(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年3月11日04時30分
静岡県静浦漁港北西方沖合
(北緯35度03.5分 東経138度52.0分)
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船政親丸 |
総トン数 |
4.99トン |
登録長 |
11.87メートル |
機関の種類 |
4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
121キロワット |
回転数 |
毎分2,200 |
3 事実の経過
政親丸は,昭和51年6月に進水した,まき網漁業に灯船として従事するFRP製漁船で,主機としてB社が製造した6LB-1型と呼称する,ディーゼル機関が,船体中央甲板下に装備され,操舵室右舷側に主機遠隔操縦装置が設置されており,シリンダ径113.8ミリメートル(以下「ミリ」という。)行程140ミリの各シリンダには船首側から順番号が付されていて,ピストンとシリンダライナとの摺動部(しゅうどうぶ)がクランクアームの回転によるはねかけで注油されており,ピストンがノズルからのオイルジェットにより背面から冷却されるようになっていた。
また,主機は,清水冷却器で温度調節された冷却清水が主機直結冷却清水ポンプにより,吸入・加圧されて,潤滑油冷却器,主機のジャケット部及び各シリンダヘッド等を冷却したのちの冷却清水温度が70度(摂氏度,以下同じ。)に達しないときは,シリンダヘッド冷却清水出口集合管に付設されたサーモスタットの作動で,サーモスタットの弁が開かず,バイパスホースから清水ポンプ吸入側に戻るようになっており,冷却清水温度が上昇すれば,サーモスタットの弁が開き始め,冷却清水温度が70ないし90度で維持されるよう,ゴムインペラ式の主機直結冷却海水ポンプ(以下「海水ポンプ」という。)により,船底弁及び海水こし器を経て吸入・加圧された海水が,冷却清水が流れ始めた清水冷却器,逆転減速機潤滑油冷却器及び排気集合管等を冷却したのち,船体中央の左舷舷側から船外に排出されるようになっていた。
A受審人は,昭和30年から父親の所有漁船に乗船し始め,同50年8月一級小型船舶操縦士の免許を取得したのち,一括公認で,まき網船団の各船に乗船し,平成15年9月政親丸に乗船し,機関の運転保守にあたっており,平素,主機については,潤滑油量を確認し,始動直後に冷却海水の船外排出量を点検し,適宜に海水こし器の開放掃除及び清水冷却器への清水補給等を実施するなどして,無難に運転を続けていた。
ところで,政親丸は,定格出力33キロワット同回転数1,250(毎分,以下同じ。)とする主機の燃料噴射制限装置の封印が受検後解かれていて,夕方出漁し,静岡県内浦湾江梨沖合の漁場において通常回転数1,800を使用しながら操業を行ったのち,翌朝には帰航することを繰り返し,月間130時間ばかり主機が運転されており,同機には潤滑油入口圧力低下警報装置のほか,冷却清水温度が105度以上となると警報を発する主機冷却清水温度過高警報装置がサーモスタット内に取り付けられていたが,これまで同警報装置が十分に点検されることがなかったので,いつしか同警報装置が作動しなくなっていた。
こうして,政親丸は,A受審人が単独で乗り組み,船首0.3メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,政親丸ほか2船で船団を組み,操業の目的で,平成17年3月10日18時00分同県静浦漁港を発し,前示漁場に至り,翌11日04時20分まで操業を続けたのち,主機回転数1,700にかけ,対地速力10ノットとして帰航中,船底弁にビニールを吸い込み,主機冷却海水流量が著しく減少し,主機冷却清水温度過高警報装置が作動せず,冷却清水及び潤滑油の温度が上昇したが,これまで主機冷却清水温度が80度程度から上昇することがなかったので大丈夫と思い,同警報装置の点検をしたことがなかったため,冷却清水及び潤滑油の温度上昇に気付かないまま運転が続けられ,ピストンとシリンダライナとの摺動部の潤滑が阻害され,04時30分静浦港馬込1号防波堤灯台から真方位269度1,100メートルの地点において,煙突から黒煙を噴出するとともに,主機回転数が低下し,直後に自停した。
当時,天候は雨で風力1の北西風が吹き,海上は穏やかであった。
損傷の結果,政親丸は,僚船に曳航されて静浦漁港に引き付けられ,業者により主機が精査され,海水ポンプのインペラ翼がすべて欠損していたほか,同機複数シリンダのピストン及びシリンダライナの焼付き等の損傷が判明したが,同機がすでに生産終了機種となっていて,部品の入手もできなくなっていたことから,その後,同機が他機種に換装された。
(海難の原因)
本件機関損傷は,機関の運転保守を行う際,主機冷却清水温度過高警報装置の点検が不十分で,帰航中,船底弁にビニールを吸い込み,主機冷却海水流量が著しく減少し,同警報装置が作動せず,冷却清水及び潤滑油の温度が上昇するまま運転が続けられ,ピストンとシリンダライナとの摺動部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,機関の運転保守を行う場合,主機が間接冷却されているから,船底弁にビニールを吸い込むなどして主機冷却海水流量が著しく減少したときに冷却清水及び潤滑油の温度上昇が認知できるよう,主機冷却清水温度過高警報装置の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,これまで主機冷却清水温度が80度程度から上昇することがなかったので大丈夫と思い,同警報装置の点検を十分に行っていなかった職務上の過失により,帰航中,船底弁にビニールを吸い込み,主機冷却海水流量が著しく減少し,同警報装置が作動せず,冷却清水及び潤滑油の温度の上昇に気付かないまま運転が続けられ,ピストンとシリンダライナとの摺動部の潤滑を阻害させる事態を招き,同機複数シリンダのピストンとシリンダライナを焼き付かせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
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