(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年4月8日15時07分
岡山県岡山港
(北緯34度35.7分 東経133度59.1分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
ケミカルタンカー興和丸 |
総トン数 |
342トン |
全長 |
52.83メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 船体
興和丸は,平成7年10月に進水した船首尾楼付凹甲板型の鋼製ケミカルタンカーで,1番から3番までの貨物タンクを有し,その後部の船尾楼甲板下にポンプ室と機関室を,船尾楼に居住区と操舵室をそれぞれ配置していた。
イ 貨物タンク
貨物タンク(以下「タンク」という。)は,SUS304製で,中央に隔壁を有して左右に分けられ,1番タンクが156.06立方メートル,2番及び3番タンクがいずれも213.34立方メートルの容積を有し,上甲板にタンク毎にコーミングの直径及び高さが600ミリメートルのオイルタイトハッチ(以下「ハッチ」という。)を2箇所ずつ備え,船首側のハッチからタンク底部に降りる梯子が取り付けられ,液面高さをデジタル表示するフロート式液面計を装備していた。また,船尾側に吸入管溜りが設けられていた。
ウ 荷役装置
貨物管は,上甲板に陸側のホースを接続するマニホルド,主管,タンク上端から約1メートルの積込管,タンク底部の吸込主管,及び貨物ポンプ配管からなり,マニホルドには圧力計が装備されていた。
ポンプは,電動機駆動で遠心式の貨物ポンプと,残液を浚(さら)える容積式のストリッピングポンプが装備されていた。
配管内の残液は,貨物ポンプ出口に接続され圧縮空気管からの空気で,エアブローによって送り出すようになっていた。
(3)ケミカル貨物
ア 輸送品目
興和丸は,輸送する品目として,海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律(以下「海洋汚染防止法」という。)で有害液体物質とされるB物質,C物質及びD物質を積載可能と規定され,そのうち燐酸,水酸化カリウム(水溶液),硫化水素ナトリウム(水溶液,濃度が45質量パーセント以下のものに限る。),水酸化ナトリウム(水溶液)など8品目が積載可能な物質に指定されていた。
イ 硫化水素ナトリウム
硫化水素ナトリウムは,式量56.06の還元性の強い水溶性の塩で,単位式量当たり数個の結晶水を含み,原油の精製過程で生じる硫化水素ガスに水酸化ナトリウムを反応させて製造され,45パーセントから20パーセントの濃度の水溶液が,水硫化ソーダの商品名で石油精製工場から出荷されていた。
水硫化ソーダは,アルカリ性を示し,45パーセントの濃度では,摂氏25度(以下,温度は摂氏温度とする。)以下で水和塩を析出する可能性があるが,30パーセントほどの濃度では凝固温度が0度以下であった。また,生成過程から含まれる硫化水素ガスが,運搬中の振動と揺れで遊離するなど,常に発生しており,その濃度は生産工場で異なっていた。
また,危険物船舶運送及び貯蔵規則第3条及び港則法施行規則第12条で定義される腐食性物質で,海洋汚染防止法施行令で有害液体物質B類として,タンク洗浄に当たっては清水で予備洗浄を行い,その洗浄水を陸揚げして廃液処理することを規定されていた。
硫化水素ガスの毒性は,吸引すると500ないし700ppmの濃度で15分間以内にめまい,頭痛,吐き気等を催し,30ないし60分間続くと意識不明につながり,700ないし900ppmでは急激な意識不明と数分後に死亡,また,1,000ないし2,000ppmで即座に倒れ,呼吸停止に至るものであった。
3 関係人の経歴等
(1)A受審人
A受審人は,平成17年1月下旬に興和丸の一等航海士として乗船した。
(2)B指定海難関係人
B指定海難関係人は,C社に入社し,営業を担当し,配船業務も長く務めており,平成17年4月1日から実施される運航管理者制度に対応するため,予め同管理者に指名されていた。
C社は,所有船11隻を含め傭船26隻のケミカルタンカーを運航する内航海運会社で,平成7年に興和丸を建造し,同13年からD社に裸傭船させ,船員を乗り組ませて定期傭船契約を結んだ。
(3)指定海難関係人D社
指定海難関係人D社は,主として内航貨物船の船舶貸渡事業者として船員配乗の事業に携わり,平成13年から興和丸に船員を配乗してC社に定期傭船され,1年毎にその契約を更新していた。
4 運航管理規程
運航管理規程は,平成17年4月1日を施行日として内航海運業法及び船員法の一部改正により,運航の安全確保等の観点から作成と届出が義務づけられ,船舶の運航の管理組織並びに実施基準及び手続きに関する事項,その他輸送の安全を確保するための内航海運業者及びその従業員が遵守すべき事項を定めていた。
運航管理者は,内航海運業法第9条において船舶の運航管理に関する責任者として選任され,職務内容が,法令上船長の有する権限に属する事項以外の船舶の運航管理に関する統括責任者と定義され,船舶の運航及び輸送の安全に関する業務全般を統括し,運航管理規程を遵守してその実施を図ることとされていた。
C社は,それまで海工務部,営業部などの担当者が荷物及び支配下の各船を管理していたが,運航管理規程によって,運航管理者が各船の管理業務を統括することとなった。
5 危険物の輸送
(1)危険物全般に関する規則と資料
C社は,危険物取扱作業規則(以下「危険物作業規則」という。)を作成し,その中で離着岸,停泊,荷主との打合せ,荷役責任者の責務,荷役準備から開始と終了までの手順など,荷役作業全般に関わる心得を記載しており,平成13年10月に改訂したものを最新版として興和丸に配布していた。この中で,非常時措置として,荷役中に必要に応じて防毒マスク,ガス検知器等が使用できるよう,荷役作業責任者が準備することを規定していた。
また,製品別物性・事故処理基準・用途一覧表と題する資料で,主として扱うケミカル貨物の特徴を示していたほか,次に積み込む別種類の貨物に混入することを避けるため,揚荷後の配管及びタンクの洗浄手順書が,ケミカル貨物毎に作成されていた。
(2)水硫化ソーダの輸送に関するマニュアルと安全装備
C社は,水硫化ソーダについても前示揚荷後の配管とタンクの洗浄手順書(以下「洗浄手順書」という。)を作成し,各船に配布していた。
洗浄手順書は,エアブローで水硫化ソーダの送り出しを終了後,清水で予備洗浄をして同洗浄水を陸揚げし,港外に出て12海里以上離れた沖合で荷役配管とタンクに海水を溢れさせ,ガスの排出と洗浄を行い,ガス検知と酸素濃度測定によってガスフリーを確認するまでは,ハッチの開放とタンク内の立入りを禁止していた。
また,平成14年に「水硫化ソーダ揚荷後のタンククリーニングの件」と題する文書(以下「注意書き」という。)が水硫化ソーダを積載する船に配布され,水硫化ソーダが25度で凝固することなどが強調された。
興和丸に支給された防毒マスクは,直結式小型で,装着される硫化水素ガス用吸収缶の使用可能な濃度範囲が,1日の使用時間が30分未満の場合には150ppm未満とされ,1,000ppm以上の環境では使用してはならないものであった。
(3)乗組員への説明と教育
C社は,興和丸に初めて水硫化ソーダの輸送を行わせることとし,平成16年11月ごろD社に対して水硫化ソーダの性状と荷役の特殊性を説明し,同月15日にはB指定海難関係人が安全管理の担当者を興和丸に訪船させ,専ら船長に水硫化ソーダの性状を説明し,洗浄手順書を提示したが,船長及び乗組員に対して,作業に伴って発生する硫化水素ガスの毒性や,同ガスに対する防毒マスクの使用可能な濃度範囲など,硫化水素ガスの危険性についての説明を十分に行わなかった。
D社は,興和丸が初めて水硫化ソーダの輸送を行うに当たり,洗浄手順書の内容を理解して作業に当たらせたり,荷役責任者に危険物作業規則を理解させるなど,乗組員の安全教育を十分に行わなかった。
6 事実の経過
(1)水硫化ソーダの輸送開始
興和丸は,平成17年1月17日初めて水硫化ソーダを積み込み,その後,3月24日と同月30日にも積荷を行い,それぞれ目的地で揚荷をした。
B指定海難関係人は,初めての積荷作業に部下を立ち会わせたが,その後,揚荷に立ち会って作業の実施状況を確認するなどして,洗浄手順書の遵守を徹底させなかった。また,同部下からは,船長が水硫化ソーダが25度で凝固することを気にかけていることを報告されたが,船長に対して,通常の取扱いでは凝固しないことを説明しなかった。
興和丸は,硫化水素ガスの危険性が乗組員に認識されていなかったことから,いつしか揚荷の際に,各タンクの残量確認のために船尾側のハッチが開けられ,船首側ハッチからタンクに入って清水による予備洗浄が行われるようになった。
A受審人は,平成17年1月25日から3月7日まで興和丸に乗船した際には水硫化ソーダを取り扱う機会がなく,いったん休暇をとって4月2日に再び岡山港で興和丸に乗船したところ,ちょうど第3回目の水硫化ソーダの揚荷が行われており,前任の一等航海士と交代し,船長の説明を受けながら揚荷作業に加わった。
興和丸は,続けて水硫化ソーダの積荷が予定されていたので,揚荷を終了後,タンク洗浄が行われず,翌3日早朝に岡山港を発し,翌々5日に鹿島港で2番タンクに170.916キロリットルの,越えて6日に千葉港で3番タンクに170.747キロリットルの水硫化ソーダを積んで再び岡山港に向かった。
A受審人は,航海中に水硫化ソーダの揚荷に備えて船長から口頭で作業の手順を聞き,揚荷作業の終了間際に清水による予備洗浄を行う際,船長が自ら防毒マスクを着けてタンクに入る旨を告げられたが,洗浄手順書を読んでいなかったので,ガスフリーしないまま同タンク内に立ち入ることについて疑問を抱かなかった。
(2)乗組員死傷に至る経緯
興和丸は,E船長及びA受審人ほか2人が乗り組み,船首2.40メートル船尾3.90メートルの喫水で,平成17年4月8日10時40分岡山港のF社宮浦工場の桟橋に左舷付けで着桟した。
E船長は,工場の担当者と,揚荷するタンクの順番,連絡方法等を打ち合わせ,A受審人に対して危険物作業規則で荷役責任者が被るよう規定された赤いヘルメットを被っておくよう指示した。
A受審人は,自らが荷役責任者の責務を負うことを認識していたが,危険物作業規則を読んでおらず,防毒マスクを直ちに使用できるよう準備するなど,荷役時の非常時措置をとることなく,E船長から説明された手順に従って弁操作と液面監視に当たることとした。
興和丸は,機関長が貨物ポンプのスイッチ操作に就き,A受審人と甲板長が弁の操作と遠隔液面計の監視を行い,11時00分3番タンクの水硫化ソーダの揚荷を開始し,13時ごろ同タンクを終えて2番タンクに切り替えられた。そして,14時50分ごろ2番タンクの残量が少なくなり,E船長が工場の担当者にその旨を連絡し,A受審人と機関長に浚えとエアブローを指示した。
ところで,2番タンクは,このときタンク内部の液面確認のために船尾側ハッチが開けられていたが,水硫化ソーダから発生した高濃度の硫化水素ガスが,揚荷につれてタンク全体に拡散していた。
E船長は,浚えが終わって配管のエアブローが繰り返されるうち,洗浄手順書を遵守することなく,防毒マスクを装着し,清水ホースを引いて2番タンクの左舷船首側ハッチから梯子を途中まで降り,タンク内壁の洗浄を開始したが,同マスクの気密が悪く,タンク内の硫化水素ガスを吸い込んで異常を来し,まもなく頭を出して両腕をハッチコーミングに掛け,そのまま動けなくなった。
A受審人は,15時05分ごろ3回目のエアブローを終えたとき,2番タンクの左舷ハッチに両腕を掛け,船首方を向いて動かないE船長を見て,今後の予定について話をしようと近づいたところ,目を閉じていたので異常に気付き,防毒マスクを装着しないままE船長の上体を抱えて引き揚げようとし,15時06分ごろ甲板長と機関長も異常に気付き,同様に防毒マスクを装着しないまま走り寄って救出に当たった。
こうして,興和丸は,15時07分岡山港西防波堤灯台から真方位093度2,750メートルの地点で,2番タンクの左舷ハッチの梯子に立っていたE船長が同タンク底部に落下し,A受審人,機関長及び甲板長も,同ハッチ上面まで溢れていた硫化水素ガスを吸い込み,意識を喪失して昏倒した。
当時,天候は晴で風力2の東南東風が吹いていた。
工場の担当者が,洗浄水の受入れと荷役の手じまいのために桟橋に来て,興和丸の甲板上に乗組員が倒れていることに気付き,消防署に急報した。
その結果,ただちにA受審人,機関長及び甲板長が救急車で病院に,また,E船長が救助隊員によって2番タンク底部から救出されたのち病院にそれぞれ運ばれたが,E船長及び機関長Gが硫化水素ガス中毒で死亡と検案され,A受審人が同ガス中毒,頸椎捻挫及び左手熱傷で全治8週間の加療を,また甲板長が同ガス中毒で5日間の入院加療を要すると診断された。
(3)事後の処置
C社は,
ア 船員の労務監理と安全教育を専任する海務業務課の設置
イ 水硫化ソーダの輸送を専用船に限定
ウ 危険物作業規則を改訂し,タンク洗浄時のガス検知の実施を明記
エ 水硫化ソーダの揚荷についての手順書作成
また,D社は,
オ 全員にマニュアルを理解させること
カ 保護具の使用状況,マニュアル遵守状況の訪船による点検
キ 乗船前の安全教育
ク C社の主導する安全教育の実施
ケ 有毒ガス発生貨物の最初の積荷に立ち会うことの各点について改善を行った。
(本件発生に至る事由)
1 B指定海難関係人が,船長及び乗組員に対して,作業に伴って発生する硫化水素ガスの毒性や,同ガスに対する防毒マスクの使用可能な濃度範囲など,硫化水素ガスの危険性についての説明を十分に行わなかったこと
2 D社が,洗浄手順書の内容を理解して作業に当たらせたり,荷役責任者に危険物作業規則を理解させるなど,乗組員の安全教育を十分に行わなかったこと
3 B指定海難関係人が,揚荷に立ち会って作業の実施状況を確認するなどして,洗浄手順書の遵守を徹底させなかったこと
4 B指定海難関係人が,水硫化ソーダは通常の取扱いでは凝固しないことを説明しなかったこと
5 A受審人が,洗浄手順書を読んでいなかったこと
6 A受審人が,危険物作業規則を読んでおらず,防毒マスクを直ちに使用できるよう準備するなど,荷役時の非常時措置をとらなかったこと
7 船長が,洗浄手順書を遵守しなかったこと
8 船長が装着していた防毒マスクの気密が悪かったこと
(原因の考察)
本件乗組員死傷は,水硫化ソーダの揚荷に当たり,船長が,ガスフリーされていないタンクに入って硫化水素ガスを吸引し,更に他の乗組員が防毒マスクのないまま船長の救出に当たり,同ガスを吸引したことによって発生したものである。
洗浄手順書は,予備洗浄ののち港外で同タンク内に海水を溢れさせて硫化水素ガスを排出し,ガス濃度測定と酸素濃度測定を行ってガスフリーを確認後に同タンクに入ることとしていた。すなわち,船長は,タンクの予備洗浄を行うに当たり,同手順書を遵守し,同タンクに立ち入らなければ,同ガス吸引の危険を冒さなくて済んだものである。
したがって,船長が,洗浄手順書を遵守しなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人は,荷役責任者として,危険物作業規則に従って,必要なときに防毒マスクを使用できるよう準備しておれば,船長の救出に当たるとき,同マスクを装着して硫化水素ガス吸引を回避できたものと認められる。
したがって,A受審人が,危険物作業規則を読んでおらず,防毒マスクを直ちに使用できるよう準備するなど,荷役時の非常時措置を十分にとらなかったことは,本件発生の原因となる。
ところで,船長は,興和丸が水硫化ソーダの輸送を行うことを指示された当初から,水硫化ソーダが25度で凝固することを気にかけており,それまで興和丸で行われていた水酸化マグネシウムの揚荷後の洗浄のように,予備洗浄の段階でホースによる清水噴射が効果があると考えた可能性が高い。また,C社及びD社からガスを吸わないよう口頭で聞かされていたが,硫化水素ガス吸引の危険性について説明が十分に行われていなかったことから,防毒マスクを装着しておれば,タンクの途中まで入り,短時間のうちに清水による予備洗浄に当たっても危険はないと考えたと推定するのが相当である。
すなわち,B指定海難関係人が,作業に伴って発生する硫化水素ガスの毒性や,同ガスに対する防毒マスクの使用可能な濃度範囲など,硫化水素ガスの危険性についての説明を十分に与えておれば,船長がガスフリーされていないタンクに入ることを阻止できたものと考えられる。
したがって,B指定海難関係人が,船長及び乗組員に対して,作業に伴って発生する硫化水素ガスの毒性や,同ガスに対する防毒マスクの使用可能な濃度範囲など,硫化水素ガスの危険性についての説明を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
洗浄手順書は,予備洗浄の具体的な手順が詳細に書かれておらず,谷証人の供述にあるように口頭で具体的に説明しなければならなかった。すなわち,現場での作業が,荷役を終えて離岸するまでハッチを閉鎖することなど,洗浄手順書を遵守して行われているか確認しておれば,本件発生は阻止できたものと認められる。
したがって,B指定海難関係人が,揚荷に立ち会って作業の実施状況を確認するなどして,洗浄手順書の遵守を徹底させなかったことは,本件発生の原因となる。
D社は,興和丸が初めて水硫化ソーダを輸送するに当たり,洗浄手順書の内容を理解して作業に当たらせ,荷役責任者に危険物作業規則を理解させるなど,乗組員の安全教育を十分に行っておれば,ガスフリーされていないタンクに入るような危険な作業を防止できたものと認められる。
したがって,D社が,洗浄手順書の内容を理解して作業に当たらせたり,荷役責任者に危険物作業規則を理解させるなど,乗組員の安全教育を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,洗浄手順書を読んでいなかったこと,B指定海難関係人が,水硫化ソーダは通常の取扱いでは凝固しないことを説明しなかったこと,及び船長が装着していた防毒マスクの気密が悪かったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらのことは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(主張に対する判断)
B指定海難関係人の補佐人は,本件が,荷役終了後に発生したものであるから,運航会社すなわち運航管理者の管理を離れており,専ら船長の責任によるものであると主張するので,これを検討する。
C社は,D社に興和丸の船員の配乗と船体の日常的管理を行わせたうえで積荷と運航計画などの主要な管理を行っていたところ,平成17年4月1日の新しい運航管理制度の下,引き続き同様の管理体制を維持しながら,運航管理者にその統括をさせていたものである。
本件当時,エアブローが行われており,本船のマニホルドが陸側のホースと接続されていた。また,水硫化ソーダを積載したタンクは,清水による予備洗浄を行ってその洗浄水を陸上の施設に陸揚げしなければならず,工場側も洗浄水の受取りが終わるまで荷役作業と認めており,本件は,荷役中に発生したものと認められる。
以上の点から,本件は,運航会社の運航管理者の管理の下で行われた作業中のものであったと認められるから,補佐人の主張は採用することができない。
(海難の原因)
本件乗組員死傷は,水硫化ソーダの荷役に当たり,洗浄手順書の遵守が不十分で,船長が,ガスフリーされていない貨物タンクに入って硫化水素ガスを吸引したこと,及び防毒マスクを準備するなど,荷役時の非常時措置が不十分で,他の乗組員が防毒マスクを装着しないまま船長の救出に当たったことによって発生したものである。
運航管理者が,船長及び乗組員に対して,作業に伴って発生する硫化水素ガスの毒性や,同ガスに対する防毒マスクの使用可能な濃度範囲など,硫化水素ガスの危険性についての説明を十分に行わなかったこと,及び揚荷に立ち会って作業の実施状況を確認するなどして,同手順書の遵守を徹底させなかったことは,本件発生の原因となる。
内航運送業者が,洗浄手順書の内容を理解して作業に当たらせたり,荷役責任者に危険物作業規則を理解させるなど,乗組員の安全教育を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
A受審人は,水硫化ソーダの荷役に当たる場合,危険物作業規則を読んで,必要な状況になったときに防毒マスクを直ちに使用できるよう準備するなど,非常時措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,同規則を読んでおらず,防毒マスクを直ちに使用できるよう準備するなど,非常時措置を十分にとらなかった職務上の過失により,他の乗組員が防毒マスクを装着しないまま船長の救出に当たり,タンク全体に拡散,混合してハッチ上面まで溢れていた硫化水素ガスを吸引する事態を招き,船長のほかに機関長が死亡し,自らを含む2人が同ガス中毒に罹る等,受傷するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B指定海難関係人が,船長及び乗組員に対して,作業に伴って発生する硫化水素ガスの毒性や,同ガスに対する防毒マスクの使用可能な濃度範囲など,硫化水素ガスの危険性についての説明を十分に行わなかったこと,及び揚荷に立ち会って作業の実施状況を確認するなどして,同手順書の遵守を徹底させなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては,海難審判法第4条第3項の規定により勧告する。
D社が,洗浄手順書の内容を理解して作業に当たらせたり,荷役責任者に危険物作業規則を理解させるなど,乗組員の安全教育を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
D社に対しては,勧告しないが,乗組員の安全教育に,真摯に取り組まなければならない。
よって主文のとおり裁決する。
|