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平成17年長審第82号
件名

貨物船龍玉丸乗組員負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年3月28日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(山本哲也,藤江哲三,稲木秀邦)

理事官
千葉 廣

受審人
A 職名:龍玉丸船長 海技免許:四級海技士(航海)

損害
乗組員が右下肢に開放骨折,動脈及び神経損傷等を負い,のち切断

原因
作業の危険性に対する認識不十分

主文

 本件乗組員負傷は,クレーン荷重試験の準備中,作業の危険性に対する認識が不十分で,作業体制が整うまで待機せずに準備作業が行われ,横倒しとなったハッチビームに乗組員が足を挟まれたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年1月7日10時50分
 長崎県島原港
 (北緯32度46.1分 東経130度22.4分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船龍玉丸
総トン数 1,595トン
全長 75.63メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,471キロワット
(2)設備及び構造等
 龍玉丸は,平成4年5月に進水した,全通二層甲板船尾船橋型の鋼製砂利採取運搬船で,船体ほぼ中央に容量約1,600立方メートルの貨物倉を有し,船首甲板に旋回式ジブクレーンを装備していた。
 貨物倉は,長さ,幅,甲板下の深さ及びハッチコーミングの甲板上高さが,それぞれ20.3メートル(m),11.0m,6.3m及び0.9mで,倉底には厚板が敷き詰められ,ハッチカバーがコーミング頂部に13本のハッチビーム(以下「ビーム」という。)を左右に渡し,木製ハッチボードを載せてキャンバスを被せる構造となっていた。
 ビームは,H字を横に寝かせた断面形状の鋼製構造物で,上下面の幅がともに0.2m,1本の重量が約1トンあり,側面が縦横それぞれ0.3mと11.2mの長方形の上に,底辺,頂辺及び高さがそれぞれ11.2m,6.8m及び0.3mの等脚台形を載せた形状をしていて,使用時には台形頂辺を下にした状態で,両端をハッチコーミングの内側に切られた溝に挿入して取り付けられていた。

3 事実の経過
 龍玉丸は,兵庫県家島に長期間係船されていたところ,平成15年11月B社が先代龍玉の代替船として購入し,長崎県島原港の造船所に入渠して検査工事,船体機関の整備工事のほか,ジブクレーン取替え等の改装工事が行われることとなった。
 ジブクレーンは,先代龍玉で約3年前に新替えされた比較的新しいものであったことから,台座からクレーン,発電機械室,操縦席等の一式全てが龍玉丸に移設されることになったもので,制限荷重が15.0トン,ジブの長さが24.0m,バケットの容量及び重量が3.6立方メートル及び7.8トンであった。
 ところで,先代龍玉は,A受審人及び一等航海士(以下「一航士」という。)Cのほか次席一航士,機関長,一等機関士(以下「一機士」という。)及び次席一機士の6人の運航要員のうち,1ないし2人が順に交代で休暇を取り,残りの要員が必要に応じて上位職で乗船する体制で,主として長崎県内の海域で専ら石材の運搬業務に従事していたところ,平成15年12月に海外売船されることになった。
 龍玉丸は,先代龍玉の売船に先立ち,同年11月末にA受審人と機関長により,家島から島原港の造船所まで回航されて約2箇月の予定で入渠し,12月25日に先代龍玉の引渡しを終えた残りの運航要員も休暇を取る者を除いて龍玉丸に合流し,ドック工事に立ち会う傍ら各機器の取扱い習熟などに当たり,年内に乾ドック工事,ジブクレーンの移設工事などを済ませたうえ,造船所の浮きドックに左舷付けで係留され,同月29日から全員が正月休暇を取り,翌16年1月6日A受審人,C一航士,一機士及び次席一機士の4人が再び乗船した。
 A受審人は,1月6日の午後,造船所の本船担当技師(以下「担当技師」という。)から,翌7日10時ごろからジブクレーンの荷重試験を実施する予定であること,その際,鉄工所でクレーン類の販売整備を行っている専門業者(以下「技術者」という。)が来船して立ち会うこと,同クレーンの操縦は本船側で行うこと,試験用に重さ約6トンの直方体の鉄塊(以下「重り」という。)を準備するので,一旦バケットをクレーンワイヤから取り外したうえ,ワイヤ先端に鉄製の取付け金具(以下「鉄製金具」という。)を接続し,その両端にバケットと重りを天秤式に取り付けて試験荷重とすることなどの連絡を受けたものの,具体的な作業分担等については打合せを行わなかった。
 龍玉丸は,翌7日予定が遅れて10時過ぎから,造船所作業員(以下「作業員」という。)がジブクレーン荷重試験の準備に取り掛かり,造船所クレーンを使用して船倉の船尾側ハッチカバー約3分の1が開放され,外された3本のビームが倉底に降ろされ,使用時と同様に台形頂辺を下にした不安定な状態で,船尾側中央に船首尾方向に並べられ,右舷側ビームの右舷方に重り及び技術者が持参した鉄製金具が積み込まれた。なお,バケットは正月休み前から,船尾左舷隅のハッチボード1枚を取り外し,同所を通して伸ばされたクレーンワイヤに繋がれた状態で,倉底の左舷側船尾寄りに置かれていた。
 A受審人は,10時20分ごろ同荷重試験に立ち会うため甲板上に赴き,ジブクレーン運転士を兼ねる次席一機士を操縦席に就け,他の乗組員や来船した技術者とともに貨物倉の船尾左舷側に立って作業状況を眺めていたところ,都合で検査官の到着がさらに遅れることを知り,待機するつもりでいたところ,技術者から準備作業を進めておけばどうかと助言を受けた。
 A受審人は,クレーン専門家として技術者を信用していたので助言に従うこととし,甲板上から倉内の状況を一見しただけで危険は何もないものと安易に考え,担当技師らが到着するまで待機して準備作業は造船所側に任せるよう指示しなかったばかりか,現場の安全確認を行わないまま倉底に並べられたビームの不安定な状態などに気付かず,準備作業を進めることとした。
 龍玉丸は,作業員4,5人が甲板上でハッチボードの片付け作業を行うなか,本船乗組員と技術者の主導で倉内の作業員1人とともに荷重試験の準備作業が進められ,ジブクレーン操縦席の次席一機士からは倉内が視認できなかったので,技術者の手信号による合図に従ってジブクレーンの操縦が行われ,まず,床に並べたビームから約3m左舷側に間隔を開けて置かれたバケットをクレーンワイヤから取り外したうえ,ジブを右舷側に移動し,作業員が重りと鉄製金具を同ワイヤ先端に接続する作業に取り掛かった。
 C一航士は,作業服の上下にヘルメット及び安全靴を着用し,甲板上から作業員の作業状況を見ていたが,手間取っている様子なので手助けしようと倉底に降りたところ,このころようやく作業が終わり,鉄製金具の片側にバケットを接続するため,重りが吊り上げられて左舷側に移動が開始された。
 こうして,龍玉丸は,C一航士がビームの船尾右舷側で作業を見守るなか,次席一機士が技術者の合図に従ってジブクレーンを操縦し,振れ止めロープを掛けた重りを吊り下げ,作業員が同ロープを支えながら,ゆっくりと左舷側に移動させたうえ,ビームとバケットの間に降ろすつもりで重りが下げられたところ,目測を誤ったものか,10時50分島原港防波堤灯台から真方位358度370mの地点において,降下する重りが左舷側のビームに接触して同ビームが右舷方に倒れ,残りのビーム2本も将棋倒しの様態で横倒しとなり,C一航士が倒れたビームに右足を挟まれた。
 当時,天候は晴で風はなく,港内は穏やかであった。
 A受審人は,船倉左舷側の甲板上で事故を目撃し,ジブクレーンは重りを接続したままで取外しに時間がかかることから,造船所のクレーン操縦士に依頼して倒れたビームの片端を吊り上げ,C一航士を助け出して救急車で病院に搬送した。
 その結果,C一航士は右下肢に開放骨折,動脈及び神経損傷等を負い,治療手術を受けたが壊死が進行して切断を余儀なくされ,リハビリ等を経て約1年後に元の職務に復帰した。

(本件発生に至る事由)
1 ジブクレーン荷重試験の準備作業について造船所と具体的な打合せを行っていなかったこと
2 ビームが不安定な状態で倉底に並べられていたこと
3 作業の危険性に対する認識が十分でなかったこと
4 作業現場の安全確認が行われなかったこと
5 担当技師及び作業員が揃うまで待たなかったこと
6 ジブクレーン操縦者から倉内の作業現場が見えなかったこと
7 ジブクレーン操縦者への合図が技術者に任されたこと
8 重りがビームに接触したこと

(原因の考察)
 本件は,ジブクレーン操縦者から見通すことができない倉内で重量物を移動させる作業について,周囲の作業員に対する危険要素はないか安全意識を働かせていれば,ビームの不安定な状態などに気付き,安易に本船側の主導で準備作業に取り掛かることはなく,本件は発生しなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,作業の危険性に対する認識が不十分であったこと,造船所側の担当技師及び作業員が揃うまで待たなかったこと,作業現場の安全確認を行わなかったこと,このため,ビームが不安定な状態で倉底に並べられていることに気付かなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 ジブクレーン荷重試験の準備作業について造船所と具体的な打合せを行っていなかったこと,ジブクレーン操縦者から倉内の作業現場が見えなかったこと,ジブクレーン操縦者への合図が技術者に任されたこと,このため,重りがビームに接触したことは,いずれも本件発生に至る過程で関与し,海難防止の観点から是正されるべき事実であるが,作業の危険性に対する認識が不十分のまま準備作業が進められた結果として発生した事実であり,本件と相当な因果関係があるとは認めない。

(海難の原因)
 本件乗組員負傷は,長崎県島原港の造船所浮きドックにおいて,ジブクレーン荷重試験の準備中,作業の危険性に対する認識が不十分で,作業体制が整うまで待機せず,現場の安全確認が行われないまま,準備作業が進められ,倉底に不安定な状態で並べられていたビームが横倒しとなり,乗組員が右足を挟まれたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,長崎県島原港の造船所浮きドックにおいて,ジブクレーン荷重試験のため担当技師らの到着を待機中,準備作業を進めてはどうかと助言を受けた場合,貨物倉内で重量物をクレーンで吊って移動させる作業には,不安全要素が存在するおそれがあったから,担当技師らが到着するまでそのまま待機して同作業は造船所側に任せるよう指示すべき注意義務があった。しかしながら,同人は,甲板上から倉内の状況を一見しただけで危険は何もないものと安易に考え,現場の安全確認を行わないまま同作業を進めることとし,担当技師らが到着するまでそのまま待機して同作業は造船所側に任せるよう指示しなかった職務上の過失により,不安定な状態で倉底に並べられていたビームが,ジブクレーンで移動中の重りと接触して横倒しとなる事態を招き,乗組員がビームに右下肢を挟まれ,のち,同下肢を切断するに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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