(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年10月4日14時10分
北太平洋中部
(北緯35度35分 東経167度46分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三くに丸 |
総トン数 |
77.00トン |
全長 |
29.75メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
411キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 船体
第三くに丸(以下「くに丸」という。)は,昭和54年4月に進水した,まぐろ延縄漁に従事する長船尾楼型FRP製漁船で,前部甲板にまぐろ延縄巻上げ機(以下「ラインホーラー」という。)などの漁ろう設備が備えられ,船体中央部の操舵室から上甲板での漁ろう作業が見渡せて,同室前面右舷側にはラインホーラーの停止スイッチが備えられ,緊急時には同ホーラーを動力源から遮断できるようになっていた。
イ 漁法及び甲板上の漁ろう設備
くに丸の漁法は,一枚と呼ばれる長さ約920メートルの幹縄に浮子を付け,釣り針の付いた長さ約24メートルの枝縄をスナップフックで等間隔に18本取り付けたものを,約150枚繋げて船尾から約5時間かけて投縄したのち,約3時間漂泊待機し,その後約11時間かけて揚縄するものであった。
揚縄作業は,前部甲板右舷側のブルワーク上にあるサイドローラーから船内に引き入れた幹縄を,その内側に備えたラインホーラーで巻上げ,かかったまぐろは,同ホーラーの船尾側に設けられた舷門から取り込むようになっていた。また,ラインホーラーで巻上げられた幹縄は,縄受台(以下「スローコンベア」という。)に載せて左舷側に送られたのち,幹縄置場に移されるようになっており,一方,同ホーラーの手前で幹縄から外された枝縄は,ラインホーラーの船尾側に配した枝縄巻上げ機で巻上げられたのち船尾の枝縄置場に送られるようになっていた。
ウ ラインホーラー
ラインホーラーは,その船尾面に右舷側から縄引きローラー,縄巻きローラー及び縄押しローラーと称する3個のローラーが三角形に配置され,幹縄を縄引きローラーの下端を通して縄巻きローラーの上端に導き,その後縄巻きローラーと縄押しローラーの間を通してスローコンベアに送る構造となっており,各ローラーは,同ホーラー内部に組み込まれた油圧モーターにより駆動される仕組みになっていた。
ラインホーラーのクラッチレバーは,同ホーラーの右舷側にあり,同レバーを中立にすると,ラインホーラーの縄引きローラー,縄巻きローラー及び縄押しローラーの各ローラーが駆動用の油圧モーターから切り離されるようになっており,また,サイドローラー脇の甲板上に設けられたブレーキペダルを踏み込むことで,同ホーラーの回転を遅くしたり,一時的に止めたりすることができるようになっていた。
3 事実の経過
(1)枝縄の絡みを解く作業要領とA受審人の安全措置模様
揚縄中,幹縄に枝縄が絡んだ状態で巻上げられ,ラインホーラーの縄引きローラーなどに幹縄と枝縄が詰まったり枝縄が絡んだりして,それ以上巻けなくなったときには,同ホーラーの回転を止めたうえで,幹縄を一旦ラインホーラーから外し,枝縄の絡みを少なくしてから,再度同ホーラーで巻上げて,スローコンベア上で,枝縄を取り外すこととしていた。
縄引きローラーなどに絡んだ枝縄を解く作業中,不意にラインホーラーが回転すると同作業に従事している乗組員が巻き込まれるおそれがあるので,日本人乗組員は事前にクラッチレバーを中立にしてから同作業にあたっていたが,インドネシア人乗組員はこの措置をとらず,ブレーキペダルを踏み込んで同ホーラーの回転を止めただけで同作業にあたり,A受審人はそのことを黙認していたばかりか,自ら操舵室のラインホーラーの停止スイッチを押すなどの,同ホーラーを動力源から遮断する措置をとっていなかった。
(2)本件発生に至る経緯
くに丸は,A受審人ほか日本人3人及びインドネシア人5人が乗り組み,操業の目的で,船首1.5メートル船尾3.0メートルの喫水をもって,平成16年9月18日10時30分(日本標準時,以下同じ。)和歌山県勝浦港を発し,同月27日03時20分日本とハワイのほぼ中間にあたる北太平洋中部の北緯36度東経171度付近の漁場に至り,操業を開始した。
A受審人は,前示漁場付近の海域を移動しながら操業を繰り返し,越えて10月4日04時ごろ北緯35度37分東経168度34分の地点から西方に向けて投縄作業を開始し,09時30分ごろ同作業を終え,約3時間漂泊待機したのち,揚縄作業に取り掛かることとした。
A受審人は,船長兼漁ろう長として,操舵室で操船にあたるとともに操業の指揮を執り,乗組員にヘルメットやゴム長靴などの保護具を着用させ,12時30分ラインホーラー,枝縄巻上げ機及びスローコンベアなどの近くにインドネシア人乗組員を,甲板員Bほか日本人乗組員を待機員としてそれぞれ配置に就け,北緯35度35分東経167度37分の地点で,針路を真針路090度に定め,機関を微速力前進にかけ,5ノットの対地速力で揚縄作業を開始し,手動操舵により進行した。
ところで,B甲板員は,平成14年4月から同16年3月まで技能実習生として,同年8月から甲板員として,くに丸に乗船し,約3年間のまぐろ延縄漁の経験を有していた。
A受審人は,操舵室で速力などを適宜調整しながら揚縄作業を監視していたところ,14時ごろ20枚目の幹縄に取り掛かり,その11本目の枝縄を巻上げるとき,枝縄の絡んだ幹縄がラインホーラーの縄引きローラーに詰まったため,枝縄の取り外しを担当していた乗組員がブレーキペダルを踏み込んで同ホーラーの回転を止めたのち,待機していたB甲板員が絡んだ枝縄を解く作業に取り掛かるのを認めた。
このとき,A受審人は,別の乗組員がラインホーラーのブレーキペダルを踏み込んでいるので大丈夫と思い,B甲板員が縄引きローラーに巻き込まれることのないよう,自ら操舵室にある同ホーラーの停止スイッチを押すなり,同甲板員にクラッチを中立にさせるなりして,ラインホーラーを動力源から遮断する措置をとることなく前示作業を見守った。
B甲板員は,両手のゴム手袋の上から軍手を重ね,縄引きローラーに手をかけて絡んだ枝縄を右手でつかみ,回転方向に引いて枝縄の絡みを解こうとしたとき,船体動揺によりブレーキペダルの踏み込みが緩んだものか,同ローラーが不意に回転し,14時10分北緯35度35分東経167度46分の地点において,枝縄をつかんだまま,右腕が縄引きローラーと縄巻きローラーの間に巻き込まれた。
当時,天候は晴で風力1の東風が吹き,波高は約1メートルであった。
A受審人は,異常事態に気付き,直ちにラインホーラーの停止スイッチを押して動力源から遮断し,現場に赴いてB甲板員の右腕に絡まっていた枝縄などを切断したのち,縄引きローラーと縄巻きローラーとの間から,その右腕を引き抜き,応急処置を施したうえで,関係機関に救助の要請を行い,来援する巡視船との会合地点に向けて発進し,翌々6日飛来した海上保安庁のヘリコプターに同甲板員を託した。
その結果,B甲板員は,北海道釧路市内の病院に搬送され,右肘分散脱臼,右尺骨頭開放脱臼骨折,右尺側手根伸筋断裂,右撓骨粉砕骨折並びに右手指及び右掌挫滅創と診断された。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,別の乗組員がラインホーラーのブレーキペダルを踏み込んでいるので大丈夫と思ったこと
2 A受審人が,ブレーキペダルでラインホーラーの回転を止めただけで,自ら同ホーラーの停止スイッチを押すなり,甲板員にクラッチを中立にさせるなりして,ラインホーラーを動力源から遮断する措置をとらなかったこと
(原因の考察)
揚縄中,ラインホーラーの縄引きローラーに絡んだ枝縄を解く作業を行う際,船長が自ら同ホーラーの停止スイッチを押すなり,同作業に従事する甲板員にクラッチを中立にさせるなりして,ラインホーラーを動力源から完全に遮断していたら,同甲板員が縄引きローラーに腕を巻き込まれる事態を避けることができたものと認められる。
したがって,A受審人が,ラインホーラーのブレーキペダルを踏み込んでいるので大丈夫と思い,同ホーラーの停止スイッチを押すなり,クラッチを中立にさせるなりして,ラインホーラーを動力源から遮断する措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件乗組員負傷は,北太平洋中部海域において,まぐろ延縄漁の揚縄中,ラインホーラーの縄引きローラーに絡んだ枝縄を解く作業を行う際,同ホーラーを動力源から遮断する措置をとらず,同作業に従事していた甲板員が,不意に回転した同ローラーに,右腕を巻き込まれたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,北太平洋中部海域において,まぐろ延縄漁の揚縄中,操舵室で操業の指揮にあたり,ラインホーラーの縄引きローラーに絡んだ枝縄を解く作業を行う場合,同作業に従事する甲板員が同ローラーに巻き込まれることのないよう,自ら同ホーラーの停止スイッチを押すなり,同甲板員にラインホーラーのクラッチを中立にさせるなりして,同ホーラーを動力源から遮断する措置をとるべき注意義務があった。
しかるに,同受審人は,別の乗組員がラインホーラーのブレーキペダルを踏み込んでいるので大丈夫と思い,同ホーラーを動力源から遮断する措置をとらなかった職務上の過失により,縄引きローラーに絡んだ枝縄を解く作業に従事していた甲板員が不意に回転した同ローラーに巻き込まれ,右肘分散脱臼,右尺骨頭開放脱臼骨折,右尺側手根伸筋断裂,右撓骨粉砕骨折並びに右手指及び右掌挫滅創を負う事態を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
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