(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年11月2日11時40分
三重県神島西方沖合
(北緯34度32.3分 東経136度57.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
遊漁船良征丸 |
モーターボート三友二号 |
総トン数 |
4.8トン |
|
全長 |
6.14メートル |
|
登録長 |
|
11.60メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
330キロワット |
29キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 良征丸
(ア)船体構造と操舵室の設備等
良征丸は,平成12年9月に進水した一層甲板型のFRP製小型兼用船で,船体中央から後方に長さ1.6メートル幅1.4メートル上甲板上高さ2.1メートルの操舵室及び同室下部に機関室がそれぞれ配置され,船首部両舷に錨台が設けられていた。また,遊漁をする際の最大搭載人員は,船員1人及び旅客12人であった。
操舵室は,天井に開口部がなく,前面の上部に旋回窓付きのガラス窓2面,船体中心線から左舷側0.3メートルのところに舵輪が設けられ,その後方の固定いすに腰を掛けて操船するようになっていた。同室には,GPSプロッター,魚群探知機(以下「魚探」という。),自動操舵,コントローラー式遠隔操舵などが装備されていたが,レーダーは装備されていなかった。
(イ)操船位置からの見通し
良征丸は,機関回転数毎分1,500としたときの速力15ノットを超えると船首が浮上し始め,全速力前進の同回転数毎分1,700としたときの速力17ノットでは,前示操船位置から前方を見ると,両舷錨台間の約20度の範囲に水平線が見えなくなる死角(以下「船首死角」という。)を生じる状況にあった。
イ 三友二号
(ア)船体構造と搭載設備等
三友二号は,昭和56年5月に第1回定期検査を受けた単底構造のFRP製交通船兼釣船で,船尾中央に船外機が装備されており,船底上部全面に簀の子(すのこ)状の敷板が敷かれ,船体中央少し後方に長さ約0.5メートル幅約0.7メートル敷板上高さ約0.7メートルの操舵スタンド,同スタンド前面に隣接して船幅一杯の蓋(ふた)付き生け簀,船首部に手動式の錨索巻取りリール及び船尾部に燃料タンク格納用の蓋付き物入れがそれぞれ設けられていた。
操舵スタンドには,後面中央に舵輪,その左側に船外機の始動スイッチ,左舷側面に遠隔操縦ハンドル及び上面に魚探がそれぞれ設置され,同スタンド上部の前面及び両舷側に高さ0.25メートルの風防ガラスが設けられていた。
三友二号は,最大搭載人員が船員1人及び旅客7人で,日没から日出までの間の航行が禁止されていて灯火の設備はなく,黒色球形形象物1個が搭載されて船首部物入れに格納されており,同形象物を掲げるための支柱が備えられていなかったものの,直径約3センチメートル長さ約2メートルのボートフックが積み込まれていた。
また,汽笛等に代わる有効な音響による信号を行うことができる他の手段として,操舵スタンド上部に笛2個が備え置かれていた。
(イ)錨泊設備
三友二号は,重さ約5キログラムのステンレス製四爪錨に,錨と同じ重さで長さ約1メートルのチェーンを介して直径15ミリメートルの合成繊維製の錨索を連結し,錨泊時には,船首から投錨したのち,同索を船首端のアイピースを通して巻取りリールから繰り出し,通常,水深の約2倍となる長さで船首部のクリートに係止していた。
3 事実の経過
良征丸は,A受審人が1人で乗り組み,釣り客4人を乗せ,遊漁の目的で,船首0.5メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成15年11月2日06時50分愛知県師崎港を発し,釣り客全員に救命胴衣を着用させたうえ,三重県鳥羽市神島の南方沖合約3海里の釣り場に向かった。
ところで,A受審人は,船首死角が生じることについて熟知していたものの,同死角が生じても,航走波などで船首が左右に振れることから,同死角を意識せずに周囲の見張りを行いながら運航に当たっていた。
08時00分A受審人は,休日で多数の釣り船が出ている前示釣り場に至って遊漁を始め,その後,北北東方の瀬木寄瀬(せぎよせ)と呼ばれる浅礁付近に移動して遊漁を続けたのち,11時25分同瀬付近を発進し,釣り客を全員船尾部に座らせ,機関を適宜使用して増減速しながら,錨泊中の釣り船を避航しつつ,神島の西方沖合約1海里のタイ釣り場に向けて北西進した。
11時38分A受審人は,神島灯台から218度(真方位,以下同じ。)1.38海里の地点に差し掛かったとき,自船の近くに他船を見かけなくなったことから,タイ釣り場に直航することとして針路を330度に定め,機関を全速力前進にかけ,17.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,船首が幾分左右に振れていたものの,船首死角が解消されない状態で,手動操舵によって進行した。
定針後間もなく,A受審人は,正船首900メートルのところに錨泊中の三友二号に向首する態勢となり,同船が錨泊中であることを示す法定形象物を表示していなかったものの,左舷側を見せたままその船首方位が変わらず,スパンカーも揚げていないことから,折からの風潮流により船首を南西方に向けて錨泊していることが分かる状況であったが,同船が船首死角内に入っていたので,このことに気付かず,船首方約1,000メートルのタイ釣り場付近に集まっている多数の釣り船を,同死角外の左右に見ながら続航した。
11時38分半A受審人は,神島灯台から223.5度1.33海里の地点に達したとき,三友二号に640メートルとなり,衝突のおそれのある態勢で接近していたが,前路に他船がいても船首が左右に振れるので気付くものと思い,船首を左右に大きく振るなどして船首死角を補う見張りを十分に行うことなく,右舷正横方向の神島と伊良湖岬とによる山立てや,船首死角外の左右遠方に点在する数十隻のタイ釣り場付近の釣り船を見ていたので,このことに気付かず,三友二号を避けずに同じ針路,速力で進行した。
11時39分A受審人は,神島灯台から230度1.30海里の地点に達したとき,正船首375メートルのところに三友二号を見る態勢になったが,依然,船首死角を補う見張りを十分に行わなかったので,同船に気付かず,これを避けないまま続航し,タイ釣り場付近に点在する釣り船に近づいたことから減速を始め,その後,同釣り船との接近模様を見ながら,引き続き減速しつつ進行中,11時40分神島灯台から239度1.28海里の地点において,良征丸は,原針路のまま,7.5ノットの速力となったとき,その船首が三友二号の左舷後部に直角に衝突した。
当時,天候は晴で風力2の西風が吹き,視界は良好で,潮候は上げ潮の末期にあたり,付近には微弱な北西流があった。
また,三友二号は,B受審人が1人で乗り組み,釣り仲間のCほか1人を乗せ,船首0.1メートル船尾0.2メートルの喫水をもって,同日09時00分三重県本浦漁港の係留地を発し,全員が救命胴衣を着用し,同県鳥羽市菅島付近の釣り場に向かった。
09時15分B受審人は,前示釣り場に至ったものの,魚探に魚群反応がなく,同島北東方沖合に多数の釣り船が見えたことから,これまでに行ったことのない海域であったがそこに向かうこととし,魚探で探索しながら神島の方向に向けて航行を続けた。
10時30分B受審人は,水深約20メートルの前示衝突地点に至ったとき,魚探に魚群反応が出たことから,付近で錨泊あるいは漂泊などして魚釣りを行っている多数の釣り船に混じって同地点で魚釣りを行うこととし,船首を西方に向けて錨を投入し,錨索を約40メートル繰り出して船外機を停止し,始動スイッチを回せば直ぐに同機を始動できる状態で錨泊したのち,救命胴衣を同乗者2人とともに脱いで船首部の格納箱に納め,自らが操舵スタンド前の生け簀蓋の右舷側に,同乗者Cが浮力のあるジャケットを着用したまま同蓋の左舷側に,他の同乗者が右舷船尾部にそれぞれ腰を掛けて釣り竿を出し,各自が釣り竿の方向の見張りを行いながら,魚釣りを始めた。
B受審人は,錨泊地点が法定の黒色球形形象物を表示する必要がある水域であったものの,ボートフックを支柱代わりに立てるなどして同形象物を表示しないまま,自船の北方300メートルないし500メートルのところに錨泊している数隻の釣り船の動きに注意しながら,錨泊して魚釣りを行った。
11時38分半B受審人は,船首が折からの風潮流によって240度に向いたとき,良征丸が左舷正横640メートルのところを自船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近していたが,釣り竿を出している右舷方を向いた姿勢で魚釣りを行っていたので,良征丸に気付かないまま,錨泊を続けた。
11時39分B受審人は,良征丸が左舷正横375メートルのところで減速を始めたものの,同じ針路のまま接近していたが,下を向いて折から釣り上げた魚を外していたので,このことに気付かなかった。
11時40分少し前B受審人は,左舷側にいた同乗者Cの「あの船ずいぶん飛ばしてくるな。」という声を聞いて振り向き,左舷正横100メートルのところに,船首に白波を立てて自船に向首接近する良征丸を初めて認め,同船に避航の気配がなかったが,航行中の他船が錨泊中の自船を避けてくれるものと思い,引き続き同船に対する動静監視を十分に行うことなく,顔を下に向けて魚釣りの餌の交換を始めたので,このことに気付かず,同船に対して笛を吹くなど避航を促すための注意喚起信号を行わなかった。
11時40分わずか前B受審人は,良征丸の接近模様が気になって再び左舷側向きに顔を上げたところ,同船が自船に向首したまま30メートルに接近したのを認め,ようやく衝突の危険を感じ,全員で立ち上がって左舷側に移動し,両手を振りながら大声を出すとともに,錨索をほどこうとして同索に手を掛けたが間に合わず,三友二号は,錨泊したまま,船首が240度に向いているとき,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,良征丸は,船首材に亀裂及び左舷船首部外板に破口を伴う擦過傷を生じ,三友二号は,左舷後部外板及び風防ガラスを破損したが,のちそれぞれ修理された。また,同乗者Cが衝突の衝撃で海中に転落し,間もなく良征丸によって救助され,師崎港から救急車によって病院に搬送されたが,同日13時25分左上腕,左臀部から大腿及び左足の挫創による出血性ショックで死亡した。
(航法の適用)
本件は,三重県神島西方沖合において,航行中の良征丸と錨泊中の三友二号とが衝突したものである。
衝突地点は,海上交通安全法第1条第2項第4号に定める同法の適用海域外であるから,一般法である海上衝突予防法で律することになるが,同予防法には航行中の船舶と錨泊中の船舶との関係について規定した条文がないから,海上衝突予防法第38条及び第39条の規定に拠ることになる。
(本件発生に至る事由)
1 良征丸
(1)船首死角が生じていたこと
(2)船首が左右に振れるので前路の他船に気付くものと思ったこと
(3)船首を左右に大きく振るなどして船首死角を補う見張りを十分に行わなかったこと
(4)錨泊中の三友二号を避けなかったこと
2 三友二号
(1)航行中の他船が錨泊中の自船を避けてくれるものと思っていたこと
(2)法定形象物を表示しなかったこと
(3)B受審人が,同乗者がそれぞれ釣り竿を出している方向の見張りを行っており,他船が接近すれば知らせてくれるものと思っていたこと
(4)B受審人が,同乗者Cの声を聞いて良征丸を初めて視認したこと
(5)良征丸を初認後,同船の動静監視を十分に行わなかったこと
(6)良征丸に対して避航を促すための注意喚起信号を行わなかったこと
3 その他
多数の釣り船が錨泊あるいは漂泊などしていたこと
(原因の考察)
本件は,良征丸が,見張りを十分に行っていれば,三友二号を避けることができたものと認められる。
A受審人は,良征丸が,機関を全速力前進にかけて航行すると,船首死角が生じることを認識していたものの,航走中に船首が幾分左右に振れることから,船首を左右に大きく振るなどして船首死角を補う見張りを十分に行っていなかった。
したがって,A受審人が,船首が左右に振れるので前路の他船に気付くものと思い,船首死角を補う見張りを十分に行わず,錨泊中の三友二号を避けなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
良征丸に船首死角が生じていたことは,同死角を解消することができたから,本件発生の原因とならない。
一方,三友二号が,良征丸を初認後,同船の動静監視を十分に行っていれば,避航の気配がないまま自船に向首接近することに気付き,良征丸に対して笛を吹くなど避航を促すための注意喚起信号を行うことにより,本件発生を回避できたものと認められる。
したがって,B受審人が,良征丸を初認後,航行中の他船が錨泊中の自船を避けてくれるものと思い,同船の動静監視を十分に行わなかったこと,及び良征丸に対して避航を促すための注意喚起信号を行わなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
B受審人が,法定形象物を表示しなかったことは,海上衝突予防法の規定に違反する行為で,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から,是正されるべき事項である。
B受審人が,同乗者がそれぞれ釣り竿を出している方向の見張りを行っており,他船が接近すれば知らせてくれるものと思っていたこと,及び同乗者Cの声を聞いて良征丸を初めて視認したことは,同乗者の見張りと報告に期待して自ら周囲の見張りを十分に行わなかったことを示すもので,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から,是正されるべき事項である。
多数の釣り船が錨泊あるいは漂泊などしていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。
(主張に対する判断)
三友二号側補佐人は,「B受審人が周囲の見張りを十分に行わなかったということはない。良征丸を左舷正横約100メートルに初認したときに注意喚起信号を行ったとしても同船の機関音に消されてA受審人が聞くことはできず,避航しないことをB受審人が判断できるのは至近になってからであるから,機関を始動して前進するなど衝突を避けるための措置をとらなければならないとは認識できない。錨泊中の三友二号が良征丸に避航を期待するのは当然であり,良征丸が三友二号を避けるべきであった。三友二号の行動は本件発生の原因にならない。」旨を主張するので,これらのことについて検討する。
本件は,良征丸が,三友二号を避けるべきであったことは論を待たないところであるが,三友二号が,近距離に接近した良征丸に対して注意喚起信号を行っていたならば,同船が三友二号の存在に気付き,避航動作がとられた可能性があった。
三友二号側補佐人は,100メートルで注意喚起信号を行ったとしても機関音に消されて聞くことができない旨を主張するが,100メートル離れて聞こえるか否かの実証的証拠はないものの,良征丸が三友二号に向首する態勢で接近していたのであるから,同船が避航動作をとるまで笛を吹いて注意喚起を継続して実施していたならば,70メートルあるいは50メートルに接近したときには,減速中の良征丸にこの笛の音を聞き取られることが推認でき,A受審人の原審審判調書中,「前路の錨泊船に気付けば30メートルないし40メートル手前で避航する。」旨の供述記載からも,良征丸の避航動作によって本件発生を回避できたものと認められる。
B受審人が,100メートルに接近した良征丸を初認したとき,その後同船が避航動作をとるかどうか,引き続きその動静監視を行っていたならば,同船に避航の気配のないことが認識できる状況にあったのであるが,動静監視を行わなかったため,良征丸に避航の気配がないことに気付かず,同船に対して笛を吹くなど注意喚起の措置をとることができなかったのである。
このことは,B受審人が,安全な運航と同乗者の安全を図る立場にある船長として,その職務を全うしたことにはならず,責任は免れられない。
以上のことから,補佐人の主張を採ることはできない。
(海難の原因)
本件衝突は,三重県神島西方沖合において,北上中の良征丸が,見張り不十分で,錨泊中の三友二号を避けなかったことによって発生したが,三友二号が,動静監視不十分で,避航を促すための注意喚起信号を行わなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,三重県神島西方沖合において,多数の釣り船が錨泊あるいは漂泊などしている状況下,釣り場を移動する場合,船首が幾分左右に振れるものの,船首死角が解消されなかったから,錨泊中の三友二号を見落とさないよう,船首を左右に大きく振るなどして船首死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,前路に他船がいても船首が左右に振れるので気付くものと思い,船首死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,錨泊中の三友二号に気付かず,同船を避けないまま進行して衝突を招き,良征丸の船首材に亀裂及び左舷船首部外板に破口を伴う擦過傷を,三友二号の左舷後部外板及び風防ガラスに破損をそれぞれ生じさせ,衝突の衝撃で海中に転落した三友二号の同乗者1人が左上腕,左臀部から大腿及び左足の挫創による出血性ショックで死亡するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は,三重県神島西方沖合において,錨泊して魚釣り中,自船に向首して接近する良征丸を認めた場合,同船が避航するかどうかが分かるよう,その動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,良征丸が錨泊中の自船を避けてくれるものと思い,引き続き同船に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,顔を下に向けて釣り餌の交換を行い,良征丸が避航の気配なく接近することに気付かず,同船に対して避航を促すための注意喚起信号を行わないまま同船との衝突を招き,前示の事態を招くに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
(参考)原審裁決主文 平成17年8月3日横審言渡
本件衝突は,良征丸が,見張り不十分で,錨泊中の三友二号を避けなかったことによって発生したが,三友二号が,見張り不十分で,注意喚起信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
受審人Bを戒告する。
参考図
(拡大画面:21KB) |
|
|