(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年2月5日15時00分
北緯20度16.0分 東経132度50.0分
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第一弘奈丸 |
総トン数 |
12トン |
登録長 |
12.84メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
441キロワット |
回転数 |
毎分1,850 |
3 事実の経過
第一弘奈丸(以下「弘奈丸」という。)は,平成7年3月に進水し,沖縄県南方から三陸沖にかけての海域を漁場として,1年を通してまぐろはえ縄漁業に従事するFRP製漁船で,船体中央部に操舵室を設け,その下方に機関室が区画されていた。
主機は,B社が製造した,S6A3-MTK型と称する6シリンダ4サイクルの機関で,一度出漁すると停止されることがなく,逆転減速機を介して推進軸系に動力を伝達していたほか,機関前部のクランク軸端にプーリを取り付け,海水ポンプ,発電機,漁労用油圧ポンプ及び主機付冷却清水ポンプ(以下「冷却清水ポンプ」という。)などの機器を,いずれも合成ゴム製Vベルト(以下「駆動ベルト」という。)を介して駆動できるようになっていた。
そして,A受審人は,各駆動ベルトの耐用時間が比較的短い約2,000時間とされ,新替が容易にできたことから,主機製造者が建造時に納入した各1組の同ベルトを主機の標準予備品として船内に保管していた。
主機の冷却清水系統は,海水が通水される冷却管を内蔵した清水タンク内の清水が,冷却清水ポンプにより吸引・加圧され,潤滑油冷却器,シリンダジャケット,シリンダヘッド,排気マニホルドの順に流れたのち,再び同タンクに戻る循環経路をなしており,同ポンプによる送水が不能となる事態などに備え,同清水温度の過高警報装置が設けられていたものの,冷却海水系統からの通水も可能とするなどの応急的な配管設備が備えられていなかった。
冷却清水ポンプは,クランクケース左舷側の前部に取り付けられた横置渦巻き式のもので,同ポンプ軸及びクランク軸に組み付けられたプーリ,並びに張力を調節できるよう中心を可動構造としたテンションプーリに架けられた駆動ベルト1本によって動力が伝達されるようになっていた。
冷却清水ポンプ用駆動ベルトは,断面形状が下辺22.8ミリメートル(mm),上辺約14mm及び高さ12.8mmの台形で,内周を歯形とした有効周1,355mmのもので,250時間毎に緊張状態を点検し,要すれば調節する旨が主機の取扱説明書に記載されていたが,酸素及び光等に晒された予備品の保存環境下においても,硬化するなどの材料劣化が進行する合成ゴムとしての一般的性質を有していた。
A受審人は,漁船に約7年間甲板員及び約1年間機関員としてそれぞれ乗り組んだのち,昭和62年から船長職を執っていたところ,平成6年11月に六級海技士(機関)(機関限定)の免許を取得し,弘奈丸が竣工したのちは,操業海域を拡大できる小型第2種漁船としての乗組員要件を満足させるために,船長を雇用して自らが機関長として乗り組むようになり,機関の運転及び保守管理にあたっていた。
ところでA受審人は,冷却清水ポンプ用を除く各駆動ベルトの新替を業者に依頼したり,ときには自ら行っていたが,その都度,予備品の補充を怠りなく実施していた。
平成13年8月A受審人は,建造時に納入されて以来保有していた予備の冷却清水ポンプ用駆動ベルトの材料劣化が徐々に進行する状況であったところ,他の駆動ベルトに比べて耐用時間が長いという印象を持ちながら,就航後初めて業者に同ベルトの新替を依頼した際,新たに購入したものを使用させ,予備の同ベルトを現状のまま船内に保管して出漁を再開した。
平成16年3月A受審人は,前記予備の駆動ベルトの材料劣化が更に進行していたところ,使用中の冷却清水ポンプ用駆動ベルトが伸びていることに気づき,自ら予備の同ベルトと取り替えたので,耐用時間が短いことが予想できるうえに予備品を保有しない状況となったものの,その後,他の主機駆動補機にも使用されていた同種駆動ベルトと比べた過去の新替実績から,すぐに必要となる事態にはならないものと思い,速やかに購入して補充しておくなど,主機の予備品管理を十分に行わないまま出漁を繰り返していた。
平成17年1月29日15時00分弘奈丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,船首尾とも1.0メートルの等喫水をもって,操業の目的で,沖縄県泊漁港を発し,越えて2月1日06時ごろ沖ノ鳥島西方の漁場に至って操業を開始したのち,漁場を移動しながら投縄及び揚縄を繰り返し,2月5日00時ごろ4回目の揚縄を終え,魚群探索の目的で再び移動を開始した。
こうして,弘奈丸は,いつしか冷却清水ポンプ用駆動ベルトの表面に生じていた亀裂が進行する状況の下,主機を回転数毎分1,300で運転し,8.0ノットの対地速力で航行していたところ,同ベルトが破断して冷却清水が通水されない状態となり,2月5日15時00分北緯20度16.0分,東経132度50.0分の地点において,同清水温度の過高警報装置が作動し,操舵室で操船中のA受審人がこれを認め,主機に損傷が生じる前に停止したものの,同ポンプの駆動機能を復旧することができず,航行が不能となった。
当時,天候は晴で,風はなく,海上は平穏であった。
弘奈丸は,A受審人が救援を依頼した引船によって泊漁港に引き付けられ,のち,冷却清水ポンプ用駆動ベルトが新替えされた。
(海難の原因)
本件運航阻害は,主機付冷却清水ポンプの駆動ベルトが船内に保管していたものと新替えされたのち,主機の予備品管理が不十分で,予備の同ベルトを保有しないまま約10箇月間出漁を繰り返すうち,操業中に同ベルトが破断した際,それを新替えすることができず,冷却水装置が機能しなくなったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機付冷却清水ポンプの駆動ベルトを新替えし,船内に予備の同ベルトを保有しない状況となった場合,耐用時間が比較的短いとされる同ベルトを自身で新替えすることができたのであるから,予期せぬ破断などの事態に対処できるよう,速やかに購入して補充するなど,主機の予備品管理を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,他の主機駆動補機にも使用されていた同種駆動ベルトに比べて新替頻度が低かったことから,急いで予備の同ベルトを補充しておかなくても大丈夫と思い,主機の予備品管理を十分に行わなかった職務上の過失により,出漁を繰り返すうち,操業中に材料の経年劣化が進行していた同ベルトが破断した際,新替えする措置をとることができず,主機の冷却水装置が機能できない事態を招き,航行を不能とさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
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