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平成17年長審第65号
件名

貨物船第六辰栄丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年3月9日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(山本哲也,藤江哲三,稲木秀邦)

理事官
清水正男

受審人
A 職名:第六辰栄丸船長 海技免許:四級海技士(航海)

損害
乗組員がフェアリーダから外れた錨ホーサーに腹部を強打され,のち死亡

原因
揚錨作業手順の見直し不十分

主文

 本件乗組員死亡は,船尾予備錨の揚錨作業手順の見直しが不十分で,同作業中,予備錨格納用のホーサーがフェアリーダに巻き込まれたことと,これを認めた際の対処が不適切で,フェアリーダから外れた別のホーサーが乗組員の腹部を強打したこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年10月9日08時30分
 長崎県平戸島江袋湾
 (北緯33度21.4分 東経129度31.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船第六辰栄丸
総トン数 1,112トン
全長 69.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,471キロワット
(2)設備及び構造等
 第六辰栄丸(以下「辰栄丸」という。)は,昭和63年12月に進水した,バウスラスタを装備する全通二層甲板船尾船橋型の鋼製石材運搬船兼砂利採取運搬船で,船首両舷の主錨のほか,正船尾に海上の工事現場で錨泊する際などに使用する船尾錨を備え,船首甲板に旋回式ジブクレーンを装備し,その船尾側の船橋楼までの間が容量約1,260立方メートルの貨物倉に,船橋楼後方が船尾甲板になっていた。
 辰栄丸は,平成6年1月にB社が購入し,その際,425キログラムの船尾錨を1.2トンのものに取り替えたうえ,さらに1.0トンのストックアンカーを船尾予備錨(以下「予備錨」という。)として積み込み,同錨格納用のダビット(以下「ダビット」という。)を設置し,3個ローラのフェアリーダを4個ローラのものに取り替えたほか,船尾係船装置を,両端のワーピングエンドをそれぞれホーサーリール(以下「リール」という。)に付け替えて,船尾錨用ワイヤドラムの両側にリール各2個を配置した構造に改造するなどの改装が行われた。
 この結果,船尾甲板には,油圧式の同係船装置を中央に,その船首側に同装置の操作スタンド,同装置右部船尾方に単独ローラ,同装置のほぼ正横に当たる両舷側に2個ローラのフェアリーダ(以下「舷側フェアリーダ」という。),右舷側舷側フェアリーダの船尾側にダビット,船尾端両舷にそれぞれ4個ローラのフェアリーダ(以下「船尾フェアリーダ」という。)など,新旧を含む甲板機器がそれぞれ配置されていた。
 予備錨は,普段,ダビット先端に取り付けたモーターブロック(電動巻揚げ機,以下「ホイスト」という。)のフックをアンカーリングに掛けたうえ,ダビットポストに引き寄せて固縛し,甲板上に垂直に立てた状態で格納されており,使用時には,同リングに繋げたアンカーチェーンに予めホーサー(以下「錨ホーサー」という。)を繋ぎ,固縛を解いてホイストで舷外に一旦吊り下げたのち,同リングが甲板から少し下の位置になるまで降下させ,予備錨の重量を錨ホーサーに移してから,ホイストのフックを外して投錨しており,揚錨は逆の手順で行われていた。
 なお,船尾甲板は,船首側の幅,前後長さ及び船尾端の幅がそれぞれ約10.8メートル(m),7.5m及び7mあり,また,ダビットは,クリート等が取り付けられた円柱型の台座にへの字形のポストを垂直に立てた形状のもので,台座及びポスト屈曲部までの甲板上高さがそれぞれ約1.2m及び3mで,屈曲部から先のポストの長さが約1.2mあり,アイリングがホイスト用にポスト先端に溶接されていたほか,その少し下方とポストの付け根部分にも溶接されて滑車等が取り付けられるようになっていた。

3 事実の経過
 辰栄丸は,長崎県の県北海域において,主として,採石場などで積み込んだ岩石を海上工事現場まで運搬し,構築物の基礎石として投入する業務のほか,月平均4ないし5回の頻度で,同県若松島等からコンクリート用砂利の原石を同県平戸島江袋湾湾奥まで運搬し,私設桟橋に着桟してB社関係会社の砕石工場に荷揚げしており,沖合で錨泊もしくは桟橋に係留することが多く,船尾錨とともに風潮流の状態によっては予備錨も頻繁に使用されていた。
 A受審人は,船長兼安全担当者として他の乗組員4人を指揮して運航管理に当たり,船内作業の安全対策については,B社の指導もあって月に1度は乗組員を集めて安全会議を開き,会議毎に項目を決めて安全教育を行い,同席では具体的な細かい注意は行っていなかったものの,荷役中や離着桟作業時など機会ある度に,運転中のジブクレーン運転台周辺,緊張したロープの内側などの危険区域には入らない等の具体的な注意を行っていた。
 また,A受審人は,離着桟時等の乗組員配置について,船首甲板に一航士と二等航海士(以下「二航士」という。),船尾甲板に機関長と一機士をそれぞれ就け,自らは総指揮者として,船橋で単独操船に当たりながら,船橋と各甲板に設置した船内マイクを通信手段として指示を与えていた。
 ところで,一機士はジブクレーン運転手を兼ねていて,荷役終了後の離桟時などには同クレーンの手仕舞い作業等を終えてから船尾配置に就いていたので,二航士が船首作業終了次第,船尾の補佐に回るようにしていたが,船尾作業の途中まで機関長が単独で行うことも多かった。
 辰栄丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,岩石等の運搬業務を繰り返していたところ,平成16年8月末,電動機巻線が焼損してホイストが使用不能となり,業者に修理を依頼したが時間が掛かることが判明したことから,機関長の考案により,同修理完了まで予備錨使用時には,ダビットのポスト先端及び付け根の各アイリングにテークル及び滑車を取り付け,ホイストに替えてテークルフックをアンカーリングに掛け,テークルのワイヤ(以下「テークルワイヤ」という。)を滑車に通したうえ,係船装置左舷内側のリールから左舷側船尾フェアリーダを介して繰り出したホーサー(以下「臨時ホーサー」という。)と,互いに先端のアイ同士をシャックルで接続して巻き取るようになった。
 ところで,従来から,錨ホーサーは,係船装置のリール4個に巻き取られた,いずれも直径42ミリメートルのホーサーのうち,右舷内側リールのホーサーが使用されており,予備錨使用時には,同リールから右舷側の船尾フェアリーダ,同装置船尾方の単独ローラ及び舷側フェアリーダの順に掛け回したうえ,予備錨アンカーチェーンに繋がれていた。
 一方,機関長は,ホイストが故障して以来,作業準備を段取りよく進めておく必要がある関係上,予備錨揚錨時にも,ときに錨ホーサーの巻込み前から臨時ホーサーを準備するようになり,掛け回された錨ホーサーの上に重ねる状態で,左舷船尾フェアリーダを介して臨時ホーサーをダビット近くまで伸ばし,クリートに束ねて掛けられたテークルワイヤと接続するようになったことから,その状態で錨ホーサーを巻き込むと,両ホーサーが絡み付くおそれが生じることになった。
 A受審人は,ホイストの故障で作業手順をしばらくの間変更せざるを得ないことを認め,機関長から新しい作業手順の説明を受けて予備錨使用時には一機士が到着するまで単独で揚投錨を行わないよう指示したものの,作業手順の変更については,経験豊富な機関長に任せておけば大丈夫と思い,早急に乗組員を集めて不安全作業が含まれていないか検討を加えるなど,見直しを行うことなく,具体的な作業内容を把握しないまま運航を繰り返していた。
 辰栄丸は,平成16年10月8日早朝,船首右舷錨と船尾錨に加えて予備錨を投錨したうえ,江袋湾の専用桟橋に左舷付けで着桟し,砂利の原石1,100立方メートルを揚荷したのち,積荷の目的で,船首1.5m船尾3.5mの喫水をもって,翌9日08時佐世保港に向けて離桟作業に取り掛かった。
 機関準備を終えた機関長は,ジャージの上下に安全帽,安全靴及び軍手を着用して船尾配置に就き,一機士の到着を待つ間に,予め臨時ホーサーをテークルワイヤと接続したうえ,到着した一機士を係船装置の操作スタンドに就け,船内マイクで配置員が揃った旨放送し,船橋で単独操船に就いたA受審人がこれを受けて,08時20分船首尾各錨の揚錨を指示した。
 こうして,機関長は,右舷側船尾甲板上から両錨索の張り出し方向などに注意しながら一機士に各錨の巻込み速度を指示し,まず船尾錨を巻き上げ,その後予備錨が立ち錨となったときその旨マイクで放送させ,同錨の状態を確認して船尾錨の方に戻り掛けたときに,臨時ホーサー先端のアイの部分が,巻込み中の錨ホーサーに絡み付き,船尾フェアリーダのローラに引き込まれそうになっていることに気付いた。
 辰栄丸は,臨時ホーサーの異状に気付いた機関長が,一機士に声を掛けてリールを停止させたうえ,錨ホーサーを少し緩めるなど安全な措置をとることなく,咄嗟に錨ホーサーの内側でかがみ込んでローラから臨時ホーサーを引き抜こうとしたところ,08時30分江袋湾西岸の小富士山(217m)頂から真方位176度2,350mの地点において,両ホーサーがともにローラから外れ,予備錨の重量が掛かって緊張した錨ホーサーが機関長の腹部を強打し,ちょうどこのとき,作業を手伝うために背後から近づいた二航士が,後退りする機関長とともに同ホーサーとリールの間に挟まれた。
 当時,天候は晴で風力4の北北東風が吹き,湾内はやや波が高かった。
 一機士は,リールの陰となって船尾側の機関長の動きは肩部から上しか見えなかったが,急に錨ホーサーの巻込み停止を指示してしゃがみ込んだ様子だったので,不審に思って二航士に続いて船尾側に回り,2人の状態に気付いて船橋に報告し,事故を知ったA受審人は事後の措置に当たった。
 この結果,C機関長は,自ら身支度を調え,緊急入港した平戸島の田助漁港において,事故の1時間後には病院に到着して診断を受け,同月12日に精密検査をする予定で入院したが,同日朝,容体が急変して死亡し,司法解剖の結果,小腸及び腸管膜破裂による汎発性腹膜炎と検案された。なお,二航士は何事もなく無事であった。

(本件発生に至る事由)
1 ホイストが故障したこと
2 予備錨の揚錨作業手順の見直しが行われなかったこと
3 巻込み中の錨ホーサーの上に臨時ホーサーが重ねられていたこと
4 臨時ホーサーが錨ホーサーに絡んでフェアリーダに巻き込まれたこと
5 機関長が咄嗟に錨ホーサーの内側にかがみ込んで臨時ホーサーを引き抜こうとしたこと

(原因の考察)
 本件は,予備錨の揚錨作業方法を変更した際,作業手順を見直して,臨時ホーサーは錨ホーサー巻込み後に準備するなど,安全な作業手順を取り決めておけば,臨時ホーサーが錨ホーサーに巻き込まれることはなく,発生しなかったものと認められる。
 したがって,揚錨作業手順の見直しが行われなかったこと及び巻込み中の錨ホーサーの上に臨時ホーサーが重ねられていたことは本件発生の原因となる。
 本件は,また,臨時ホーサーがフェアリーダに巻き込まれるのを認めた際,錨ホーサーを少し緩めるなど安全な措置をとり,かつ,緊張するロープ類の内側で作業は行わないという基本的なルールが遵守されていれば,回避できたものと認められる。
 したがって,錨ホーサーの内側で機関長が咄嗟に臨時ホーサーを引き抜こうとしたことは本件発生の原因となる。
 ホイストが故障したこと及び臨時ホーサーが錨ホーサーに絡んでフェアリーダに巻き込まれたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,いずれも本件と相当な因果関係があるとは認められない。

(海難の原因)
 本件乗組員死亡は,ホイストが故障して予備錨揚錨の作業方法を変更した際,作業手順の見直しが不十分で,長崎県平戸島江袋湾の桟橋から離桟するため同作業中,臨時ホーサーが錨ホーサーに絡んでフェアリーダに巻き込まれたことと,これを認めた際の対処が不適切で,咄嗟に錨ホーサーの内側でかがみ込んで臨時ホーサーを引き抜こうとした乗組員が,フェアリーダから外れた錨ホーサーに腹部を強打されたこととによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,予備錨揚錨の作業方法を変更した場合,作業手順に不安全作業が含まれているおそれがあったから,早急に乗組員を集めて不安全作業が含まれていないか検討を加えるなど,作業手順の見直しを行うべき注意義務があった。しかしながら,同受審人は,経験豊富な機関長に任せておけば大丈夫と思い,具体的な作業内容を把握しないまま,作業手順の見直しを行わなかった職務上の過失により,長崎県平戸島江袋湾の桟橋から離桟するため予備錨揚錨作業中,錨ホーサーの巻込み前に準備された臨時ホーサーが,錨ホーサーを巻込み中に同ホーサーに絡まってフェアリーダに巻き込まれる事態を招き,これに気付いた乗組員が咄嗟に臨時ホーサーを引き抜こうとして,フェアリーダから外れた錨ホーサーに腹部を強打され,のち死亡するに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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