日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2006年度(平成18年度) >  死傷事件一覧 >  事件





平成17年横審第88号
件名

旅客船セブンアイランド虹旅客負傷事件
第二審請求者〔受審人A〕

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年3月10日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(小寺俊秋,岩渕三穂,濱本 宏)

理事官
供田仁男

受審人
A 職名:セブンアイランド虹船長 海技免許:一級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職名:C社運航管理者

損害
前部水中翼支柱と船体との接合部破損
旅客10人が脊髄損傷など

原因
セブンアイランド虹・・・旅客に対する安全措置不十分
運航管理者・・・乗組員に対してシートベルト着用についての指導不十分

主文

 本件旅客負傷は,旅客に対する安全措置が不十分で,シートベルトの着用を徹底させなかったことによって発生したものである。
 運航管理者が,シートベルト着用についての指導を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aの一級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年6月11日16時05分
 伊豆大島北東方沖合
 (北緯34度54.2分 東経139度27.6分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船セブンアイランド虹
総トン数 281.14トン
登録長 23.44メートル
機関の種類 ガスタービン機関
出力 5,588キロワット
(2)設備及び性能等
 セブンアイランド虹(以下「虹」という。)は,昭和56年4月にD社において建造され,船体前部及び後部の船底部に,それぞれ上下に可動な水中翼を装備した,ジェットフォイル(製造者の登録商標)と称する全没翼型アルミ合金製水中翼船で,船体を海面から浮上させて航走する翼走と,船体を海面に接して航走する艇走との2種類の航走状態を選択して航行することができ,平成14年4月から,同型水中翼船のE及びFとともに,京浜港東京区の竹芝桟橋と伊豆諸島諸港間の定期航路に就航した。
 船体の全長は,翼走時には前部及び後部各水中翼が垂直方向に降ろされた状態で27.43メートルとなり,艇走時には両水中翼を跳ね上げ,前部水中翼が前方に突き出す状態となることから,30.78メートルであった。
 推進力は,翼走時及び艇走時とも2機のガスタービン機関で駆動されるウォータージェット推進器により,また,翼走時の浮力は,水中翼に発生する揚力によって得ていた。
 翼走時の速力は,同型船Eの海上確認試験成績書によると,最大速力44.7ノットを記録し,船舶所有者が乗組員の教育訓練に使用していた安全教育教本において,天候が穏やかなときの通常速力を42ノットとしていた。
 船橋中央部の右舷側には操船者用椅子,左舷側には計器監視のための機関士用椅子が並んで設置され,その後方の両舷に,さらに各1脚の椅子が設置されていた。
 旅客船室は,1階旅客船室と2階旅客船室とに分かれ,1人用の椅子型座席が1階に167席,2階に93席設置され,各座席には,航空機仕様とほぼ同じシートベルトがそれぞれ装備されており,1階旅客船室に6箇所,2階旅客船室に4箇所シートベルト着用表示灯が取り付けられていた。また,1階旅客船室最前部,同中央両舷及び2階旅客船室最前部の両舷に各1台のテレビが備え付けられ,旅客へのDVD案内映像の放映に使用されていた。

3 オペレーターマニュアル
 C社は,虹ほか2隻の水中翼船を就航させるに際し,同船の構造,機器の取扱説明及び運航基準等を詳細に記載したオペレーターマニュアルを作成し,国土交通省関東運輸局の承認を得て各船に配備していた。
 オペレーターマニュアルによると,翼走状態として高速で航行する場合,大型水中生物に対する注意として,旅客にシートベルトの着用を放送・指示するとともに,シートベルト着用表示灯を点灯する旨定められていた。

4 事実の経過
 虹は,A受審人ほか4人が乗り組み,旅客137人を乗せ,船首船尾とも1.4メートルの等喫水をもって,平成16年6月11日14時46分京浜港東京区の竹芝桟橋を発し,伊豆大島元町港に向かった。
 A受審人は,離岸操船に引き続いて操船に当たり,艇走状態から徐々に翼走状態に切り替えながら翼深度を水面下1.5メートルに調整し,港内を約26ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で南下した後,東京西航路を出たところで速力約40ノットの翼走状態として浦賀水道に向首した。
 ところで,B指定海難関係人は,虹ほか2隻の水中翼船を就航させるに際し,それまで同型船の運航実績があった他社のマニュアルや事故例を参考とし,同型船の製造者とも協議してオペレーターマニュアルを作成した経緯から,高速で翼走中,大型水中生物や水面下の漂流物と接触したときの危険性や,旅客のシートベルト着用の必要性について十分に認識しており,竹芝桟橋のターミナル内に,旅客が守るべき事項の一つとして,翼走航行中はシートベルトの着用が必要な旨掲示したり,船内における同内容の放映や船内放送の実施を定めたりするなど,安全運航のための対策を採っていた。
 しかし,B指定海難関係人は,シートベルト着用の必要性について旅客の認識が低く,翼走中にシートベルトを着用していない旅客が多い状況を知っており,大型水中生物や水面下の漂流物と接触するとその衝撃で旅客が座席から投げ出されるおそれがあったが,旅客の利便性を考慮して強制するまでもないと思い,乗組員に対し,旅客船室を巡視して直接シートベルトの着用を促すなど,オペレーターマニュアルに従ってその着用を徹底させるよう,十分に指導していなかった。
 また,A受審人は,発航に先立ち旅客に対して,翼走航行中は安全のため座席のシートベルトを着用する必要がある旨の放映と船内放送,更に出航直後にも船内放送による同様の案内を行い,シートベルト着用表示灯を点灯していたが,高速での翼走状態となったとき,同案内だけでは相当数の旅客がシートベルトを着用していないことを知っていたものの,滅多(めった)にシートベルトが必要となるような事故に遭遇することはないと思い,旅客船室の巡視を実施し,直接旅客に促してシートベルトの着用を徹底させるなど,旅客に対する安全措置を十分にとらなかった。
 A受審人は,オペレーターマニュアルに定められた航路に従い,中ノ瀬航路の東外側,第2海堡東側及び浦賀水道航路の東外側をほぼ両航路に沿って南下し,15時28分浦賀水道航路第2号灯浮標を右舷正横約400メートルに見て航過した後,剱埼(つるぎさき)約3海里沖合に向首して一等航海士と操船を交替し,自らは操縦席右舷後方の椅子に座って船橋内の監視に当たった。
 一等航海士は,15時37分半剱埼灯台から115度(真方位,以下同じ。)3.0海里の地点で,針路を226度に定め,40.5ノットの速力で手動操舵により進行中,16時05分伊豆大島灯台から034.5度7.7海里の地点において,突然「どーん」という大きな音とともに船体が急に左回頭を始めたので,取扱説明書の応急操船に従い左舵を取って船体姿勢を制御したが,虹は,前部水中翼が水面下の鯨に接触して強い衝撃を受け,シートベルトを着用していなかった旅客が座席から投げ出された。
 当時,天候は雨で風力3の北東風が吹き,視界は良好であった。
 その結果,虹は,前部水中翼支柱と船体との接合部を破損し,旅客10人が脊髄(せきずい)損傷などを負った。
 A受審人は,一旦停止して艇走が可能なことを確認した後,伊豆大島の岡田港に緊急入港し,負傷者を病院に搬送するなど,事後の処置に当たった。
 B指定海難関係人は,本件発生後,乗組員に対し,旅客船室の巡視を行い,旅客に直接シートベルトの着用を促すように指導するとともに,旅客船室の支柱等に衝撃緩衝材を取り付け,鯨の生態及び出没地点等を調査して情報を周知するなどの対策を採った。

(本件発生に至る事由)
1 B指定海難関係人が,旅客の利便性を考慮してシートベルトの着用を強制するまでもないと思ったこと
2 乗組員に対し,シートベルト着用についての指導を十分に行わなかったこと
3 A受審人が,滅多にシートベルトが必要となるような事故に遭遇することはないと思ったこと
4 シートベルトの着用を徹底させなかったこと
5 旅客に対する安全措置を十分に採らなかったこと
6 水面下の鯨に接触したこと
7 シートベルトを着用していなかった旅客が座席から投げ出されたこと

(原因の考察)
 本件は,シートベルトの着用が徹底されていれば,旅客が座席から投げ出されることはなく,発生を防ぐことができたと認められる。
 したがって,A受審人が,滅多にシートベルトが必要となるような事故に遭遇することはないと思い,シートベルトの着用を徹底させるなど,旅客に対する安全措置を十分にとらなかったこと及びシートベルトを着用していなかった旅客が座席から投げ出されたことは,いずれも本件発生の原因となる。
 また,オペレーターマニュアルに従ってシートベルトの着用を徹底させるよう,十分に指導が行われていれば,本件発生を防げたものと認められる。
 したがって,B指定海難関係人が,旅客の利便性を考慮してシートベルトの着用を強制するまでもないと思い,乗組員に対し,シートベルト着用についての指導を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 水面下の鯨に接触したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,視認できない水面下の鯨と接触することは予見性に乏しく,原因とすることはできない。

(海難の原因)
 本件旅客負傷は,伊豆大島北東方沖合において,翼走状態として高速で航行中,旅客に対する安全措置が不十分で,シートベルトの着用を徹底させず,前部水中翼が水面下の鯨に接触した衝撃で旅客が座席から投げ出されたことによって発生したものである。
 運航管理者が,乗組員に対し,シートベルト着用についての指導を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は,伊豆大島北東方沖合において,翼走状態として高速で航行する場合,水面下の大型水中生物や漂流物に接触して衝撃を受けることがあるから,旅客船室の巡視を実施し,直接旅客に促してシートベルトの着用を徹底させるなど,旅客に対する安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,滅多にシートベルトが必要となるような事故に遭遇することはないと思い,シートベルトの着用を徹底させるなど,旅客に対する安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により,前部水中翼が水面下の鯨に接触した衝撃で旅客が座席から投げ出され,旅客10人が脊髄損傷などを負う事態を招くに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 B指定海難関係人が,乗組員に対し,オペレーターマニュアルに従ってシートベルトの着用を徹底するよう,指導を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,乗組員に対し,旅客に直接シートベルトの着用を促すように指導するとともに,旅客船室の支柱等に衝撃緩衝材を取り付け,鯨の生態や出没地点を調査して乗組員に情報を周知するなどの対策を採ったことに徴し勧告しないが,さらに,乗組員に対する指導が確実に実行されていることを検証し,同種海難の再発防止に努めなければならない。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION