(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年6月14日14時40分
大分県臼石鼻東方沖合
(北緯33度24.6分 東経131度45.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第十一豊栄丸 |
総トン数 |
4.9トン |
全長 |
13.90メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
242キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第十一豊栄丸
第十一豊栄丸(以下「豊栄丸」という。)は,昭和61年11月に進水した,2そう船びき網漁業の右舷側網船として豊栄丸船団(以下「船団」という。)に所属するFRP製漁船で,甲板上の船体中央部やや船首寄りに操舵室を配置し,同室船尾側の長さ4.4メートル(m)の後部甲板と,同甲板から約0.4m隆起した船尾端までの長さ1.2mの船尾端甲板とが作業甲板となっていた。
後部甲板には,漁労機器としていずれも油圧式で,ドラム式の巻揚げウインチを前部中央に,Vローラと称する揚網用ローラ(以下「揚網ローラ」という。)を船尾右舷端の船尾端甲板との境界部にそれぞれ設置しており,作動油が,主機前部動力取出軸により電磁クラッチを介してベルト駆動する油圧ポンプから供給されていた。また,揚網ローラ直下から船首側に延びる外板の見切り線となる甲板上には,高さ及び幅がいずれも約30ミリメートル(mm)の桟が取り付けられていた。
イ 揚網ローラ
揚網ローラは,C社が製造したV-50横型で,油圧駆動部と,直径345mm長さ445mmの円筒形で空気圧入式ゴムタイヤ(以下「タイヤ」という。)2個を上下に2段重ねとしたローラ部からなり,右舷ブルワークの内舷側に接して船尾方向に固定して据え付けられて,タイヤ頂部の高さが甲板上から約0.8mであった。
また,揚網ローラの油圧切換弁は,同ローラの約1m前方のブルワーク内側に取り付けられており,操作ハンドルによって正転,逆転及び停止の無段変速ができ,同ハンドルから手を放しても停止位置に戻らない構造となっていた。
ところで,揚網ローラは,漁網を回転する両タイヤの間に挟み込む(以下「中通し」という。)ことを前提として製造されたもので,正転時に漁網の進入方向となるローラ部の船尾側半周には,漁網の挿入ガイドと駆動部への巻き込み防止を主たる目的として,同タイヤ右舷端から左舷側に約120mmの位置に直径50mmのステンレス製パイプをガード(以下「パイプガード」という。)として逆C字形に取り付け,同ガードが作業者の巻き込まれ防止にも有効ではあるものの,取扱説明書には,揚網中に漁網の進入方向で作業しないことや進入方向から漁網を押し込まないことなど,取扱い上の注意事項が記載されていた。
ウ 船団構成
船団は,豊栄丸,同船と同型で漁労機器等の配置が左右対称となった左舷側網船のD丸(以下「左舷網船」という。),指揮船兼探索船のE丸(以下「指揮船」という。)及び運搬船兼探索船のF丸(以下「運搬船」という。)の計4隻で構成していた。
3 操業形態
(1)漁網及び漁法
船団は,通常,指揮船と運搬船に各1人,豊栄丸に4人,左舷網船に5人の計11人の乗組員が乗り組み,左舷網船の1人が漁獲物運搬の際に運搬船へ移乗するようにし,大分県守江港を基地として,通年,専らちりめんじゃこに加工するかたくちいわしなどを漁獲対象とした日帰り操業に従事しているもので,B指定海難関係人が乗組員の配乗と業務分担を決めていた。
漁網は,後端部から,網目の小さな長さ約80mの袋網,長さ約50mの袖網,長さ約150mの大引き網及び同網の両端に取り付けた約15mのチェーンと長さ約400mワイヤからなる引綱で構成し,このうち大引き網は網地の使用を大幅に抑え,浮子(あば)綱と沈子(いわ)綱にそれぞれ3メートル間隔で取り付けられた長さ約1mの吊りロープで中網を支持する形状とし,浮子綱の後半部には球状フロートが多数取り付けられており,漁場への航行中及び漁場移動中には両網船を接舷状態として左舷網船が袋網を積むようにしていた。
また,船団の漁法は,指揮船の魚群探索を受け,豊栄丸と左舷網船が接舷した状態から徐々に離れながら約10分かけて投網を行い,魚群の状況に応じた長さのワイヤを延出したうえ両網船の距離を約50mとして2ないし2時間半曳(えい)網したのち,揚網時には魚を袋網に流し込むのに必要な0.5ないし1ノットの前進速力を確保するために運搬船が曳航補助する状態で両網船が徐々に接近しながら揚網を行い,船尾方に移動した運搬船に漁獲物を取り込むもので,揚収開始から同取り込みを終えるのに約20分を要し,この間,指揮船が他の魚群探索を並行して行っており,一連の操業を1日に3回ほど繰り返していた。
(2)揚網作業
揚網作業は,巻揚げウインチで引綱を巻き取ったのち,揚網ローラで網を巻き揚げる際,漁網がタイヤに対してほぼ直角に進入するように,船尾端甲板の進入路となる内舷側の船尾端にガイド用の金属製ポールを差し込んだうえ,中通しでは,微速力で前進していることもあって大引き網を揚げるのに必要な摩擦力が十分に得られないことから,同ローラを逆転させ,漁網を上側タイヤの上手越しにとって,船首側から逆にタイヤ間に漁網のすべてを挟み込ませて下側タイヤの下からS字状に巻き揚げる方式(以下「逆転巻き」という。)で行い,袖網に移った段階から中通しに切り替えるようにしており,守江港周辺の同業船団において昭和50年代初頭から行われている方法であった。
そして,豊栄丸においては,引綱の巻き取り後,船尾端甲板に乗組員1人,後部甲板に乗組員3人が配置に就き,船尾端配置の乗組員が揚がってくる漁網の縒(よ)り直しや魚の振るい落し,後部甲板右舷側のF甲板員が揚網ローラの操作と浮子綱のコイルダウン,同甲板中央のA受審人が巻揚げウインチの操作と中網の整理,同甲板左舷側の乗組員が沈子綱のコイルダウンをそれぞれ担当するようになっていた。
このように,揚網ローラを逆転巻きで運転している場合,F甲板員と船尾端配置の乗組員とが,いずれも漁網の揚網ローラへの進入方向となる危険な位置で作業を行わなければならない状況にあった。そして,F甲板員は,巻き込み防止設備が設けられていない揚網ローラの船首側に位置し,浮子綱を手繰り寄せながら,両網船間の揚網速度を合わせたり,球状フロートが網をかぶったまま揚がってくるときには回転速度を落とす必要があることから,甲板上を前後に移動して油圧切換弁を操作しなければならず,揚網の進行とともに足元には浮子綱が積まれるうえに,網に絡まったクラゲなどで甲板上が滑りやくなるため,同弁に近寄ったときに甲板上の桟につまずいたり足を滑らせて身体のバランスを崩すと,同ローラに巻き込まれるおそれがあった。
4 事実の経過
B指定海難関係人は,網船に乗船していたとき,船尾端甲板で揚網作業中に誤って漁網に左手が絡んだまま揚網ローラ上部を半回転したものの,同ローラが停止されてタイヤに挟まれるのを免れた経験があり,逆転巻きで運転中の揚網ローラの危険性については十分に承知し,同ローラ担当のF甲板員らに対しては網船の操船方法や網が回っているときになるべく揚網ローラに近付かないよう日頃から注意していた。しかし,同甲板員らが20年以上経験のあるベテランであり,これまで重大な事故が発生していなかったことから,誤って乗組員が揚網ローラに巻き込まれることのないよう,同ローラの船首側にも巻き込み防止用ガードを設置したり,油圧切換弁付近の桟を切除するなど,船団の責任者として設備面の安全対策を十分に講じないまま操業を続けていた。
一方,A受審人は,B指定海難関係人の指揮の下,豊栄丸の責任者として操業に携わり,危険な揚網作業中には自らも下を向いた作業に追われ,乗組員の状態を把握する余裕がなかったが,曳網中や揚網後に,波風があるときには足元に気を付けて作業を行うよう指示する程度で,各乗組員が担当作業に慣れており,それぞれの持ち場で注意して作業しているので問題ないと思い,F甲板員に対して日頃から揚網ローラに近寄り過ぎたり漁網に触れないように徹底させたり,巻き込み防止のために設備面を改善するよう同指定海難関係人に進言するなど,揚網作業時の乗組員に対する安全措置を十分にとっていなかった。
豊栄丸は,A受審人及びF甲板員ほか2人が乗り組み,B指定海難関係人が1人で乗り組んだ指揮船ほか2隻とともに,操業の目的で,船首0.5m船尾1.7mの喫水をもって,平成17年6月14日06時30分守江港を発し,大分県臼石鼻東方沖合の漁場に至って操業を開始した。
そして,豊栄丸は,午前中に2回の投・揚網を行ったのち,午後から3回目の投網を行い,引綱のワイヤを約120m延出しての曳網を終え揚網を行うこととし,引綱を巻揚げウインチに巻き取ったのち,揚網ローラによって大引き網の巻き揚げ作業に取り掛り,同網をほぼ揚げ終えようとしていたとき,長袖ポロシャツと胸当ての付いたズボン合羽を着用してゴム長靴を履き,素手のF甲板員が,油圧切換弁のところへ不用意に近付いたとき,甲板上の桟につまずいたか,クラゲなどに足を滑らせたかして身体のバランスを崩し,タイヤの上に置いた左手が漁網に絡まり,14時40分臼石鼻灯台から真方位088度3.2海里の地点において,漁網と共に左上半身が揚網ローラに巻き込まれた。
当時,天候は曇で風力1の南東風が吹き,波高は約1mであった。
A受審人は,下を向いて中網を整理中にバタバタという音で船尾側を見上げたところ,F甲板員の左上半身が揚網ローラの両タイヤ間に挟まれているのを認め,大声を発して他の乗組員に知らせるとともに,同ローラを停止しようと油圧切換弁に向かったものの,中網に足を取られて転倒し,異常に気付いた船尾配置の乗組員が同弁で揚網ローラを停止したうえ,さらに正転させて同甲板員の上体を引き出したところで,魚群探索中のB指定海難関係人に無線で事態を通報した。
一方,B指定海難関係人は,網船及び運搬船から約1.5海里離れたところで魚群探索中に,無線連絡で事故を知って豊栄丸に急行し,F甲板員を指揮船に移乗させ,最寄りの大分県美濃崎漁港に入港して手配した救急車で病院に搬送させるなどの事後処理にあたった。
F甲板員は,救急車により病院に搬送されたが,同日16時03分胸部圧迫による肺挫傷等で死亡と検案された。
本件後,B指定海難関係人は,労働基準監督署の指導を受け,乗組員に対して運転中の揚網ローラの危険性を改めて周知徹底するとともに,設備面では,同ローラの船首側にも船尾側と対称位置にパイプガードを取り付け,揚網ローラ付近の甲板上の桟を切除したほか,油圧切換弁以外でも同ローラが停止できるように,甲板上の作業灯取付けバーの後方に油圧ポンプ電磁クラッチの遠隔嵌脱スイッチを新設するなど,再発防止対策を講じた。
(本件発生に至る事由)
1 揚網ローラの船首側に巻き込み防止用ガードが設けられていなかったこと
2 油圧切換弁付近の甲板上に桟が取り付けられていたこと
3 大引き網を揚げる段階では揚網ローラを逆転巻きで運転していたこと
4 B指定海難関係人が揚網ローラに対する設備面での安全対策を十分に講じていなかったこと
5 A受審人が揚網ローラの担当甲板員に対して日頃から同ローラに近寄り過ぎたり漁網に触れないように徹底させていなかったこと
6 A受審人が揚網ローラへの巻き込み防止のために設備面を改善するようB指定海難関係人に進言していなかったこと
7 揚網が進行すると網に付いたクラゲが揚がり,甲板上が滑りやすくなること
8 揚網ローラ付近で乗組員が身体のバランスを崩したこと
(原因の考察)
本件は,揚網ローラ担当の習熟した乗組員に対しても,日頃から同ローラに近寄り過ぎたり漁網に触れないことを徹底させ,また同ローラの船首側にも巻き込み防止用ガードを設置するなど設備面の安全対策を講じていれば,乗組員が油圧切換弁付近の甲板上の桟につまずくか,甲板上のクラゲなどで足を滑らせるかして誤って身体のバランスを崩したとしても,逆転巻きで運転中の揚網ローラに巻き込まれることは防止できたものと認められる。
したがって,A受審人が,各乗組員が担当作業に慣れており,それぞれの持ち場で注意して作業しているので問題ないと思い,揚網ローラの担当甲板員に日頃から同ローラに近寄り過ぎたり漁網に触れないように徹底させたり,揚網ローラに巻き込み防止用設備を設置するよう漁労長に進言するなど,揚網作業時の乗組員に対する安全措置を十分にとっていなかったことは,本件発生の原因となる。
また,B指定海難関係人が,揚網ローラの危険性を十分承知していながら,誤って乗組員が巻き込まれることのないよう,同ローラの船首側にも巻き込み防止用ガードを設置したり,油圧切換弁付近の桟を切除するなど,揚網ローラに対する設備面の安全対策を十分に講じていなかったことは,本件発生の原因となる。
大引き網を揚げる段階で揚網ローラを逆転巻きで運転していたことについては,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,守江港周辺の同業船団において昭和50年初頭から続けられている方法であり,相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,揚網ローラの巻き込み防止設備に関しては,本件後,船団において,船首側にも船尾側と対称位置にパイプガードを取り付けるなどの対策を速やかに講じた点は評価できるものの,現状の船首側から見てI字形パイプガードとその取付け位置ではタイヤの半分以上が露出した状態であり,巻き込み防止の効果を高めてより安全な操業を行うために,下側タイヤから漁網を巻き取るスペース及び球状フロート等が船首側を通過する間隔を考慮したうえで,上側タイヤをカバーできるP字形のガードをタイヤと揚網ローラ担当者との間に設置するなど,同ローラ製造業者や同業船団を含めてさらに検討する必要がある。
(海難の原因)
本件乗組員死亡は,2そう船びき網漁業に従事する網船において,揚網作業時の乗組員に対する安全措置が不十分で,大分県臼石鼻沖合で操業中,揚網ローラ付近で作業中の甲板員が,身体のバランスを崩して同ローラのタイヤ間に左上半身を巻き込まれたことによって発生したものである。
船団の漁労長が,揚網ローラに対する設備面の安全対策を十分に講じていなかったことは,本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は,2そう船びき網漁業に従事して網船での作業を指揮する場合,危険な揚網作業中には自らが作業に追われて乗組員の状態を把握する余裕がなかったのであるから,揚網ローラ担当の甲板員に日頃から同ローラに近寄り過ぎたり漁網に触れないように徹底させたり,揚網ローラに巻き込み防止用設備を設置するよう漁労長に進言するなど,揚網作業時の乗組員に対する安全措置を十分にとるべき注意義務があった。ところが,同人は,各乗組員が担当作業に慣れており,それぞれの持ち場で注意して作業しているので問題ないと思い,揚網作業時の乗組員に対する安全措置を十分にとっていなかった職務上の過失により,揚網作業中の前示甲板員が,体のバランスを崩して揚網ローラのタイヤ間に左上半身を巻き込まれる事態を招き,同甲板員を死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B指定海難関係人が,揚網ローラの危険性を十分承知し,船団の責任者として2そう船びき網漁業にあたる際,網船の乗組員が同ローラに巻き込まれることのないよう,同ローラの船首側にも巻き込み防止用ガードを設置したり,油圧切換弁付近の桟を切除するなど,揚網ローラに対する設備面の安全対策を十分に講じていなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては,本件発生後,揚網ローラ船首側にも巻き込み防止用ガードを取り付け,油圧切換弁付近の桟を切除したほか,油圧ポンプ用電磁クラッチ嵌脱スイッチを船尾部に新設するなどの再発防止策を講じた点に徴し,勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
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