室の外にかけてあった合羽や手袋を着用するなどして操業の身支度にかかり,その後新栄丸が蔵々漁港を出航して港内を北上し始め,右舷前方に同船のマスト灯と両色灯を視認できる状況であったが,身支度をしていてこれらの灯火に気付かず,やがて同船が蔵々ノ瀬戸南口に向けて右転し,05時12分同船を船尾側から見る態勢となり,これらの灯火を視認することができなくなった。
05時13分身支度を終えたA受審人は,再び操縦席に座って前方を見たとき,右舷船首17度250メートルのところを新栄丸が先航していたが,同船が白色全周灯を表示していなかったことから,その存在を認識することができず,また,B甲板員がレーダーを0.5海里レンジに設定して使用状態としたものの,蔵々ノ瀬戸の最狭部に差しかかり,間もなく漁場に向けて転針するつもりであったことから,レーダー画面をいちべつしただけで,肉眼により船首目標の八代市街や周囲の海岸を見ながら,同じ針路,速力のまま手動操舵で続航した。
05時13分少し過ぎA受審人は,戸馳島灯台から295度420メートルの地点で,網取瀬西灯浮標を左舷側20メートルに航過したとき,機関の回転数を毎分1,800に上げて18.0ノットの速力とし,船首が約50センチ浮上したものの前方の見通しは良好で,右舷側の旋回窓から前路の見張りにあたり,05時13分半新栄丸が船首方約130メートルのところを左方に航過したが,同船を視認することができないまま進行した。
05時14分少し前A受審人は,戸馳島灯台から254度200メートルの地点に達したとき,船首目標としていた八代港内の大島の島影を左舷船首方に認めたので,122度に転針して同島に向首したところ,右舷船首4度85メートルのところを同航中の新栄丸と衝突の危険が生じたが,依然,同船を視認することができないまま続航中,05時14分戸馳島灯台から203度150メートルの地点において,幸徳丸は,原針路,原速力のまま,新栄丸の左舷船尾に後方から30度の角度で衝突し,同船を乗り切った。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,視界は良好で,潮候は上げ潮の末期にあたり,月出時刻は04時32分で,月齢27日であった。
A受審人は,衝撃を感じて直ちに減速するとともに,右転して衝突地点に戻ったところ,漂流中の新栄丸を認めて同船と衝突したことを知り,付近の海面に浮いていた新栄丸の乗組員2人を収容して蔵々漁港に入港し,救急車により最寄りの病院に搬送した。
また,新栄丸は,C船長と同人の妻D及び父親の3人が乗り組み,刺し網漁のため,05時11分戸馳島灯台から260度500メートルの蔵々漁港岸壁を発し,戸馳島東方沖合の漁場に向かった。
離岸後新栄丸は,それまで点灯していた白色全周灯,マスト灯及び両色灯のうち白色全周灯を消灯し,暖機のため機関の回転数を毎分1,000ないし1,500にかけ,約8ノットの速力で港内を北上した。
05時12分少し前C船長は,南側防波堤北端を右舷側至近に航過して右転し,同防波堤の外に出た後,早朝で寒気が強かったことから船尾甲板に座っていた父親を機関室内に入れ,妻を同甲板に座らせたまま,操舵室後方に立って手動で操舵にあたり,05時12分戸馳島灯台から279度580メートルの地点に達したとき,針路を115度に定め,機関を暖機運転としたまま8.6ノットの速力とし,その後蔵々ノ瀬戸を南下する幸徳丸が左舷正横後22.5度以上となる態勢で進行した。
05時13分半C船長は,幸徳丸の約130メートル前方を東方に航過し,05時14分少し前,左舷船尾11度85メートルに近づいた同船が左転し,自船の後方から急速に接近するようになって衝突の危険が生じ,05時14分わずか前左舷船尾方至近に迫った同船に気付き,左舵をとるとともに機関を全速力前進にかけたが及ばず,092度に向首したとき,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,幸徳丸は,推進器翼に欠損及び曲損を生じるとともに船底に擦過傷を生じたが,のち修理され,新栄丸は,操舵室及びマストが船体から外れて海没し,のち廃船となった。また,C船長及び甲板員Dがいずれも頭部損傷により死亡した。
(航法の適用)
本件は,夜間,港則法に定められた特定港である三角港内で衝突の危険が生じ,港域外に出た直後に衝突した事案であるが,港則法には本件に適用すべき航法の規定がないので,一般法である海上衝突予防法の適用について検討する。
当時,幸徳丸は白色全周灯及び舷灯を表示し,新栄丸はマスト灯と両色灯を表示していたが,白色全周灯を表示していなかった。このため,両船が定針後,新栄丸から幸徳丸の白色全周灯と舷灯を視認することができたが,後方から接近していた幸徳丸からは新栄丸の灯火を視認できず,その存在及び状態を認識することができない状況であったから,これら2船間に定型航法を適用することはできず,本件は,船員の常務をもって律することとなる。
(本件発生に至る事由)
1 幸徳丸
(1)操業の身支度をするため短時間操縦席を離れたこと
(2)レーダーをよく見なかったこと
(3)転針目標の大島に向け左転したこと
2 新栄丸
(1)白色全周灯を表示していなかったこと
(2)白色全周灯及びマスト灯を備え,船尾灯を備えていなかったこと
(原因の考察)
本件は,夜間,幸徳丸が新栄丸に後方から接近して衝突したものであるが,新栄丸が白色全周灯を表示していたならば,A受審人が同灯を視認して衝突を避けることができたものと認められる。
したがって,新栄丸が白色全周灯を表示していなかったことは本件発生の原因となる。
A受審人が,操業の身支度をするため短時間操縦席を離れたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,この間に蔵々漁港内を北上中の新栄丸のマスト灯と両色灯が見えるのは約1分間で,このとき両船間に危険な見合い関係が存在せず,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
A受審人が,レーダーをよく見なかったことは,幸徳丸が蔵々ノ瀬戸の最狭部に差しかかっていて,漁場に向けて転針するため周囲の状況と船首目標を目視で確認する必要があったこと,当時視界が良好で,新栄丸の白色全周灯が点いていたなら容易にこれを視認することができ,レーダー見張りが要求される状況でなかったこと,及び自らレーダーを適切に使用することができず,付近に灯火を視認していなかった同人が,至近に映った新栄丸の映像を見て,直ちにこれを航行中の船舶と判断し,衝突を回避するのに十分な時間的余裕があったとは考えられないことなどを勘案し,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
幸徳丸が,転針目標の大島に向けて左転したことは,新栄丸が白色全周灯を点灯していたなら,A受審人がこれに気付いて左転することはなかったと考えられるので,本件発生の原因とならない。
新栄丸が,白色全周灯及びマスト灯を備え,船尾灯を備えていなかったことは,同船が全長12メートル未満の船舶であり、マスト灯及び船尾灯に代わる白色全周灯を装備していれば、マスト灯及び船尾灯を装備する必要がないのであるから,本件発生の原因とならない。しかしながら,航海灯として白色全周灯を使用せず、マスト灯を使用するのであれば,船尾灯を装備する必要があり,白色全周灯のほか,マスト灯を備えたのに船尾灯を備えないといった中途半端な装備をするのではなく,法定灯火として適切な装備をしなければならない。
(主張に対する判断)
幸徳丸側は,本件発生時,新栄丸が無灯火で航行していたと主張するので,同船の表示灯火について検討することとするが,この主張の根拠は,衝突するまで新栄丸の灯火に気付かなかったので,同船が無灯火であったというものであり,幸徳丸が見張りを十分に行っていなければ,新栄丸が灯火を表示していても気付かないことがあり得るのであるから,幸徳丸の見張り模様についても併せて検討する。
発航前の岸壁係留中の新栄丸の灯火については,証人Eが,「新栄丸に船首から乗り込む際に白色全周灯,マスト灯及び両色灯の3灯が点灯しているのを確認した。」と証言しており,同船の船首甲板からはこれら3灯を直接視認できる状況であり,白色全周灯が消灯していたという証拠はなく,同3灯が点灯していたものと認められる。
そして,離岸後の灯火については,証人Eの,「マスト灯と両色灯が点灯しているのは船体がうっすらと照らされていたので分かったが,白色全周灯はオーニングのため点灯していたかどうか分からなかった。」旨の証言と,証人Fの,「平素,新栄丸は白灯と両色灯の2灯を点けて航行していた。」旨の証言とから,本件発生時,新栄丸がマスト灯を点灯していたとすれば,白色全周灯を消していたと認めるのが妥当である。
また,幸徳丸の前方の見通しについては,受命審判官作成の検査調書により,機関回転数毎分1,800で航走中,船首が約50センチ浮上することと,窓枠によるわずかな死角があるものの,これらは見張りの妨げとならず,操縦席からの前方の見通しは良好であった認められる。
A受審人は,新栄丸が離岸して蔵々漁港内を北上し始めてから南側防波堤先端で右転するまでの約1分間,同船の灯火を視認できる状況であったのに,これを視認していないが,これは,イゲ瀬沖から網取瀬西灯浮標付近まで身支度をしていて見張りに専念していなかったからであり,同船が無灯火であったということにはならない。
A受審人は,身支度を終えたのち,操縦席に座り,網取瀬西灯浮標を通過したとき増速し,間もなく蔵々ノ瀬戸の最狭部に差しかかり,船首目標の大島を左舷船首方に認めて同島に向け転針していることから,肉眼により前方の八代市街や周囲の海岸を見ながら航行していたもので,少なくとも衝突の1分弱前から肉眼で前路の見張りを十分に行っていたものと認めることができる。
幸徳丸が,大島に向け122度に転針したとき,新栄丸は115度の針路で幸徳丸の右舷船首4度85メートルのところを航行中で,幸徳丸からマスト灯と両色灯を視認できないものの,海面上約3メートルとなるマスト上端の白色全周灯が点灯していたなら,A受審人の目に入るはずであるが,原審及び当廷において,同受審人は,終始一貫して前方に灯火を視認しなかったと供述している。
衝突直前にA受審人が至近に迫った新栄丸の船影に気付かなかったことについては,前示検査調書中の記載によれば,晴天の暗夜,検査船を70メートルの距離でかろうじてこれを見つけることができたのであって,本件時同受審人が,船首目標を見ながら122度に転針したとき,船首方向85メートルに接近した新栄丸の灯火も船体も視認できず,前路に他船の存在を予想することができない状況下,衝突までのわずかな間に,船尾側を見せた同船に気付かなかったとしても見張りが十分でなかったとは言えない。
以上のことから,新栄丸は,離岸後白色全周灯を消灯し,マスト灯と両色灯の2灯を表示していたと認めるのが相当であり,幸徳丸側の,新栄丸が無灯火であったという主張を採ることはできない。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,熊本県三角港の港界付近において,両船が蔵々ノ瀬戸南口を戸馳島東方沖合の漁場に向け航行中,幸徳丸が新栄丸に後方から接近した際,船尾灯を備えない新栄丸が,白色全周灯を表示していなかったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審主文 平成16年11月10日長審言渡
本件衝突は,幸徳丸が,見張り不十分で,前路を無難に航過した新栄丸の後方至近で,同船の船首方に向けて転針したことによって発生したものである。
受審人Aの小型船舶操縦士の業務を2箇月停止する。
参考図
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