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平成17年神審第74号
件名

研修船うみのこ運航阻害事件

事件区分
安全・運航阻害事件
言渡年月日
平成18年3月28日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(中井 勤,佐和 明,横須賀勇一)

理事官
岸 良彬

受審人
A 職名:うみのこ機関長 海技免許:三級海技士(機関)
補佐人
a
指定海難関係人
B社 業種名:廃食用油再生処理業

損害
損傷ない

原因
うみのこ・・・燃料油供給タンクの低液面警報装置について,作動を改善する措置不適切
廃食用油再生処理業者・・・不適切な性状のバイオディーゼル燃料油を納入していたこと

主文

 本件運航阻害は,燃料油供給タンクの低液面警報装置について,作動を改善する措置が不適切で,同タンクの油量が減少する状況のまま続航し,主機への同油の供給が絶たれたことによって発生したものである。
 廃食用油再生処理業者が,不適切な性状のバイオディーゼル燃料油を納入していたことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年9月21日11時35分
 滋賀県琵琶湖沖島西方沖合
 (北緯35度12.7分 東経136度02.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 研修船うみのこ
総トン数 928トン
登録長 57.35メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 676キロワット
回転数 毎分1,900
(2)設備及び性能等
 うみのこは,昭和58年7月に竣工した鋼製研修船で,滋賀県内の小学生を対象にCスクールが策定した湖上での研修計画を基に,同県からの委託を受けたD社によって年間約100日運航されていた。
ア バイオディーゼル燃料油
(ア)バイオディーゼル燃料油の採用
 バイオディーゼル燃料油(以下「BDF」という。)は,化学名を脂肪酸メチルエステルと称し,資源の循環利用を図る目的をもって,一般家庭や事業者が廃棄する天ぷら油等の食用油(以下「廃食用油」という。)をエネルギーとして再利用可能な燃料油に加工したもので,平成8年10月から京都市が軽油と混合(以下「混合BDF」という。)して一部のバスや廃棄物回収車両での試用を開始した。その後,BDFは,平成9年12月に同市で開催された地球温暖化防止京都会議を機に,化石燃料から排出される炭酸ガス量を抑制する目的で,同市での試用範囲が拡大され,軽油との混合容積比率(以下「パーセント」でいう。)も増加する傾向にあった。
 平成13年7月京都市は,バイオディーゼル燃料化事業技術検討会を設置してBDFの実用化に向けた研究に取り組み,高品位でないBDFに起因する弊害を十分に解明できていない状況で,翌14年3月にアメリカ合衆国や欧州連合が定める規格とほぼ同様な内容のBDF暫定品質規格(以下「暫定規格」という。)を定め,日本政府の支援を要請すると共に,安定的な供給を確保するため,同16年6月から独自の製造プラントを稼働させるなど,BDFによる地球温暖化防止事業を推進していた。
(イ)アルカリ触媒法によるBDFの製造工程
 BDFは,廃食用油にメタノールとアルカリ触媒を加え,廃食用油の主成分であるトリグリセリドにメタノールが作用して脂肪酸メチルエステルとグリセリンを生成する主反応と,副成分としての遊離脂肪酸にアルカリ触媒が作用して脂肪酸アルカリ石けんと水を生成する副反応とを生じせしめ,最終的に脂肪酸メチルエステルとして取り出されたものであった。
 主反応は,トリグリセリドがジグリセリド,モノグリセリド(以下これらの物質を「グリセリド類」と総称する。)の順に変化する段階を経てグリセリンとなり,各段階においてそれぞれ脂肪酸メチルエステルを生成するエステル交換反応である。そして,グリセリド類は,同反応が不完全な場合に残存することとなり,これを除去するには,水に不溶な性質を有するので水洗が有効ではないが,遠心分離を十分に行うことなどにより可能であった。
 一方,最終段階で生成されるグリセリンは,水に溶解する性質を有するので水洗によって除去することが可能であり,グリセリド類を含む全グリセリン及び水分濃度をそれぞれ0.25パーセント及び100万分の500以下とするよう暫定規格に定められていたが,同時にメタノールにも溶解するので,反応生成物中にメタノールが残存していると,水洗では完全に除去できないことから,同段階の前にメタノールを可能な限り回収しておく必要があった。
 副反応で生成された脂肪酸アルカリ石けんは,BDF中に残存していると,ディーゼル機関に使用した場合,燃焼室内に灰分が堆積して各動作部品の摩耗を促進させるばかりか,水分が存在すると脂肪酸と苛性アルカリに解離し,これらのうち脂肪酸は銅や黄銅などの銅合金を腐食させることから,親水性を利用して十分な水洗によってこれを除去し,その含有量を推し測る目安とされる酸価値を0.5ミリグラム(水酸化カリウム)毎グラム以下とするよう暫定規格に定められていた。
(ウ)BDFの酸化安定性
 BDFは,原料である雑多な廃食用油の種類によっては,十分に高い酸化安定性を得ることが困難な場合があったが,同安定性が新たに過酸化物を生成させる危険性を示す指標であることから,できる限り高いことが望ましく,暫定規格には定められていなかったものの,欧州連合が定める規格にはその最低値が示されていた。
 ところで,BDFの酸化進行メカニズムは未だ解明されていない点が多くあったものの,酸化安定性は,低温時の流動性を向上させるための2-プロパノールなどの添加剤,水分及び酸素の存在や高い温度環境によって時間の経過とともに悪化するので,BDFの保管時間や保管環境には注意が必要とされ,酸化進行を抑制する方策のひとつとして,貯蔵タンク内に窒素などの不活性ガスを充填しておくことが製造者に求められていた。
 また,脂肪酸は,前記のとおり銅や黄銅などの銅合金を腐食させるが,このことによってBDFの酸化安定性が更に低下し,生成された過酸化物が重合して接着性を有するガム質スラッジに変性するのを助長した。
(エ)アルカリ触媒法によるBDF製造工程中の後処理
 BDFは,廃食用油から燃料油として使用可能な脂肪酸メチルエステルを取り出したものであるが,添加されたメタノール及びアルカリ触媒,副生されるグリセリン,脂肪酸及び水,更には主反応の中間生成物として残存する可能性があるグリセリド類を,加熱,水洗及び遠心分離などの後処理によって十分に除去し,少なくとも暫定規格に定める各性状値を満足しておかなければ,前記の様々な弊害を生じることが懸念され,さらに,保管にあたっては貯蔵タンクに窒素などの不活性ガスを充填するなど,その酸化の進行を抑制する手段を講じることにより,各性状値を長期間維持する必要があった。
イ うみのこ
(ア)機関区域
 機関区域は,船体後部の上甲板下に区画された機関室及び同室上部に隣接した補機室から成り,機関室には,中央部にそれぞれ旋回式推進器に連結した4機の主機,それらの船首側に2機の発電機及びディーゼル原動機(以下「発電機原動機」という。)が各々船横方向に並べて据え付けられ,補機室には,補助ボイラ,燃料油供給タンク,電動の燃料油移送ポンプなどの機器が設置されていた。
(イ)主機
 主機は,いずれもE社が軽油専焼仕様で製造した,6HAK-DT01型と称する6シリンダの4サイクル機関で,平成14年4月に同社製造の同一出力の機関から換装されたものであった。
(ウ)燃料油供給タンク
 燃料油供給タンクは,容量が500リットルで,平形ガラス油面計のほか,高位及び低位にそれぞれ燃料油移送ポンプの自動発停装置及び高・低液面警報装置に同時に信号を送るフロートスイッチ2個が取り付けられていた。
(エ)燃料油移送系統
 混合BDFは,揚量毎時1立方メートルの燃料油移送ポンプにより,船体中央部の二重底内に区画された容量約10キロリットルの同油貯蔵タンク内から,船用青銅ねじ締め逆止め玉形弁(以下「取出し弁」という。),遠隔遮断弁及びこし器の順に呼び径40Aの配管で連絡した吸引管を経て,同油供給タンクに移送されるようになっていた。
 燃料油移送ポンプは,同油供給タンクに取り付けられた前記フロートスイッチにより,油量が約160リットルまで減少すると操舵室で低液面警報を発すると同時に始動して送油が開始され,約450リットルに達すると同じく高液面警報を発して停止するようになっており,同ポンプと並列に配管された手動のポンプが備えられていた。

3 事実の経過
 滋賀県は,かねてから琵琶湖の湖水汚染防止などの環境対策を推進していたところ,BDFの陸用機関での使用実績において,特段の不都合が報告されていなかったことから,その一環として,うみのこの主機,発電機原動機及び補助ボイラ用各燃料油種を軽油から混合BDFに転換することとした。
 平成13年2月にE社は,滋賀県からの要請を受け,自社の試験用ディーゼル機関で燃料油として20パーセント混合BDFを使用した予備運転試験を行い,配管材料等にその結果を踏まえた若干の変更を加えることを助言し,長期間での燃料噴射系部品及び潤滑油への影響については予測不明としながらも,おおむね良好な試験成績を得たとして,その旨を同県に報告した。
 これを受けて,平成13年4月にうみのこは,10パーセント混合BDFでその使用を開始し,翌14年4月前記助言に基づく若干の変更を加えたうえ主機を換装し,年間約1,200時間運転していた。
 ところで,A受審人は,うみのこに乗り組んで間もない平成9年10月ころ,航行中,約1時間30分毎に,燃料油移送ポンプの始動と同時に同油供給タンクの低液面警報装置が作動するのを耳障りと感じ,頻繁な警報音の発生を解消させることとした際,同油移送ポンプの自動運転が確実に繰り返されているので大丈夫と思い,警報動作に限時機能を付加したり,更に下位となる位置に専用のフロートスイッチを増設するなど,同警報装置の作動を改善する措置を適切に行わないまま,同動作を司る電磁継電器を取り外し,その機能を喪失させた。
 うみのこの機関部乗組員は,A受審人のほか,機関士及び機関部員各1人で構成され,航行中,主として船橋で運転監視にあたり,同受審人を除く2人が2時間毎に交替で機関区域内の巡視を行っていた。
 A受審人は,うみのこの燃料油が混合BDFに転換されるにあたり,BDFの性状や使用上の注意点などに関する情報を十分に得ていなかったところ,平成13年6月,発電機原動機用の同油供給系統中に設けられていたこし器を定常保守作業として開放した際,内部に茶色で粘度の高い物質が付着しているのを認め,当時BDFを納入していた業者に性状の改善を求めた。
 納入業者は,前記物質がBDFの製造工程中に副生されるグリセリンであるとし,水洗後に残存していた洗浄排水の除去効果を高める方策として,遠心分離機で処理する工程を加えて納入するようにしたところ,前記こし器内での付着量が減少する傾向となったので,性状の改善がなされたと判断したが,平成14年12月中旬に倒産した。
 その結果,うみのこは,燃料油種を混合BDFから軽油に戻すことを余儀なくされ,BDFの新たな納入業者を探していたところ,B社があとを引継ぐこととなり,平成15年1月中旬からBDFの受け入れを再開した。
 B社は,かねてより原料としておおむね適切な性状の廃食用油を用い,アルカリ触媒法でBDFを製造していたものの,水洗及び遠心分離などの後処理が不十分で,酸化安定性が低く,高濃度のアルカリ触媒及びグリセリド類がBDFに残存した状態であったが,厳密な性状分析試験を実施していなかったので,酸化安定性やアルカリ金属などのいくつかの項目で暫定規格を満足しないことに気づかなかったうえ,製造したBDFを容量260キロリットルのタンクに窒素などの不活性ガスを充填しないで貯蔵し,さらに,冬季には2-プロパノールなどの流動性向上剤を添加していたこともあって,酸価値が次第に増加するとともに,空気中の水分を吸収するなどして脂肪酸アルカリ石けんから解離した脂肪酸が増加する状態で出荷していた。
 うみのこは,1回の補油につきBDF約600リットルを,性状の確認が行われないまま約1週間毎に受け入れ,各補油のたびにその9倍の量の軽油を燃料油貯蔵タンクに加えてBDFを自然拡散させ,10パーセント混合BDFとした状態で保有していた。
 うみのこの混合BDFは,幾度となく燃料油供給タンクに移送されているうち,残存していたグリセリド類から生成された過酸化物が重合し,変性して接着性を有するガム質スラッジとなって取出し弁の黄銅製弁体当たり面などに付着し始め,弁座と軽度の接着を生じる状況となっており,加えて,解離した脂肪酸が同弁体表面を腐食していたことによって更に酸化安定性が低下し,その付着量が次第に増加して接着力が強化される傾向にあったものの,航行中,同油移送ポンプが始動するたびに接着が外れ,付着した同スラッジの一部を洗い流す状況で狭隘な弁体と弁座の間を繰り返し流れていた。
 平成16年9月18日16時08分うみのこは,研修航海を終え,基地としていた滋賀県大津港に帰着したのち,主機,発電機及び補助ボイラを停止し,燃料油供給タンク及び同油貯蔵タンク内の油量が,それぞれ350及び7,700リットルの状態で岸壁に係留した。
 平成16年9月21日08時00分うみのこは,3日間にわたる係留を終え,A受審人ほか13人が乗り組み,回航の目的で大津港を発し,08時30分に寄港した滋賀県草津市矢橋町沖合の帰帆島において,小学生178人及び引率者20人を同乗させ,船首0.78メートル船尾1.04メートルの喫水をもって,研修航海の目的で10時00分同島を発し,琵琶湖北部の竹生島に向かった。
 うみのこは,各主機を毎分1,600の回転数で,また,発電機及び補助ボイラを運転し,1時間あたり約170リットルの混合BDFを消費しながら燃料油移送ポンプを自動運転とし,8.7ノットの対地速力で琵琶湖を北上した。
 10時40分ごろ,うみのこは,大津港を発航以来,燃料油供給タンクの油量が確認されることなく航行していたところ,約160リットルの残量となったので,同油移送ポンプが発航後初めて自動始動し,その吸入側の真空度が上昇したものの,取出し弁内の弁体が弁座に接着したまま開かず,混合BDFの移送系統内での通油が不能となった。
 こうして,うみのこは,依然として燃料油移送ポンプが運転されながらも混合BDFの移送が阻害された状況で航行を続け,同油供給タンクの油量が更に減少し,同タンクからの取出し位置が低かった発電機原動機への供給が可能であったものの,4機の主機への取出し下限である約80リットルを残すのみの状態となっていたところ,11時25分混合BDFの供給が絶たれた3号主機が停止し,自室にいてこのことに気づいたA受審人が原因を調査しているうち,11時35分沖島220メートル三角点から真方位276度2.2海里の地点において,他の3機の主機も相次いで停止し,航行が不能となった。
 当時,天候は晴で風力2の南西風が吹き,湖面は平穏であった。
 その結果,うみのこは,事態の原因が不明で,速やかに主機を再始動することができなかったので救援を依頼し,来援した船舶に曳航されて近江舞子に引き付けられ,取出し弁の弁箱に外部から衝撃を与えたところ,弁体の接着が外れ,燃料油の移送が可能となった。

(本件発生に至る事由)
1 取出し弁として銅合金である黄銅製弁体を組み込んだ船用青銅ねじ締め逆止め玉形弁が用いられていたこと
2 低位フロートスイッチからの信号を受けて作動する低液面警報装置に限時機能が組み込まれたり,更に下位となる位置に専用のフロートスイッチが増設されていなかったこと
3 A受審人が,燃料油移送ポンプの自動運転が確実に繰り返されているので大丈夫と思い,低液面警報装置の作動を改善する措置を適切に行わないまま,警報動作を司る電磁継電器を取り外したこと
4 A受審人が,BDFの性状や使用上の注意点などに関する情報を十分に得ていなかったこと
5 B社が,BDFを製造するにあたり,後処理を十分に行っていなかったこと
6 B社が,BDFについて,厳密な性状分析試験を行っていなかったこと
7 B社が,BDFを保管するにあたり,酸化の進行を抑制する措置を講じていなかったこと
8 B社が,暫定規格に定められた性状を満足していないBDFを納入していたこと
9 うみのこで補油が行われる際,受け入れ側によるBDFの性状の確認が行われていなかったこと
10 取出し弁の弁体が混合BDF中に存在した脂肪酸により腐食されたこと
11 取出し弁の弁体にガム質スラッジが付着していたこと
12 大津港発航後,燃料油供給タンクの油量の確認が行われていなかったこと

(原因の考察)
 本件運航阻害は,燃料油移送ポンプが自動始動したものの,燃料油貯蔵タンク取出し弁の弁体が弁座に接着して同油の移送が阻害され,同油供給タンクに補給されない状況のまま主機などの運転が続けられたことによって発生したもので,燃料油供給タンクの油量が著しく減少した状態を認識できていれば,速やかに弁体の接着を解放できなかったとしても,早期に主機を減速運転するなり,運転台数を減じるなりの措置をとって燃料消費量を抑え,最寄りの港又は陸岸近くの錨泊地まで運航することが可能で,本件を未然に防止できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,燃料油移送ポンプの自動運転が確実に繰り返されているので大丈夫と思い,低液面警報装置の警報動作に限時機能を付加したり,更に下位となる位置に専用のフロートスイッチを増設するなどして,作動を改善する措置を適切に行わないまま,同動作を司る電磁継電器を取り外したことは,本件発生の原因となる。
 取出し弁の不作動は,その弁体が,BDFの性状及び混合BDF中に存在した脂肪酸による腐食に起因して生成されたガム質スラッジによって弁座に接着したもので,BDFの性状が暫定規格を満足していれば,弁体の腐食が抑制されるとともに,ガム質スラッジの生成量が減少し,接着に至らなかったものと認められる。
 したがって,B社が,後処理を十分に行わずにBDFを製造したうえ,タンクに窒素などの不活性ガスを充填して酸化の進行を抑制する措置をとることなく保管し,厳密な性状分析試験を行わなかったので,暫定規格に定められた性状を満足していないことに気づかないままうみのこに納入していたことは,本件発生の原因となる。
 取出し弁として銅合金である黄銅製弁体を組み込んだ船用青銅ねじ締め逆止め玉形弁が用いられていたこと,うみのこで補油が行われる際,受け入れ側によるBDFの性状の確認が行われていなかったこと及びA受審人が,BDFの性状や使用上の注意点などに関する情報を得ていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,BDFが船舶において使用された実績が他になく,陸用機関での使用においても本件と同種の事故が報告されていなかったことから,腐食やガム質スラッジなどの有害物質の発生を予見できたとまでは言えず,本件発生の原因とならない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から,今後,BDFを使用するにあたり,燃料油系統中でBDFと直接接触する部材には,ステンレス鋼のようにBDFに対する十分な耐食性が確認された材料を適用し,合わせて適正な性状であることを受け入れ側としても確認するなどして是正されるべき事項である。
 大津港発航後,燃料油供給タンクの油量の確認が行われていなかったことは遺憾であるが,10時40分から本件が発生するまでの55分間に同確認がなされなければ,移送が阻害されているとの判断を下すことができなかったことから,機関巡視模様を鑑み,本件発生の原因としない。しかしながら,今後,燃料油移送ポンプの自動運転が機能しないなどの不測の事態にも備えるため,同ポンプの発停間隔を考慮した機関区域の巡視時期及び間隔を定めるなり,同ポンプの運転表示灯を備えている船橋に同タンクの遠隔油面計を設置するなどして是正されるべき事項である。
 なお,BDFは,日本での使用が開始されてから日が浅く,陸用機関としては一部のバスや廃棄物回収車両などでしか使用されていないことに加え,船舶用としてはうみのこでの使用実績があるのみで,高品位でないBDFに起因する弊害を十分に解明できていない現状にあるものの,海難防止の観点から,その製造にあたっては,必要な後処理を十分に行い,酸化の進行を抑制する手段を講じて保管したうえ,少なくとも最新の暫定規格を満足した状態で使用されるべきである。

(海難の原因)
 本件運航阻害は,機関の運転管理を行うにあたり,燃料油移送ポンプの始動と同時に同油供給タンクの低液面警報装置が警報音を発するのを解消させる際,同警報装置の作動を改善する措置が不適切で,同装置が不作動状態のまま航行中,同ポンプが自動始動したものの,同油貯蔵タンクの取出し弁として設置されていた逆止め弁が開かず,同油の移送が阻害されたまま,主機への燃料油の供給が絶たれたことによって発生したものである。
 取出し弁が開かなかったのは,燃料油として使用されていた混合BDFのうち,暫定規格に定められた性状を満足していなかったBDFの性状に起因して生成された物質が弁体の当たり面に付着し,弁体が弁座に接着したことによる。
 廃食用油再生処理業者が,うみのこに対し,暫定規格に定められた性状を満足しない状態でBDFを納入していたことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は,機関の運転管理を行うにあたり,燃料油移送ポンプの始動と同時に同油供給タンクの低液面警報装置が警報音を発するのを解消させる場合,同タンクの著しい油量減少を知ることができるよう,限時機能を付加したり,更に下位となる位置に専用のフロートスイッチを増設するなど,同警報装置の作動を改善する措置を適切に行うべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,燃料油移送ポンプの自動運転が確実に繰り返されているので大丈夫と思い,同油供給タンクの低液面警報装置の作動を改善する措置を適切に行わなかった職務上の過失により,警報動作を司る電磁継電器を取り外し,その機能を喪失させたまま運航を繰り返しているうち,航行中,同ポンプが自動始動した際,同油貯蔵タンクの取出し弁内で弁体が弁座に接着して開かず,同供給タンクの油量が減少し続けていることに気づかない状況を招き,続航しているうち,同油の主機への供給が絶たれ,航行を不能とさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B社が,BDFの製造にあたり,後処理が不十分で,酸化の進行を抑制する手段を講じて保管しなかったうえ,厳密な性状試験を行わず,暫定規格に定められた性状を満足しない状態でうみのこに納入していたことは,本件発生の原因となる。
 B社に対しては,BDFの陸用機関での使用実績において,特段の不都合が報告されていなかったこと,船舶用燃料として使用された事例が他になかったこと及び未だBDFの酸化進行メカニズムに解明されていない点が多くあったことなどに徴し勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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