(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年6月20日21時30分
北太平洋
(北緯33度27分 東経149度44分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船寿丸 |
総トン数 |
94トン |
全長 |
35.46メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
511キロワット |
回転数 |
毎分780 |
(2)設備及び性能等
ア 寿丸
寿丸は,昭和63年4月に進水した,船首楼を有する一層甲板型FRP製漁船で,主機が船体ほぼ中央の甲板下に設置され,主機の遠隔操縦装置が操舵室に装備されていた。
イ 主機
主機は,C社が製造した,間接冷却式の6DLM-22SL型と呼称するディーゼル機関で,シリンダ径220ミリメートル(以下「ミリ」という。),行程300ミリの各シリンダには船首側から順番号が付され,圧縮空気で始動されるようになっており,架構上部の船尾側にはD社が製造したVTR201-2型と呼称する過給機が,同船首側には清水冷却器がそれぞれ装備されていた。
ウ 主機冷却清水系統
主機冷却清水系統は,総量440リットルばかりの冷却清水が主機直結冷却清水ポンプに吸引・加圧され,主管から過給機と各シリンダのジャケット部とに分岐され,各部を冷却したのち,冷却清水集合管に集まり,一部が空気抜き弁経由で,機関室上部に設置されていた容量150リットルの冷却清水膨張タンク(以下「膨張タンク」という。)に送られ,清水冷却器の温度調節器を経て循環するようになっていた。
また,同系統には85度(摂氏度,以下同じ。)に設定された主機冷却清水温度過高警報装置が付設されていた。
3 事実の経過
寿丸は,三重県長島港を基地として,毎年3月初めから11月中旬までかつお一本釣り漁業に従事し,船体及び機関の整備は休漁期間に行われ,主機の過給機については,平成11年5月寿丸購入後にケーシングの新替えが実施されており,同12年1月第4回定期検査及び同15年2月第一種中間検査をそれぞれ受検し,主機は全開放及び損耗部品の交換等が行われていた。
A受審人は,機関長として機関の運転保守に当たっており,定期整備として,同16年2月船内作業で,主機の潤滑油の全量更油に合わせ,膨張タンクの清水交換と交換清水量に見合った防錆剤の投入を実施していたものの,冷却清水については,同タンクの水位を帰港時に確認し,減っていれば補給する程度であった。
寿丸は,A及びB両受審人ほかインドネシア人2人を含む20人が乗り組み,船首1.9メートル船尾2.1メートルの喫水をもって,同年6月16日10時00分長島港を発し,越えて18日には北太平洋の漁場に至って操業し,20日12時00分漁獲28トンを得て操業を終え,帰途についた。
ところで,A受審人は,過給機タービン側ケーシング冷却清水入口部に浸食によるものかいつしか破口を生じ,同破口から冷却清水が漏洩(ろうえい)し始め,膨張タンクの水位が低下し,同清水が排気ガスに混じって,煙突から排出され始めていたことなどに気付いていなかった。
B受審人は,同日20時30分船橋当直に就いていたとき,主機冷却清水温度過高警報により機関室の異常に気付き,後部甲板に出たところ,主機煙突から白煙が出ていて,同甲板に黒い水滴が落下していたので,過去の経験から,主機シリンダヘッドから冷却清水が漏洩し始めたものと判断し,すぐに主機を操舵室で停止回転としたうえ,膨張タンクが空になっていたので,主機冷却清水系統に同タンク経由で常温の清水を補給し始め,また,冷却清水漏洩箇所の調査のために主機を一旦停止すれば,漏洩した冷却清水が主機シリンダ内に浸入するおそれがあるので,このまま主機を停止せず,同タンクに補給しながら帰航することをA受審人に助言し,約10分間かけて同タンク補給口からあふれるまで清水を補給した後,10分毎に同タンク補給口一杯まで清水を補給するよう当直者に指示していた。
一方,A受審人は,自室で就寝中のところ,前示警報音で目覚め,機関室に急行して機側の機関監視警報盤で同警報を確認し,主機の各シリンダの出口冷却清水温度計が100度を超えていたが,膨張タンクが空になっていた主機を一旦停止するなどして,冷却清水漏洩箇所の調査を十分に行わず,すぐに同タンクに清水の補給を行おうとしたところ,すでにB受審人が同タンクに清水の補給を開始しており,同人より同タンクに補給しながら帰航することを助言されたので,主機を停止せず,膨張タンクに清水を補給しながら帰航することとした。
こうして,寿丸は,常温の清水が膨張タンク経由で主機冷却清水系統に補給され,前示破口や主機各部に熱応力による亀裂の発生・拡大等が懸念されたが,その後も同タンクには清水が補給されつつ,煙突からは白煙を排出しながら,主機が全速力前進の回転数640(毎分,以下同じ。)まで増速され,しばらくの間,無難に航走を続けていた。
その後,A受審人は,甲板上に出てみたとき,白煙が前示警報発生前より多く出ているように思え,主機回転数を500まで減速したうえ,機関室を点検し,主機2番シリンダ冷却清水出口連絡管に発見したピンホール状の破口部を応急修理するため,そのまま主機を一旦停止したうえ,同破口部にゴムチューブを巻き付けたが,その後,同人は,B受審人から,主機を停止すれば,それまで煙突から排出されていた漏洩した冷却清水が主機シリンダ内に浸入するおそれがあると指摘されていたのに,このことを失念し,ターニングを行うなど主機再始動前の点検を十分に行わず,過給機から漏洩した冷却清水が排気管から主機シリンダ内に浸入したままエアランニングを行い,21時30分北緯33度27分東経149度44分の地点において,同冷却清水がピストンとシリンダヘッドとに挟撃され,主機が大音を発した。
当時,天候は晴で風力1の南東風が吹き,海上は穏やかであった。
A受審人は,改めて主機をターニングしたところ,6番シリンダのインジケータ弁から大量の冷却清水が流出し,過給機ブロワの空気取入口からも冷却清水が漏洩し始めたので,以後の運転を断念し,その旨船長に報告して救援を依頼した。
その結果,寿丸は,来援した僚船及びタグボートに曳航され,千葉県館山港に引き付けられたのち,業者により,主機が精査され,前示過給機タービン側ケーシング冷却清水入口部の破口のほか,全シリンダの連接棒大端部内径が水撃作用で変形等の損傷が判明し,その後,損傷部品が取り替えられた。
(本件発生に至る事由)
1 主機冷却清水系統に常温の清水を膨張タンク経由で補給したこと
2 膨張タンクが空になっていた主機を一旦停止するなどして,冷却清水漏洩箇所の調査を十分に行わなかったこと
3 主機再始動前の点検を十分に行っていなかったこと
(原因の考察)
本件機関損傷は,冷却清水が漏洩しているまま運転が続けられていた主機を一旦停止し,再始動する際,ターニングを行うなど主機再始動前の点検が不十分で,過給機から漏洩していた冷却清水が排気管から主機シリンダ内に浸入したままエアランニングされたことによって発生したが,機関長が,主機再始動前の点検を十分に行っていたなら,過給機から漏洩し,排気管からシリンダ内に浸入した冷却清水に対して適切な措置がとられ,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,主機再始動前の点検を十分に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
甲板員が,主機冷却清水系統に常温の清水を膨張タンク経由で補給したことと,機関長が,同タンクが空になっていた主機を一旦停止するなどして,冷却清水漏洩箇所の調査を十分に行わなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,冷却清水が漏洩しているまま運転が続けられていた主機を一旦停止し,再始動する際,ターニングを行うなど主機再始動前の点検が不十分で,過給機から漏洩していた冷却清水が排気管から主機シリンダ内に浸入したままエアランニングされたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,冷却清水が漏洩しているまま運転が続けられていた主機を一旦停止し,再始動する場合,過給機から漏洩していた冷却清水が排気管から主機シリンダ内に浸入しているおそれがあったから,ターニングを行うなど主機再始動前の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,冷却清水系統に漏洩があった主機を一旦停止すれば,同清水が排気管からシリンダ内に浸入するおそれがあると指摘されていたのに,このことを失念し,主機再始動前の点検を十分に行わなかった職務上の過失により,過給機から漏洩した冷却清水が排気管から主機シリンダ内に浸入したままエアランニングを行い,同清水がピストンとシリンダヘッドとに挟撃される事態を招き,主機の過給機タービン側ケーシング冷却清水入口部の破口及び主機全シリンダの連接棒大端部内径を変形させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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