(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年2月14日20時00分
宮城県気仙沼西湾
(北緯38度51.8分 東経141度35.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船相洲丸 |
総トン数 |
138トン |
全長 |
39.44メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
551キロワット |
(2)設備及び性能等
相洲丸は,平成元年10月に進水した鋼製漁船で,日本海沿岸及び太平洋の金華山沖を主な漁場とするいか一本釣り漁業に従事し,船体中央部の操舵室には,自動操舵装置,遠隔操舵装置,主機遠隔操縦装置,レーダー2台,GPSプロッター及び魚群探知機を備えていた。
また,速力は,航海速力が10ノットで,港内全速力が5ないし6ノット,舵効のある最低速力が3ないし4ノットであった。
3 宮城県気仙沼西湾内の養殖施設と湾口から湾奥に至る航路筋の状況及び気仙沼港への進入方法
気仙沼西湾の湾口から湾奥に至る幅約0.6海里,奥行き約4海里の海域の両側には,かき,わかめ,こんぶ,ほたて,のりなどの養殖施設が連続して設置されており,湾口から湾奥の気仙沼港への入航に際しては,気仙沼西湾第1号灯浮標(以下,灯浮標については「気仙沼西湾」の冠称を省略する。)を左舷側に見て航過したのち,第3号灯浮標と第4号灯浮標の中間付近に向首し,第3号灯浮標を左舷側に並航後,第5号灯浮標を左舷船首方向に見ながら航行し,同灯浮標を左舷側90メートルに航過後,湾奥に設置されている気仙沼港導灯(前灯)及び同導灯(後灯)を船首目標に,針路を354.8度(真方位,以下同じ。)として進行すれば,最狭部の可航幅200メートルばかりの航路筋の両側にある養殖施設に乗り入れることなく,安全に通航することができた。
4 事実の経過
相洲丸は,A受審人ほか7人が乗り組み,金華山の東北東100海里沖合の漁場で操業を続けていたところ,時化(しけ)模様となったことから操業を中断して,荒天避難することとし,漁獲したいか45トンを魚倉に積載し,船首2.3メートル船尾4.0メートルの喫水をもって,平成16年2月14日08時00分漁場を発進し,気仙沼港へ向かった。
相洲丸は,日中に入航できる見込みであったが,時化のために予想した速力が出ず,19時38分岩井埼灯台から036度860メートルの地点に達し,気仙沼西湾の湾口に至ったときには,既に日没を過ぎ,雨も激しくなって視程が1海里に悪化した。
A受審人は,気仙沼港への入航経験が10日前に荒天避難のための入航を含めて2度目で,夜間の入航経験はなく,同港が定期的な寄港地ではないことから詳細な海図も備えておらず,水路事情を調査することもできなかったことに加え,夜間,風雨が強まり視界も悪化する中,湾口から湾奥にかけて両側に養殖施設が連続して設置されている狭い航路筋を安全に通航することは困難な状況下,そのまま気仙沼西湾を経て入航すると同施設に乗り入れるおそれがあったが,長い操業のあとで乗組員が上陸を楽しみにしていることもあり,船首に見張り要員を配置して灯浮標に沿って進めば何とか入航できると思い,湾口付近で錨泊待機して日出を待つなどの安全措置を十分にとることなく,船首に甲板長と甲板員の2人を見張り要員として配置し,そのまま入航することとした。
19時54分A受審人は,浦の浜港田尻防波堤灯台(以下「田尻防波堤灯台」という。)から211度1,220メートルの地点に達し,第5号灯浮標を左舷側20メートルに航過したとき,針路を気仙沼港導灯に向く354.8度とすべきところ,この存在を知らなかったので,前回の入航経験から350度に定め,機関を港内全速力にかけ,5.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で手動操舵により進行したところ,航路筋の左端を航行して養殖施設に向首する状況となったが,雨のためレーダーに同施設の映像が映らなかったこともあり,このことに気付かないまま続航中,相洲丸は,20時00分田尻防波堤灯台から256度800メートルの地点において,原針路,原速力のまま,自船の左舷側に広がるかきやわかめの養殖施設に乗り入れた。
当時,天候は雨で風力5の西風が吹き,潮候は上げ潮の中央期で,視程は1海里,日没は17時09分であった。
その結果,相洲丸は,自力で養殖施設から離脱し,同船に損傷はなかったが,付近のかきやわかめの養殖施設に,幹綱の切断・沈下及び浮玉の破損等の損傷を生じた。
(本件発生に至る事由)
1 気仙沼港の水路事情に不案内であったこと
2 夜間,風雨が強まり視界が悪化する中,湾口付近で錨泊待機して日出を待つなどの安全措置をとらなかったこと
3 入航を強行したこと
(原因の考察)
本件養殖施設損傷は,相洲丸が,風雨が強まり視界も悪化する中,入航することを避け,湾口付近で錨泊待機して日出を待つなどの安全措置をとっていたなら,発生していなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,夜間,風雨が強まり視界が悪化する中,湾口付近で錨泊待機して日出を待つなどの安全措置をとらなかったこと,入航を強行したことは,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が,水路事情に不案内であったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,船内には気仙沼西湾の海図もなく,改めて水路調査をすることができないのであるから,水路事情不案内を前提に安全を考えればよいのであり,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件養殖施設損傷は,夜間,風雨が強まり視界も悪化する中,宮城県気仙沼港に荒天避難する際,気仙沼西湾湾口付近で錨泊待機して日出を待つなどの安全措置が不十分で,水路事情に不案内な同港への入航を強行し,湾内の養殖施設に向首進行したことによって,発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,風雨が強まり視界も悪化する中,宮城県気仙沼港に荒天避難する場合,水路事情に不案内で,湾口から湾奥にかけて両側に養殖施設が連続して設置されている狭い航路筋を安全に通航することは困難な状況であったのだから,湾内の同施設に乗り入れることのないよう,湾口付近で錨泊待機して日出を待つなどの安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,灯浮標に沿って進めば何とか入航できると思い,湾口付近で錨泊待機するなどの安全措置をとらなかった職務上の過失により,航路筋を逸脱し,湾内の同施設に向首進行して乗り入れ,同施設に損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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