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平成17年横審第109号
件名

モーターボート第三哲丸同乗者死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年3月29日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(岩渕三穂,田邉行夫,古城達也)

理事官
供田仁男

受審人
A 職名:第三哲丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
同乗者が溺水による窒息死

原因
同乗者に対する安全措置不十分

主文

 本件同乗者死亡は,同乗者に対する安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年4月17日15時30分
 愛知県三河湾
 (北緯34度45.1分 東経137度00.4分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 モーターボート第三哲丸
総トン数 4.05トン
登録長 9.82メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 161キロワット
(2)設備及び性能等
 第三哲丸(以下「哲丸」という。)は,平成15年4月小型船舶登録原簿に新規登録された,航行区域を限定沿海区域とするFRP製モーターボートで,船体中央部に機関と操舵室,同室下段に船室,並びに操舵室前方及び船尾甲板にいけすがそれぞれ配置され,救命胴衣12着が備えられていた。
 操舵は,舵輪による手動油圧で行われるが,同油圧系統の故障時には舵柄で行えるようになっていた。
 船尾甲板には,いけすのさぶた上に知人が所有する船の操舵室を,高さ1.0メートル縦1.5メートル横1.0メートルに切り取った部分(以下「キャビン」という。)が仮置きされ,舵柄を差し込む部分が雨や海水で濡れるのを防いでいた。

3 事実の経過
 哲丸は,A受審人が1人で乗り組み,子供2人と同乗者Bを乗せ,愛知県衣浦港蜆(しじみ)川の係留地から同県佐久島に渡り食事等を楽しんだのち,船首0.3メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,平成17年4月17日15時20分佐久島漁港西ノ浜地区の通称西港を発し,同係留地に向け帰航の途に就いた。
 ところで,哲丸の船尾甲板上に仮置きされたキャビンは,これまで航行中に多少横揺れしても移動したことがなかったことから,A受審人は,キャビン底部にウエッジを挟むなり,ロープで固縛するなりの固定する措置をとっていなかった。
 A受審人は,B同乗者が長袖シャツ,長ズボン及び靴を着用し,キャビン上に置いた,幅80センチメートル(以下「センチ」という。)長さ及び高さがともに30センチの木製の台に腰を下ろし,両足を操舵室後方の両舷に渡した板の上に置いて前方を向き,特にどこかにつかまっている様子がない状態で,万一自船が大きく揺れてキャビンが移動すると,同者の海中転落が発生するおそれがあったが,まさかキャビンが移動することはないものと思い,同者に対して安全な場所に移るように指示することなく,また,自身も以前から救命胴衣を着用していなかったことから,子供を含む3人に対しても救命胴衣を着用するように指示しなかった。
 A受審人は,2人の子供を船室の床に寝かせ,前示操舵室後方の板の上に立って操船し,西港の防波堤を替わった後,15時22分半波ケ埼灯台から235度(真方位,以下同じ。)200メートルの地点で,針路を衣浦港港口の2本の煙突の中間に向く325度に定め,機関を回転数毎分2,000の全速力前進にかけ,14.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,手動操舵により進行した。
 A受審人は,三河湾内を航行する他船の航走波が,高さ50センチないし1メートルほどとなって寄せてくる中を横揺れしながら航行し,同波を乗り切るときに生じたしぶきにより,船尾甲板及びいけすのさぶたが濡れ,大きく横揺れしたときにはキャビンが濡れたさぶた上を滑って移動するおそれがあったが,依然B同乗者に対して安全な場所に移るように指示することも,また,救命胴衣の着用を指示することもなく続航中,15時30分波ケ埼灯台から322度1.8海里の地点において,前示航走波によりひときわ大きく左に揺れたとき,キャビンが20センチほど左舷側に移動し,キャビン左後端がさぶた上から船尾甲板に外れ落ちて傾き,その弾みでB同乗者が左舷側から海中に転落した。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は下げ潮の中央期であった。
 A受審人は,叫び声とキャビンの外れ落ちる音を聞いて振り返り,B同乗者が仰向けに海中転落するのを認め,直ちに引き返して同者を船内に引き上げ,友人の連絡により係留地に手配された救急車で病院に搬送したが,のち溺水による窒息死と検案された。

(本件発生に至る事由)
(1)B同乗者に救命胴衣を着用するように指示しなかったこと
(2)キャビンが動くことはないものと思い,B同乗者に対して安全な場所に移るように指示しなかったこと
(3)横揺れを緩和するように船首を波に立てるなどの措置をとらなかったこと
(4)キャビン底部にウエッジを挟むなどの固定する措置をとらなかったこと

(原因の考察)
 船長が,同乗者に対してキャビンの上から降りるように指示し,安全な場所に移動させていたなら,同乗者の海中転落はなく,本件死亡は発生しなかったものと認められる。
 また,船長が,同乗者に対して救命胴衣を着用させていたなら,海中転落しても溺れることはなく,本件死亡は発生しなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,キャビンが動くことはないものと思い,B同乗者に対して安全な場所に移るように指示しなかったこと及び救命胴衣を着用するように指示しなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 キャビン底部にウエッジを挟むなどの固定する措置をとらなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。A受審人及びB同乗者はともに,キャビンの移動を全く想定していなかったのであるが,航行中は甲板上の移動物を固定すべきであり,これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 横揺れを緩和するように船首を波に立てるなどの措置をとらなかったことは,これまでも同じ程度に横揺れする状態で航行していたと認められることから,原因とするまでもない。

(海難の原因)
 本件同乗者死亡は,愛知県三河湾において,キャビン上部に腰掛けていた同乗者に対し,安全な場所に移るように指示しなかったばかりか,救命胴衣の着用を指示しないで航行中,他船の航走波で横揺れした際,同乗者が海中転落したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,愛知県三河湾において,佐久島から衣浦港内の係留地に向けて帰航中,B同乗者が救命胴衣を着用せずにキャビン上部に腰掛けていた場合,自船は横揺れの激しい船で,海中転落が発生するおそれがあったから,万一海中転落しても溺れることのないよう,救命胴衣の着用を指示すべき注意義務があった。
 しかるに,同人は,まさかB同乗者が海中転落することはないものと思い,救命胴衣の着用を指示しなかった職務上の過失により,キャビンの移動で海中転落したB同乗者を溺れさせる事態を招き,同者を溺水による窒息で死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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