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平成17年横審第87号
件名

旅客船明風旅客負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年2月21日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(黒岩 貢,岩渕三穂,濱本 宏)

理事官
供田仁男

受審人
A 職名:明風船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
旅客が入院を要する腰椎圧迫骨折

原因
発航を中止しなかったこと,船体動揺の緩和措置不適切

主文

 本件旅客負傷は,運航基準の発航中止条件を超える波浪があった際,発航を取り止めなかったばかりか,強風と高い波浪を受けて航行中,船体動揺が激しくなったとき,これを緩和するための適切な措置をとらず,急激な船体動揺により旅客が座席に身体を打ちつけたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成13年4月22日14時11分
 三河湾佐久島西方沖合
 (北緯34度43.6分 東経137度01.6分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船明風
総トン数 15トン
登録長 11.96メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 500キロワット
(2)設備及び性能等
 明風は,平成2年3月に進水した2機2軸のFRP製旅客船で,最大搭載人員37人,航行区域を平水区域とし,船体中央部に機関室が,その上部に操舵室と中央客室が,機関室前後に前部客室と後部客室がそれぞれ配置され,各客室とも2人掛け用もしくは3人掛け用のソファーを左右2列に並べて設置してあり,停船地は,三河湾西部の愛知県佐久島東部南岸に位置する通称佐久島東港であった。
 明風は,A受審人の息子が経営する旅館の宿泊客を送迎するほか,要請があった場合や,乗客が何人か集まった際にも運航する,いわば海上タクシーと呼称される旅客船で,運航管理規程で取り決められた運航基準には,風速毎秒12メートル以上,波高0.8メートル以上,視程800メートル以下のいずれかの場合には発航を中止すること,基準航行を継続すると船体の動揺等で安全運航が困難になるおそれがあるときには,減速等の適切な措置をとることなどが定められていた。

3 事実の経過
 明風は,A受審人が1人で乗り組み,旅客30人を乗せ,船首0.65メートル船尾1.25メートルの喫水をもって,平成13年4月22日14時00分佐久島東港を発し,三河湾北西部の愛知県一色港に向かった。
 ところで,当日,前線を伴った低気圧が本州南方洋上を東進した影響により,名古屋地方気象台から同県知多,西三河南部及び東三河南部に対し,強風波浪注意報が発表されており,佐久島周辺海域は,午前中から風が強まり,佐久島東港から見渡した限りでも,同島南西岸近くの波浪が,明風の運航基準の発航中止条件である波高0.8メートルを超えていることが容易に分かる状況であった。
 A受審人は,海象状況が発航中止条件を超えていることを認めていたが,平素からこの程度の波浪で運航していたことから,14時前,乗客30人が揃った(そろった)とき,念のため乗客に対し,海上が時化模様であること,航海中は席を立たないことなど船内放送で注意を促し,運航基準を遵守して発航を取り止めることなく予定とおり一色港に向かったものであった。
 発航後A受審人は,手動で操舵操船に当たり,機関回転数を500(毎分,以下同じ。)の極微速力前進とし,7.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で港内を出て大島と筒島の間を抜け,佐久島港太井ノ浦灯標(以下「太井ノ浦灯標」という。)を右舷側約100メートルでつけ回したのち,14時05分同灯標から215度(真方位,以下同じ。)100メートルの地点に達したとき,針路を305度に定め,同速力のまま進行した。
 14時07分A受審人は,太井ノ浦灯標から291度440メートルの地点に達したとき,同針路のまま,機関を20ノットの速力となる回転数1,400まで上げ,船首方からの強風と高い波浪に抗し,13.7ノットの速力で続航したところ,船体動揺が激しくなり,船に慣れない乗客であれば座席から投げ出されるおそれのある状況となったが,この程度の船体動揺では問題ないものと思い,十分に減速するなどの船体動揺を緩和するための適切な措置をとることなく進行した。
 14時09分半A受審人は,波ケ埼灯台から178度700メートルの地点に至ったとき,針路を328度に転じ,更に強い風浪を受けて激しい船体動揺を繰り返しながら続航中,14時11分同灯台から238度350メートルの地点に達したとき,ひときわ高い波浪に遭遇して船体が大きく動揺し,前部客室の最前列にいた旅客の1人が腰掛けていた座席から跳ね上がって落下し,座席に身体を打ちつけた。
 当時,天候は晴で風力5の北西風が吹き,潮候は上げ潮の中央期で,海上は時化模様であった。
 この結果,旅客1人が10日間の入院及びその後の加療を要する第2腰椎圧迫骨折を負った。

(本件発生に至る事由)
1 波高が運航基準の発航中止条件を超えていたのに発航を取り止めなかったこと
2 船体動揺が激しくなった際,十分に減速するなどの船体動揺を緩和するための適切な措置をとらなかったこと

(原因の考察)
 A受審人が,運航基準の発航中止条件に従って発航を取り止めていたならば,本件は発生していなかったものと認められ,さらに,発航後,強風と高い波浪を受けて航行中,船体動揺が激しくなった際,十分に減速するなどの船体動揺を緩和するための適切な措置をとっていたならば,本件は発生していなかったものと認められる。
 したがってA受審人が,運航基準の発航中止条件に従って発航を取り止めなかったこと,発航後,船体動揺が激しくなった際,十分に減速するなどの船体動揺を緩和するための適切な措置をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。

(海難の原因)
 本件旅客負傷は,愛知県佐久島東港において,運航基準の発航中止条件を超える波浪があった際,発航を取り止めなかったばかりか,同島西方沖合を強風と高い波浪を受けて航行中,船体動揺が激しくなったとき,これを緩和するための適切な措置をとらず,船体の急激な動揺により旅客が座席に身体を打ちつけたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,愛知県佐久島西方沖合において,強風と高い波浪を受けて航行中,船体動揺が激しくなった場合,乗客が負傷するおそれがあったから,船体動揺が緩和されるよう,十分に減速するなどの適切な措置をとるべき注意義務があった。しかるに同人は,この程度の船体動揺では問題ないものと思い,十分に減速するなどの適切な措置をとらなかった職務上の過失により,船体が大きく動揺した際,乗客の1人が座席から跳ね上がって落下し,腰椎等を負傷する事態を招くに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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