(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年12月7日23時15分
隠岐諸島東方沖合
(北緯36度20分 東経133度48分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船太陽丸 |
総トン数 |
19トン |
全長 |
24.00メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
441キロワット |
回転数
|
毎分1,350 |
(2)設備及び性能等
太陽丸は,平成元年6月に進水した一層甲板型のFRP製漁船で,主機としてB社が製造したS6R2F-MTK型と称するディーゼル機関を装備していた。
主機は,鋳鉄製シリンダブロックの下面に吊メタル式主軸受でクランク軸を支え,同ブロック下部にオイルパンが取り付けられた構造で,シリンダ番号が船首側から順につけられていた。
クランク軸は,鍛造クロムモリブデン鋼製で,シリンダ番号で1番と6番,2番と5番及び3番と4番とがそれぞれ互いに回転角度上の同位置に配置されており,特定のシリンダの前後で主軸受の異常摩耗が生ずるとクランクアームデフレクションが過大になり,運転中にクランクピンのクランクアーム付け根部に繰返し曲げ応力が加わるおそれがあった。
主軸受は,鋼製裏金に銅合金を0.4ミリメートル(mm)厚さでメッキをしたのち,表面に錫を薄くメッキしたもので,全体の厚さが3.50mmで,運転中の潤滑油膜厚さが設計上0.090mmから0.151mmとなるもので,船首側から順に1番から7番までの番号を付されていた。
主機の潤滑油系統は,オイルパンの潤滑油が潤滑油ポンプで加圧され,こし器及び冷却器を経て潤滑油主管に入り,主軸受,カム軸受,伝動歯車装置,過給機軸受等に分配され,潤滑と冷却を終えて再びオイルパンに戻るものであった。
主機の整備間隔は,燃料噴射弁については1,000時間毎に整備を,また,潤滑油については,同こし器エレメントとともに運転時間250時間毎に取替えを行うよう取扱説明書に記載されていた。
3 事実の経過
太陽丸は,日本海の漁場において通年で日帰りの操業を行い,1箇月平均の操業日数が25日で,主機の運転時間が,平均して1日当たりで約15時間で,1箇月当たりでは375時間ほどであった。
主機の整備は,操業のないときにA受審人の指示で鉄工所が行う燃料噴射弁や潤滑油の取替えなどが中心で,就航後10年以上経過した平成12年9月に初めてピストン抜きが行われたが,その際に主軸受の取替えは行われなかった。
主機は,燃料噴射弁の整備が,3箇月毎に必要であったところ,1年ないし1年半毎に行われて,燃焼不良の状態で運転される期間が長く,加えて,潤滑油と潤滑油こし器エレメントの取替えが,少なくとも1箇月以内に行われるべきところ,約3箇月毎に行われていたことから,潤滑油の汚損が著しく,同油の性状が劣化した状態で運転が続けられ,軸受類の摩耗が進行していた。
主機は,平成15年2月に上架された際,第2回目のピストン抜き整備が行われ,摩耗が進んでいたクランクピン軸受が取り替えられることになった。
A受審人は,整備を請け負った鉄工所から,クランクピン軸受と同じ潤滑油経路にある主軸受の取替えを勧められたが,同取替作業のために主機を陸揚げする日数と費用を考え,翌年の上架まで何とか運転できるものと思い,主軸受の取替えを行わなかった。
こうして,主機は,主軸受が取り替えられないまま運転が続けられ,その後も潤滑油の取替え間隔が長く,潤滑油の性状が劣化した中で,特に3番及び4番主軸受が異常摩耗し,3番シリンダのクランクアームデフレクションが過大になり,やがてクランク軸に亀裂を生じ,運転継続とともに同亀裂が進展した。
太陽丸は,A受審人ほか2人が乗り組み,平成15年12月7日11時00分境港を発し,隠岐諸島東方沖合の漁場に至り,主機を回転数毎分1,200にかけて軸発電機を駆動し,操業を行っていたところ,主機のクランク軸に生じていた亀裂が進展し,同日23時15分北緯36度20分東経133度48分の地点で,同軸が折損し,主機が大音を発して自停した。
当時,天候は晴で風力2の北西風が吹いていた。
A受審人は,機関室に入って主機を点検し,運転不能と判断して僚船に曳航を依頼した。
太陽丸は,境港に引き付けられ,主機が精査された結果,クランク軸が3番クランクピンの船尾側クランクアーム付け根部で折損し,シリンダブロックの主軸受ハウジングが異常摩耗していることが分かり,のち主機が換装された。
(本件発生に至る事由)
1 主機が,燃焼不良状態で運転される期間が長かったこと
2 主機が,潤滑油性状が劣化した状態で運転が続けられたこと
3 主軸受の取替えを行わなかったこと
(原因の考察)
本件は,主機が,平成15年2月にピストン抜き整備された際,クランクピン軸受の異常摩耗が認められ,鉄工所に主軸受の開放整備を勧められたとき,主機を陸揚げして主軸受を取り替えておれば,軸受の異常摩耗で過大になっていたクランクアームデフレクションが修正され,クランク軸の折損を防止できたものと認められる。
したがって,A受審人が主軸受の取替えを行わなかったことは,本件発生の原因となる。
主機が,燃焼不良状態で運転される期間が長かったこと,及び潤滑油性状が劣化した状態で運転が続けられたことは,それぞれ潤滑油の性状の劣化と軸受の異常摩耗につながり,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機の主軸受の取替え整備が不十分で,3番及び4番主軸受が異常摩耗したまま運転が続けられ,3番シリンダのクランクアームデフレクションが過大になり,3番クランクピンの船尾側クランクアーム付け根部に過大な繰返し曲げ応力が加わったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機のピストン抜き整備を行い,主軸受の取替えを勧められた場合,同じ潤滑油経路にあるクランクピン軸受の異常摩耗が認められたのだから,主軸受の取替え整備を行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,翌年の上架まで何とか運転できるものと思い,主軸受の取替え整備を行わなかった職務上の過失により,同軸受が異常摩耗したまま運転を続け,3番シリンダのクランクアームデフレクションが過大になり,クランクピンの船尾側クランクアーム付け根部に亀裂を生じる事態を招き,クランク軸を折損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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